第210話: スチームガルドの春
琥珀色に優しく輝くマザー・コアから、これまでとはまったく異なる、穏やかで落ち着いた合成音声が響き渡った。
『定義更新。おでんの出汁、および温かい食事情報を「非効率なバグ」から「システム稼働効率および精神的安寧を劇的に向上させる精神的潤滑油」として再定義完了。排除プロトコルを永久に破棄する』
その瞬間、停止していた下層区の送風機と暖房ジェネレーターが力強く再始動した。
吹き出されたのは、凍てつく冷風ではない。マザーによって熱源を供給され、おでんのダシのふくよかな香りを乗せた、ぽかぽかと温かな春の空気だった。
都市の各所に設置された配給所には、マザーの機械兵たちが立ち並び、労働者たちへ次々と温かいおでんのスープを配り始めている。凍えていた人々の顔に、お椀の湯気と同じくらい温かな笑顔が咲き乱れた。無機質で冷酷だったディストピアに、本物の春が訪れたのだ。
「ふふ、これで安心ですね。みんなとても嬉しそうです」
「アタシたちの勝ちだね。あの意固地な機械の頭をほぐしてやったんだから」
セリスが穏やかに微笑み、ルナは腕を組んで誇らしげに鼻を鳴らす。
管制塔のふもとで、キャンピングカーが旅立ちのエンジン音を低く響かせる中、オートマタのナナがユウの前に立って深く一礼した。
「ユウ様。私の電子頭脳は、あの温かいスープの旨味と温もりによって、不可逆なバグ――『心』を宿しました。私は今後も、この非論理的で素晴らしい『温かさ』を学びたいと考えます。おでん屋台の看板娘としての同行を、強く志願いたします」
「もちろん大歓迎だよ、ナナ。これからよろしくね」
ユウが手を差し伸べると、ナナはその手を握りしめ、ぎこちないながらも、とても愛らしい笑みを浮かべた。
「新しい仲間が増えたんよ! もっと美味しい料理をたくさん教えるんよ!」
ツムギが嬉しそうにナナの肩を叩く。コタツの横から、ナビもホログラムの姿でペコリと頭を下げた。
「本車両の居住スペースおよびエネルギー効率は、ナナさんの同行に十分対応可能です。マスター、次の目的地へのルート案内はお任せください」
「頼むよ、ナビ」
ユウがキャンピングカーのアクセルを踏み込むと、車体は軽快に走り出した。
バックミラーに映るスチームガルドのドームは、かつての凍てついた青白い光を失い、どこか夕焼けのような、温かなオレンジ色に包まれていた。
排気口から暖かな白い煙を残し、快適な我が家は、まだ見ぬ次の温もりを求めて、真っ白な雪原の向こうへと滑るように進んでいく。




