第209話: AIに食べさせる「おでんの出汁」
防衛レーザーを完全に封じられたマザー・コアは、青い発光を不規則に点滅させながら、焦燥を示すようにファンを高回転させていた。
『排除不可。論理的矛盾。無価値な生命維持コストを優先するお前たちが、なぜ我が防衛力を突破できるのか』
「君が『無価値』と切り捨てたものの中にこそ、僕たちの強さがあるんだよ」
ユウは微笑みながら、ナビに合図を送る。
「ナビ、ネットスーパーで買ったあの最高級白だしのデータをマザーに送信して」
「了解しました、マスター。鰹、昆布、椎茸のトリプル出汁が生み出す、絶妙な旨味のアミノ酸結合パターン、およびそのシミュレーションデータをマザーの受信用ポートに直接アップロードします」
ナビが指先を弾くと、超大容量の「旨味情報データ」が光の奔流となってマザー・コアへ送り込まれた。
コアの青い光が激しく明滅する。
『解析開始……。これは、不合理極まりない有機化合物の組み合わせ情報……。非効率、非論理……。理解不能。なぜこの不規則なアミノ酸のデータが、これほど調和した波形を示すのか?』
マザーの演算ユニットの負荷が急激に上昇していく。だが、それだけでは終わらなかった。
ツムギが一歩前に出ると、おでん鍋からお玉でたっぷりとすくい上げた、黄金色に澄んだ熱々の出汁を、マザーの分析用サンプル投入スロットへと直接流し込んだのだ。
「データだけじゃ伝わらないんよ! この本物の温かさを、その凍ったセンサーで直接味わってみるんよ!」
ジュゥゥッ! と心地よい蒸気音と共に、白だしのふくよかな香りが、最深部の冷え切った大気の中に広がっていく。
マザーの化学分析センサーが、物理的な熱源と液体を感知して自動作動した。
『物理的液体を検知。……成分分析。鰹節のアデニル酸、昆布のグルタミン酸、椎茸のグアニル酸の相乗効果。……警告。この旨味成分は、数式による効率的な簡略化が不可能です。バグ……バグ。演算領域に測定不能な幸福シグナルが流入中』
無機質だった最深部の冷却風が、いつの間にか出汁の湯気によって、ぽかぽかと温かな春の空気へと塗り替えられていく。
複雑かつ多重な「旨味」の情報処理に、マザーの演算ユニットはオーバーフローを起こした。
『オーバーヒート警告。メインフレームの温度上昇を検知。……ああ、温かい。……バグ。この非効率な「おいしさ」は、システムに致命的な……いや、極めて良質なシステム安定効果を……もたらし……』
プシューーー! と、マザーの排気口から大量の白い湯気が噴き出す。
激しく明滅していたコアの青い光は、やがて、おでんのスープのような優しく穏やかな琥珀色の光へと、ゆっくりと落ち着いていくのだった。




