第206話: 都市の機能停止と暴走
電脳戦でナビに圧倒されたマザーコンピューターは、あまりにも冷酷な手段を選んだ。
下層区の天井にそびえ立つ巨大な排気ダクトの回転が止まり、都市を暖めていた微かな排熱システムが完全に途絶えた。ブォォォ……という重低音が消え失せ、不気味な静寂が路地裏を包み込む。
『生存維持資源の配分を停止。効率的プロトコルに基づき、下層区の酸素供給および暖房システムをシャットダウンする。余剰熱量は中央コアの防御障壁へと転送完了』
マザーの無機質な音声が都市全域に響き渡る。
途端に、氷点下の極寒が容赦なく襲いかかった。下層区の錆びついた鉄骨や機械の表面に、目に見える速さで白い結晶が張り付き、氷の監獄へと変貌していく。空気は急速に薄くなり、人々は胸を押さえて荒い息を吐きながら、次々と雪の上に膝を突いた。
「なんてひどいことを……! 住民のみなさんを人質にするなんて!」
セリスが悲痛な声を上げる。
キャンピングカーの周囲だけは、セリスの魔法と車の結界によって暖かな空気と十分な酸素が保たれており、おでん鍋からは今も優しく香ばしい鰹ダシの湯気が立ち上っていた。しかし、防壁の向こうでは、凍えた人々が虚ろな目で白い息を吐きながら倒れかけている。
「マスター、マザーの演算ユニットは『有害物質の排除と不法侵入者の無力化を最優先とし、下層維持コストをゼロにするのが最も合理的』と判断したようです。合理性を極限まで突き詰めた結果の、冷徹な狂気ですね」
ナビが眉をひそめてホログラムのディスプレイを示した。画面には、下層区の酸素濃度と気温が危険な速度で下降していくグラフが表示されている。
「温かい食事どころか、息をすることすら無駄だと言わんばかりなんよ……。あんな奴、絶対に許せないんよ!」
ツムギが拳を強く握りしめ、お玉をぎゅっと抱え込んだ。
「これ以上、みんなが凍えるのを見てるわけにはいかないね。それに、せっかくツムギが作った美味しいご飯が冷めるのは我慢できない」
ユウはコタツから立ち上がり、しっかりと前を見据えた。
「ナビ、キャンピングカーを突撃モードにする。直接、中央管制塔のマザー・コアへ乗り込もう」
「了解しました、マスター。すでに中央管制シャッターは閉鎖されていますが、強行突破の準備は完了しています」
「案内は私にお任せください」
それまで静かにスープを飲んでいたオートマタのナナが、青い瞳を輝かせて一歩前に出た。
「管制塔の防衛システムを回避し、マザー・コアへ至る最短の侵入ルートを算出し、案内します」
凍てつくディストピアの底で、ユウたちは人々に温もりを取り戻すため、マザーの心臓部へ突入することを決意した。




