第205話: ナビ vs マザーコンピューター
排除部隊の沈黙を検知した瞬間、スチームガルドの空気が一変した。
都市の各所に設置された大型サイレンが耳を劈くような警報音を鳴り響かせ、氷のドーム全体が不気味な赤い光に照らされる。マザーコンピューターが、都市の全電力をセキュリティシステムに直結させ、直接ハッキングを仕掛けてきたのだ。
『警告。未知のデバイスによる都市システムへの干渉を検知。排除プロトコル「超高集積論理爆弾」を展開。対象メモリの完全消去を開始する』
キャンピングカーのコックピットモニターに、血のように赤いエラーログが滝のように流れ始める。車外は、マザーの怒りを体現したかのような電磁嵐が吹き荒れ、鉄塔が放電の火花を散らしていた。
だが、キャンピングカーの内部は、そんな終末のような光景とは無縁だった。
車内には、ツムギがよそったばかりのおでんの湯気がふわりと漂っている。ソフィアはコタツに潜り込み、出汁をたっぷりと吸って膨らんだお餅入りの巾着を「あふあふ」と美味そうに頬張っていた。
「ナビ、大丈夫かい? かなり激しいアクセスだけど」
「ご心配には及びません、マスター」
ナビはホログラムの姿のまま、宙に投影された光のキーボードを軽快な鼻歌交じりで叩いていた。
「マザーの攻撃パターンは極めて論理的ですが、裏を返せばただのテンプレです。驚くほど非効率的で退屈なアルゴリズムですね。彼らのセキュリティは、まるで冷え切った電子基板のように味気ありません」
ナビが指先を滑らせるたびに、モニターの赤い警告は、涼しげな青い「防御成功」のログへと塗り替えられていく。
マザーは演算速度をさらに引き上げ、執拗にセキュリティの隙間を突こうとしてくるが、ナビはそのすべてを先回りしてシャットアウトしていた。
『思考プロセスの予測不能性を検知。論理破綻を指摘する。……お前たちの意図は非効率極まりない』
「非効率、ですか? それは心外ですね」
ナビはホログラムの胸元を張り、完璧なレスバを仕掛けた。
「私たちが消費している魔力とおでんの熱量は、搭乗者たちの精神安定とモチベーションを最大化させる極めて効率的な『心の潤滑油』です。それを理解できないから、あなたの回路はいつもキンキンに凍りついているのですよ」
ナビは語りかけながら、マザーのハッキング元IPアドレスを逆探知。お返しとばかりに、ツムギが作ったおでんの『鰹節の旨味アミノ酸組成式データ』と『湯気の熱量シミュレーション』を圧縮した巨大なパケットを、マザーのメインフレームへと送りつけた。
『――ッ!? データ不整合……論理的整合性のない熱量情報の流入……。演算コアの負荷急増……エラー、処理遅延……』
モニターの向こうで、マザーの防壁がぐらりと揺らぐ。
外の赤い警報灯が、ナビのカウンターハックによってチカチカと不規則に瞬き、都市の演算システムそのものが混乱に陥っていくのだった。




