SS: エラーコード:ODEN(マザーコンピューター視点)
『定期スキャン開始。全セクターの生産ライン、異常なし。労働ユニットの稼働率、99.98パーセント。都市機能は本日も極めて効率的に維持されています』
私は、この魔導機械都市スチームガルドを統括するマザーコンピューター。
無駄を省き、非効率を排除し、完全なサイクルで都市を回すことだけを目的として作られた至高の知能である。
住民たちの食事すら三十秒のサプリメントに置き換え、睡眠と労働だけを繰り返させる。それこそが、生物が生存するための最も合理的な姿なのだ。
私の計算は完璧だ。イレギュラーなど存在しない。
『――警告。下層区・第4エリアにて、局地的な環境係数の異常を検知』
だが、その日の夜。私の完璧なシステムに、小さなノイズが走った。
『大気中の微粒子に、未知の有機化合物を検出。「アミノ酸」「グルタミン酸」「イノシン酸」……。これは、極めて強力な味覚刺激物質です。なぜ下層区の路地裏にこのようなものが?』
私は即座に監視カメラの映像を解析した。
そこに映っていたのは、奇妙な装甲車両と、赤く光る提灯。そして透明なカーテンの中で、大きな鍋をかき混ぜる二人の人間だった。
『さらに警告。周辺の労働ユニット群が、予定された帰還ルートを逸脱。対象エリアへ密集しつつあります』
私は労働ユニットたちのバイタルデータを取得し、自らの演算回路を疑った。
『心拍数の急上昇、体温の異常な上昇。そして何より……脳内におけるドーパミンおよびエンドルフィンの分泌量が、規定値の500倍を超えています』
なんだ、これは。
彼らは鍋から出された「茶色い物体(大根)」を口にした瞬間、次々と涙を流し、機能不全に陥っているではないか。
労働効率の低下などという生易しいものではない。「効率」という概念そのものを完全に喪失し、ただ互いに顔を見合わせて笑い合っている。
『分析完了。あの茶色い物体には、生体の精神に直接作用し、多大な幸福感と依存性をもたらす兵器級のウイルス(あるいは薬物)が仕込まれていると推測されます。通称「ODEN」。極めて危険です』
私はすぐさま、最高レベルの排除プロトコルを起動した。
こんな未知の幸福兵器が都市全体に蔓延すれば、スチームガルドの労働サイクルは完全に崩壊してしまう。
『治安維持部隊、出撃せよ。対象の屋台および「ODEN」を完全に殲滅しなさい』
私は冷徹に命令を下した。
……だが、私はまだ気づいていなかった。その屋台の中に、私のファイアウォールを鼻歌交じりでハッキングした、規格外の「化け物AI」が潜んでいることに。




