第198話: ダシの染み込んだ大根の破壊力
機械化された労働者の男は、ぎこちない手つきで割り箸を使い、小皿に乗った熱々の大根をつまみ上げた。
ずっしりとした重み。分厚く切られた大根は、黄金色のダシを極限までその身に吸い込んでおり、箸で少し押しただけでダシがジュワリと滴り落ちる。中心部まで一切のムラなく、完璧に美しい飴色に染まっていた。
男は少し震える手で、ふうふうと息を吹きかけ、それを口に運んだ。
「あ、つ……!?」
熱い。サプリメント・ペーストには決して存在しない『温度』という情報に、彼の感覚処理回路がパニックを起こす。
だが、本当の破壊力はそこからだった。
ハフハフと熱さを堪えながら、男が大根を前歯でそっと噛み締めた瞬間。
ジュワァァァッ……!!
驚くほど柔らかく煮込まれた大根の繊維が口の中でハラリとほどけ、同時にそこから旨味の暴力とも言える『極上の白だし』のスープが口いっぱいに溢れ出したのだ。
昆布の上品なコクと鰹の華やかな風味が、大根自身の持つどこか懐かしい優しい甘さと完全に調和し、口腔内の味覚受容体を一気に蹂躙していく。
「あ……ああぁっ……!」
男の青い魔導光学センサーが見開かれ、全身の機械ジョイントがガシャンッと音を立てて激しく震えた。
三十秒でペーストを流し込むだけの『燃料補給』しか知らなかった男の味覚神経が、未知の多幸感(旨味のオーバードーズ)によって完全に焼き切れた瞬間だった。
『警告。感覚受容システムより、予測パラメータ外の極めて強烈な快楽物質を検出。自己防衛プロトコルを一時的に強制シャットダウンします』
そんな警告表示が男の視界の片隅に浮かび上がるが、今の彼にはそんなことどうでもよかった。
熱さと美味しさが喉を通り、機械化された冷たい体を内側からポカポカと温めていく。
「あぁ……美味しい……。なんて、温かいんだ……」
ボロボロと。
男の両目から、本物の大粒の涙が溢れ出した。
「思い、出した……。まだ俺が全身生身だった頃、雪の降る寒い夜に、母さんが薪ストーブの上で作ってくれたスープの……あの時の温かさだ……」
完全に「ポンコツ(人間)」へと戻ってしまった男は、カウンターに突っ伏して、子供のように声を上げて泣き始めた。
効率だの労働だの、そんなものはどうでもいい。ただ、美味しいご飯を食べて、誰かと分かち合う幸福。彼はその尊さを思い出したのだ。
「へへっ。ツムギ、やったね」
「当然なんよ! 拙者の料理は、機械の冷たい心だって綺麗に溶かしてみせるんでござる!」
ツムギが誇らしげに胸を張り、カエデやルナも嬉しそうに微笑んだ。
「あの、お客さん。こっちの具沢山の『豚汁』も食べてみるかい? 豚バラ肉の甘い脂と、焦がし味噌の相性が抜群なんだよ」
僕が別の大きな鍋から、モウモウと湯気が立つ豚汁をよそって差し出すと、男は涙と鼻水を拭いながら、力強く頷いた。
「い、いただきます……ッ! いくらでも、食わせてください……!」




