第196話: 湯気とダシの匂い
「ネットスーパー、起動」
僕はホログラムのウィンドウを操作し、必要な食材を次々とカウンターの奥に召喚(購入)していく。
大根、こんにゃく、ちくわ、厚揚げ、牛すじ、ゆで卵。
そして隣の鍋用に、大量の豚バラ肉、ごぼう、人参、大根の端切れ、こんにゃく、ネギ、整理された特製の熟成信州味噌だ。
「寒い日の屋台といえば、やっぱりこれだよね」
僕がカウンターいっぱいに用意した食材を見て、ツムギがニヤリと嬉しそうに笑った。
「うむ! 『おでん』と『豚汁』……完璧なチョイスなんよ! 身体の芯から温める、ヤマトが誇る冬の最強ツートップでござる!」
ツムギが『伝説のフライパン』ならぬ『伝説の大鍋』を二つ、高火力の魔導IHコンロの上にセットする。
まずはおでんの仕込みだ。
第4部の温泉郷で、ドワーフの総料理長を絶望させた魔法の万能調味料『白だし』を贅沢に使い、昆布のまろやかなコクと鰹節の豊かな香りを極限まで引き出した黄金色のスープを作る。
そこに、丁寧に面取りをして下茹でした大根、飾り切りをした味が染みやすいこんにゃく、ぷりぷりの牛すじなどを次々と投入し、魔力で最適な圧力をかけて一気に味を染み込ませていく。
グツグツ、コトコト……。
「うわぁ……いい匂い……」
ララがコタツから身を乗り出し、ルナもごくりと喉を鳴らした。
黄金色のスープから立ち昇る上品かつ力強い香りが、おでん種から染み出した複雑な旨味と混ざり合い、強烈な食欲を刺激する暴力的な匂いとなってあたりに漂う。
さらにもう一つの鍋では、ごま油を熱して豚バラ肉と根菜を炒める。ジュージューと小気味よい音が響き、豚肉の脂の焦げる香ばしい匂いが弾けた。
出汁を注ぎ、十分に具材が柔らかくなったところで、最後にすり鉢でといた味噌をたっぷりと溶かし込む。これにより、濃厚で甘い香りの「豚汁」が完成した。
シューゥゥゥ……。
二つの巨大な鍋から立ち昇る白い湯気が、ビニールカーテンの隙間を抜け、冷たい路地裏の空気へと流出していく。
これまで機械油と排気ガス、そして冷え切ったコンクリートの匂いしか存在しなかった魔導機械都市の裏路地が、あっという間に『極上のダシと焦がし味噌の匂い』に侵食され、完全に支配された。
『……信じられません。周辺の大気成分のうち、アミノ酸および揮発性芳香物質の濃度が数万倍に上昇しています。これほどの情報量を持つ匂い、マザーコンピューターのデータベースにも存在しません』
ナナが自らのセンサーを何度もキャリブレーションしながら、信じられないものを見るような目で、換気扇から吹き出す大量の白い湯気を見つめていた。




