第194話: 料理人の怒り
「……あんなの、食事じゃないんよ」
低く、震えるような声だった。
振り向くと、ツムギが『伝説の魔導フライパン』の柄を強く握りしめ、窓の外の光景を睨みつけていた。彼女の怒りに呼応するように、フライパンのルーン文字が静かに熱を帯びて赤く光っている。
「三十秒でペーストを流し込むだけ? 味もない? ……そんなの、ただの機械の体に薪をくべて火力を維持してるのと同じでござる! 食事っていうのは、もっとこう……美味しいって笑い合ったり、一日の疲れが抜けてホッとしたりする、一番幸せな時間のはずなんよ!」
和の国ヤマトで最高峰の料理技術を学び、キャンピングカーの究極のキッチンでみんなの「美味しい笑顔」を作り続けてきた彼女にとって。
目の前で行われているのは、食事ではなく、ただの「燃料補給」という名の作業だった。それは料理人としての魂に対する、最大の侮辱に映ったのだろう。
「ツムギの言う通りじゃな。味覚という神が与えたもうた至高のエンターテインメントを自ら捨てて、栄養素の計算だけで生きるなど……この街の者たちは、生ける屍と変わらんのう。可哀想な連中じゃ」
ソフィアも同意するように、ネットスーパーで買ったプリンの空き容器を置きながら、同情を込めて頷いた。
ルナやセリスも、胸を痛めるような目で外の機械化労働者たちを見つめている。
「ユウ殿!」
ツムギが、勢いよく僕に向き直った。その瞳には、かつてないほどの激しい料理人としての闘志が燃え上がっている。
「拙者、決めたんよ! あの冷たい顔をしてる連中に、『本当の温かいご飯』を食べさせてやるんでござる! ご飯の本当の喜びを、思い出させてやるんよ!」
その真っ直ぐな言葉に、僕は思わず口元を緩め、コタツから身を乗り出した。
「いいね、それ。やろう、ツムギ。僕たちのネットスーパーの食材を全部使っていいからさ」
『理解不能です。彼らに味覚的刺激を与えたところで、労働効率は上がらず、むしろ咀嚼による時間的損失が発生します。最悪の場合、マザーコンピューターに異常個体として判定され、治安維持部隊に排除される確率が……』
「ナナ。効率とか確率の話じゃないんだよ」
僕は首を傾げて戸惑っているナナの頭を、優しく撫でた。
「あの冷え切ったディストピアに、とびきり温かくて美味しくて無駄な『飯テロ』を仕掛ける。それこそが、僕たちの最高に贅沢なスローライフだからね」
「マスターの命とあらば。……ナビゲーションシステム、都市の監視カメラとスキャン衛星の死角エリアを算出。下層区の第4路地裏が、ゲリラ営業を行うのに最適です」
ナビが即座に完璧なサポートを告げる。
「よし。ナビ、その指定の路地に入ったら、キャンピングカーを変形させてくれ」
「了解しました。本車両を重装甲列車モードから、【フードトラック(屋台)モード】へと移行します」
極寒の魔導機械都市の暗い片隅で。
僕たちの、温かくて美味しい「反逆」が静かに始まろうとしていた。




