第192話: ナビの鼻歌ハッキング
『不可能です』
ナビの豪語に対し、コタツの横で正座していたナナが、即座に平坦な声で否定した。
『スチームガルドのゲート・セキュリティは、最高意思決定機関であるマザーコンピューターが直轄する多重暗号化ファイアウォールで厳重に保護されています。外部からのハッキング侵入は物理的にも論理的にも0パーセント――』
ナナがデータに基づく論理的な計算結果を提示しようとした、その時だった。
「ふふ、可愛い後輩のナナさん。分析はご苦労様ですが、貴女の体内メモリに残っている旧式のアクセスコードを、少しばかり接続の触媒としてお借りしますね」
キャンピングカーのコンソールパネルが青く眩く光り、フロントガラス全体に無数の光の文字列が、まるで巨大な滝のように凄まじい速度で流れ始めた。
『……なっ!? 私のアクセスコードを踏み台にして、都市のメインシステムへ逆探知接続……!? そんな、あり得ません。都市の防衛ファイアウォールが、まるで紙のように……突破されていきます……!』
感情を持たないはずのメイド型オートマタであるナナが、その大きな瞳を限界まで見開き、明らかにシステムエラー(驚愕)を起こした表情でフロントガラスを見つめていた。
彼女の演算能力や都市の誇る防衛AIの処理速度をはるかに凌駕する、常軌を逸した演算速度でスチームガルドの防衛網が塗り替えられていく。
「フフッ。この程度の暗号、私の全演算リソースの0.01パーセントで十分です。マスターの就寝時の寝返りに合わせてマッサージチェアの揉み玉の圧力角度を調整したり、コタツ内の温度をミリ単位で最適化する方が、私にとってはよほど高度な処理ですね」
ナビが絶対的なドヤ顔(音声)で恐ろしいことを言っている。
僕がぬくぬくと眠っている間に、この車はそんな恐ろしい次元の演算を繰り返していたというのか。
「セキュリティの偽装、完了。本車両の登録情報を『都市外部からの特別メンテナンス用・超重要重装甲車両』へと書き換えました。システム上のアクセス権限は最上位のクラスS。防衛システムの自律砲台をすべてスリープモードへ移行します」
ナビの言葉通り、僕たちを狙い澄ましていた門の無数の大砲が一斉に首を垂れて沈黙し、センサーの光が赤から緑へと切り替わった。
「マスター。どうぞこのまま、時速二十キロの安全運転でゲートへお進みください。自動で開門します」
「さすがナビ、今日も頼りになるね」
『……信じられません。これほどの演算能力……あなたは一体、どのような超魔導演算器なのですか?』
ナナが畏怖の念すら込めて尋ねるが、ナビは澄ました声で答える。
「私は、偉大なるマスター・ユウの快適なスローライフを守護する、ただの愛嬌あふれる音声ナビゲーションシステムです」
そんなナビの鼻高々な(音声による)フンフンという鼻歌が響く中、重装甲列車モードのキャンピングカーは、ゆっくりと開いていく分厚い鋼鉄のゲートを悠々とくぐり抜け、魔導機械都市スチームガルドの内部へと侵入を果たした。




