第175話: 決勝戦のテーマは『未知なる美味』
「い、いやぁ! 三ツ星シェフさんなんかに、ウチが教えられることなんて無いんよ!」
「謙遜しないでくれ。私の舌は、君のあのソースが百年かけても作れないほどの複雑な工程(スパイス調合と熟成)を経ていると理解している。どうか、私の弟子に……いや、私を弟子にしてくれ!」
ツムギの両手を握って迫るエルフの天才シェフ・レオンを、僕とルナで必死に引き剥がす。
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいレオンさん! とりあえず、その話は本戦が終わってからにしましょう!」
「……そうだな。失礼した。あまりの未知の香りに、つい我を忘れてしまったようだ」
レオンはコホンと咳払いをして、すっと優雅な立ち姿に戻った。(しかし目はツムギのエプロンのポケットに釘付けだった)
その時、サロンの壇上に祭典の実行委員長が現れ、大声で宣言をした。
いよいよ、数万人の観衆が見守る大コロシアムで行われる『本戦』のテーマ発表だ。
『静粛に! 見事予選を勝ち抜いた精鋭たる料理人諸君! 今回の頂上決戦のテーマを発表する! それは――《これまでにない、未知なる美味の表現》だ!』
広間にどよめきが走る。
ただ高級な食材を使えば良いというわけではない。審査員たち(各国の王族や大富豪、名だたる美食家たち)が、「こんな味は食べたことがない!」と魂から打ち震えるような、【新しい食の体験】を提供しなければならないのだ。
「未知なる美味……」
「くっ……まさに、今の私に課せられた試練だな」
レオンが真剣な表情で腕を組む。
僕たちの使っている現代日本の調味料は、まさに異世界の人々にとって『未知の美味』そのものだ。
だが、他の天才料理人たちも、何年もかけて独自の新レシピを開発してきているはず。決して舐めてかかれる勝負ではない。
「ツムギ、どうする? やれそうかい?」
「……うんっ! もちろんなんよ、師匠!」
ツムギは両手をギュッと握りしめ、自信に満ちた笑顔を僕に向けた。
「未知の美味しさでみんなを笑顔にする……それがウチの、一番得意なことやけん! 師匠のスーパーの力と、みんながいれば、絶対に世界一の一皿が作れるんよ!」
「うむ。わらわの食後のデザートも兼ねておるからな。気合を入れるがよい!」
「お肉! ララ、お肉がいいー!」
ソフィアとララが(まったく緊張感なく)エールを送る。セリスもニコニコと頷いている。
僕たちの、第4部のクライマックスを飾る大一番の幕が、静かに上がろうとしていた。




