第165話: あと一歩足りない『旨味』
「ほぅ。この老舗『陽だまり亭』の総料理長であるアシの料理に、文句があるのかね?」
腕組みをしたドワーフの料理長が、ギロリとツムギを睨みつける。
彼から発せられる熱気と威圧感は、並の魔物よりもよほど恐ろしい。ルナとララが思わず肉を食べる手を止めた。
「ひゃっ!? あ、いや……あの、違うんよ!」
慌てて立ち上がったツムギは、ペコペコと頭を下げた。
「あのね、お肉は本当に最高なんよ! 焼き加減もプロだし、山菜の下処理も完璧やと思う! でも……ただ、このスープに使ってる『出汁』が……もったいないんよ!」
「出汁、だと?」
「うん。この『幻の山菜』、たぶん茹でると少しだけ独特の苦味が出るんよね? 料理長さんはお塩とハーブの風味でそれを消してると思うんやけど……それだと、山菜のせっかくの風味が死んじゃうんよ!」
ツムギは料理のことになると、相手が誰であろうと熱くなってしまう性質がある。
ドワーフの料理長の眉間が、ピクリと動いた。
「口の減らない小娘だ。この『幻の山菜』の風味を活かしつつ、えぐみだけを消す方法など、ユクムラの料理人たちが百年かけて研究しても見つからなかったわい! だからこそ、アシは極上のハーブと塩の力で……ッ」
「違うんよ! ハーブで『消す』んやなくて、別の甘みと旨味で『包み込む』んよ! そうすれば、この山菜はもっともっと美味しくなるけん!」
ツムギがバシンと座卓を叩いて身を乗り出す。
料理長も負けじと鼻息を荒くして身を乗り出した。
「ふん! 口で言うのは簡単じゃ! じゃあお前さん、アシより美味くこの山菜を料理できるっちゅーことか!?」
「できるけん!! ウチと、師匠の『お取り寄せ(ネットスーパー)』の調味料があれば、絶ッ対に美味しくできるんよ!!」
……あーあ。売言葉に買言葉だ。
しかも、ツムギの「自分の腕前」だけでなく、「僕のネットスーパーの力」まで全幅の信頼を置かれている。
まぁ、日本の化學調味料……いや、洗練された様々な調味料の「旨味成分」の暴力は、異世界の料理体系を根本から覆しかねないほどの威力を持っているのは事実なのだが。
「よかろう! ならば明日の夕食、アシとお前さんで、この『幻の山菜』を使った一品料理を作り、どちらが上か勝負しようじゃねえか!」
「受けて立つんよ! 絶対に勝つけんね!」
ドワーフの料理長とヤマトの天才シェフの間で、バチバチと火花が散る。
温泉リゾートでのんびりするつもりが、どうしてこうなってしまったのか。
僕は頭を抱えつつも、内心では「明日の夕飯は極上に美味いものが食べられそうだ」と、少しワクワクしてしまっていた。




