第164話: 老舗旅館の名物御膳
温泉(とお断りしたマッサージ)の後は、いよいよお待ちかねの夕食の時間だ。
僕たちは案内された豪華な個室の大きな座卓を囲み、運ばれてくる料理に目を輝かせていた。
「お待たせいたしました。当館の総料理長が腕によりをかけた、『ユクムラ特盛・幻の山菜と黒豚の御膳』でございます」
メイドさんが次々と御膳を並べていく。
メインは、炭火で香ばしく焼かれた分厚い黒豚のステーキ。そして、周囲には小鉢に盛られた見慣れない野菜の品々が添えられている。
「うおおっ! この黒い豚肉、脂が甘くてめちゃくちゃ美味いぞ!」
「あむあむっ! ほんと! ビーフ・みのたうろすのお肉とはまた違うおいしさー!」
ルナとララが、さっそくステーキにかぶりついて歓声を上げた。
僕も一口食べてみる。うん、確かに美味い。この辺りの特産品なのだろう、豚肉特有の臭みもなく、上品な脂の甘みが口に広がる。
「そしてユウよ、この『幻の山菜』とやらも悪くないぞ。シャキシャキとした歯ごたえと、ほんのりとした苦味が、肉の脂を綺麗に流してくれる」
「本当ですね。香草のような爽やかな香りがします」
ソフィアとセリスが、小鉢の山菜(茹でて軽く塩を振ったものや、シンプルなスープに入ったもの)を味わいながら頷く。
だが……。
座卓の端で、ヤマト随一の天才シェフ・ツムギだけが、スプーンを持ったまま少し不満げな、難しい顔で黙り込んでいた。
「……ツムギ? どうしたの、体調でも悪いかい?」
僕が声をかけると、ツムギはハッとして顔を上げた。
「あ、いや……全然! すごく美味しいんよ。お肉の焼き加減も完璧やし、この山菜の風味も下処理がしっかりされてて……本当に、一流の料理人が作ったのがわかるんよ」
彼女はそう言いながら、もう一口、山菜のスープを口に含んだ。
そして、料理人としての本能から、無意識のうちに呟いてしまったのだ。
「――でも。……ほんの少しだけ、『旨味』が足りないんよ」
その小さな独り言は、運悪く(あるいは運良く)、料理の感想を聞きにちょうど部屋に入ってきた人物の耳に入ってしまった。
「……ほう? アシの料理に『旨味が足りない』と抜かしたか、そこの小娘」
入り口に立っていたのは、腕まくりをした分厚い胸板のドワーフ――この旅館の総料理長だった。
その目には、職人としての強い静かな怒りと、純粋な料理に対する自負が燃えていた。




