第159話: 大賢者と氷結魔法
「……ほう。わらわの氷結魔法の精度、とな?」
僕の問いかけに対し、ソフィアは唇の端を吊り上げて不敵に笑った。
「愚問じゃな。わらわは世界最強の魔法使い、大賢者ソフィアぞ? 時間を止める魔法を編み出したこの天才に、温度コントロールごときが出来ないとでも思っておるのか?」
「いや、君の才能は微塵も疑ってないよ。だからこそ頼みたいんだ」
僕は窓の外で巨大な体を震わせているキング・キャビア・スライムを指差した。
「あいつの『中身』を傷つけず、味を一切劣化させないためには……一瞬で、細胞活動を停止させるしかない。『瞬間冷凍』だよ」
「……なるほど。スライムが自らを『不味いヘドロ』に変異させる暇も与えぬほどの、絶対零度の超速冷却。そういうことじゃな?」
「うん。でも、ただ凍らせるだけじゃダメだ。氷の結晶が大きすぎると、解凍した時に細胞が壊れて味が落ちる。だから、極めて緻密な魔力制御で、一瞬にして均等に凍らせてほしいんだ」
キャンピングカーのキッチン(冷凍魔法付き)の知識を応用した僕の理屈に、ツムギが「さすが師匠なんよ!」と手を叩く。
「ふははっは! 面白い! 日々の肩こり解消マッサージの礼代わりに、わらわが絶品のキャビアを用意してやろうではないか!」
ソフィアがキャンピングカーのルーフハッチ(天井の扉)から身を乗り出した。
湖畔は、僕たちという侵入者に気付いたキャビア・スライムの大群と、巨大なキング・スライムからの酸の弾幕で、一触即発の空気に包まれていた。
「ンンンンンォォォォォ……ッ!!」
「来るぞ、ソフィア! 僕らの夕ご飯が!」
キング・キャビア・スライムが、ドロリとした巨大な触手を振り上げ、こちらに向かって酸のブレスを吐き出そうと大きく息(?)を吸い込んだ。
「遅い。わらわの食欲の前に平伏すがよい」
ソフィアが杖を天に掲げ、透き通るような声で詠唱する。
「【アブソリュート・プリズン(絶対零度の氷牢)】」
パキィィィィィィィィィッ!!!
魔法が発動した瞬間。
広大な湖畔の景色が、一瞬にして「白」に染まった。
いや、正確には空気を構成する水分までが一瞬で凍りつき、巨大なキング・キャビア・スライムも、周囲の取り巻きたちも――完全に動きを止め、美しい『黒い氷像』へと変貌していた。
細胞を破壊しない、完璧なマイナス数十度による、時が止まったかのような瞬間冷凍アートの完成だ。
「……す、すげぇ。本当に一瞬でカッチカチだよ……!」
「わふー! つめたーい!」
ルナが目を丸くし、ララが凍ったスライムの鼻(?)をツンツンと突く。
僕は感嘆の溜息を漏らしながら、ツムギを見た。
「よしツムギ、最高の食材(の塊)は手に入った。あとは君の魔法(料理)の番だ!」
「まかせて師匠! この超・高級食材、ウチのキッチンで完璧な一皿にしてみせるけんね!」
『どう倒すか』ではなく『どう美味しく食べるか』。
大の大人が本気(チート能力)で食欲を追求した結果、豊穣の森の主は、一切の抵抗も許されずに、ただの「極上の冷凍食材」へと成り下がったのだった。




