SS: 堕落へのカウントダウン(ルナ視点)
「……あ〜」
私は今、キャンピングカー(現・移動式高級ホテル)のリビングにある、最高にやばい椅子の虜になっていた。
『肩の揉みほぐしを強化しますか? それとも、ふくらはぎのエア・マッサージに移行しますか?』
「ふぁ〜……右肩、もうちょっと強くお願い……ふにゃぁ」
全身をすっぽりと包み込む、信じられないほど柔らかい革張りの椅子。
こいつはただの椅子じゃない。内蔵された何十個という魔法のモミ玉が、私の身体の疲れをミリ単位で解析し、極上の力加減で揉みほぐしてくるのだ。しかもヒーター付きで温かい。
盗賊業界でもトップクラスの身の丈と『神技』を誇る私だが、この『ぜんじどうまっさーじき』の拘束力(いや、快適すぎる引力)の前には、為す術もなく崩れ去ろうとしていた。
「ル、ルナ! 抜け駆けはズルいよ! 次はララもそこの椅子でポヨーンってするー!」
「うむ。わらわもさっきから順番を待っておるのだが……ルナよ、そこを退かぬか」
「むにゃあ……あと五分……いや、あと二時間だけ……」
ララに飛び付かれ、ソフィアに杖でツンツンと突かれても、立ち上がる気が全く起きない。
壁の向こうの超巨大な画面では、美しい海の青い魚たちがのんびりと泳ぐ映像が流れており、車内は適度な温度と良い匂い(ツムギの夕食の仕込み)に満たされている。
「おーいルナ、そのまま寝ると風邪ひくよ。はい、毛布」
「あにゃがとぉ……ユウ……」
呆れ顔のユウが、ふかふかの毛布を掛けてくれた。
……ダメだ。これじゃあ、いざ敵が襲ってきた時に、ナイフを握るスピードが絶対に落ちる。私の中の「一流の盗賊としてのプライド」が、かすかに警鐘を鳴らしている。
(でも……まぁ、いっか。どうせ敵が来ても、この車のバリアとナビが全部弾き返すだろうし……)
ヤマトであった大勢の忍者たちとのヒリヒリするような死闘を思い出しながら、私はそれ以上の思考を放棄した。
平和で、暖かくて、お腹がいっぱいで、最高に気持ちいい。
この走るホテルは、どんな魔王のダンジョンよりも恐ろしい「人を駄目にする魔窟」のようだ。私は幸せな溜息をつきながら、再び極上の揉みほぐし(マッサージ)に身を委ねた。




