プロローグ(1)
どこにでもいる、ちょっと負けん気の強い女子高生こと私、岸三波には秘密がある。
それは、午後九時きっかりに子猫に変身してしまうことだ。
「今は午後八時ーーーそろそろお風呂入らなきゃ。浴槽の中で猫になったらタダじゃすまないぞ...」
時間通り、猫になったが最後。
私の体は、次の日の午前六時までそのままなのである。
私は元来、魔法を使える一族とかではない。間違いなくアレが原因だということは分かっているーーー
先々週の帰り道のことだ。
水泳部の活動が長引いたせいで、コンビニのバイトに間に合わなそうになった私は、走るのには適さないローファーで家路に着いていた。
その上、泳ぐ前に落としておいたメイクを再度行う時間まで失ってしまい、すっぴんで全力疾走している。これでは女子高生の名が泣くというものだ。
そんな時、突如として目の前に飛び出してきた猫に驚き、つんのめってしまった。『わっ!わっ!わっ!』と叫びながら、何とか転ぶことなく耐え切った。自身の功績を讃えるべく、野球の審判のごとし『セーーーッ!』を我が身で実践。
周りに人影が無かったことは確認済みだが、猫に『うへへ』と馬鹿にされたような気がして、すぐにその場から逃げ出したーーー。
が、数メートルよろよろと走ったところで、背後からか細い『にゃおう』という鳴き声が聞こえてきたので、再び立ち止まることとなる。振り返ると、そこには苦しそうに後ろ足を舐めているさっきの猫がいたのだから驚いた。
「わっわっ.........ご、ごめん私が蹴っちゃった!? す、すぐ病院に連れてかなきゃ」
焦っていたとは言え、接触した感覚は無かった。もしかすると、小さすぎて気付かず蹴飛ばしてしまったのかもしれない、と思うと一層焦りが体をつんざいた。
私は猫のおしり側から左腕で包み、持っていたキャラ物のタオルで体を包んだ。
包んだ、ところで背後から声がした。
「あ、あの〜.........一部始終見てましたけど、あなた猫ちゃんを蹴ってなんかいませんでしたよ」
「ぶわわっ!!!」
突然の声に驚いて猫を取り落としそうになるが、慌ててキープ。ばっと後ろを振り返る。
「ま、眩しっ.........」
夕焼けがやけに眩しく、逆光となって私の視界の九割方を奪った。そこにいるはずの人間の姿がまるで見えない。
空いた左手で陽光を遮ることで何とか応じる。
「ほ、本当ですか.........?」
「はい。その三毛猫ちゃん、僕が数分前に見つけた時にはもう怪我をしてて、それで抱き上げて手当しようとしたら逃げちゃってーーー」
彼は引き続きこう話した。
しかし、僕の人相が悪いせいか逃げられた。でも放っておくわけにもいかず、追いかけていた。しかし、ぴょこぴょこ逃げていってしまうので手をこまねいていた。こっそり着いていき、ついに見つけた。
すると、凄い顔で走るあなたが現れたーーー
「と、言うことなんです。でもあなたが捕まえてくれたので.........良ければ、一緒に医者へ連れて行きませんか?僕一人じゃまた逃げられてしまうかもって.........」
私には、断る理由も無かったので『よし、分かった行こう』と伝えた。敬語を崩して応じたのは、彼が私と同じ中高一貫校のブレザーを着ていたからだ。極め付けに、その胸元に着いている学年バッヂが、高等部二年生を表す緑色に輝いていた。
ちなみに、私は三年生。えっへん!
その後、私と彼は三毛猫を医者へ送り届けた。診てもらうと、大したことない擦り傷だと分かり、ホッとした。猫は、数日入院することとなったーーー
しかし、ここで問題が起きた。
私たちは無一文だったのだ。顔を青ざめさせた彼は『ど、どうしよう僕お金持ってないです...!」とうろたえ、私としても情けなく『me too...』と返すことしかできなかった。
だがここで僥倖だったのは、そこはどうやら地域猫の傷病治療に対して寛容な動物病院らしいということであった。
強面の医者から『お代は必要無い』と説明された。
私と彼は『やったね』と軽くハイタッチをし、その場で解散する運びとなったのだった。