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prologue-1


 卒業式が終わった後、私は荷物と共に実家へと戻ることとなった。

 手には卒業証書ともう1つの別の賞状――魔法準男爵の叙爵証明書類がある。


 魔法学院に落ちた私であったが、魔法爵育成学院卒業時に拝領される『魔法準男爵』は問題なく手に入り、そしてかねてからの想定通り魔法第1師団、魔法第1旅団付の第7、8留守大隊の大隊付指揮官として正式に役職を与えられることとなっている。いわゆる『婦人大隊』というやつだ。

 しかし、近年の軍拡によって新設された役職なので部隊としては十全ではなく、新任の人間に任せるべき仕事なんてものは殆ど無いと言っても差し支えない状態なのは先輩達の状況からしても明白である。時折顔を出すくらいのレベルだし、志願兵受け入れ以前の下士官教育の段階からのスタートなのだから。

 それに魔法使いの部隊の指揮統率の『役職』は、中央省庁などの仕事との兼任前提なところがあるので、ただでさえやることは少な目だったり。


 つまり、私の4月からの新生活の展望は現状よく分かっていない。この状況で実家には正直帰りたくなかったが、学校に居続けることは不可能だし新居なども決めようがないから帰省しか選択肢が無いのである。

 だからこそ……いや。不合格通知を見てからずっとと言うべきかな。何ていえば良いのだろう、何も考えていない訳じゃない。むしろ色々なことを考えてしまうし、その無意味だと分かっている思考にリソースを割かれてしまって、何も他のことを考える余裕が……ない。


 ――今の私は頭の中が真っ白であった。

 しかも、顔面も同じ色彩で彩られていただろう。


 だから、なのだろうか。

 昼下がりの時刻に家の扉を開けたときには、一瞬呆然とした顔を見せたお母さんが、我に返るとすぐさま私を抱きしめてきた。

 そして、私は玄関で立ち尽くしたまま涙を流していた。



 こうしてお母さんの前で涙を流し続けるのは、実に15年ぶり――転生初日以来のことであった。




 *


「……ヴェレナ。お母さんとお父さんは、あなたの受験の結果については知っています」


 1時間くらいクールダウンの時間を挟みつつ、私は一度シャワーだけ浴びてきた。身体が冷えていた感覚は無かったものの、お母さんに無理やり追い立てるように赴いたお風呂場にて、シャワーの暖かさを感じた瞬間に鳥肌が立つくらいの安心感を覚えた。


 つまり体温調節機能すらも異常が出る程に精神的に参っていたのである。


 シャワーだけを浴びた後に、3月の肌寒さと陽光の心地良さが同居するリビングにてハーブティーを飲む。その香りはラベンダーであった。


 そこまでの過程を経てようやくお母さんが私に探りを入れてきた一言が先の言葉である。そして私自身、その当然の一言が身体をびくつかせる程に動揺していた。……動揺してしまっていた。


「……あっ、その……ごめんなさ――」


 私の一体、何に向けての、あるいは誰に向けての言葉か分からない一言をお母さんは遮りながらこう話す。


「――それだけの過敏な反応を示すということは、ヴェレナの中でそれだけの葛藤があったものだと思います。

 だけど、話してくれないとお母さんも分からないわよ」


 私はその言葉に対して、意を決してこう紡ぐ。


「魔法学院……難しいことは知っていたはずなのに、勉強不足だったから……」


「でもヴェレナ? あなたは9月か10月頃から受験に向けて勉強を始めていたじゃない。極端に遅かったわけでも無いわよね?」


 確かに、オーディリア先輩の代でも、先輩が連絡会議を引き継いだ後受験勉強へ完全にシフトしたのはその頃であった。その点は私も先輩も同じだし、何なら本格的ではなくとも、3年次に入ってから多少勉強時間を増やす程度は双方ともに共通していた。けれども、問題はそこじゃない。


「でも……! 私はそれまで成績がずっと落ちていたから……、先輩達と比べてもっと勉強しなきゃ受からなかったはず……!」


「――では逆に聞くけれど、一体いつから勉強すれば合格できたと思っているの、ヴェレナ?」


「……それはっ。……早ければ早い程、受かる可能性は上がっていたはず……」


「じゃあ、あなたは魔法爵育成学院の3年間ずっと勉強漬けの生活をしていた方が良かった、と……そういうことなのね?」


 3年間ずっと勉強ばかりしていた方が良かったとは思わないが、それは極端すぎではないだろうか。だから言い返す。


「そうじゃないけど、でももっと勉強すれば結果は違ったかもしれない!」


「……それ、本心から思ってる? 成績が落ちていたのはここ1、2年の話では無いでしょう? 怠慢が成績低下を招いたのではなく、そもそも幼少期にあった勉強面の貯金・・が尽きかけているからではないかしら」


「……。じゃ、じゃあ、お母さんは勉強しても落ちていたって言いたいの?」



「……やっぱり、ヴェレナは考えが違うみたいようね。

 確かにあなたの先輩も、お父さんも受かったのは間違いないわ。でももう少し普通に考えてみて。魔法学院の合格倍率は10倍を超えているのよ。

 それも、受験資格があるのは魔法爵育成学院の卒業者だけ。


 お父さんや先輩がそうだからと言って……。

 ――普通、1年で受かろうとする代物ではないのよ、これは。

 高校卒業と同時に大学に進もうとするのは、あなたの『前の世界』の常識かしら?」



 ――ストレート合格が普通ではなく、むしろ浪人の方が一般的。


 そっか。そこに異世界カルチャーギャップがあったのか。



 今回に限れば魔法学院に落ちた私がおかしいのではなく、合格した先輩方やお父さんの方がおかしいのである。


 ……ははっ。そうだった。お父さんは魔法爵育成学院と魔法学院の双方1期生の主席だし、オーディリア先輩も同様に主席である。


 先輩方はこの国中の優秀な同世代が集まるガルフィンガング魔法爵育成学院の中でも更に上澄みの存在であったのである。……そして、私は違った。


 そもそも倍率10倍ってことは9割は落ちるのだから、むしろ落ちる前提で居るくらいの心持ちで居なければ駄目だったのだ。




 *


「……真面目に勉強しても受からないなら、受験する意味は無かったってわけ? 私の能力だと試す価値も無い無駄な行動だったの?」


「どうしてヴェレナはそう両極端な結論に持っていきがちなのかしらね。

 多分、あなたは全く意識していないだろうけれども。ただ『魔法使い』になるだけでも、普通は願っても出来ないこと。あなたの自己評価軸が壊れているからそうは思わないのかもしれないけれど、それで充分優秀なのよ。


 敢えて言いましょうか。国家公務員『魔法使い』になった魔法準男爵のヴェレナ・フリサスフィス――世間はこれを成功者と呼ぶのよ」



 国家公務員――その言葉は私に重くのしかかった。公務員と言われて想像できるような市役所の職員や警察官などではない。中央官公庁の職員相当……というか、魔法省などはそのものであろう。前世では私自身というか友人や親族をひっくり返してもそこまでの要職に就いている人間は居なかった。

 私はずっとこの国の宰相となったゲーム内の悪役令嬢ヴェレナを基軸に考えていた。だが、ヴェレナではない前世の私として考えてみれば、確かに今の立ち位置はおおよそ私の人生(・・・・)としては有り得ない程の高みまで上っている。


 しかも私は――『魔法使い』である。もう間もなく、候補生でもなくなる。そして『魔法使い』とは軍人でもあり、私は兵卒ではなく指揮官なのだ。既に内定している大隊付指揮官。改めて言うことでもないとは思うが大隊とは完全充足であれば1000名程度の規模であり、私はその1000名の生殺与奪を左右する人間の1人としてこの国から認められているのだ。

 それだけの身分に就く人間のことを、私は自分自身のことだからと全く評価していなかった。


 如何に自己のことだといえどもそれを優秀ではないと言うのは、最早謙虚でも謙遜でも何でもなく――ただ今あるポジションにおける責任の逃避でしかない。



 客観視すれば私は気付かないうちに、普通の人生ではないところまで上り詰めていた。いや、気付かなかったのではなく、ずっと『ゲームシナリオ』という指針と『敗戦の回避』という目標を見ていたために、自分が何を目指し、何者になろうとしているのかに無自覚であった。


 だからこそ、次のお母さんの言葉は。

 いつもと違って聞こえた。


「……正直ヴェレナの危うさはずっと感じていたわ。けれども、全体としてあなたは自分が思っているよりもずっと上手くやっていた。

 だから上手く行っているのに指摘するのもな、ともお母さん……思っていたの」



 今までであれば、その言葉は聞き置きながらも無視していた。仮に受験のことを一旦捨て置いたとしても、今の現状は妥協を重ねた上でやむを得ないというものであり、悪いとまでは言わないがそれが良いとは考えておらず、甘めに裁定してどうにか及第点くらいの代物にしか思っていなかったからだ。

 向上心や功名心と言えば聞こえは良いかもしれない。けれどもそれらは正しく言えば、現状誤認でしかなかった。


「上手くやっていたのであれば……私は何を間違えたの、お母さん?」


 多分その後のお母さんの言葉はずっと言いたかったものであり、同時に私にとっては既視感を覚える代物であったのである。



「……後付けのようで何とでも言えてしまうのだけれども、正直ヴェレナは詰めが甘いのよ。全部自分の考えた通りに上手く行く……いや、そうじゃないのよね、貴方の考え方は。


 ――自分の考えた通りに『出来ないといけない』という焦燥感と使命感があるのよね。


 確かに状況に即して対応できる子よ、あなたは。

 でもね。あなたは自分の未来を、自分でも分かっていながら意図して制限している。

 だから、その自分の『既定路線』から一歩踏み外したときに、こうして真っ白になってしまう。結局のところ、何も決別できていないのよ……前の自分と」



 過去との決別。それは前世の人生への固執という意味では既に打破したと考えていた。けれど。

 先入観を放棄し、現実とのギャップに閉口しつつも築き上げてきた価値観が一度破壊され絶念した後に、ゲームシナリオ通りに未来が進みかねない懸念を憂慮し、そしてそれらの観念から打破しようと何度も試みても、結局前世の在り方が今なお自身を縛り付け視野偏狭が私を苦しめ続け。世界情勢が激変し混沌が開口する中で、私の行動の結果は既に逸機せしめ、挙句の果てに本質を見失った仕落が今の私である。


 うん。つまり決別できていないのだ……ゲームシナリオという私にとっての未来予想図から。


 だからこそ『既定路線』――即ち、ゲームシナリオを打破し敗戦からの脱却するという目的遂行のためのスケジューリングそのものに無理が生じているにも関わらず、私にはセカンドプランが無いのだ。だってタイムスケジュールが明瞭でないのにも関わらず、後10年そこそこで魔王侵攻があるだろうという推測とそこまでに私が権力を握るビジョンがまるで明確ではないのだから。

 間に合わないのではないかと懸念を抱くのも当然だと私は思うし、最短効率で駆け上るしかないと思ってしまう。そうして私が私自身の意志で『既定路線』を築き上げ、そして失敗・・し続けてきた。


 ……その失敗・・は、端からだと失敗とすら見られないが、タイムスケジュールがギリギリだと感じていた私は代替案さえ作れないくらいには動揺し、真っ白になってしまう。


 であれば、今後は代替案を考えて一度ミスをしてもそれをカバーできるようにすればいい? ……ううん、そうじゃないんだ。


 私がやらかした最大のミスは――



「……目標設定がおかしいんだ、私の生き方って」


 その独白に近い一言には、肯定も否定もされなかった。ただし、付け加えられたお母さんは次の言葉を返した。


「……ねえ、ヴェレナ? あなたはどうして『魔法使い』になるのかしら?」


 それは奇しくも初等科時代にオーディリア先輩が問うてきた質問と全く同じであった。

 そのとき――初等科5年だったから7年前。あの時は、親戚関係で貴族爵位っぽいものがフリサスフィス家の人間として必要であったこと、そして敗戦回避などの理屈を抜きにすれば私が魔法使いになる理由は無かった。だからこそ、その理由を見つけるために魔法使いになることを決意した。



 ……私は、あの時と全く変わらず。

 未だに、自分自身が魔法使いになりたい理由が見つけられていない。

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