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prologue-2


 私はどうして魔法使いになりたいのだろうか。


 いや、敗戦回避という『使命感』から来ているものなのは事実だ。しかし、そもそもその『敗戦』という結果そのものの根拠というのは前世の私が少し触れただけの『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』というゲームの一幕でしかない。


 確かに断片的に『敗戦』に向けてのトリガーになりそうな出来事そのものは散見されている。この国の情勢不安と経済状況の不安定さであったり、それに起因する過激派という現状打開勢力と、その過激派の思想に共鳴する魔法使い候補生の存在がある。

 はたまた、その候補生の強硬論を利用して派閥抗争において第三勢力でしかない片翼党が魔法使い教育という土壌を使って将来的な派閥拡大を目論んでいる動きであったり、あるいはまったく魔法使いと関係の無い農業界における働きかけで近隣諸国が利用していない土地を耕地転換するという移民入植事業の推進であったりと、確かにゆくゆくこの森の民という国が『侵略』という手段に訴えかねない危険性の高い示唆するものはいくつか見受けられるのだ。


 だがしかし。それが即全面戦争並びに敗戦へと直結するのか、と言えば、私にはまだその辺りの因果関係が掴み切れていない。

 だから実際に敗戦――というか戦争に至るか否かすら分からない。でも、分からないならひとまず最悪の事態を想定してそれをコントロールできる立ち位置まで上り詰めよう、というのがこれまでの私の発想であり方針であった。



 けれども、そういう目標設定のせいで私の生き方は破綻しかけている。普通の人生であれば充分に成功者と言える立ち位置に居るのにも関わらず高すぎる目標のせいで、それを実感として享受できていない。地に足が付いていない。

 何より問題のこの発想を取り除いたときに、私が真に魔法使いを志す動機が無いのである。


 あくまで魔法使いというのは職業であり仕事だ。今更やりたいことだけやって生きていけるなどとは思っていない。


 ただ。私にとって最大の障害は、そもそもその『やりたいこと』が存在しないのである。

 あるのは――『やらねばならないこと』だけ。しかもその『やらねばならないこと』とは私自身の中に内包されているもので他者から見れば『やる必要のないこと』である。この乖離は『敗戦回避』などという目標を掲げている以上は、是正されることはないだろう。


 それでも今までは対外的に見れば私は成功していた。だからこそお父さんもお母さんも私の危うさには気付いていながらも、私の考えた通りにやらせてくれた。

 こうして今、お母さんが私のことを心配して相談に乗ってくれているのも、受験に失敗したからではなく、私が精神的に明確な崩れを見せたからだった。



 ――うん。いい加減、認めよう。

 私は物語の主人公には……なれない。救国の英雄にも、戦争を勝利へと導く絶対的な指導者にも、あるいは全てを救うヒーローにもヒロインにもなれない。


 何故なら、悪役令嬢・・・・だから。



 そして。


「今の私は、悪役令嬢にも……なれない」


 私にはそれだけの才覚がない。そして才能以上に、メンタリティが全く追い付いていな――


「ええ、その通りよヴェレナ。

 ――貴方は『悪役』になる必要なんて、無い」


 お母さんは私の思考に被せるかのように即座に言葉を重ねた。

 私が『悪役令嬢』になるだけの諸要素を満たせていないのではなく、『悪役』になる必要が無いと、お母さんはそのように訴えたいのだ。


「……どう、して」


「だって、貴方は『ヴェレナ・フリサスフィス』なのだから」




   ◇  ◇  ◇  ◇


 ――ヴェレナという名前は聞き覚えがあった。


 寝る前にずっとやってた『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の『悪役令嬢』キャラクターの名前だ。


   ◇  ◇  ◇  ◇


 ・


 ・


 ・


 私にとって、ヴェレナという名は、ずっと『悪役令嬢』キャラクターの名前であった。

 それが原点であり、指標であり、前提。幼児期からそれは一貫していた。



 私にとって、フリサスフィスという姓は、この世界に来てから元従士階級であった家系を示すものであると知った。

 それは後天的であり付加情報。外付けの要素であり、そして魔法使いを目指す上での1つの動機でもあった。



 では、私にとって。『ヴェレナ・フリサスフィス』とは――?

 ヴェレナという名は最初から呼ばれていたし、フリサスフィスという姓も最初期に魔物ではないことを証明するための検査の為に赴いた魔法病院で知った。

 しかし。そのフルネームを初めて呼ばれた記憶は、この世界に来てから2年が経過した、あの時のことだ。



 ――あなたは、私の娘であるヴェレナ・フリサスフィスでは無いわよね。


 お母さんが私の中身を看破していることをカミングアウトした日である。

 私……いや私達にとって『ヴェレナ・フリサスフィス』とは、お母さんの娘であることを示し――家族であることを証明する名前・・



 そして、私は。

 ――『ヴェレナ・フリサスフィス』なのである。




 *


 玄関の方から音がする。


「あら、お父さんが帰ってきたみたいね」


 いつの間にかそんな時間になっていたようだ。お母さんは準備していた夕ご飯を盛りつけに向かう。いつの間に調理を? と思ったが、この世界の魔石装置のコンロは、加熱調理で目を放しても火を使っていないから火災の危険は無いんだった。

 火に限りなく近い火ではない何か、それが魔法で生み出される熱源の正体だし、熱伝導も輻射伝熱もその魔法熱源にオプションとして付けることも付けないことも出来る。だからこそ火災に至らないのだろうが、魔法ってナチュラルに物理法則を無視してくるから困る。


 そんなこんなで出てきた料理は、お肉料理だった。

 塊肉ではなくスライスされて饗されているそのお肉は外側が燻ったかのように焼き色が付いている一方で、中は薔薇の花のように赤々としている。

 うん、これは私も知っている。ローストビーフだ。食欲をそそるロゼの牛肉、しかも私が知っているローストビーフよりかは気持ち肉厚に切られている。


 そんなメインディッシュの付け合わせには葉物野菜やブロッコリーなどを茹でたものやじゃがいもが添えられている。そしてパンというかベーグルみたいな見た目のものが舟形の木編みの籠にいくつか積まれている。


「お母さん……これは?」


「パータ・シューというペイストリーの一種よ」


 ペイストリーというと、ラルゴフィーラへ旅行に行ったときに揚げたやつを食べたっけ。なんか揚げピザパンみたいな感じだったけれども、それとは見た目からして全然違う。というかパンとペイストリーの違いってなんだ。


 まあ食べれば分かるか、ということで短い黙祷を捧げた後に、まずはローストビーフを一口ぱくり。

 うん、これだけ肉厚だとしっかりと噛み応えもある。けれども決して肉の臭みがあるわけではない。単品のお肉だけでも絶品だが、それを更に際立たせているのがソースだろう。

 シンプルでさっぱりとした味わいでありながら、ほんのりと効く酸味がお肉の良さを更に際立たせている。味は少し酸味がかったフレンチドレッシングと言うべきだろうか。さっぱりとした風味と芳醇が名脇役として添えられる。後でお母さんにソースのレシピを聞いたらブドウの果実酢と綿実油を基幹として香辛料とレモン汁、更に隠し味でヨーグルトが少量入っているという何というかものすごいソースだった。


 そしてパータ・シュー。そのまま食べるともっちりとした感じ、でもとっても軽い。ああ、あれだシュークリームの皮に近いね。というか名前も似てる。

 そしてこれでソースを滴らせたローストビーフと葉物野菜を載せて更に一口。


 美味しくない訳が無いじゃん、こんなの。シュー生地にもこの酸味のソースが本当に合う。ローストビーフだけのときはお肉が絶対的王者、舞台のセンターとして君臨していたのが、パータ・シューと合わせることによって調和というか脇役であったはずのソースや野菜も見事に引き立ち、生地自身も存在感を発揮することでお肉が主軸のユニットへと変貌している。


 そんな私の食べる様子を他愛も無い会話をしながら伺いつつ、3人で食卓を囲む。お父さんにはまだ何も話してはいないけれども、食事のときに大事な話を振ることをお父さんはしなかった。


 本当に大事な話であれば食事の片手間でするものでもないし、そして何より私が食事があるとそちらに意識を持っていかれることをこの両親は分かっているからなのだろう。

 勿論、食事中に大事な話をするなら私としても話の方に集中するけれども、その分話半分ならぬ『食事半分』の状態になってしまうわけで。折角食事に集中している私のことを邪魔しないようにという思いも込められていると思う。




 *


「……まあ、今のヴェレナの様子を見ればディエダが色々と援護をした後みたいだから、正直多少安堵はしているが。

 でも『魔法使い』であるお父さんから改めて言っておこう。優秀であっても魔法学院の一発合格は難しい。あの学院は魔法準男爵の魔法爵位にある間は何度だって挑戦できるものだ。

 その中で一度でも受かればそれで十二分な場所というわけだな」


「……魔法学院が出来た初年度にストレートで主席合格したお父さんが言っても説得力皆無じゃないかな」


「そこまで軽口が叩けるなら、お父さんとしても安心だ」


 そこでお父さんは言葉を一旦区切る。今私達2人が居るのはお父さんの書斎。食事後に30分くらい休憩した後に、お互いどちらかから切り出したわけでもなく、こうして書斎に集まった。


 このタイミングでお母さんと話したことを一応共有しておく。大体はお母さんからも聞いてるとは思うけれど。私としての主軸は、『敗戦回避』という目標設定がおかしかったことと、未だに魔法使いになる理由が自身の中で見出せていないこと、この2点だ。


 お父さんは話を聞いた後に、溜め息をつきゆっくりと背もたれに寄りかかりながら語る。


「理由と目標か。そればかりは難しいな。自分以外の何者かが言ってどうこうなるものでもあるまい」


「……ちなみに、お父さんが魔法使いになった理由って聞いてなかったよね」


「ああ……そう言えば、フリサスフィス家の跡継ぎ関係以外で話したことは無かったか」


 私がちゃんと聞いたのって、元々は従士階級だったけれども国家統一時に従士は平民になったって話と、そんな従士階級の中でも祖父の功から一代限りで最下層であれど『騎士爵』という爵位を賜ったということくらいだ。

 それで親戚一同が、あわよくばフリサスフィス家を貴族家にという欲を見せだして、その抜け道として魔法爵位という肩書きのある魔法使いになったという話であった。


 この話の中にお父さんの意志は無い。お父さんは真意を語る。


「父が――ヴェレナから見れば祖父だが。

 父はカッコよかった。武勇伝を語る父に憧れた。


 ……後から色々と背負わされる羽目になったけれども、多分最初の動機はこれだけだよ」


 従士であっても騎士と同じ爵位を特例で受けた祖父。私はその祖父を知らない。が、それはやはり類まれなことを成し遂げなければ叙爵など出来ようもない。上司である騎士や領主の信任も厚かったのだろう。あるいは、身分差を黙らせるだけの能力があったか。

 いずれにしても、お父さんは父の背中(・・・・)に憧れて魔法使いを目指した。その道中で背負う物が増えたということだ。


 そして、お父さんは祖父のような戦場での経験というのは魔王侵攻のときくらいで、基本は事務方の人間だったし今では大学教授だ。最初の動機が完全な形では叶っていない。まあ、夢とは大方そういうものであるだろう。


 ただし、父は話を続けてこう付け加えた。


「実に陳腐でありふれた、くだらない理由だろう?

 人というのは、誰しも自分が特別で別格であると思い込みたいものだ。だから若い頃の私はそんなありふれた理由で魔法使いになったことを認めたくなくてね。


 実に様々な言葉遊びをしたものさ。『一人の森の民の国民として責務を全うするため』だとか『新興国であるこの国を導くため』だとか……まあ、色々あった。

 別にそういう理由で動けるなら、それならそれで間違っていないだろう。目標だとか理由だとか使命などというものは究極的には自己満足に過ぎず、自分のやる気を如何にして保つかというあり方の1つでしかないとお父さんは考えているからね」



 ……私の場合はどうだっただろう。

 『敗戦回避』という目標は、果たしてモチベーションの維持に寄与していただろうか。やる気やマインドを保ち続けることに意義があっただろうか。


 でも、うん。ごくありふれた当たり前の言葉で紡げる程度の内容が、自身の本質でありモチベーションであった、ということを受け入れるのは人によるかもしれないが、想像以上に難しいことなのかもしれない。


 やっぱり、自分が今こうして生きていることに、あるいは自分が今まで歩んできたことに、何か特別な意味を見出す必要があるとは思ってしまう。

 ……でなければ、私の前世は本当に無意味なものであったことを受け入れてしまうようで。



「ヴェレナの場合、同一の存在であったとしても2人分の人生を歩んできてしまっている。

 ……だから、自分が特別でありたいという思い――あるいは信仰か。それは並々ならぬものであろうとは思っているつもりだよ」



 前世の私と今の私。

 両方を背負う私だからこそ、自己確立のために今まで『敗戦回避』という特別な人間のように思えた看板を下ろすことが、ずっと出来なかった。


 だからこそ。

 私は等身大で歩みを進めることが出来ずに、自己乖離の壁にぶつかっていたのではないだろうか――。

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