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9-23


 ケールスティン・ブランヒルデ。

 アマルリック王子の言葉で、次期『連絡会議』のオブザーバー参加の取り纏め役に彼女を据えるという案が私の中で浮上した、と同時に思ったことが1つある。


 ……これ、王子に誘導されているなあ。


 アマルリック王子がブランヒルデさんのことを知らない、という可能性は極めて低い。というのもこの王子は魔法青少年学院時代、まだ無警戒であった私やオーディリア先輩についても身辺調査程度は行っていた。だからこそ、王子の近傍に仕えている近衛兵組織の関係者という立ち位置にあるブランヒルデさんを見逃す訳が無い。


 慎重に言葉を選んで王子に問いかける。


「……アマルリック王子には。平民と貴族双方に顔が利く人物に心当たりは……」


男性生徒・・・・では、少し見当たらないですね。

 中庸の出自を有する者はどうしても限られてきます」



 ちょっと、露骨すぎやしないか。王子はまず間違いなくブランヒルデさんを付けたがっているとみて間違いない。

 改めて少し考える。


 彼女の義父であるオドラニエル・ブランヒルデは既に退官こそしているものの、元々は近衛兵務府にて近衛参事官を務めていた人物だ。

 近衛兵は2個歩兵連隊と1個騎兵連隊を基幹とする魔法使い・錬金術師に次ぐ軍事組織であるが、それらの兵力を統括するのが近衛兵務府であり内閣の官制外に設置されている閣外組織だ。だから、魔法大臣や錬金大臣のような『国務大臣』が例外は多かれど基本的には内閣ないしは宰相ごと運命を共にする一方で、この近衛兵務府を治める『近衛兵務長』はそうした議会政治の動向にはあまり左右されない。

 そして『近衛参事官』とは、その近衛兵務長の直属で配置される補佐役だ。定員は8名で兵務長の補佐だけに留まらず、常時国王に近侍し国王の軍務を輔弼ほひつする役割も担っている要職である。


 その為、権限も広範であり軍令の伝達から王家より出された軍事事項に関する質問を魔法使い・錬金術師へ取り次ぐ役割も担っている。逆に、魔法使い・錬金術師サイドから国王へお伺いを立てるときにも近衛参事官が取り次ぎを担う。……そういえば、立法手法の中で両大臣だけが有する軍事事項限定の謁見に関する特権もあった、魔錬謁見権だっけ。

 因みに、有事の際にはこれらの平時権能に加えて魔法幕僚本部と錬金幕僚本部が提示する戦闘・作戦に関する資料の閲覧権限も付加される。国王の軍務サポートの役職だから当然ではあるのだけれども、使い方次第ではいかようにも化けそうな役職が『近衛参事官』なのだ。ある意味、軍事限定の国王秘書みたいなイメージかもしれない。


 その文脈に沿えばブランヒルデさんの義父は、現役時代の話にはなるものの魔法使いと少なからず交流があるタイプの近衛兵役職に就いていたわけで。国王へのお取次係が果たして魔法使いからは親近感を持たれるのか、それとも得られるのは反感なのかは判断に難しいが、それでも全く魔法使いに無関係ではなかったという部分は考慮に値する部分だ。


 そして義父が国王近傍に仕えていながら、彼女自身は地主出身。平民と呼んで差し支えない身分だが、その一方で貴族的にも近衛兵関係者という立ち位置は極端に隔絶はしていない。つまり、この後訪れることが確定している平民出身者と貴族出身者の裁定役として、『近衛』という魔法使いにとってのイレギュラー、そして完全に組織外にあった第三極からの裁定が期待できる。

 まあ、組織防衛力学的には近衛兵諸共ブランヒルデさんを排撃しようとする動きも出るかもしれないが、そこまで3学年下の魔法使い候補生が統一的行動が取れるはずがない、というのは王子も織り込み済みなのだろう。それに近衛兵組織そのものも少なからず一枚岩ではないわけで。その辺りも逆手に利用して、近衛兵ルートで王子が魔法教育への介入の一手を残す、というのは片翼党の魔法教育専横というケースに対しての強力なカウンターとして機能しうる。


 ここまで考えれば、割と良いこと尽くめではあるように見えるが、重大なデメリットが存在する。



 それは、ブランヒルデさんがプールへ行ったときに発していた言葉。

 『普通、親族の功績の色眼鏡で見られるというのは結構嫌なことではないですか?』――これがある。


 ブランヒルデさん自身は、先程まで私が下していたような評価を為されることをあまり好んでいない……というか嫌だ、と明言しているのだ。

 それを知っている私が、その上でブランヒルデさんの『近衛兵』との繋がりを利用して、連絡会議の次の旗振り役を依頼する? これは反感を持たれても仕方のない所業である。


 私個人としては、そうした『家』であったり血縁であったりの関係も含めて、その当人の一種の才能という意識はあるけれども、ブランヒルデさんはそうは考えていない。だからこそ、彼女自身の才覚に依らない部分を評価する行為をあまり取りたくはないのだけれども、それはそれとしてブランヒルデさんが確かに立場上で考えれば適任かもしれない、と冷徹な部分では計算している。



 私が黙って考えていたら、王子が先に取り繕ってきた。


「申し訳ございません、フリサスフィスさん。あなたには難しい選択を突き付けてばかりですね」


「……いえ」


 そして私が考えていることくらいは王子も把握している、ということで。私の懸念点と気が進まない理由を完全に理解している癖に、それでも尚ブランヒルデさんのことを『私から(・・・)』推挙させることに腐心しているのは悪辣と言う他無いだろう。

 この辺りは、冷淡……と言うか、王子足らんとする王子の部分が出ている。謝罪の言葉は出しても撤回の言葉を投げかけられないということは、ここでの妥協点は存在しないということだ。


 だからこそ、私は選択せねばならない。

 不興と反感を買う覚悟で、自身の意にもあまり沿っていないブランヒルデさんへの交渉を私が受け持つか、それとも断るか。


 ただ、断ったところで私からブランヒルデさんに対して話を切り出さないというだけの変化でしかなく、王子自身か彼の手の者によって交渉自体は行われるだろう。そしてそのフェイズに移行した瞬間、ほとんど体裁的には彼女の拒絶という選択肢は失われることとなる。

 加えて私が『女子生徒代表』として、この連絡会議に所属していることはブランヒルデさんも容易に把握しうることなので、私が泥を被ることを嫌がったことまでブランヒルデさんに露見するのである。……格好悪すぎでしょ、それ。


 そしてこの葛藤すらも、王子は看破した上で私に話を切り出していることはほぼ確実であろう。ある種の憎まれ役として意識して動いている側面もあるだろうが、その憎まれ役というロールプレイを私が読むことすらも織り込み済みだったりするのかも。

 現実逃避したくなるほどの相手だ、本当に。



 そういうアマルリック王子の裏の裏まで行動を読む特性的に、嫌われること程度は想定しているということ。私に対しても、ブランヒルデさんに対しても。

 だから、実際のところ王子にとっては本当に意味の無い問答どころか、今日こうして後任を決定するために会議を開いている行為そのものが無意味……いや。私に選択を強いて少しでも納得のいく『選択権』を与えるという解釈ならば意味のある行為なのか。



 今の私は、このエルフワイン・アマルリック王子のブランヒルデさんの連絡会議トップ就任案に対して、代替案を提示出来ない以上拒否することが極めて困難である。私は既に用意された選択肢から少しでも自分自身を納得させるためだけの、自己満足の為の『選択権』しか有していないのである。



 それが、今の。

 魔法使い候補生であると同時に高校生最後の私の――限界であり現実なのである。



 ――それらを理解していながらも。

 今の私は、恐らく万人が想定しうる言葉しか紡ぐことが出来なかった。


「――私は……。次の連絡会議の、トップに……ケールスティン・ブランヒルデさんを……推薦しようと、思います……」



 これが、今までの私の行動の『選択』と『判断』の結果なのだから。




 *


「あ、そんなことになっていたのですねー。良いですよー、お引き受けすると伝えておいてください、フリサスフィス先輩」


「えっ、あのっ、ブランヒルデさん……そんなにあっさり返事して良い話じゃないのだけれども……」



 結局、私からブランヒルデさんに伝えることにした。背後関係から王子の思惑、片翼党との確執に、現在のガルフィンガング魔法爵育成学院における深刻な学内対立など、全てを隠し立てしないで説明した。

 その説明は端的に説明することができず、冗長にならざるを得なかったけれども、それでも何とか不条理なものを彼女に引き受けさせざるを得ないことを暗に込めたつもりだった。それに短い質問こそ重ねていたが、基本黙って聞いていたブランヒルデさん。


 てっきり少なからず分かってもらえたものだと思っていたが、こうも簡単に返答が返ってくると本当に自身がとんでもないことに不本意な形で巻き込まれようとしていることを分かっているのか不安になってくる。


 しかし私の危惧は、次の彼女の一言ですぐさま杞憂へと変質した。



「そうですねー。でもフリサスフィス先輩。

 ……私、こういうことになるのは存じ上げていましたよ?」


「――はいっ!? いつから知っていたの!?」


「いつからと言われましてもー……この学院に入学する前としか言いようがないですねー」



 入学する前から!? 彼女が中学生相当の魔法青少年学院時代、それも王都から西に離れたグローアーバン州にて通っていた頃からの既定路線だったのか。それは流石に想定外過ぎる。


 そして同時に、色々とひっくり返る。


 まず王子との恋仲になるという究極の玉の輿という名の政治的危険球を防ぐために、王都の魔法系列学院の女子生徒の入学はかなり制限されていた。その最中でのブランヒルデさんのガルフィンガング魔法爵育成学院入学は彼女が既婚者であることに起因すると私は結論付けていたが、最初から連絡会議の跡継ぎという役割を担わされていたとなれば話は全く変わる。


 言われてみれば傍証が無いわけではない。

 彼女がプールで放った『親族の色眼鏡で見られる』出来事というのが、もっと広範で普遍的な話だと思っていたが、事前の連絡会議後継要請の話だとすれば合致する。そもそも、考えてみれば私が魔法青少年学院に通っていた頃の周囲の生徒の反応は、基本的には近衛兵どころか魔法使い組織における『フリサスフィス』の名の意味をまるで理解していないくらいには、上層の権力闘争とは無縁の男子生徒ばかりであった。これだけ政治的な動きが私の周囲で胎動するのは、アプランツァイト学園に所属していたからであるのと、オーディリア先輩の影響力によるものだ。一般の男子魔法使い候補生はここまで魔法教育の込み入った事情に踏み込むことは本来あり得ないのである。……3学年下はまた話が違うけれども、あちらのケースでは件の吟遊詩人という現行体制へのジョーカーが絡んでいるし。

 とすれば、ブランヒルデさんが『近衛兵』の近親者であることからグローアーバン魔法青少年学院内であれこれと言われたというのは改めてみてみると考えにくく、そこには別の因子が介在していたと考えるのが妥当となる。


 そして、もう1つ。以前の学院に対する不法侵入者に関する問題。

 これについての対応策の協議もオーディリア先輩時代の『連絡会議』にて議題に挙がっていたことを先輩自身から聞いている。

 そのとき、先輩はこの議題が『王子の近傍(・・・・・)』からの要望であると明かしていた。即ち、近衛兵側も『連絡会議』という学内組織の存在を知っていたとしてもおかしくない。素直に読めば近衛兵サイドからの新たな陳情、あるいはそれすらも読み切った上での王子の一手、などが考えられる。であればブランヒルデさんの義父というルートを織り込む可能性はこの時点で浮上しうるとも言える。


 ……いや、自分で言っておいて何だが、これらの傍証で先んじて判断を行うのは無理だ。後者の出来事に至っては私はブランヒルデさんの存在すら知らない時期だし。



 これは、『王子が選んだ人物が次期後継者に就く』という意味では既定路線ではある。

 しかし、その『既定路線』にブランヒルデさんが選出されていたことと、準備期間の長さ……それは、私の想像する既定路線の範疇を大きく逸脱していた。


「……ブランヒルデさんは、それで……良いの? だって――」


「おっと。それは言わぬが華というものですよー。

 ……もっとも、最初から決まっていたことではありますからね。


 結局、そういう自由度の少ないところが、私と先輩の似通った部分なのですよ。そうでしょう、フリサスフィス先輩?」



 ブランヒルデさんが私に親近感を抱き、同族意識をみせているのはそういう部分も含めての話であった、ということだ。



 ――そうして、私の魔法爵育成学院時代に課せられていた物事、あるいは政治ごっこ遊びは終わりを告げたのである。




 *


 その後の私は連絡会議に関してはアロディアさんに引き継ぎを行い、ブランヒルデさんの許諾を一応知ってはいるだろうが王子に伝えた。


「……ああ、そう言えばフリサスフィスさん。

 今回の尽力と魔法青少年学院で拡大する革新思想への牽制の努力を鑑みて、正式に近衛兵による貴方への革新主義者の疑いを取り下げる方針で固まったそうですよ」


「えっと……それは、つまり……」


「今までフリサスフィスさんに付けられていた監視が解かれる、ということですね」


 近衛兵関係者と親族関係にあるブランヒルデさんの連絡会議後継者就任を阻害しなかったこと、そしてアロディアさんなどに丸投げしていた魔法青少年学院における学内分断に対しての遅延策などなどが、遅まきながら功を奏した形となる。

 吟遊詩人との面会以後、ずっと認識こそ出来なかったものの近衛兵に監視されていたのが解除されたという王子の明言を受けた。あれって魔法青少年学院1年次のことだから、結局5年間監視され続けていたのか、私。


「何というか、やっと清算できたというか……肩の荷が下りたと言いますか……。正直実感はあまりないですけれども」


「まあ、段々と気にならなくなりますものね」


 いや、気になる以前に気付かなかったけどね、私は。

 というか、王子自身もある意味ではずっと近衛兵の監視下とも言えるのか。そして『気にならない』ということは王子は監視の目を把握しつつも、それに慣れるくらいは感覚がそれに親しんだということだろう、悪く言えばプライバシーがぶっ壊されても動じないメンタルが形成されたと。

 でもそれは逆説的にこの王子も、いつかは分からないが昔は監視の目が『気になるもの』だと評価していたことになる。最初から王子たらんとする王子として大成していたわけではなく、個の意識やアイデンティティを後天的に塗り替えているとも言えるだろう。


 全く気にならないわけでもないのだが、王子関連はどうしても深入りすると地雷案件にしか思えないので、その言葉はそのまま何も気付かなかった体裁で流して王子とは別れた。



 そして。

 それからの私は、魔法教育における終着点である――魔法学院の入試に向けての勉強を日々の授業と並行して推し進めることとなる。




 *


 先輩方と同じく年が開けて1月に入るとすぐに筆記試験があり、その後から20日間以上にも及ぶ長い長い面接試験日程が始まった。

 一般共通4科目、魔法3科目、軍事5科目の計12科目が考査対象となり、面接試験ではその筆記12科目の内容についての再確認を含む学識を問う内容であった。

 正直長すぎて感覚が段々と麻痺してきて、上手く出来ているのかそうでないのかは分からないし、肉体的には勿論のこと精神的にも相当な忍耐力を要する全てにおいて疲弊する試験課程であったことは追記しておこう。ぶっちゃけ、もう思い出したくもない程に大変だったのである。


 そんな長く苦行な試験が終わってちょっと一息をついたと思ったら、あっという間に3月――卒業月を迎えていたのである。



 私達女子生徒4人は、残された時間を惜しむように週末の昼下がりというタイミングでありながらも女子寄宿舎のダイニングに集まっていた。間取りが同じな魔法青少年学院時代から数えれば6年間住み続けてきたこの寄宿舎とも今月でお別れだと思うと、流石に感慨深い気持ちが湧いてくる。


「……で、ローザさんは来月から地元に戻るんだっけ? そこで航空兵と飛竜兵に関する研修を行うって話だったと思うけど」


「ぁ、はい。そうですね。ですから、もうそろそろ生活に必要な最低限の荷物以外はもう間もなく郵送することになるかと」


「何だかんだ3年間一緒に過ごしてきたから、寂しくなるなあ」


 魔法学院へと進学すれば先輩方と再び会うことになるだろうし、後輩2人もまだ進路については確定的ではないものの、それでも王都に居ることは確定しているだけに、これから別の道に進むこととなるローザさんとの別れは悲しさが募る。


「でも『研修』がずっと続くってことも無いだろうから、何時かは魔法学院に進学はするのかな? 行かないと魔法子爵までしか昇進出来ないし」


「あの……その辺りも、故郷で相談することになるかと思います。今のところ決まっていることはヴェレナさんが話された通りです」



 うーん、まあ先のことは分からないか。私だって魔法学院を卒業した後どうなるか、なんてところは未だに想像すら付いていないし。

 でも、私が30代の間にはゲームシナリオでは宰相になったり、魔王侵攻に立ち向かうことになるはず。まだまだ先とも言えるし、もう後十数年で大勢が定まるとも言える。


 私が、そんなことを考えていたらキッチンに居たアロディアさんから声をかけられる。


「あや、皆さんできましたよ。夕ご飯もありますから、ちょっとした軽食と飲み物を掛け合わせてみました」


 そんな彼女が配膳用のお盆に乗せて持ってきたのは、人数分の小さなサラダボウルと木製のスプーン。中には片側半分にはグラノーラが敷き詰められていて、もう半分には赤系統の少しどろりとした冷製スープ状の中にリンゴとかバナナをスライスしたものが入っている。

 それを見たブランヒルデさんが語る。


「ふむー、この赤い液体はなんでしょうかー」


「あ、それはですねイチゴと生蜂蜜で作ったスムージーですよ。単にスムージーだけというのも、あるいは牛乳にグラノーラをかけるだけというのも味気ないと思いましたので、こんな感じにしてみました」


「そう言えばアロディアさんって、私が卒業した後の魔法青少年学院のときにグラノーラを買っていたって言ってたね」


 そう言えば前にアロディアさんが師事してハーデワイズさんが作ったグラノーラ入りのスコーンを食べさせてもらったことがあった。それと同じようにアレンジレシピの一環なのだろう。


「自分だけで食べているときも、ずっと同じ食べ方だと味気ないと思っていましたし、後輩のベレンガリアさんは『同じ味だと飽きる』と言われたって度々ヘレルヴァさんが零していたので、色々な食べ方を模索することに……」


 何というか、凄い気を遣っているというか、生真面目というか。割と何でも出来るアロディアさんだからこそ、自分の手で何とかできる問題はどうしても片付けてしまいたくなるのかな。それがたとえ料理のレパートリーであったとしても。


 そして全員で短く黙祷を捧げて、その後に匙を使いぱくりと一口。

 スムージーは結構甘さが強めであった。まあ蜂蜜も入っていると言っていたしね。けれども、それがグラノーラと絡み合うことで両者を相互に引き立てている。そしてスライスされたリンゴの食感や、しっとりとしたバナナは更に別のアクセントとなっている。


「これ美味しいですねー。ふふん、先輩方は今年で卒業ですが、私は後2年間この料理の腕前を楽しめますので、存分に羨望してくださいねー。

 というか、この腕前で文句を言っていたベレンガリアという方はちょーっと気に入らないですね」


 ブランヒルデさんのお口悪めな軽口に、なんて返そうか悩んでいた瞬間、ダイニングの扉がノックされる。そのノックの音に全員が気付いたが、いの一番に動き出したのがアロディアさんだったので、私を含めた他3人は中途半端に椅子から立ち上がろうとした姿勢で手持ち無沙汰となってしまう。


 1分にも満たない時間でアロディアさんは戻ってきた。

 そして、手には1枚の未開封・・・の封筒があった。……検閲されていない。


「アロディアさん、それは……?」


 アロディアさんは神妙な表情で私に語りかけてきた。


「その。寄宿舎玄関の警備員の方からです。

 ヴェレナ先輩宛に『魔法学院』からの郵送物です」


「――っ! ってことは……」


 その瞬間、私も他の2人も真剣な目つきへと変わった。

 この時期の『魔法学院』からの手紙と言えば、心当たりはただ1つのみ。

 入試の合否通知である。



「ぁ……ヴェレナさん、ペーパーナイフ……」


「一緒に見ても良いですよねー? 見ちゃいますねー」


 震える手でローザさんから手渡されたペーパーナイフを使って封を開き、中に入った1枚の手紙を広げる。



 私は。


 そこに。



 書かれていた文字を、意味として認識した瞬間と同時に、ひょこりと横から覗き見してきたブランヒルデさんの小さな呟きを聞き取る余裕は――私には無かった。


「……不合格、ですか」



「――えっ、嘘!? ヴェレナさん!」


「……ヴェレナ先輩」


 3人の心配は私の頭に完全に入ってこなかった。



 落ちた。魔法学院――この国の魔法使いの高官になるために必要な大学に、私は落ちた。


 この、仕落は想定外だ。



 呆然と愕然と漫然としつつも、頭の中では不必要に考えが巡ってしまうのを止めることができない。

 何が悪かった? 私は何を仕出かした? こんな形でゲームシナリオが変わる? それとも、これがシナリオ通り?


 ……分からない。分からないが、ふと想起されたのはオーディリア先輩の言葉だった。



『……まあ、例年の傾向を見る限りでは合格率は1割弱といったところでしょうか』


 倍率が10倍。それにも関わらず、私は何をしていた?

 初等科時代から、中学・高校と学年が上がるにつれて学業成績が下がる一方であったのに――私は一体何をしていた?



 そう。

 学生の本分は『勉強』であったはずなのに。魔法学院とはこの国の最高学府に比肩するだけの難関校であったはずなのに。

 その当然の事実を見失った――その仕落が、この顛末である。

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