9-21
魔法使い候補生、あるいは高校生としての最後の夏休みが終わった。
来年からは『魔法学院』という魔法教育における大学課程の学校へ進学する予定であるが、それでも今通っている魔法爵育成学院を卒業したら魔法爵位が与えられて、国に認定された正規の魔法使い――魔法準男爵を叙爵する。叙爵とは言っても、正確には貴族のような特権階級としての『爵位』とは異なり、あくまで職能を示す技能資格に近しいものではあるが。
なお卒業後は、以前述べた通り王都で編制されている魔法第1師団の麾下、魔法第1旅団に属する正式名称・第1007~1008魔法兵大隊、公文書において認められた別記である通称では第7~8留守大隊、報道関係で主として用いられる俗称としては婦人大隊、そちらの大隊付指揮官として赴任することが内定している。
もっとも、このいわゆる『婦人大隊』は前年度実施された軍制改革によって新設された部隊であることは周知の事実であろう。通称にあるように留守部隊という側面を有する本隊は、従来では第6魔法師団と呼ばれていた師団が街道駐屯軍という軍に昇格したことを受けており、留守部隊は国外派兵されている軍が平時に行っていた業務を臨時で引き継ぐことと、部隊に損耗があった際の兵力の予備プールとしての用途で編制されるものであるが、別に以前の第6魔法師団時代から隣国・街道の民に駐屯していた訳なので、あくまでも『留守部隊』の設置という方便を用いた実質的な軍拡なのは言うまでもない。
ただし留守部隊を、国土開発や災害救助などの用途でも用いることを明言している以上は『世界繊維危機』に対してのある種の雇用対策の側面も有しており、一概に魔法使いだけの問題という訳でもない。
とはいえ、私の所属する『婦人大隊』はその留守大隊やら雇用対策やらを更に建前としてして重ね掛けした実験部隊的な側面と、女性解放運動の流れに与する政治的要素の産物である。とりあえずは軍制改革は5年を目途に逐次進めていくとされるが、充足率に関しては度外視だ。そりゃ平時に全軍を完全充足させていたら財政破綻するし、戦争するつもりにしか見えないから当然だけれども、しばらくは婦人大隊もまた大隊と呼ぶべき規模にはない。現時点では士官の雇用枠を確保するための軍拡にも思えてしまう。
だからといって、大学へ進学する予定の私にまともに仕事を与えられてしまうとそれはそれで困ってしまう訳だが。でも魔法使い組織は、そうした魔法爵位に準拠して割り当てられる部隊指揮官としての『役職』と、魔法省に代表されるような軍官僚組織内の『職業』の2つを兼任するのが基本であるため、それぞれの仕事量で見ればそこまで忙しくないのかもしれない。
というわけで、ここまでは私の来年以降のビジョンについて思いを巡らせていたわけだが、今、私がどこに居るのかと言えば――クレティの家であった。
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アプランツァイト学園初等科で友人の一緒に勉強会メンバーであった中の1人、改めてクレティ……クレティ・ロイトハルトの家庭環境を見直す。
家というか水堀と石塀がある以上、武家屋敷と言っても過言ではないような豪邸に住んでいるクレティだが、このロイトハルト家が王都でもそれなりに名高い油問屋であることは、今更説明しなくてもいいだろう。
そしてクレティには歳の離れた兄が1人、1年年上の双子の姉が居り、更に同世代の従姉妹が居る。
また『森の民金融恐慌』時の政情不安以降は、ソーディスさんもこのクレティの屋敷に居候として生活していたが、今はそのソーディスさんの姿は見えない。その理由を述べる前に先にクレティを取り巻く環境を注視させていただきたい。
まず、油問屋という本業に関しては兄が既に継いでいる。確か私達よりも8歳年上と伺っていたから……25、26歳くらいか。家業を継ぐのにはちょっと若いかもしれないが、それでも義務教育は小学校までのこの世界においては十二分に仕事に慣れた年頃なのかもしれない。
そして長女のアルバさんは錬金術師キャリアに進むと前々から公言しており、私達の1年年上ということで、既に錬金術側の魔法爵位に相当する『錬金爵位』を有している正式な錬金術師となっていた。
次女のエイダさんは大学進学を選択し、ガルフィンガング王国大学へと進学している。……森の民の最高学府の国立大学である。
そしてクレティの従姉妹のルトガルダさんは、国際的視野の広いソーディスさんと馬が合い、しかも彼女の父親が聖女の国での大使館勤務経験もある外交官である。なので、ルトガルダさん自身は大学は聖女の国への進学に狙いを定めているとのことで、将来的には父と同じ外交官を狙っているとのこと。
「……で、クレティはどうするの?」
「このままアプランツァイト学園に進学しようかと思っています。……一応、国家公務員狙いではありますから。進学自体はルシアも、今ここには居ませんがソーディスさんもそうですし」
「別に私は、リベオール総合商会で上に行くためには大学まで出て肩書きだけでも立派にさせておく必要があるからよ。公務員になるための中央官僚試験は中学校卒業者から門戸は開かれているのだから、先に受けてしまうという選択肢もあったのではないかしら、クレティ?」
ルシアの言葉を聞き、無言で彼女を睨みつけるクレティであったが、一度ルシアの言葉を補足しておく。
アプランツァイト学園の生徒は基本的に実家に生業を有する者ばかりだ。それかもしくは大企業の役員とかそういう特異な性質を有する者で、基本的に将来はそれらをスライド式に継ぐ者が多い。この場で言えばルシアがそうである。
まあルシアのお父さんのベックさんが、段々とリベオール総合商会内部で新規事業である製紙事業に寄ってきているから、ルシアもそれに対応しているっぽいけれど。
とはいえ、そんなルシアの進学先は同学園の大学科の経済学部を予定しているとのこと、分かりやすいね。
一方で、アプランツァイト学園卒業後進路にはもう1つ、学力を活かした国家公務員という選択肢もある。これは実家の家業を継ぐ立場にない者が多く選択するルートであり、クレティはこれに該当している。そして、その国家公務員には試験制度が採用されており、それがルシアの発した『中央官僚試験』というものである。
初等科時代の勉強会でお父さんから軽く伺ったことであるが、この国には国家公務員と地方公務員の2種の公務員制度があるが、『中央官僚試験』は国家公務員の採用制度とみて概ね問題無い。……概ね、というのは現職である限り国家公務員としての資格を例外的に有する特殊な職――王都の警察官と、国会議員、そして教会省職員――が存在するからだ。
そしてその『中央官僚試験』は更に大きく3種別に分けられて、魔法使い・錬金術師関係を除く中央省庁や内閣官制外の一部の閣外省庁職員等に相当する行政官、判事や裁判官などの裁判所スタッフから検事や弁護士に至るまでを内包する司法官、そしてルトガルダさんも目指している外交官という区分になっている。
弁護士が国家公務員というのはちょっと違和感もあるけれども、肝要なのは別に大学卒業者でなくても受験資格はある点だ。
だから別に今すぐに受けても問題は無い。あるいは魔法使い内部に学閥という存在があったように、きっと各省庁にも学歴を軸とする派閥関係は存在するはずで、それは魔法使いのように実質的に任命ルートが魔法爵育成学院のみで一元化されていないこともあるから、出身校ごとの門閥争いが激化していたとしても全く違和は無い。その方向性から言い返すこともクレティなら出来そうな気はするのだけれども、特に何も言わなかった点は少し気になった。まあ深く言及はしないが。
しかし、ルシアの発言にクレティが何も返さなかったことで微妙な空気になってしまい、話題転換も兼ねて私は別で気になっていたことを告げる。
「……ああ、そういえば。ここには居ないけど、ソーディスさんはどうするの?」
この場に居ないソーディスさんの存在と今後の進退である。居ない理由は単純で、彼女――ソーディスさんはまだ国外に居るのだ。
2年前の生徒会選挙の形式的敗北後に副生徒会長に任命されて、そのまま外遊的に国外諸国へ留学に出たソーディスさんであったが、留学時の単位取得制度を利用……いや、ほぼ悪用……それどころか必要に応じて副生徒会長という立場を使って自分が使いやすいように改変までする有様。
必要があれば手段の取り方がえげつなくなるのは、オーディリア先輩である。あるいはそういうところまでソーディスさんはラーニングしていたのかも。
ともかく彼女はほぼ国外の学校で授業を受けつつアプランツァイト学園高等科の進級に必要な授業出席と単位を確保していった。
そして、昨年。順当に生徒会長に就任しても尚、引き続き留学を継続。ルシア・クレティコンビを生徒会に引き入れ自分が不在の間の代理はある程度任せつつ、国外から生徒会業務を行うという離れ業を見せつけて、学園内外の批判者と後援者もろとも黙らせるという化け物染みたことをしていた。
ある意味、あの2年前に私がほぼ役に立たなかった生徒会選挙において争点となっていた『前例の無い1年生が高等科生徒会長就任を認めるか否か』という言い争いが児戯に等しくなるレベルのとんでもないことをしているソーディスさんであるが、ここまで突き抜けてしまうといっそ乾いた笑いしか出てこない。
そういう訳で今現在も留学しているので不在。そんな彼女の今後をクレティが代弁して答える。
「ひとまずは学園の大学科に素直に上がるとは伺っています。ですが単位取得は、今と同じく国外の大学にてするようですね」
……何というか一番未知数な生き方をしてるわ、ソーディスさん。とはいえ初等科の時点で大分異質だったし、ある意味予想通りという感じもするけれども、やっぱりとんでもない。
ルシアが私に話を振る。
「……それで、ヴェレナは卒業後は魔法使いの指揮官になって魔法学院へ進学だっけ? オーディリア先輩の踏襲ではあるけれども、ある意味一番順風満帆なのはヴェレナなんじゃない?」
「先輩の踏襲ってのは言い返せないけどさ……もうちょっと言い方あるでしょ、ルシア。
……それに、まだ候補生のうちにやらなきゃいけない宿題は残っているし」
その言葉に、ルシアとクレティはきょとんとする。それは、そうだろう。
私に残された宿題とは――『連絡会議』の引継ぎ問題のことであり、魔法使い組織から見たら部外者であるこの2人には無関係なことなのだから。
しかし2人は何に思い至ったのか、私に対して憐憫の表情を浮かべてこう告げた。
「……たとえどんなに将来が明るくても、オーディリア先輩から課題を与えられるというのは、かなり怖いわね……ね、ルシア?」
「そうよね、クレティ。というか最初の頃からずっとそうだけど、先輩ってヴェレナのこと気に入り過ぎじゃない? まさか事実上の後継者育成を目論んで、初等科のときにパートナーになったりしていた……?」
……そのルシアの言葉を『まさかそんなことあるわけない』と断言出来ないところがオーディリア先輩の怖さだわ。
ということで、オーディリア先輩からの候補生としての最後の置き土産である『連絡会議の引継ぎ』。
即ち、今までバランサーとして、あるいは連絡会議の代表として機能していた王子の卒業に際して、誰を後任に付けるかという問題を解決しなければいけない。
――そう。
私達が卒業した後の学年に控えている、貴族出身者と庶民出身者の決定的とも思える対立構造、そしてその対立を助長させてこの学年以下の影響力を決定的に高めようと『魔法使い強硬派』の育成を自派閥への統合を目論んでいる片翼党の野望を、何とかして抑制できるだけの人物を王子の後任人事で決定しなければならないのである。
何というか、やる前から無理ゲー感がえげつない……。




