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その私が想像していたプールとは全然異なる異文化レジャー施設に驚きつつも、取り敢えず水着に着替えなければ意味が無いということで、最初に更衣室へ赴く。
更衣室の入り口では、手荷物検査を行っていて魔石装置の探知ゲートがあった。そういえば、この世界鉄道で移動するだけでもそれくらいの検査はしていたっけ。レジャー施設でここまで荷物の調査を徹底するとは。
そんな様子に私は気圧されたものの、ブランヒルデさんは全く意に介さず荷物を見せゲートの中を通って行った、つよい。
とはいえ私も慣れたものだから彼女に付いて行こうとしてゲートを通ったときに、警告音が鳴った。え、何もヤバいもの持ち込んでいないのに鳴ったんだけど!
内心ビビりまくりの私に近付いてきた職員はひと通り私の姿を見て一言。
「懐中時計とチェーンはお召し物から外してもう一度通過してください」
……あっ、それかあ。
そんなひと悶着がありながらも、更衣室に入った私達は水着へと着替える。勿論、水着は先日魔法会館で購入したものだ。
私は上は白のフリルフレアで下は葉っぱ柄のショートパンツに桃色のラッシュガードを着込む実質的にはほぼ泳がないスタイルだが、ある意味泳ぐ以外にも色々と出来そうなこのプールには案外合っていた服装かもしれない。
で、ブランヒルデさんは黒系統でまとまったスポーティー……というかほぼスポーツウェアとしても通用しそうな薄手の長袖パーカーなわけで。
そしてお互いの水着にはお揃いで杖と盾の紋章――魔法使いの紋章が描かれている。
そして着替え終わって気付いたことが一点。
「……あれ? このロッカー魔法施錠なんだ」
「あー、保護魔法の応用のようですね」
保護魔法。
魔法学の魔法史の授業や、軍事教育座学授業の軍事魔法学で習った知識から言えば、技術や情報プロテクトに用いられる魔法だ。
神話魔法時代から存在する属性外魔法……とは言っても現存する魔法のほとんどは属性外魔法なのだけれども、その特徴は魔法陣の存在を秘匿すること。
今目の前ではロッカーの施錠に使われているものの、本質的には道具の利用者に魔法技術の流出を避ける意図で使用される機密保護の為の魔法なのである。
その魔法陣秘匿という性質を応用して、単なる施錠魔法ギミック機構にこの保護魔法を時限的に仕込むことで、施錠した使用者が開錠処理を行うまで鍵に仕組まれた保護魔法の存在で施錠ギミックごと秘匿するという、何とも技術力の無駄遣いのような施錠方法がこのロッカーには施されている。
このやり方だと施錠者が死亡したりすると二度と開かなくなってしまうために、時限的に一定時間経てば保護魔法が切れるように設定されているが、欠点としてはあくまで施錠に関してのギミックなので、単純な物理破壊には何ら効力を発揮しないという点である。
つまり錠そのものやロッカーごと破壊される場合にはまるで意味がないわけだが、こういう技術が凝らされたものがもたらす漠然とした安心感というか、一見面倒そうに見せかけるという形での防犯効果はあるのかも。とはいえ保護魔法の技術そのものは数千年前からあるのだけれども。
「とりあえずブランヒルデさんはどこから行きたい?」
「色々ありますけれども、まずはプールからですかねー。下見に来たのに一番主たるものを見に行かないというのは変な話ですし」
そう言えば、ブランヒルデさんが後で夫と一緒に来るための下見目的だったわ、これ。すっかり忘れていた。
そして確かにプールに遊びに来てプールに行かないという選択肢は無いので、最初からメインへと向かう。
先程通ってきた受付を横目に見ながら反対方向へ進んでいき休憩所敷地内から外へと出ると、そこには見慣れた四角い屋外プールが存在した。
けれども、外に出たとはいえ有料の敷地内なので周囲はフェンスに囲まれているし、日除けのための屋根が付いているため直射日光はほとんど浴びない格好だ。
本当に3年前にさらっと通ったときと比較すると改装が著しい。あのときは屋外むき出しのプールだったはずなのに。
だが気になる点はそのプールそのものではない。問題はプール本体よりもプールサイドの設備の方が充実しているのでは? といった感じでジュースの販売店舗やら軽食処などのご飯系のものから、泳げない人のための水泳教室が常設されていたり、他にもいくつかマッサージ的なのもある。休憩所の方にも似たような設備はありそうだけれども、プールを眼前にすると気持ちも変わるということだろうか。
それと単純に驚いたのは、プールの片隅に固定された椅子が設置されていたその椅子とプールサイドの間には何とバーテーブルが用意されていて、バーテンダーがプールに入っている人と同じ目線の高さで飲み物を供する設備があったこと。プールバーとかいうやつ? はじめて見た。
反面ありそうだなと思っていたのにも関わらず無くて意外だと思ったのが、撮影スポット的な映えポイントの類は無かったということ。これだけ色々な設備を用意していればありそうだと思ったが気付く。
カメラが滅茶苦茶高価だった、この世界。
また設備面以外に気付いたこととして、思ったよりも人が多くないという点。学校が夏季休暇なのだからもう少し混雑していても良いのに、はたまたこれだけ設備の整ったレジャー施設なのだからもっと人でごった返してもいいはずなのに。
閑古鳥が鳴いているわけではないが、それでもそれぞれの施設が待ち時間無く行ける程度には空いている。ついでに言えばメインのプールに入っている人もそこまで多くない訳だが、それはこれだけ付属で遊ぶ要素があればプールに長時間入ることも無いのだろう。
「……フリサスフィス先輩、そんなに周囲を見回してどうかしました? ……もしかして男漁りでもしていましたかー?」
「なっ……そんな訳ないでしょ……って!」
相変わらずお口が悪いブランヒルデさんに一瞬言い返してしまうが、その直後に気付く。
……男漁りという発想が出てくるなら、必然――逆の女漁り目当ての男が居る可能性があるってことでは?
思えばプールなどというアウトドア派御用達の施設に生粋のインドア派閥であった前世の私はほとんど足を運んだ記憶が無いわけで。精々幼少期に家族に連れられてとかそんなレベルである。
だからこそ今の今までその可能性に思い至りすらしなかったわけだけれども、女子2人って結構そういった人達からすればカモにしか見えないのでは?
そう思ってしまえば傍証は続々と。例えばラウラ先輩の実家に一緒に行ったときは「絶対に離れて行動するな」という旨の言葉を言われた上に、先輩と同郷の面々からは毎度のように誘拐を疑われていた。まああの辺りは治安が悪いって先輩自身も公言していたけれども。
あるいは、アロディアさんとサッカー観戦をしに行った時も、最初は魔法使いの制服を着ていたから国家権力に類する者だと思われていたのか特に話しかけられなかったし、その後はガルフィンガングSCの面々とコンタクトを取っていたから地元密着であるプロチームとサポーターによる相互監視の目も働いていたからこそ、私達は比較的安全に観戦を行えていた……と私は判断している。
しかし、このプールは同じ運動公園の敷地内であれど、そうした面は無い。そこまでの考えに至ると、不埒なことを考えて私達に接触してくる人が居るかもしれない。ブランヒルデさんは既婚者なのだが、だからこそ私の危険度は一層高まるとも言えて。
そんな感じで戦々恐々とし出した私を尻目にブランヒルデさんは語る。
「……あれ、今度は周囲を怯えるように見つめてどうしました? 表情がころころ変わって私は楽しいですけれども、フリサスフィス先輩。今、一体何を考えています?」
「……言わなくても大体分かってない? ブランヒルデさん、顔がにやついているし」
「おや、これは失礼しましたー。ならば一応お伝えしておきますが、先輩の危惧は意味の無いことだと思いますよ。
そもそも泳げる人間というだけでも限られてきますし、何より私達の水着の紋章の意味が理解できない者がこの場に居るとは思えませんからねー」
そう言いながらブランヒルデさんは自身の黒いパーカーの胸元を指差す。そこにあったのは、当然杖と盾の紋章な訳で。
即ち、この水着を着用しているだけでも、私達が魔法使い関係者であると断定出来るし、それが断定出来るだけの階級の人間しかそもそも泳ぎ方を学ぶ機会が無いということを示しているということである。
つまりこの水着は、制服と同程度の身分保障を兼ねている。だからこそ、次に付け加えたブランヒルデさんの何気ない一言は私の中に異様に残ったのだ。
「ある程度人避けにはなりますからねー。
あ、でも魔法使いを嫌っているところでその手の商品を身に付けると逆に危険になるので駄目ですよー」
*
結局、プールの中には入ることは入った。そのときはラッシュガードをお店の人にチップを渡して預かってもらった。けれども、色々周辺設備は整ってはいようとも、そこにあるのはただの四角いプールであり、泳ぐこと自体は特別教育の教練などでやっているがために、あまり時間が経たない内にブランヒルデさんの口から「……飽きましたねー」という言葉が出てきて、すぐに上がることになった。
自分から来たいと言っておきながら何たるという気持ちが無いわけでもないが、正直、私もプールの楽しみ方をあまり知らないので実際私自身も飽きていたのは事実である。
いや、前世とは比べ物にならない程の身体能力を有するこの身体を全力で動かすことには、どこか爽快感を感じない訳でも無いのだが、いくらプール内に人があまり入ってはいないとはいえ、コース分けすらされていないところで全力で泳ぐ気力も意思も全く無かっただけに、楽しみ方をいまいち掴み損ねていたのである。
預けたラッシュガードを早々に受け取って、濡れた水着を乾かすかのようにプールサイドでのひと時を過ごした後に、休憩所の方へと戻る。
そして、ふと思い付いたかのようにブランヒルデさんが話す。
「あのーフリサスフィス先輩。もしよろしければ、こちらの遊覧船に乗っておきたいなーって思っているのですが、良いですかね?
まあ、抑えておくべき場所であるでしょう、こういうの」
「あー、うん。いかにもって感じだしねえ……」
大桟橋から川へ出でる船でのクルージング。低速で王都の街並みであったり水上機が飛ぶ姿だったりをオープンデッキから眺めるというものだ。海が無い世界とは言っても、もっと川とかではなくせめて湖とかでやればいいのに、と思わないわけでもないものの、そこそこ川幅がある上に見栄えするものがあるのだから良いというスタンスなのだろう。
ブランヒルデさんの下見と考えれば、確かに行っておきべきものではあるとは思う。
行列が出来ている訳でも無かったので、船が着たら待ち時間なく乗ることが出来た。これ入場料とは別料金取られるしねえ、利用者もそりゃ多少減る。
そして船のオープンデッキ部分には何人かちらほらと。私達以外は家族連れか男女のペアしか居なかった。風が気持ちよく頬に当たり心地いいものの若干の気まずさを感じるが、ブランヒルデさんは意に介していない様子。
遊覧船がゆっくりと動き出す。波をかき分ける音と時折飛び立つ水上機の爆音が私達の耳を騒がす中、私以外には周囲の誰もが聞こえないだろうというタイミングでブランヒルデさんは話し出した。
「私、フリサスフィス先輩のこと。……そこそこ好きですよ」
「……へ?」
何か、急に変なことを言われて、間の抜けた返答をしてしまう。
「ほら、先輩調べていたでしょう? ……私の義父のこと。
近衛兵でそこそこ偉い人ですから、夫と結婚してからずっと言われるのですよねー」
「……バレていたんだ」
「まあ、そりゃあ。とはいえ、サッカー方面から攻めるのは流石に想定外のようでしたが」
確かに何も秘匿せずに森の民サッカー協会と近衛兵組織の繋がりを調べていたから、どこからか露見するのは仕方のないことかもしれない。面と向かって把握しているぞ、と言われるとは思わなかったが。
「それと、私に好意を持つことに何か関係が?」
とりあえず一番気になったことを素直に尋ねてみる。すると、ブランヒルデさんはくすくすと笑いながら、こう答えた。
「……そういう察しの悪いところも含めて、ですね。普通、親族の功績の色眼鏡で見られるというのは結構嫌なことではないですか? 高名な魔法使いを父に持つフリサスフィス先輩?」
「……あー、同族意識ってこと?」
「そういうところで親近感を最初から感じていましたけどねー。何と言いますか悪意に鈍感と言いますか、割り切っていると言いますか……その辺りは随分と大人に対応できる癖して、時折小さな子供を相手にしているかのような面も垣間見えるので……そうですね。単純に先輩と一緒に居ると楽しいですよ」
その『楽しさ』には少なからず揶揄が内包されていたものの、屈折した彼女の中には、確かに私への敬意と憧れも見ることができた。
私にとって父親が魔法使いである事実は、あのアプランツァイト学園に行った時点で比較対象というかレッテル張りというか、そういった側面よりも自分自身の持つ手役、交渉カードとしての意識の方が強い。
お父さんと私を比較して劣等感を感じたり、あるいはその違いに一喜一憂するということではなく、お父さんが魔法使いだからこそ色々と出来ることがある……という方向性へと考えを変質させられた、とも言えるが。
あくまでお父さんの存在そのものの評価ではなく、『父親が魔法使いである』という一側面を切り抜いたときの考えだけどね。
多分、ブランヒルデさんは自分の名前の後ろにある『近衛兵の重鎮』である義父の存在が乗ることを理解はしつつも嫌、なのであろう。案外その辺が言葉の節々に毒が籠る原因になってもいそうだが、そこを指摘するつもりはない。
だとすれば、私が彼女の発言に対して返すべき反応はこうであろう。
「小さな子供って……。一応、2年年上なんだけど、私」
「うーん、何と言いますか……。反応が初々しいときがあると言うべきか、恋愛観念が全然違うと言えば良いのか……ともかく、そういうところは面白いですね」
やっぱりからかわれてるよなあ、これ。
多分、私が意図的にブランヒルデさんの内情に突っ込むことを差し控えたことを理解した上で言い放っている。お口が悪いだけでなく、性格も中々に悪い。
しかし、そこで一旦彼女は浮かべていた笑みを消して、私から目線を外してこう語る。
「夫とはそういうデートみたいな駆け引きする前に婚約してしまいましたからねー。
そういう初々しさに憧れてたところに、丁度よく女性同士なのに誘い方がへたくそなフリサスフィス先輩が出てきたので、何というか面白い模擬体験が出来ています。色々と……ね?」
その言葉の中には2年年下とは思えない程の陰があったが故に私は何も言い返すことが出来なかった。
「……相変わらず口が悪いね、ブランヒルデさん」
「いえいえー。異議は純朴に育った自分自身に言ってくださいねー」
何というか常に喧嘩腰ではあるものの、多分ブランヒルデさんとは今後もずっとこういう距離感なのだろうなあ、と思わずにはいられない。1つ言えば2倍3倍で返ってくる感じ。
多分ブランヒルデさんに対する好悪の評価って真っ二つに割れそうだなあ、と思いつつも、そんな中で私は少なからず『好』の方に寄っていると内心感じていた。
「純朴って……」
「そうですねー、恋愛に憧れを抱いていそうなところとかですねー」
「……的確に抉るのは良くないけど」
本当にウィークポイントを見つけるのが上手いわ、この後輩。
しかし、その次の言葉は、そうしたじゃれ合いと一線を画す真剣さで語られた。
「先輩自身の価値観は別にどうであろうと構いませんが、既に私の義父の一件だけでなく色々と動いているのでしょう? ……それが必要だと考えているのでしょうからフリサスフィス先輩の意志は尊重しますけどね、あまりこういうことは言いたくないのですが、ちょっとどうしても1つだけ。
恐らく私達『女性魔法使い』にとって、最も大事な後援者である女神教は確かに女性の社会進出には熱心ですけど、そもそも教義で『豊穣』を掲げてますからね。それを無視したらどうなるか分かりませんよ。
分かっていて好き勝手やっているならそれで構わないですが――」
……確かに、諸々の要因があったにせよ。魔法使いの門戸が女性に開かれたのは、女神教による影響――当時女性の社会進出に遅れ気味であった魔法使い・錬金術師に対する糾弾があったことは大きい。
だからこそそうした意味合いで言えば、魔法使い内部での派閥争いの中でこの女神教が否応なしに私達に介入してくることは想定しなければならない。これは以前のラルゴフィーラ旅行の際にオーディリア先輩も言っていたが、私達は女性魔法使いのトップバッターなのだから。
そして女神教が教義として掲げる『豊穣』。
豊かに穣る。これは植物ではなく人に置換した際に転化する内容は、子供に恵まれてすくすくと成長することに他ならず。
だからこそ女神教の語る『女性像』とは結婚を前提としており、もし私がこのまま未婚を貫く場合には、彼等宗教勢力の信任を失うことをも考慮しなければならない――とブランヒルデさんは告げているのであった。




