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全部試着するというブランヒルデさんの言葉には素直に同意することはできなかったが、さりとて着心地という面は確かに大事だなとは思ってしまった。
前世と比較してしまうと、あらゆるものの品質にバラつきがあるこの世界だからこそ、しっかりと自分に合うものを選ぶ必要がある。そういう意味では全部試着というのも全くの荒唐無稽な話というわけでもない。
まあ、それでもデザイン的に絶対着れそうにないやつとかは除外して良いと思うけどね、うん。それに着心地を意識するなら水着そのものもさることながらインナーの方が大事だし。適当に選んだインナーでかぶれたりしたら最悪である。まあ、インナーを試着なんて論外だから最終的には勘で選ぶしかないけども。
また、そもそも洋服屋さんで服を買うという行為そのものがそこまで一般的ではない。そうした既製服というのはそこそこ高級に部類されるものであって、一般庶民は服は布を裁断して自作するし、冠婚葬祭用の正装などであっても地域の注文服の業者に頼むのが基本だ。
まあ、ソーディスさんの家での一幕だったり、初等科時代の家庭科の授業ベースの話なので、私の実体験にはそぐわないけれども。
ちなみに、ルーウィンさんやその許嫁のフリーダさんレベルの貴族クラスまで行けばオートクチュールという仕立職人を家に呼び寄せて採寸を行ってから一点もののオーダーメイド品を作るということもあるみたいだが、流石に如何に魔法使い兼私学の大学教授の家である我がフリサスフィス家でもその域には達していない。
だからこそ、試着できない既製服というのは結構鬼門である。何故か。
まだまだ社会全体から見れば市場が成熟していないために、洋服の『サイズ』という概念が無く服のサイズ感を見て買わねばならないためである。ある程度指標となるような統一規格が無いため、お腹周りが同じくらいなのに肩幅が全然違うシャツだったりがあったりするのだ。とはいえそこまで突拍子もない人類が着れないような服が売られているってことは早々ないのだが、試着できないとその辺の細かい数値をちゃんと見ておかないとなサイズ感のアイテムだったときに対応できないのである。
「……いや、フリサスフィス先輩。何で水着選ぶのよりも先にインナーの方を真剣に吟味しているのですか」
「え、だって肌触りを気にするなら、インナーこそ大事じゃない? というか試着できないから素材とサイズ感で決めるしかないのだけれども、ブランヒルデさんはオススメの素材ってある?」
「無難なのはナイロンだと思いますが、それよりも先に水着のデザインを決めないと駄目ですよー。
選ぶ水着によってはインナーが見えてしまうことだってあるのですからー」
ああ、そっか。
でもインナーに影響出るレベルのデザインのものを着るつもりは無いのだけれどもなあ、と思いつつ、とりあえずナイロン素材のインナーを手で持って水着探しへと戻る。
「ブランヒルデさんはどういうデザインにするか決めてる?」
「いえ、全然ですねー。ですので、とりあえず試着してみようかなって思ってました」
何となくブランヒルデさんが買い物に時間かかりそうなタイプな気がひしひしとしてきた。多分サイズをチェックしたであろう水着を片っ端から手に持ってそのまま試着室へと直行していった。……1回で結構持っていったな。本当に全部試着するつもりなのか、ブランヒルデさん。
というわけで、その場に残された私は適当に見繕う。デザイン的には色々あるけれども、共通しているのが1つだけあった。背面であったり胸元だったりと位置は様々であるが、どのアイテムにも必ず魔法使いの紋章である盾と杖のマークが入っている。ある意味ブランドのマークみたいな感じか。
それに気付いて手元のインナーを見てみれば、そちらにも目立たない場所で生地と同じ色の糸で紋章がこちらにも入っていた。
……これをダサいと思うか、謎のブランドメーカーのロゴ感があると捉えるかは賛否が割れるところだなあ。
*
「まあ、これでいっか……」
私が選んだ水着はセパレートタイプ。白色のフリルフレアのビスチェに葉っぱ模様の緑色のショートパンツ。一応両者の中にはショートパンツと同じ素材のビキニを着込む形になるが、ビキニ状態で運用することは無いだろう。
しかも、その上に淡いピンクの長袖ラッシュガードを着る。このラッシュガードも裾の部分がフリルになっている。ちょっとフリル過多な気もしたが、ともかく足元以外は日焼け対策は万全となる。だって、日焼けすると痛いし避けられるなら極力避けたい。
「あれ、フリサスフィス先輩もう決まりましたかー?」
「あ、うん……って!
ブランヒルデさん、いくら試着室とはいえ商品着たまま歩き回るのはちょっと……」
「まあまあ、すぐ着替えますし、今のところ他にお客さんいませんし……。
それよりも、結構着込むのですねー」
……言われてみれば、実際にこの水着を着る時にはインナーの上にビキニを着て、更にそこからビスチェ&ショートパンツ、最後にラッシュガードの重ね着になる。水着とは思えないほどの重装備だ。
「まあ、日焼けしたくないしね……。で、ブランヒルデさんは今着てるやつにするの?」
今、ブランヒルデさんが着ているのは黄色のギャザー系のビキニで下は同じく黄色系統でまとめたハイビスカス柄のショートパンツといった感じ。
「あ、いえ。これ、ゆったり感があるので着たのですけれども……。水に入ると多分今のふわっとした感じが無くなりそうだなーって」
まあ、確かにふわっとしていて立体感が今はあるけど、濡れてもし身体に張り付いたらちょっと見栄え的には良くないかもしれない。
「じゃあ……」
「あ、すみません。もう少し選ばせてください。その間、他に買い物があればして下さっていても構いませんよ。
先程、食品売り場が気になっていたでしょう? 初めて魔法会館の購買にいらしたのならば、色々と真新しいものはあるかと思いますから」
最初は待っていようかなと思って、着替えて試着室前で待機していたが、本当に全然決まりそうにないので、彼女の言葉通り売り場を色々と回ることにした。お米は買っておく。
そして、それ以外にも小物やら本やら食料品やらを細々と買って先に会計しておく。なお、購入した水着一式は2万ゼニーだった。如何に『世界繊維危機』の影響をモロに受けているアパレル製品であっても、魔法会館製ということはブランド品みたいなものっぽいのである程度値が張るのも当然な話なのかもしれない。
とはいえ未だに貨幣価値がよく分からないから2万ゼニーというのが、何となく高額っぽさは感じるけれども、具体的にどれくらいなのかは分からない。
……ちなみに、結局ブランヒルデさんが水着を最終決定するまでには、私が水着を決めてから1時間経過した後のことだった。
その選択した水着とは、撥水性で身体にフィットする感じのグレーの長袖パーカーに、幾何学模様のホットパンツと黒いレギンスという何というか水着……というよりもジムに行くような恰好であった。スポーティーで似合ってはいる。けれど、しっかり魔法使いの特別教育で鍛えている私達魔法使い候補生が着てしまうとスポーティーというか、最早そのままスポーツ選手のようにしか見えてこない代物であった。
ブランヒルデさんにめちゃくちゃ似合っては居るけれどもね。
*
夏季休暇に突入した後に、私はブランヒルデさんとともにプティドルフ運動公園にあるプールへと向かうこととなった。流石に学院内の女子寄宿舎から水着姿のまま路面列車に乗る程恥知らずではないので、お互い私服で現地まで行き、そこで更衣室を借りて着替えることに。
『プティドルフ運動公園前』の停留所で降り、運動公園正門から入ってコーヒーショップやテニスコートの前を通過して、アロディアさんとちょくちょくサッカーの試合を見に行った陸上トラックを左折すると、右手には木々に囲まれた池がある――『鴨猟場』だ。
「ブランヒルデさんって、そういえば鴨猟やったことある? 私は無いのだけど」
「私も無いですねー、実家で鴨飼っていますので、わざわざ娯楽で捕まえようとは……」
そう言えば、実家が地主だっけブランヒルデさん。
去年、農業施政に関して色々と調べていたこともあり妙な感じがあるが、折角話題があるからと、ちょっと堅すぎる話かなあと内心思いつつも話を振る。
「地主ってことは農業関係だよね? 確か、去年農村に補助金が出てたけどブランヒルデさんの実家のところにも来てたの?」
「あー、それはちょっと分からないですねー。
一度話しているとは思いますが、私3年前に嫁入りしているので、実家の近況は詳しくは知らないのですよ」
彼女が既婚者である事実を一度たりとも忘れたことは無かったが、既に実家を離れた身であるという点はすっぽりと抜けていた。言われてみれば当たり前の話なのに、私は結構この手のミスをやらかす。
「あ。
プールってここですよねー」
鴨猟場を抜けた先に、プールがあったことは私も記憶していた。開けた土地に建屋が1つぽつんと建っており四角く造成されたプールがあったはず。
「あー、うんうん。ここだったはず……って。
なんか増えてる……」
そこには私の知らない1階建てのひどく横長の建物が新しく建造されており看板には『プティドルフ運動公園プール敷地内休憩所』と書かれていた。
前にここをしっかりと認識したのは3年前だったから新たに施設が増えたのか。ただの市民プールであった見た目が全然違うものに変貌している。
「フリサスフィス先輩、入りましょうよー。あ、入場料560ゼニーですって。結構かかりますねー」
500ゼニーと言うと……一食のご飯よりもちょっと高いくらいの相場だったはず。プールの入場料として考えると……って前世でプールに行く機会がそんなに無かったから高いか安いか分からない。判断できない丁度微妙なラインである。
そしてその入場料を支払い、『休憩所』と書かれた横長建造物の中を更衣室を求めて探し彷徨っていたら、周囲から様々な客引きなどの声をかけられることとなった。
「プールで冷めた身体を暖めるのには温浴場が最適です! 右手奥の通路を進んでいただければ温浴施設へ向かえますよ!」
「あ、女性の方には、当運動公園協賛の商店が販売しております化粧品を無料で提供しております。良かったらこちらの試供品をどうぞー」
「大桟橋から川へ繰り出して遊覧船の旅を嗜むのは如何でしょうか! 1周400ゼニーで王都の街並みを川の上から眺めることができますし、水上機の離発着も間近で見ることができますよ!」
「屋上の特設所にて奇術の観劇会がまもなく始まります。観覧券をお持ちの方は速やかに屋上までお越しください!」
「大桟橋にて鮎漁体験をやっております、釣った鮎は専用の料理人が調理してその場で食べることもできます」
……なんというか。
今までで一番デカい、異世界カルチャーギャップを引き当ててしまったかもしれない。
そこにあったのは私の想像していたプールではなく、ウォーターパークとかレジャープールに似ているがそうした複合施設ともまた異なる遊びを提供する、全く異次元の施設が広がっていたのである。




