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9-18


 ブランヒルデさんとプールに行くことになった。正直、女子2人のマンツーマンで行く場所でも無いなあと私は思っていたが、ぽろっと零した一言、


「ブランヒルデさんの旦那さんと行くデモンストレーションなら、2人で行った方が良いかな?」


「そこまで正直考えていませんでしたけど、言われてみれば確かにそうですね。フリサスフィス先輩、流石ですー」


 何というか雑な返答ではあったけれども、私が踏み込んだせいで逆に2人が確定した。別に嫌ってわけじゃないんだけどさ、プールってもっと大人数で行くものってイメージがどうしても先行してるのだよね。完全に私の先入観なのかもしれないけど。


 それで、私もレジャーとしての遊泳は正直この世界だと初めて。一応、授業で水泳とかはやっていたし、流石に前世がインドア派とは言っても泳げない訳では無かったのでそこは特には問題ない。

 問題は、遊び用の水着をそう言えば持っていなかったこと。授業でやったとは言っても、それは『教練』としてのものだし。アプランツァイト学園初等科時代もプールの授業こそあったが、泳ぐというよりかは水に触れるという趣が強かったので、義務教育が初等科までであるこの国においては、実は泳げる人間ってそう多くはないのかもしれない。だって、海無いし。


 加えて考えれば、そのアプランツァイト学園も私学であり、教育面は色々と学習指導要領外のこともやっていた。理科相当の魔錬学が女子は必修ではなかったのに、あの学校では用意してくれていたし、その文脈で捉えるとプールもそうした必修ではない科目だったのかもしれない。


 とすると、『泳ぐ』という行為そのものを出来る人口が多くないわけで、それは水着の需要の減退に直結する。なれば、私が今の今まで家族と一緒でもレジャーとしての遊泳を行ったことが無いのも、お母さんが泳げないという可能性が浮上する。そしてそれは富裕層家庭においてもそこそこ一般的な話なのかも。


 何を危惧しているのかと言えば、水着を選ぶ際には私のファッションセンス形成に重大な影響を与えているお母さんの助力を得ることが出来ない可能性が高いのだ。しかもこの世界においては、それなりにファッション通であると誤解されている現状を見栄だと分かっていても崩したくない。が、そのブランヒルデさんは、美容室ルートで国外産のシャンプーを常用していたり、部屋着などもそのお母さんセンスによるブーストがかかった状態の私と比肩する存在なので、不用意なことをすれば私自身にセンスがあるのではないということが看破されてしまう。


 内心の動揺を余所にして、私はブランヒルデさんにこう切り出す。


「ブランヒルデさん。水着を買っておきたいと言っていたけど、どこで買うのかは決まっている?」


 無かったらそこそこ詰みそうだなあ、と思いながら聞いた質問にブランヒルデさんは次のように答えた。


「一応、どこで買うかはもう決めています。あ、もしかしてフリサスフィス先輩も水着持ってない感じですか? だったら一緒に買いに行きません?」


 内心を悟られずに上手いこと話が逸れたので飛びつくように私は頷いたが、ブランヒルデさんと別れたしばらく後になって、物凄い自然に買い物に誘われたことに気付き、それが素なのか誘うのがへたくそな私をからかう目的が内包されていたのか判断に悩むことになる。




 *


 週末。私達が通い寄宿舎に住んでいるガルフィンガング魔法爵育成学院があるマルタールピアーノの隣町であるところのキレントレッペに私とブランヒルデさんは来ていた。

 なお、事前にブランヒルデさんより制服で行く旨を聞いていたので、特に普段着のどれを着て行こうか頭を悩ますこともなく、何も考えずにお揃いで制服である赤紫色の軍服ワンピースとなった。

 前はコスプレ衣装っぽいって言っていたけれども、流石にもう6年目だから慣れてきた。それに卒業後の女子魔法使いの正装である軍服も、このデザインから変化することは無いのだから、慣れるしかないのである。


 それでブランヒルデさんに案内されるがままにキレントレッペの街を歩み進めていたら、まるでおとぎ話を想起させるような白磁の洋館が眼前に現れた。


「あれ、これって……」


 そして、私はそのおとぎ話の洋館に、既視感があった。ブランヒルデさんが種明かしをする。


「ええ、魔法会館ですよ。もしかしてフリサスフィス先輩は来たことありましたか?」


「えっと……去年、パーティーに誘われたことがあって一度来たことが……」


「……何というかフリサスフィス先輩って、部分部分で掴みどころが無かったりしますよね。何だかんだ言っても王都生まれなだけあります」


 うーん、お口が悪い。皮肉なのか、口が悪いだけで本人的にはこれで賞賛しているつもりなのかまだ私には判断できかねるが、とりあえず笑ってごまかす。意図して口が悪いタイプは私の周囲に結構いるので今更と言えば今更だし。


 そしてさらりと流したまま、話題の矛先を変える。


「……というか、目的地は魔法会館だったの? 水着を買いに行くのだからもっと専門店的な場所に行くかと……」


「そうですねー。ここの商品は一応魔法使い関係者でしか利用できないので民間に流通していないものも販売しておりますし、それに私達が今着ている制服のデザイナーもお雇いで色々と携わっていますからね。

 何よりこの王都の魔法会館を除けば、魔法使いの軍の師団編成地でしか販売していませんからね。私の地元のグローアーバンにも一応ありましたが、街外れな上に支店のようなものなので品揃えも魔法会館ほどではないですから」


 そうか。制服の件で魔法使い組織はデザイナーを抱えていた。そして、制服を作ったのはここ、魔法会館の傘下にある工場である。ということは、他のアパレルアイテムに正規のデザイナーが関与しているのは自然な話である。

 更に、魔法会館の言わばアンテナショップ的なのは師団編成地にしか存在しない事実。現在、魔法使い軍にはお父さんが名義上貰っているような書面上だけの架空の水増しの存在である幽霊師団を除けば、第1から第5師団までと、隣国の街道の民に駐屯する街道駐屯軍の計5個師団プラス1個軍団が存在する。まあ軍団とは言っても街道駐屯軍は昨年に第6師団から改称されたばかりなので中身は師団とそう大差はなく、実質的には6個師団編成だと考えてもらって差支えはない。

 ちなみに、1個師団辺り兵数の定員は1万人程度なので、魔法使い軍の総兵力は6万人……と考えがちだが、完全充足の師団は一部しかないので、正味3万5000人程度となる。

 で、そんな組織体系で、抱える規模的に広大な土地が必要となることから基本的には都市中心部に編成地は存在しない。そう言えば我が国西方の大都市であるラルゴフィーラに旅行へ赴いた際に急遽王都へ戻ることになったときに無理やり魔法使いの公用車を借りたこともあったが、その時、そのラルゴフィーラの都市内部にあったのは教育機関だけであった。確か都市防衛観点からの都合上、司令部は郊外設置であった。まああの辺は瘴気の森の前線もそこそこ近かった記憶もあるけれど、つまりは簡単に行ける場所にはないのは全国的にほぼ共通なのだろう。買い物の為に行くのにはきっと骨が折れるということなはず。



 というわけで、その魔法会館の入り口の守衛小屋にて入館手続きを行う。かつて私が来た時のように迎賓館としての側面や、学会発表の会場としても使われる場所なので、アポイント無しで買い物に来ても大丈夫なのかと思ったが、守衛の人は私達の服装を見るに所属と名前を名簿に記入するだけで入館があっさりと認められた。まあそもそも女子魔法使いは候補生含めてもごくごく僅かだから制服を着ていれば現状ほぼフリーパスにもなるか。


 そして守衛さんとブランヒルデさんがやり取りを行う。


「ちなみに、差支えなければご用件をお伺いしますが。魔法会館内は広いですので、案内の者を用意させますが」


「あ、大丈夫ですよー。2人で購買部に買い物に行くだけですし、私は何度か来ておりますので場所は把握しております」



 ……ブランヒルデさん、何度か買い物に来ていたのか、魔法会館に。




 *


「購買……って言うと、学院内にもあるけれども、そこと結構違う?」


 魔法会館の敷地内を案内無しでブランヒルデさんの先導で歩きながら、私は彼女に話しかける。


「ああ、あそことは全然品揃えは違いますよー。学内の購買は必要最低限の生活必需品しか売っていないじゃないですか」


 魔法会館の購買は魔法使い関係者向けに様々な物品を作っているし、一部行事の記念品などは一般向けにも委託販売されていたりする。なので関係者限定とはいえ……というか魔法使い自体は国家公務員なのだから一般水準よりも経済力はあるためにハイエンドな商品が並ぶ。まあこの迎賓館でもある魔法会館の調度品すらも取り扱っているのだからそりゃあラグジュアリー路線なのは当然なのかもしれないが。

 一方で、魔法爵育成学院の購買は、経理部の管轄で一部魔法会館製品が置いてあることもあるものの、学生向けの施設であることから民間業者から仕入れた廉価品でかつ食べ物や消耗品などを、ある程度質を気にせずに簡単に手に入れるための場所だ。



 そんなことを話しながら、さくさくと建物内に入っていき、入り組んだ構造の廊下を迷いなく歩みを進めるブランヒルデさん。私はこの時点で、急に彼女が姿を消したら迷子になることが確定した。来た道を覚えられない。


「あ、ここですよフリサスフィス先輩」


 階段横の両開きの扉の前で突如止まったブランヒルデさんに、若干のタイムラグの後に声を掛けられたときには既にややオーバーランしていた私は踵を返して戻る。

 そのときちらりと見えた階段の案内板には『2階:調度品等』と書かれていた。


「もしかして2階も購買スペースあったり?」


「そうですよ。とはいえ、家具とか魔道具とかが主ですので、今日は無関係ですね」


 魔道具も販売しているのか……と思ったけれども、よくよく考えれば私の実家にある魔石装置って魔道具との兼用のハイブリッド商品だったっけ。ということはうちの魔石を使う家財道具の全てが同時に魔道具なわけで。結構身近なところに魔道具あった。


 そんな2階には確かに用事が出来ることはあまりなさそう。強いて言えば引っ越しのタイミングとかかな。なので階段はスルーして両開きの扉から1階部分の購買へと入る。



 内部の敷地面積はそこそこ広い。そして店内は身綺麗で整っているが、取り扱っている商品はまさしく雑多である。

 入口周辺から右側の壁沿いには食料品や飲料などが入った冷蔵装置のショーケースが並んでいるが、常温の食品ワゴンを隔てた隣のブロックには本が並べられている。この辺りだけの区画を切り取れば前世におけるコンビニのような様相を示している。まあ置いてある商品はここでしか取り扱っていない限定品なんだけど。


 そして、そうした食品と書籍群には目もくれずにさっさと歩いて行くブランヒルデさん。私は後ろ髪引かれる思いで食品ワゴンの中をちらりちらりと見ながらその背を追いかける。



 って、今!

 ちらりと視界に入ったけれども、野菜置き場にお米が売っていた。そう言えば野外演習の時に物資の一覧リストの中にもお米が書いてあったし、もっと昔の話をすれば魔法病院に行ったときにライスが出てきたこともあった。

 なので魔法会館の購買でお米が売っているという事実は確かに考えたことは無かったけれども、ありえない話では無かった。



 そうだったのか。

 ――こんな近くに。魔法爵育成学院の隣町にお米は売っていたのか。



 それに最高学年になってようやく気付くのか、私は。マジかー……。




 *


 アパレル売り場に到着した。一番敷地面積が割かれていたのは軍服の補修アイテム。ボタンとかベルトの金具とか。当たり前だけれども、私達が既に持っている物も多い。体操服兼戦闘服のやつとか。この辺りは一応学内の購買にもある。


 しかし驚いたのがそうした魔法使い必須アイテム以外にも普段使い用の服とかもそこそこ置いてあるという点だ。流石に男性用ばかりだけれども、女性用やユニセックスのものも数こそ少ないが置いていないわけではない。女性魔法使いって全然居ないはずなのに、と思ったが、その辺りの考えはブランヒルデさんによって覆される。


「魔法使いとは言っても、関係者も利用できるので、元々魔法使いの家族に需要があったみたいですよ。それに対応していたらこの品揃えになったらしいですね、詳しくは知りませんけれども」


 ということは、元々女性魔法使いという存在が生まれる前から、魔法会館では女性用製品を作っていたのか。それは予想外である。



 というわけでその売り場を歩き回っていたら、しっかり水着も置いてあった。聞いていたとはいえ、本当に売っているとは。

 勿論、学校指定で利用している教練用のものがずらりと並んでいるが、それ以外の種類のものもちらほらと置いてある。

 デザイン的には両手で数えられるくらいだけれども、まあそもそも服屋さんでも無い上に、魔法使い関係者の女性しか着れないものだから需要が限定的過ぎる。

 それなのに、教練用途ではなく普通にレジャー用途の水着が置いてあるとは。そのレジャーで泳ぐという行為そのものがこの世界で主流でないことを踏まえれば、中々にとんでもない話だ。


 しかし、私の中の感想と、ブランヒルデさんのものは異なっていたようである。


「あんまり種類ないですねー。ちゃちゃっと選んじゃいますかー。

 この量なら全部試着してもいいかもしれませんが、フリサスフィス先輩はどうします? 着心地とか気にする感じですか?」



 え。

 いくら少ないとは言っても10種類くらいはあるんだけど、全部試着するの?

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― 新着の感想 ―
[一言] 某所でオススメされまして一気読みしました 世界観の作り込みがすごいいいですね…まず近代ファンタジーってだけでかなり好みなんですが、ゲーム原作における特権階級と魔王のシステムを組み込んで歪で…
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