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学生にとっての3年間というのは、中学校から高校へと移り変わるほどに大きいものであるが、サッカー選手にとっての3年間というのもそれなりに大きいものである。
アロディアさん曰く、30歳で現役ならば息が長い選手で、35歳になってもなお現役となればそれは相当な希少なプレイヤーであることを示しているということ。つまり選手として活躍できる期間はごくごく限られているのだ。
ガルフィンガングSCのサイドフォワードであるジークマール・ビョルン選手は、3年前は期待のルーキーと呼ばれていた選手であった。しかしサッカー選手における3年という歳月はルーキーや新人を中堅へと変質させる。
学閥と旧来の魔法使いという確執に加えて派閥抗争や妬みがごった煮されていたとはいえ、私のお父さんが大学課程の魔法学院卒業以後、8年間中央省庁で勤務していてもずっと『若造』扱いであったエピソードと比べると対照的である。
そしてルーキーの頃よりガルフィンガングSCというプロサッカーチームにおいて有望な選手であった彼が、3年経過し中堅プレイヤーとなったということは、必然的にチームの屋台骨である中核的存在へと昇華しているということで。
連絡先……というかお互いの住所情報は交換している。しかし考えてみれば当たり前な話ではあるが、魔力通信装置をビョルン選手サイドが保有しているわけもないので、手紙でやり取りすることに。郵便局の魔力通信を利用したメッセージ伝言サービスはあるけれども、あれだと送信メッセージの文量で金額と送付時間が変わるからねえ。王都内でかつ長文のやり取りなら手紙の方が手っ取り早いのだ。
そして数日後にきた返信には、ガルフィンガングSCの練習施設に来てくれれば、時間を取ることはできるとのこと。
「アロディアさん。ガルフィンガングSCの練習場って何処にあるのか知ってる? 試合で使っているグラウンドで良いのかな」
「いえ。プティドルフではあるのですが、練習は河川敷の方を利用していたと記憶しております。試合用のスタジアムは陸上競技場と兼用ですのでレンタル料がかかるからだと思いますが……って。
あや、まさかヴェレナ先輩、練習中にお邪魔するつもりですか!?」
「え、だって向こうがOK出してくれたから週末にでも行こうと……」
そうアロディアさんに伝えれば、結構な剣幕で次のように言われる。
「そりゃあ、何でもない河川敷ですから行くことは簡単ですけれどもね……。サポーターの間の不文律として選手の練習の邪魔になるような迷惑行為は慎むように定められているのですよ!」
ファンの間の不文律、こういうローカルルールの存在があるからスポーツって苦手……って、それは置いておこう。この世界だとプロチームというのは金欠らしいし、そりゃファン側の自制心にある程度は期待せざるを得ない面は致し方ないのだろう。
「……とは言われても。アロディアさん、ビョルン選手側から既に承諾は頂いているので、むしろこの状況で断るのも失礼になるんじゃ……」
そう私が告げれば頭を抱えて悩むアロディアさん。ファン間の不文律と選手の承諾、それのどちらに重きが置かれるのかという究極の命題に挑む彼女は、悩み抜いた末に1つの答えを出した。
「……ヴェレナ先輩1人だけで行かせたら、どのような無礼をするか分からないので私も付いていきましょう。……そして当日は学院の制服を着ていくことにします」
「……え、でもそれって最初にガルフィンガングSCの試合を見に行ったときに、私がアロディアさんから怒られたやつじゃ……」
「……目立つのは百も承知です。ですが、制服とは即ち魔法使いの正装であり、大元を辿ればケールスティンさんの義父が就任している会長職の調査……、近衛兵とサッカー協会の関係性を調べるという意味では広義の派閥対策であり、それは魔法使いとして今後の進退を決める上でも間接的に役に立つ情報を収集するわけですから、制服で――」
まあ言っていることは間違ってはいないけれども、どうにも言い訳がましさが残るのは、アロディアさん自身が他のファンに対して罪悪感を強く抱いているためであろう。制服条件でなら認めてくれたけれども、でも制服って軍服ワンピースなんだよな。身体を動かすことになるかは分からないけれども、練習場に行く服装ではないような……。
とはいえ緊急時にはこの服装で戦闘行動をも行う必要があるのでスポーツができない道理はないけれども、一応体育着扱いになっている戦闘服も持っていっておこう。
*
そしてその週の週末。
何というか、ブランヒルデさんと仲良く出来ればそれで良かったのに、話が思わぬ方向に展開していることに思うことが無いわけでもないが、先にアロディアさんが述べた通り、近衛兵組織とサッカー協会の間にある関係は気になる。だって普通じゃないでしょ、軍人をスポーツの組織のトップに据えるって。
勿論公務員チームという概念がある以上、全く隔たりがあるわけではないだろうが、気になる部分である。
だからこそ、ブランヒルデさんとの仲良し計画よりもこちらが一旦優先となる。なので今回の同行者はアロディアさんだけだ。ブランヒルデさんの実家は地主の家系とはいえ、義父が元近衛兵のかなり上層まで上り詰めた人物であるというのは流石に警戒対象とせざるを得ない。とりわけ、恐らく今もなお現在進行形でその近衛兵の一派に『革新主義者』として監視されている私にとっては。まあ、監視されている以上は私の行動が逐一近衛兵側に漏れているわけだが。何だか一枚岩の組織というわけでもなさそうだから対応に困るんだよね。
そして何度目か分からないが、王都南部のプティドルフを訪れることとなる。運動公園と飛行場のあるこの場所には既に何度かお世話になっているが、本日訪れるのは、そのどちらでもなく河川敷。いや、河川敷も一応運動公園の敷地なのだろうか。サッカーの練習施設として使えるくらいなんだし。
そして着いて分かったが、本当にただの河川敷である。一応申し訳程度に鍵付きの管理用のプレハブ小屋みたいなのがあって、そこに貴重品を置くことができ、トイレなどもあるようだが、そこ以外には雨宿りする場所すらないレベル。
整備されているのか練習で踏みしめられていて雑草が育っていないからかは分からないが、土のコートである。総合運動場の方も土だったし、練習施設に芝を張るわけないか。
で、制服で来た効果はあったようで、到着と同時にスタッフの方に荷物を管理小屋へと置くように言われた。これ以上ない身分証明だもんね。
荷物も水分補給のための水筒と体育着くらいであるが、一応小屋に置いておく。
そしてビョルン選手を待つ間、やや時間があったので気付いたが……この河川敷、騒音が酷い。理由は単純、ここより下流に水上機の離発着場があるためである。そう、オーヴルシュテック州の飛竜施設見学に行った際に使用した水上機は、このプティドルフに隣接する大きな河を滑走路に見立てて飛んでいた。
そういう意味でもグラウンドよりもレンタル費用が安いのか、納得である。と、同時にやはりこのプロチーム、ガルフィンガングSCの懐事情を気にせざるを得ないわけであるが。
ただ、騒音の厳しい河川敷という条件で整備が為されている点は気をかけた方が良いかもしれない。これだけ悪条件の重なる場所であれば下手すれば行政による管理が放棄され、貧民街のような様相を示すことだってあり得たはずである。特にこの世界的な不景気の間では尚更。
そういう形にならなかった一因として、このガルフィンガングSCの存在がある……というところに思いを馳せていたら、何者かに話しかけられた。
「おっと、お二人さん! こうして試合以外で会うのは初めてじゃないか!」
「あ、ビョルン選手。お久しぶりです、今日はお招きいただきありがとうございます」
この時点で、既に再起不能になってしまうアロディアさん。あれーおかしいな、3年前は1年間一緒に通って何とか話が出来るようになっていたはずなんだけど、いつの間にかゼロベースに戻っている。
「……あれ? アロディアさん、慣れたのでは?」
私の疑問に対しては、ビョルン選手が答えてくれた。
「……ああ、この子。君が一緒について来なくなってもホームの試合は殆ど毎試合身見に来てくれていたのだが。
君がいるときとは打って変わって全然試合後に話しかけに来ることがなくなってねー」
「……あや、だって他のサポーターの皆さんに申し訳が立ちませんし……」
「……一応、知己ではあるのですから遠慮しなくてもいいんじゃない。別にビョルン選手側も嫌と言っているわけではないのだから」
その私の言葉に頷くビョルン選手であったが、アロディアさんはこう答える。
「……そう思っていただけるのは光栄ですけれども、そこのヴェレナ先輩に傍若無人に振る舞えないですって……」
うーん、アロディアさんもいっぱいいっぱいになるとお口悪くなるな。今更と言えば今更か。気持ちはやっぱり分からないでもないが、本人が良いってスタンスだから大丈夫だと思うけどね。それでも、やっぱり駄目なのは、むしろ好感というかなんというか。
でも、こうして私に付いてくるくらいの狡猾さはあるんだよね。
そんな感じで微妙な感じになりつつあった空気をビョルン選手が是正する。
「ま、それは別に後でも良いか。それよりも、折角練習を見に来てもらったんだ、本題があって来ているのは重々承知しているが……ちょっと、ボール触っていかないかい?」
「あや、いやいや皆様の練習を邪魔するわけにはいきませんし……。えっと、その、ほら! 私達、制服なんでスカートですのでボール蹴れませんから!」
かなり焦りながらもアロディアさんは辞退する。それは興味がないという訳ではなく本当に申し訳ないと思っているから出てきている言葉であった。
「おっと、確かにスカートではボールは蹴れないか。いや、サッカーに興味のある女の子……それも、魔法使いなんて全然知らないからな! 魔法使いの公務員チームの強さを知る身からすれば、やっぱり気にはなるものさ」
えっと……この流れ。言い出せば確実にアロディアさんは怒るだろうけれども。ビョルン選手は明らかに私達の実力を見たがっているよね。
むしろこの場合、参加しない方が失礼に当たるんじゃなかろうか。
「……あのー、一応私、戦闘服……いや、体育着なら持ってきているんですけども――あいたっ!」
アロディアさんに思いっきり足を踏まれたが、ビョルン選手は目を輝かせて「じゃあやってみないかい?」と強く誘ってくるのでアロディアさんすらも断り切れずに私は一度荷物を置いた小屋へ戻って着替えてくることになる。
*
この世界でサッカーボールに触れた経験は、実はある。それも、他ならぬアロディアさんの手によってである。
3年前アロディアさんと色々とアウトドア的なことで遊んだときに、彼女が参加していたフットサルのお遊び的なチームで一緒に身体を動かすことがあったのだ。アロディアさんのスポーツ方面の顔の広さは大概ではある。そもそも初等科時点で外部のテニスクラブに通っていたことを鑑みれば、色々と手を出しているわけで。
で、私自身の深層意識としては未だにインドア派な部分は残っているものの、ヴェレナ・フリサスフィスという身体はその運動能力で私が困ったことは一度も無いと言っても決して過言ではない程には優れたものである。とはいえ、他の魔法使い女子生徒の面々も特別教育の教練などで身体を鍛えているのでそこでの差異というのはあまり大きくないかもしれないが、それでも恐らく女子の平均という意味では最早大幅に逸脱はしている。
曲がりなりにも魔法使いの候補生という軍人の卵なのだから、ある種当然の話なのかもしれないが。
私が服を着替え、私物の運動靴に履きかえたときには、流石にアロディアさんも私が練習の邪魔をすることを止めはしなかった。
「……あや、ヴェレナ先輩。くれぐれもこれ以上迷惑を――」
「まあ、確かに私の興味本位という面はあるし、アロディアさんのファン目線の考え方も私としてはむしろ好きなんだけどね。
こういう向こうが望んでいる部分は積極的に受け入れていた方が心証は良くなるし、何より私に意識が向いている瞬間の方がビョルン選手から大事な話は聞きやすい、でしょう?」
この辺りは小声の会話で、周囲には水上機の離発着の爆音にかき消されてしまう類のものである。
しかし。私の言葉を受け取ったアロディアさんの表情は、ファンとしてのものから『アプランツァイト学園卒業生』としてのものに変質した。
「……ヴェレナ先輩、考えなしの行動では無かったんですね。あや、ちょっと見直しました。
――って、この作戦だと私がビョルン選手に話を振るのですか!?」
私はアロディアさんに向き直り、ゆっくりと頷いた後に、ビョルン選手の下へ向かって、準備が出来た旨を伝える。
何というか、自分ではない人が振り回されているのって物凄い久しぶりだ。
振り回す側ってこんなにやりやすいのか……。




