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今年の新1年生であるケールスティン・ブランヒルデさんが、どうもアロディアさん曰く政治的な事情が無さそうとのこと。今まで王子の婚約者周りの関係でなるべく特に事情が無ければ王都の魔法系列学院への入学、というのは行われてこなかったので、どうにもそれを素直に受け取ることができない。
アロディアさんの手腕を疑うつもりはないが、どうにも腑に落ちない。けれども私が色々と手を回してどうこう調べるのはちょっと向いていない。……基本調べる前に誰かに聞いちゃうし。
「アロディアさん、オーディリア先輩まで話を回すことってできる?」
「可能と言えば可能ですが、ヴェレナ先輩が言った方がクレメンティー先輩は動くと思いますよ。ヴェレナ先輩のこと大分気に入っているようですし」
そういうことを客観視されると羞恥心が芽生えるが、言われてみればアロディアさんとオーディリア先輩の直接の接点ってあまり無いのか。2年前のアプランツァイト学園高等科生徒会選挙の一件でソーディスさんの援護を頼みにいったときくらいしか私は知らない。間接的な部分としては3学年下のハーデワイズさんがオーディリア先輩の子飼とも言うべき人物であり、魔法青少年学院でおそらく現在も尚発生しているであろう貴族と平民生徒間対立に際して融和を図ろうと尽力していたペアであった。
革新主義的な吟遊詩人の恩寵を受けた男子生徒のアルヌルフさんだとか、天才的な戦略眼を有していて『二段階制空論』関係から何故か私に異様に懐いているベレンガリアさんなどの、中々に濃い面子と同級生であったのが、ハーデワイズさん。
アロディアさんが既にこちらに進学した以上、ハーデワイズさんが学内対立に対して孤軍奮闘しているのかと思うと流石に可哀想すぎる。が、彼女は彼女である程度過激派に準ずる思想に同情的な側面もあったから、アロディアさん程の中立的な裁定を期待することが難しいわけである。まあ、正直3学年下に対して打てる手立ては少ないし、こういう時に頼りになる我等がオーディリア先輩も、魔法学院へ進学して大学生になったとともに、魔法準男爵を叙爵している関係上既に歴とした正規の『魔法使い』であり、国家公務員でもあるのだ。
そんな先輩がほとんど独力でこれからの女性魔法使いの立ち位置を確立していくのだから、この学生の間のごたごたに介入してもらうのも申し訳ない。
そういう意味では、今の私達の懸念点となっているブランヒルデさんの正体をオーディリア先輩に調べてもらうというのも、先輩への負荷をかけるという意味では避けた方がいいかもしれない。
……そもそも去年の段階で、オーディリア先輩の作業量はオーバーフロー気味であった。何だかんだ言って結構私に対して裁量権を明け渡す場面も多かったし。勿論、それは私に対する教育というかせめて先輩のサポートが出来るレベルまでは引き上げようという意志をひしひしと感じたが、それ以外に単純にオーディリア先輩自身がやることが多すぎた、ということもあったのだろうとは思っている。
その辺りのことをアロディアさんに伝えると。
「あや。確かに、ケールスティンさんの内実を知ることは切羽詰まっているわけではないですしね。無理にお手を煩わせない方が良いかもしれません。
……ちなみに、エルミンヒルト先輩の片翼党筋からは何かありましたか?」
「あの、えっと……う、ううん。別にヴェレナさんのときみたいに特に何も言われてないから……。ヴェレナさん、どうするつもりですか?」
片翼党にとって私はある種警戒対象であったようだが、ブランヒルデさんに対しては同じような警戒網は張られていないというのは、それ単体でもそれなりに有用な情報である。
しかしどうするか、か。まあ私の中では答えは概ね決まっていた。
「……まあ、うん。普通に仲良くしていこうと思うよ。2人みたいに……ね?」
初志貫徹というわけだ。思えば、アロディアさんもローザさんも、両者が抱えていた思惑であったり、色々な政治的な関係性を踏まえつつも要所要所では度外視して最初は接していたからこそ、今の関係があると思っている。
そして2人はその私の言葉に、どこか照れるような笑みを浮かべて頷いた。
*
「あ、あのー……ブランヒルデさん、今日一緒にお風呂入らない?」
「……良いですけれど。フリサスフィス先輩、その誘い方は変質者みたいですよ」
「……」
お口が悪い。何となく初対面の段階で分かっていたことだけれども、どうやら毒舌キャラということで良いみたい。
そしてこのお風呂に入るというのは、ローザさんと仲良くなる時に使った手法である。この国では未だ流通していない聖女の国製の液体シャンプーと、コンディショナー概念の無いこの世界における髪質ケアの要である馬油、これを体験させる。
このことを、アロディアさんとローザさんに提案したら、アロディアさんは「……何というかヴェレナ先輩って、時折財力でごり押ししますよね」と言われる。
そしてローザさんも無言で一切何も言わずに沈黙の肯定という姿勢。ひっそり心の中ではそう思っていたのか、ローザさんまで。
……別にいいじゃん。自分が使っていて良いな、って思ったものを共有したいだけなんだから!
というわけで、2人で女子寄宿舎の大浴場へ行く。よくよく考えてみれば別に4人で入れば良かった話だなこれ。何故2人きりになることを選択したのだろう。
「そういえば、ブランヒルデさんって、結構既製服着てるよね? この部屋着もそうでしょ?」
この日のブランヒルデさんの部屋着は赤系統のスポーティーなパーカーに、厚手の黒のショートパンツというアウトドア派な趣。部屋着なのにアウトドアとか如何に。
「そうですねー。グローアーバンにもそこそこお店はあったのですけれども、流石に王都の方が充実していますから、こっちに来てから買いました。
そういえば、フリサスフィス先輩がよく着てる服って、ヘルバウィリダーに進出している所のが多いですね、出身その辺りなんですか?」
「あ、うん。そうだけど……よく分かったね、ブランヒルデさん」
「そりゃあ有名な高級専門店ですから、王都に詳しくない私も知っていますよ。あ、先に行っていますねー」
その会話をしながら、あっさりブランヒルデさんは服を脱ぎ脱衣所を後にするが、これもしかしなくても、向こうのがファッションスキルあるな!?
*
「あ、フリサスフィス先輩も液体シャンプー使っているんですねー。良いですよね、これ」
「えっ! ブランヒルデさんも液体シャンプー持ってるの? どこで売ってたのそれ?」
「あーこれ、前に行っていた美容室で買ったやつです。王都に本店があるので今後も多分手に入るから良かったです」
今までで初めて出会ったぞ、液体シャンプー利用者……。そうか、美容室のシャンプーを買うという選択肢があったことは完全に失念していた。
「……それ、森の民の国産?」
「いや、確か修道者の国で作られていたと思います。あんまり詳しくないのですよね、そこら辺美容師に任せっきりなんで。
……というか、フリサスフィス先輩って会った時から思っていたのですけれども、大分しっかり髪の手入れしてますよね? やっぱり恋人の方針だったりするのですか、そういうの?」
何というか、毒舌というか無自覚でこちらの精神抉ってくるタイプの人だね。
悪気は無さそうではあるけれども、どこか確信犯的な言い回しのような気もしてくる。こんなところで猜疑心を刺激されるとは……。
「え……っと、いや、その。私、別に恋人居ないけど……。
というか、そういうブランヒルデさんは恋仲の人が居たりするの?」
とりあえず、反転攻勢を仕掛けてみる。
「はい、居ますよー……って、恋人じゃなくて夫ですけどね」
――んんっ!?
「ブランヒルデさん、結婚してるの!?」
「ええ、2年程前に。夫は私がこちらへ進学したと同時に王都へ転勤にして頂きました」
「……もしかして、旦那さんって社会人だったり?」
「そりゃお互い学生じゃ収入ないじゃないですか。あ、でも大丈夫ですよ。うちの夫は卒業したら家事だけやれ、とかそういう堅いこと言うような人じゃないんで。普通に魔法使いになりますよー」
このパターンは完全に想定していなかった。今、高校1年のブランヒルデさんの2年前って中学2年だよね!? ……14歳かそこらで結婚してんのか。そして相手は社会人。うーん、価値観ここまで揺さぶってくる出来事は久しぶりだ。
確かに義務教育が小学校までだとか、婚期が早そうな話はちらほらとあった。この世界においては恋愛結婚がファンタジーで、政略結婚やお見合い婚の類が大勢を占めるわけだが、それでもまあ……これは予想していなかった。
そして気が付く。
そもそも王都の学校に通う女子生徒が制限されているのは、王子の婚約関係が問題なのだから、既婚者であれば女子生徒であっても全く問題なくなるわけだ。そりゃ、ブランヒルデさんがこの学院に進学できるわけである。
まあ万が一の可能性として王子が既婚者にべた惚れして相手に離縁を迫るパターンが理論上あり得るわけだが、そんなこと誰よりも王子たらんとするあのアマルリック王子がするとは全く考えられないし、そもそもそのような盆暗王子が相手だったとしても、近衛や王家、貴族らがそれを認めることは無いだろう。
政治的危険球になっている王子の婚約者問題に民間人への離縁要求などというゴシップが重なったら、マジで反乱起きるぞ、この国。
そういう意味では、物語的でファンタジー的な恋愛脳の王子ではなくて本当に良かったと、切に思う。
*
「……ヴェレナ先輩、ケールスティンさんが結婚していること。完全に見落としていました……すみません」
「いやいやいや、それは私も完全に想定外でしたから、調査してくれたアロディアさんのことを褒めることはあっても、怒ることは決してありませんよ」
ブランヒルデさんが結婚していることは、お風呂を上がった後にアロディアさんとローザさんの2人にも伝えた。勿論、ブランヒルデさんにも許可は貰っている。その場では2人とも驚きを示していたが、アロディアさんは既婚者である可能性を考慮しなかったことで己を責めているみたい。
いや、私は本心からその可能性を想像するのは無理だと思うけれども。ただ、アロディアさんにとってはそれは失態となるようである。
「いえ、私は自分が許せません。これだけの不手際、喩えヴェレナ先輩に許して頂いても申し開きの余地がございません――」
「……どうして、アロディアさんは……そこまで自分を責めるの?」
「それは……、彼女の実家が地主であること、そして家族構成も把握していたのに、肝心のケールスティンさんの配偶者の有無だけ見落としたというのが一点。
……もし言い訳させて貰えるのであれば、ケールスティンさんと彼女の旦那様とは縁戚関係でありケールスティンという姓は両家ともに同一だったのです。……それでも見落としたのは私の不手際です……」
あー……アロディアさんは実家まで追って特定していたのに、見落としたのだから、そりゃ責任を感じるか。
しかし、夫婦が結婚前から同じ苗字だったとなると、それは見落とすというのも無理はない気がする。
そして、何か不穏な一言。
「……一点?」
「はい。ケールスティンさんの旦那様の方の家系を改めて追ったのですが。彼女の義父にあたる人物――オドラニエル・ブランヒルデという方は。
既に退官なされていますが、近衛兵務府において定員8名の近衛執事として国王陛下に近侍していた経験がある御方で、現在の森の民サッカー協会の会長職に就いている方、なのです」
ブランヒルデさんが既婚者であることを見落としていたのは仕方がないし、こればっかりはどうにもならないと思う。
けれど、欠落した情報が重大であり。確かに、その影響範囲を考えてしまえばアロディアさんが意気消沈するのは理解できた。しかもよりにもよって、彼女が愛好しているサッカー関係者ともなれば、それは尚更である。
こういうときに下手な慰めの言葉をかける方が、アロディアさんが却って落ち込むことになるだろう。
私は彼女の落胆を吹き飛ばすために、アロディアさんにとって爆弾発言となるような言葉を敢えて選んで、こう告げる。
「ふーん、サッカー関係……ねえ。
それならアロディアさん? 今こそ3年前に連絡先を交換したガルフィンガングSCのアロディアさんのお気に入りのプレイヤーである、ジークマール・ビョルン選手との交友関係が役に立つ時ではなくて?」
「……。――っ!
あや、ヴェレナ先輩!? ちょ、ちょっと待ってください! 試合の観戦後に会うだけでも1ファンとして、他のサポーターに凄い申し訳なくなるのに、そんなことっ!? 私を殺す気ですか!? というか、向こうにも失礼ですよ!」
……うーん、こういう推しへの対応を見ると、アロディアさんのことは無条件で信用できるって思ってしまうのは、私の前世が乙女ゲームユーザーでオタク気質だからなのだろうかな。




