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9-12


 私とローザさんとアマルリック王子、そしてルーウィンさんともう1人男子生徒が新規メンバーとして発足した連絡会議であったが、予想に反して片翼党はローザさんを利用して何かを仕掛けてくることもなく、月に1,2回の定例会と何かしらの案件が入ってきたときに対応する程度のことで負担はそこまで大きくなかった。

 まあ、そもそも授業後には18時まで特別教育があるのだから、あまり多忙になってしまうとそちらが疎かになってしまい魔法使い候補生育成として本末転倒の事態になってしまうわけで。言われてみれば、オーディリア先輩が連絡会議側で多忙になって女子寄宿舎に帰ってくるのが遅くなったなんて話は聞いたことも見たことも無かったし、あくまで学生生活と魔法使い養成の間を補完する程度の時間しか割かれなかったのであろう。

 にも関わらず王子とオーディリア先輩は限られた時間で色々と共謀していたと考えると、時間の使い方が上手かったのだなあ、としみじみ。


 で、今年の2学期から始まった『軍事教育』。最初は守るべき規律を学ぶ『服務提要』の授業からであったが、座学では魔王侵攻に関する戦史や戦術に関する講義であったり、実習科目では歩哨や斥候の動き方を学び、自身が指揮官となったときにどう動かせば動きやすいか、あるいは非常時には指揮官であっても情報の収集や陣地の護衛をこなせるようにという目的で歩哨実習あるいは斥候実習などが行われてもいる。ちなみに、クラスの中で私が一頭地を抜く優秀さを珍しく見せている実習科目が1つある。それが通信実習だ。……まあ、ずっと魔力通信装置は使ってきたからお手の物なのである。

 魔力通信装置は、その受発信にかかる時間が、メッセージ時間によって離散的に増大していくので、いかに短く、かつ的確に情報を伝達できるかがカギとなる。

 例えば、1分のメッセージを発信するだけでも最新装置を駆使したとして2時間はかかる。しかし、これを10秒以内のメッセージにすることが出来れば、その発信までにかかる時間は半分の1時間に短縮できる。だからこそ、だらだらとメッセージを送りつけるわけにはいかなく、候補生である今の時点から情報伝達をスマートに行う方法を学ぶのだ。


 そして、今までブラックボックスだったその通信装置の仕組みについても授業の中で説明があった。魔法学や魔錬学に関する知識が前提となるために、簡単なものではない。魔力通信装置は1000年以上昔から原始的な魔道具として存在していたが、その魔道具の更に前身となった魔法に、短距離で利用する念話魔法というのがあって……というように技術的な積み重ねがある。

 さらには、魔力・魔子といった概念を前提として、魔子に波動的性質を与えて可聴域外の音波信号として発信して相手先のところで再度信号を音として聴こえるように変換し直して声に戻すことで疑似的に脳内で念話をしているようにするというのが念話魔法。

 音情報を有する膨大な波動的性質を有した魔子の集合体そのものを1つの情報集合体とみなして、それに対して指令を出すことで通信手段として確立したのが魔力通信装置だ。まあ巨視的に音というものを集団として見ていることで既存の念話魔法よりも圧倒的に非効率なために、受発信に時間がかかるという原理的な理屈が示される一方で、念話魔法側は全ての伝送プロセスを魔法の使用者が演算して運用する都合上、見えている範囲の相手としか念話でやり取りできないという距離的な制約があった。


 とはいえ、念話魔法は以前『勉強会』で学んだ魔法使いの歴史区分で言えば、『神話魔法』に属するため今の時代だと、高魔力保有者くらいしかまともに使えるようにはならないわけで。多少通信に時間がかかるとはいっても手紙を送るよりも遥かに早く、遠方まで届き、なおかつ大多数の人間が使えるようになった魔力通信装置が情報通信の覇権を握るというのは至極当然な話にも思える。



 まあ、こんな有様で一番得意と言っても過言ではない通信実習ですら、既にこの世界の魔法に関する知識が前提でかつ基盤となっていて、最早知らないとまともに勉強も実習も満足にこなすことができなくなってきている。言い換えれば前世における知識的なアドバンテージは少なくとも勉学面ではほとんど失われたと言っても良い。


 そして、今年先輩方がやっている魔法学院試験。それが私も来年にまで迫っている。

 倍率10倍以上、そして1次試験の筆記が12科目に加えて20日以上続く2次試験の面接。どう考えても私の考える大学受験よりもよっぽどハードだ。そして先輩方はそんな試験対策に完全にシフトしている。オーディリア先輩ですらも、珍しく休日に寄宿舎に居るという異常事態。あの先輩、中等部のときから休みの日に何しているのか全く分からないくらいには出歩いていて、その足跡は掴めていない――まあ、大方派閥抗争関連なのだろうけれども、そんなオーディリア先輩ですら試験勉強へ注力する必要があるというのは、私にとっては最早恐怖が先行する出来事であった。


 そんなことを考えていると、ローザさんから話しかけられる。


「ぁ、あの……ヴェレナさんは、来年……魔法学院を受験するつもりですか?」


「えっと……うん。そのつもりだけれども」


 敗戦の回避、という主目的がある私は、この国の宰相にならなければならない。そしてその過程で魔法大臣職を経由していたであろうという推測と、魔法大臣の任命要件として魔法侯爵以上の魔法爵位を必要とする事実。これに加えて魔法子爵以上の魔法爵位を得るためには魔法学院の卒業が必要とされることから、これらを統合すると魔法学院への進学は私の主目的と照らし合わせると必須要件となるのである。

 まあ、宰相職に就くための抜け道は色々提示されつつあるけどね。


「ローザさんは、魔法爵育成学院を卒業したらどうするの? やっぱり魔法学院へ?」


 一応質問してみたとはいえ、彼女は片翼党という派閥に属する人物であり、現状私が知る限りでは唯一の片翼党女性魔法使いの幹部候補であることから、彼女の意志はともかくとして魔法学院への進学は当然望まれているものだと思っているので、確認のために聞いてみただけである。


 しかし、そんな私の思惑に反して、ローザさんは次のように答えた。


「……ぁ、いえ。卒業後は一度地元のレーヴンヴァルトへ戻り、地元の魔法使いの小父様方より航空兵と飛竜兵に関しての研修が組まれているので、とりあえずそちらに注力することとなります。所属としてはラルゴフィーラに本拠を置く第2師団司令部付に内定していると伺っております」


 そっか、片翼党はローザさんが『女性魔法使い』であること以上に『高位魔力保有者』であることに力点を置いているのか。だからこそ、航空兵科キャリアに関しての教育を部隊所属後にも進めたい、と。

 そうはいっても、きっとどこかのタイミングで魔法学院へ通うことになるとは思うけれど。『研修』と言っているし、基礎的なことを学んだらまた王都に戻ってくるかもしれない。そうは思っても、ローザさんとは後1年で一旦離れ離れになることが確定か。




 *


 ――3月。

 それは、先輩方の魔法学院の受験結果が通知されるとともに、その直近の日程で卒業式も執り行われる怒涛の月。


 魔法学院入試の結果は、郵送で届いた。



 結果は、全員合格。……まあ、何となくそんな気はしていたけどね。やっぱり確定して私も安心という気持ちで満たされているのだから、当事者である先輩方は言うに及ばずだろう。あ、イダリア先輩がオーディリア先輩に抱き着いてる。

 ということで、先輩4人組はそのまま魔法学院でも同級生になるのか。羨ましい。


 そこからは先輩方は引っ越しの準備をしつつ、私やローザさんは連絡会議にて卒業式の準備。まあ2月以前から準備はしていたけれども、最終調整も兼ねて。

 ということで此度の卒業式は運営側として参加することになる。ただし、生徒に振られる役割は極めて限定的だ。司会進行役などは先生方が行うので、裏方を除けば、表に出るのは在校生代表挨拶くらいな訳だけれども、それに適任な人物は私のクラスメイトの王族さんが居るからね。


 来賓に魔法大臣を含めた魔法使い組織の高官が直接来るのは当然として、我が校――ガルフィンガング魔法爵育成学院は王都にあるということもあって、何と国王直々卒業式に参加し、卒業証書とともに下賜される『魔法準男爵』の爵位の拝命は国王によって行われる。

 一応、曲がりなりにも爵位の名が付いているだけのことはある。そしてそれだけの国事行為であるので、卒業式には新聞社の記者でごった返す上に、物好きな他国の大使館員なども来る有様だ。そりゃ、生徒に運営を任せられるわけがない。


 まあ、来賓として正式に呼ばれた来客者以外は直接卒業式の執り行われる会場に立ち入ることは出来ないので、会場を記者も大使館員も外巻きに囲んで、卒業生なり関係者なりが出てきたところを囲むという算段らしい。

 となれば、必然警備も厳重になる。というか、魔法使い組織からは第1魔法師団付の人員から、そして近衛兵からも第1近衛兵連隊から選抜されて、魔法使いと近衛兵が同数になるように調整なされた上で警備の配置についている。


 となれば、在校生であっても式典関係者でなければ当日は卒業式会場に立ち入るのも難しい。

 これだけの騒ぎになるのであれば去年にも話題にあがっても良さそうだけれども、一体何をしていたのかって? 丁度そのタイミングで野外演習に行っていた挙句に、学校へ戻るや否や熱を出して体調を崩していたから、正直それどころじゃありませんでした、はい。




 *


「――それでは魔法爵位授与式に移りたいと思います。卒業生は名前を呼ばれたら速やかに壇上へと上がるように」


 粛々と行われるガルフィンガング魔法爵育成学院卒業式を舞台袖から眺める私。眼下に映る卒業生も裏方である私も、この時ばかりは流石に正装である。室内であるため制帽こそ付けていないものの、肌の露出が一切ないくらいの重装備である。腕も黒い革手袋に収まっていて、更には一介の生徒である私達にも軍刀の帯剣が義務付けられていて、いざというときには最寄りの武器庫から銃を取り出すための説明も受けていた。事実、護衛の魔法使いや近衛兵は当たり前のように銃を携行している。

 まあ、生徒に帯剣は逆に危ないのではないかとも思うが、示威行動でもって襲撃を抑制するというのは分からなくもない。何せ、この場には国王も王子も居て魔法使い上層部の要人も集まっているのだから、今ここでテロ行為が起これば多分、この国、森の民は即座に無政府状態になる。


 まあ私の3学年下になったら、大分危険だがそれは今考えることではない。最初に呼ばれた卒業生徒はやはりと言うかオーディリア先輩だった。

 短く返事をした先輩は速やかに壇上へと昇り、国王と相対する。そして、国王の手から直接、賞状――多分、これが魔法準男爵の証明になるものだろう――を受け取る。


 そして、国王――見た目からするとお父さんくらいの年齢だけれども、立派な白い口髭が目立つ人物だ――が、想像以上に通る、大声を張っているわけでもないのにも関わらず、すんなりと耳に入る声で次のように語った。


「――本来、主席生徒には軍刀を下賜していたけれど、君は我が国初の女性の主席生徒ですからね。そこでこのようなものを用意した」



 ――国王の手にあった代物は、王家の紋章入りの銀の匙であった。

 それが、匙……軍刀の代わりにスプーンであることに気が付いた周囲はどよめくが、その動揺をまるで収めるかのように、オーディリア先輩はたった一言だけでその空気を一蹴したのである。


「身に余る光栄でございます。国王陛下」


 舞台袖という先輩を側面から拝める位置に居たからこそ、私はその言葉を放った瞬間、殊勝に頭を下げていたオーディリア先輩の表情を窺い知ることができた。



 ――オーディリア先輩は、笑っていた。そして、その笑みを隠そうともせずに私からの視線に対してアイコンタクトを返してきたのである。



 何だか、とんでもない置き土産を貰ってしまったなあ、と思いながらも私の魔法爵育成学院2年の1年間は終わったのである。


 そして、私は最終学年へと進学し、先輩方は魔法準男爵を叙爵し、国家公務員としての役職身分は第1魔法師団麾下の第1魔法旅団に属する第7,8留守大隊付として配属された傍ら、学業を優先する形で大学課程の魔法学院へと通うことになったのであった。


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