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9-11


「想定していないわけでは無かったが……。こちらにとって好ましくない手を的確に打ってきますね片翼党は」


 連絡会議が終わった後。

 この場には、示し合わして残った王子とオーディリア先輩と私の3人だけしか居ない。


 連絡会議次期地方校出身者代表にローザさんを推挙するという片翼党側の策略。王子はそれを『好ましくない手』と形容した。

 その発言にオーディリア先輩も追従する。


「……そうですね、エルフワイン王子殿下。片翼党側の狙いは殿下卒業後の教育制度改革であり、私の次の代では主導権を握ろうと考えておりませんわ。

 だからこそ、このように我々に華を持たせた上でかき乱す手を打ってくる、ということです」


 つまりそれは、負け前提の嫌がらせということ。

 ローザさんを連絡会議に入れることが私達に対しての嫌がらせ行為に近い一手なのは、何となく分かる。


 他の誰でもなく私がそれをされたときに、ローザさんとの決定的な対立を躊躇するだろうからだ。他の男子生徒を持ってこられた場合よりも、彼女を持ってくるというのは確かに私に対して効果的なのだ。

 そして、そのような私の気質はおそらく片翼党も把握しているし、片翼党が把握しているとすると、私の動向を逐一報告しているはずのローザさんも分かっている。


 しかし負け前提という部分が良く分からない。いや、私の代で片翼党が教育制度改革を進めるつもりがなく、王子の卒業を待つという手を考えていることは分かるし、そこから逆算すれば今は片翼党にとって雌伏の期間であることも理解している。

 けれど、私を封殺しに来ているということはあわよくば『勝ち』を狙いに来ているのではないのか。何故、この情報だけで2人は『負け前提』であると読み取ったのか。


 その辺りを尋ねると、オーディリア先輩が答えてくれた。


「……私やヴェレナさんが、今こうして王子殿下の御前で話せている政治的・・・な理由は何でしょうか?」


「え……、それは『女子生徒』だから……って、もしかして!」


 そもそも私達がここ――魔法爵育成学院、ひいては魔法使いキャリアを目指す学校に居る根源の部分は、魔法教育の女性門戸開放にある。

 そして、その門戸開放が為された理由は、無論魔法使いにとって『外』の出来事である教会勢力主導の女性解放運動の流れがあったにせよ、それを決定した『旧来の魔法使い』勢力による学閥を抑えうる第三極の構築の思惑があるかもしれない、ということは忘れてはいけない。


 このとき、片翼党はローザさんを次の候補に出してきた。

 それを片翼党と私達の対立軸ではなく、旧来の魔法使いと学閥の対立においての第三勢力、第四勢力として見たのであれば。

 私は震えて声を出す。


「……私達、女子生徒の是認。そう映るわけですね」


 その言葉に、王子が付け加える。


「片翼党そのものは、次期棟梁であるノーマン総務部長が教育制度改革に携われる地位に就いているために学校組織だけで考えれば勘違いしてしまいますが、魔法使い全体で考えれば彼等もまた非主流派でしかないことを忘れてはなりません。


 ――そして、フリサスフィスさん。貴方の持つ『懐中時計』。常用はしていないようですが、貴族子息であればその意味・・を理解できるでしょうね」



 あー……。片翼党の狙いは非主流派が王家を旗頭として迎合したように見せかけることか。農政について知るために切り札として既に使ってしまったからなあ、あのレーヴンヴァルト州領主家紋入りの懐中時計。

 そして、その構想自体は、3学年下の吟遊詩人の信奉者であった過激派思想に近しいものを有していたアルヌルフさんからも似たような話が出ていた。そのときは現状に不満を持つ勢力を過激派だろうが女性の社会進出問題だろうがごった煮にして、それを片翼党がまとめて既存体制を排撃するために利用するという策であったが。


 そして加えて言えば、王子の教育係が片翼党の今の棟梁であることもマイナスに作用する。


 すなわち、表層だけをなぞれば私の代の連絡会議のメンバーは、片翼党棟梁から教育を受けた王子と、片翼党員のローザさん、そして片翼党に取り込まれているようにも見える私と、見事に片翼党政権に見えるわけだ。これに、敢えてローザさんを付けたことが更に相乗効果として重なり、片翼党も女性活動を重視しているように思わせている。


 けれどもこの全てが虚構に過ぎず、なおかつ対処可能だと判断しているからこそ『負け前提の嫌がらせ』という認識なのだ。


 私が一通り納得したことを読み取ってか、オーディリア先輩が新たな疑問を提起する。


「外部生に対する手は私達も片翼党側も不足していると思います。

 ……ですので、中央校出身者の後継者。ここは確実に抑えませんと。最上は、私達の懸念を理解し、更にヴェレナさんを片翼党側ではないと把握している人物でなくては」


 少し考えたが、もうここで投入できそうな人物は1人しか居なかった。


「……そうなると、ルーウィンさんですね。彼の婚約者であるフリーダさんは私が『レーヴンヴァルト』領主家にしてやられたことを把握しているので、それに連なる片翼党に迎合しないことは理解しているかと。

 アマルリック王子に近すぎると言えば近すぎますが……そこは問題ないですかね?」


「……確かに、コロバートが適任ですね。分かりました、私の方から彼には話しておきます。

 私に近しい人物というのも今更でしょう。下手に均衡を取ろうとして連携不足になることを考えれば、遥かにフリサスフィスさんの提案の方が良い」



 ……一応手放しで褒められてはいるのだけれども、これ絶対王子もルーウィンさんを考えていたよね。

 何というか私が言いだしっぺになったせいで、任命責任を負う形になってないか? すごい言わされた感がある。




 *


「……これで、連絡会議の引継ぎは終わりですかね。後は任せましたよ、ヴェレナさん、ローザさん」


「分かりました、オーディリア先輩」


「ぁ……は、はい」


 私達3人の視線の先には、夜空を彩る火薬の花……花火が打ち上げられていた。結局開催されることとなり、一方で教師陣はその準備に連絡会議を巻き込んだ。で、それならいっそのこと次期後継候補も巻き込んでしまえと私やローザさんも道連れとなったというわけである。

 何か完全に良いように利用されているだけのような気もしないでもないが、とにかく実際に花火が上がる段階になってようやくひと段落ついたことから、急いで女子寄宿舎へと3人で戻る。


 寄宿舎の玄関を入り、そこからすぐのダイニングキッチンへと至る扉を開くと、食欲をそそる香りとともに、声をかけられる。


「おー、危なかったな3人とも。あともう少し遅ければ先に食べていたところだったぞ」


「あら? 私の知っているラウラはそんなことしないと思いますけれどね。

 ……それで、この料理は?」


「あっ、私が作ったんだよ、オーディリアちゃん。それにローザちゃんもヴェレナちゃんもおかえりー。

 題して『骨付き塩漬け肉の香味野菜煮込み』! 去年は花火大会無かったし、ちょっとお祝い事っぽく豪華にしてみましたー!」


 机の上には骨付きの赤身肉が6個ずどんと、存在感を放っている。付け合わせとして、マッシュポテトにピクルス、ザワークラフト後はローストされた人参などが添えられている。うん、パーティ用メニューだねこれ。


「私からは実家から届いたこちらの飲み物を」


「ビルギット先輩……この白い飲み物は……牛乳?」


「惜しいですね。馬の乳を発酵させたものですよ」


 へえ、吟遊詩人のところではラクダの乳をお茶とともに頂いたことはあったが、ビルギット先輩が持ってきたのは馬のものね。


 外では花火が打ち上げられ続けている。それが良く見えるようにダイニングテーブルは窓際に寄せられている。


「なあー、早く食べようぜー」


「ぁ、すみません。待っていてくれましたもんね……」


 慌ててローザさんが席につくのと一緒になって、急かすラウラ先輩の前に私は座る。


「では、10月の収穫に感謝して……」


 オーディリア先輩がそう告げると私達全員は黙祷を捧げる。

 10月収穫祭。アプランツァイト学園では文化祭があったタイミングだ。この花火大会も多かれ少なかれ収穫祭に関連するイベントではあるのだろう。


 目を開けると、全員でアイコンタクトを取った後に、何も言わずにカトラリーを手に取り料理を切り分ける作業に入る。

 うん、やっぱり今日の主役である骨付き肉。まずは、これから行かないとね。ナイフを骨に沿って入れてみると、煮込まれていることもあって大分柔らかい。切ってしまうと肉厚なハムやベーコンのような見た目。

 そこに少しだけ粒マスタードを付けてまず一口。


 ジューシーでこってりとしていて、何というかお肉を食べているという感じが強い。食感で近いものは角煮だろうか、でも味付けは全く異なる。香味野菜とともに煮込んでいることもあり、お肉としての主張は感じるものの臭みなどはうまく取れている。そこにマスタードの辛味と若干の酸味が絶妙にマッチする。


 その柔らかくも食べ応えのあるお肉をよく噛んで飲み込んだ後に、馬の乳から作ったという発酵飲料を飲む。こちらは思ったよりも酸味が強くてびっくり。そしてほんのりと感じる苦味。無論、乳らしいクリーミーさやコクが味わいの中核を占めるけれども不思議な感覚だ。

 そしてごくんと飲み込んだ後に、感じるのは物足りなさ。『もっと飲みたい』という気持ちが想起する。しまったクセになって、とまらなくなるタイプの飲み物か、これ!


 そして、そんな私の様子に慣れた先輩方とローザさんは、私が賞味しているのを全スルーしていた。


「ぁ、あの……。先輩方は卒業後はどうするつもりですか?」


「決まっているよ、ローザちゃん! 全員、魔法学院進学狙いっ!」


「まあ、そりゃ受けられるときに受けるに越したことはありませんから」


「何せ、あそこに行けば錬金術師の戦術も教えてくれるしなー、面白そうだろ?」


「魔法子爵より上の魔法爵位を得るためには、進学は必須ですからね」


 進路の話。とはいえ、この場では先輩陣全員共通で魔法教育の最上位であり大学課程準拠の魔法学院への進学を考えていた。大学院は無いのかな。

 今、私達が通っている魔法爵育成学院の卒業で『魔法準男爵』は発給され、国家公務員として部隊配属も決定はしている。けれども、オーディリア先輩が話したようにこのままだと魔法子爵より上を目指すことができない。

 そして肝になるのが、魔法学院の受験資格には『魔法準男爵』であるか叙爵見込みであることが必要用件となる。逆に言えば『魔法男爵』へと昇進すると受験資格を失うのだ。

 まあ、そんなにすぐ魔法準男爵から魔法男爵になれる訳でもないのだが、ただ確実に時間的制約でチャンスが限られるというのも重要な点だ。ついでに言えば、魔法爵育成学院の場合は外部生の入学を認めていたが、こちらは魔法爵位が前提となっているため、魔法使い組織外からは受験すら一切認められていない。


「ぁ……頑張ってください! で、でも試験って難しいと聞いているのですけれど、どうなのですか?」


 あ、それは私も気になる。来年受けることになるわけだし。


「筆記試験は1月に入るとすぐだねっ」


 となると、後3ヶ月もない。


「筆記が受かった後は、面接になりますね。筆記試験12科目の全てに対して面接試験が行われます」


「面接は20日以上かかるって聞いているが、ちょっとおかしいよなあ」


 ひええ。面接が20日もやるって、どういうことなの。

 そんな厳しい試験があるのか……前世世界の科挙か何かかな? いや、科挙の内容知らないけれど。


「で、それが全部終われば晴れて合格というわけですね。

 ……まあ、例年の傾向を見る限りでは合格率は1割弱といったところでしょうか。女子生徒については私達が一期生ですから情報は無いので、それがどこまで適用できるか分かりませんが」


 倍率10倍。それだけで充分にヤバいけれども、そもそも受験資格を有しているのが魔法爵育成学院卒業者な訳で。

 ほとんどこの国の最高学府と言っても決して過言とならない高校卒業者のうち9割が落ちる試験か。いや、まあ『魔法準男爵』を有していれば受験可能なのだから浪人生……というよりは普通に魔法使いとして仕事をしている層も居るから、これは大変だ。


 そして多分だけど、ゲーム中の悪役令嬢となったヴェレナ・フリサスフィスは、合格していると思う。魔法大公という王家からの顕彰爵位があれど、逆説的に考えれば王家からそうした名誉に預かる人物が、この厳しいテストを通過していないというのも変な話だ。試験が出来ない人間が優秀ではないと等号で結び付けることは決してできないが、こと魔法教育に限れば卒業後進路が魔法使いに限定されているために、教育の場と実際の仕事の場による乖離が少ないはずで、比較的成績と昇進の相関が取れるはずなのだ。

 ……だからこそ、学閥、なのだし。


 窓の外で光る花火を尻目に、私は来年のことを考えて憂鬱な気持ちになるのであった。

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