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ローザさんが自己紹介をしている中、オーディリア先輩がちらりとアイコンタクトを求めてきたので、私は目を伏せる。
大方、私に対してローザさんに根回しをしたのか聞いてきたものだろうと判断して、そのような事実はないという意思表示を示した。そして、それを私に対して言葉に出さずとも聞いてきたということは、オーディリア先輩がローザさんを連絡会議に入れようと策謀した訳でもないということで、まあ順当に考えれば片翼党による一手という線がほぼ確定的となった。
「ローザ・エルミンヒルトさんですね。まあ、立ってもらっていては何です。予備の椅子がありますから、そちらで今日は見学をお願いします。
……ああ、そうですね。部屋の広さがあまり余裕ありませんので、フリサスフィスさんが座っている辺りにお願いします」
アマルリック王子が、そう言ってローザさんを誘導する。まあ、大きな円卓を無理やり小会議室に入れたからスペースが無いのだけどな、という突っ込みは口から出さずに、ローザさんが座れるように、少し横にずれる。
小会議室は縦長の構造を取っていて、円卓は部屋の横幅と座るスペースを考えると結構ギリギリだ。人が通るたびに座っている人が動かなければいけないくらいには。
で、その円卓を部屋の奥の方にまで入れているから奥側の席には余裕があまり無い。反面、部屋の入口側には多少なりともスペースがあるのだ。
まあ、それでも私の隣に来ることは無かったのではと一瞬考えて気付く。
……あの王子、とりあえず地方校出身者代表からローザさんを引き離すことにしたな。まあ今この場で物理的に席を離したところで何か意味があるのかと言えば、私には考えつかないが、少なくとも私自身が多少平静を取り戻すことができることは読まれているのであろう。
と、そこまで私が王子の思惑に対して推察を加えるところまでワンセットで王子は先の一言を放った、と。何故なら、それ自体が現状においては王子が私やオーディリア先輩の味方であることを再確認するものであるから。
やっぱり王子とオーディリア先輩のタッグは怖すぎるけれど、今の私の路線であればこの2人は味方という意味では安心感もすごいわ。
*
予想外の事態に会議は一旦中断されたが、まあ現在の連絡会議には大きな影響はない上に、私もローザさんもあくまでオブザーバー参加なので、ここを深掘りすることなく本題へと戻る。
私にとって重大なことが、他の人にとっても大切なこととは限らない好例である。
で、何を話していたかと言えば『花火大会』の開催の是非についてだった。
途中から参加したローザさんがおずおずと質問をする。
「ぁ、あの……『花火大会』って去年やっていないと思うのですけれども……」
「ああ、それはですねローザさん。昨年は中止になったのですよ、ほら――」
ローザさんが私が聞くタイミングを逃したことを聞いてくれ、それにオーディリア先輩が答える。
成程、本来毎年この時期に『花火大会』をやるはずだったけれども、去年は中止になったと。
まあ完全に『世界繊維危機』の表面化のタイミングに被っていたしなあ。一応、私からも質問を重ねる。
「財政的な問題でしょうか」
「いや。治安悪化が懸念事項として挙げられていたため、その時期に『火薬』を使用する花火は少々不用心ではないか、ということです」
私の質問に対しては中央校出身者代表の先輩が返答を返す。そこから回答が来るとは思わなかった私はちょっと気圧されるとともに、比較的気安く返答が帰ってきたことで、向こうはおそらく私のことを知っているのだろうな……まあ、中央校出身者で女子なんて数えるくらいしか居ないから把握してるか。
しかしその返答の中身は私の予想とは異なった。経済危機により財政的に開催できなくなったのではなく、治安悪化。それも『火薬』の使用に対する懸念とは。
……って、ちょっと待て。
一瞬流しそうになったが、火薬があるのかこの世界。
そりゃあ花火に火薬を使うのは当たり前だが、魔法銃にしろ錬金術師の魔石銃にしろ、火薬による機構は用いられておらず魔法による機構で弾を飛ばしている。
かつて魔法使いの航空基地を見学した際に、複座戦闘機を見せてもらったがその主兵装に便宜的に対空砲が搭載されていたことがある。その対空砲は複数の魔法使い、あるいは高魔力保有者が運用する前提のものであったと記憶している。
即ち、銃のみならず『砲』と呼ぶべき口径の武器であろうとも、この世界――少なくとも森の民では火薬を使用することがない。
火薬が普及していない理由は、おそらくこの世界で電気が普及していないことと同一だろう。それは、単に魔法以上の効率を叩き出せないということだ。
だが、一方で火薬は花火として利用されている。この点についてはエネルギー変換効率と伝搬手段において魔法に劣る電気がその姿形を日常生活の場において見せていない点と対照的だ。
そういえば。それに付随してふと思い出したのが、野外演習の際に教官の先生から持たされた発煙筒。あれも、もしかすれば火薬が使用されていたのではなかろうか。
そして加えて言えば、昨年度『治安の問題から』花火を中止したという点も気になってくる。つまり、『火薬』が危険なものであるという認識はあるのだ……銃や砲に使われていないのに。
火薬は爆発を起こすのだから危ないのは当然、という意見は尤もであれど、それは火薬が引き起こす爆発を知っているからこそ生じる意見なのだ。
私は今まで、この世界における軍事技術に使用されているものは魔法だと考えていたし、火薬も魔法が代替しているものだと思っていた。
その前提から覆されかねないが、一方で疑心も付き纏う。
では逆に何故、魔法銃が普及して火薬を用いた『銃火器』が普及しないのか。それは無論、銃火器の性能が魔法銃に劣ると私が推測を出したばかりだ。
だが、ちょっと待って欲しい。魔法銃には絶対的な欠点がある。
使用者の体内魔力を超えて使用することができない点だ。これは私も野外演習のときに派手にやらかしたことであったが、魔力枯渇。それがある。
水発生装置から照明に調理用コンロに至るまで魔法を使うこの世界にて、武器を魔力に頼るリスクは当然比較考量されて然るべきものではないのだろうか。にも関わらず、主流で使われるのは魔法銃。
となれば。新たな疑問として単純な性能比以上に魔法銃を使う理由があるのではないだろうか。火薬という存在がありながらも、それを銃火器として利用することのできなかった理由が。
そして、それを私は――知らない。
*
「――中央校代表としては、昨年度とは状況が異なりますので今年の『花火大会』の開催は問題ないと考えております。未曾有の『世界繊維危機』の余波で治安悪化が懸念されたからこそ開催を中止したのであって、経済状況は横ばいですがそれ故に治安に更なる悪化が見込まれる状況ではなくなったからです」
「……ふん。では、地方校代表として述べさせてもらいますが。
今年は『治安の更なる悪化がない』とのことだが、不法侵入者の増大があったではないですか。あの対処が小康状態になっているとはいえ、そこに『花火大会』などという刺激を入れたら危険を招きかねないのではないと考えます。
既に、昨年中止しているのだから先例もあるのだから今年も中止すべきだと思うがね」
「……うーん、僕の立場としてはですね。外部から来た生徒たちは花火を見たことがないって人も結構多いので、開催出来るのであれば開催すること越したことはないとは思いますけれども……最終判断はあくまで先生方なのですよね?
で、あればここで統一した見解を表明しなくても良いと思いますが。それぞれの意見をまとめて先生方に報告すれば良いのではないでしょうか」
「ああ、そのことなのですが。教職員の方々の動向は私の方でも少しでも調べさせていただきましたが、どうも彼等の方でも割れているようです。加えて言えば保護者会や過去の学院在籍者による後援会でも紛糾しているようで一応『生徒の声』が知りたいという体裁でこちらに問題が投げかけられている状態ですね。
……ですので、仮に私達が曖昧な結論を出した場合は、安全弁へ移行する意味合いで実施しない方向に倒れるかと。私達が開催を主張すれば、考え直すといったところでしょうか」
「女子生徒代表としての意見が無いようだが?」
「『連絡会議』の影響力を高める……ひいてはエルフワイン王子殿下の権勢を確固とするためには、一旦『花火大会』の開催を主張するのは有りだと思いますわ。
安全面に対しての責務は我々の職権範囲を超えているのでそれこそ先生方が判断する部分ですしね。現在の警備状況に懸念点があれば併せて伝えるくらいで良いと思いますよ」
オーディリア先輩に突っかかるものの、即座に意見を返される地方校出身者代表の先輩。もしかして1年間ずっとこんなことをしていたのかな。だとすると気の毒すぎる。
で、一応賛成が中央校代表、反対が地方校代表。やれるならやりたいというのが外部生代表で、賛成ながらも徹頭徹尾学校組織に対しての権力闘争の位置付けで考えているオーディリア先輩こと女子生徒代表。
王子の名を盾にして自身の意見を補強するとか完全に悪役サイドの人間がやることなんだよなあ、オーディリア先輩。
そしてこれを裁定するのがアマルリック王子。彼の鶴の一声は如何に――。
「……まあ、折角だし未来の連絡会議の構成員候補のお2人にも聞いてみましょうか。
フリサスフィスさん、エルミンヒルトさん。私も含めてですが我々の学年は『花火大会』を未だ見ていませんでしたよね? 是非忌憚なき意見をお聞かせいただければと思いますが」
高圧的にならないように丁寧な口調ながらも、その言葉には芯がありやっぱり普段の王子とは異なる雰囲気を感じる。そして私達が昨年度中止となったことでこの学院の『花火大会』に参加したことがないことを強調してきたということは、賛意に持っていけという地味な圧を感じるわけだが、さてどうするか。
まあ、最悪私は同調するので全然構わない場面だが、意外とローザさんが難しい立場になったぞ。……ああ、彼女に対してふるいをかける意味もあるのか、これ。これだから王子は怖い、矛先が私に向いたものではないとしてもね。
さて、問題はこの盤面に私が乗るのか否かだ。
王子の言葉には賛成して欲しいという圧こそ仄かに見え隠れするが、言葉上は事実を述べているだけなのでギリギリ言い逃れが出来るようになっている。その辺りは実に巧妙である一方で、中立ではなくある程度賛成側に加担していることを見せかけた意味は確実にあるはずだ。
本来、今まさに私がしているような『言葉の解釈』の余地を残し当事者に考えさせるやり方は、危険も伴うことは王子も理解しているはずだ。解釈の余地が広いということは言葉を拾う側が都合よく事実を歪曲して理解するかもしれないからだ。まあ今まで私と交わした数少ないシーンではそれをやっていた気もするが、基本的に私との関わりについては『非公式』としての場が多かった。連絡会議はどちらかと言えばオフィシャルとしての場に近い。だからこそ気になる点だ。
それを敢えて王子はこの場で行った。そして概ね私に向けてのメッセージだと考えていいだろう。王子が直接ローザさんと対面するのはクラス内を除けばこれが初。片翼党からどういう指示を受けているかも含めて、一手見たいという考えなことは薄々分かっている。
それなら乗ればいいだけなのだが、私を悩ませている点は別にある。それはかつてのローザさんの発言。
――政治的な要求に類するものにおいて、万が一対立に至った場合は、ローザさんは家族、即ち片翼党を優先するということ。
ここで王子の意図を汲み取って、ローザさんに詰問する場をセッティングすると、ローザさんとの関係が破綻する可能性があるかもしれない。これが私が迷っている根幹だ。
一応、全てを誤魔化す手として先に答えないという逃げ道もあることはあるのだけれど。それは王子に対してもローザさんに対しても誠実な態度では無いし、王子の仕掛けなのでそれに乗らなかったという意味では反対する以上に悪手とも言えなくもない。
――でも、まあ。……私はこうするかな。
「私は『花火大会』開催の是非について……賛成いたします。
アマルリック王子がおっしゃった通り、私達の学年はこの学院の『花火大会』を知りません。ですので、来年度に連絡会議の構成員として何らかの提起をする際に一度経験しているに越したことはないと思いますので、そのノウハウと雰囲気を掴むために開催して欲しいですね」
……これならどうだ。賛成することで王子の策略に加担する一方で、来年度運営に対する不安を全面に出すことでローザさんも同調しやすい形にする。
まあ片翼党からの指示が絶対反対の立場であった場合には意味無きやり口ではあるのだけれども、限界まで譲歩しているパフォーマンスについてはローザさんが理解してくれることを祈る。王子はそこら辺まで織り込み済みでしょ、きっと。
さて、ローザさんは何と答えるか。
「……ぁ、私は――」




