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結論から言えば小麦の価格の多少の下落は起きたが『豊作飢饉』と呼べるまでのことは発生しなかったし、政府は農政有識者の提言をそのまま受け入れることもなかった。
政府は『農村救済策』として抜本的にテコ入れを行うことを予算の面からも、そこにかける政治的な労力、そして農業省の大規模再編にすら関わりそうな事案を避けたのである。
とはいえ、何もしなかったわけではなく、決まったことは全国約200町村を第一次救済指定町村に指定し、町村代表者を包括した合議組織を設けて地域更生に努めるとともに各指定町村に10万ゼニーを支弁する補助金政策が成立した。
新規開拓地への助成金も農業従事者債務の支払猶予も政策としては認められず、唯一肥料補助金だけが通過した形になるのかな、これは。
ただしこの10万ゼニーの補助金は肥料購入代に全て変わるわけではなく、各自治体に使い道は投げた。……とはいえ、殆どの場合でこの補助金を利用して小麦の買い上げを行ったために、結果的に価格統制に成功したとも言えよう。
だからこそ、表向きこの森の民では……何も起きていないということになる。この一連の流れにリベオール総合商会や経済産業連盟が関わっているかどうかは分からない。一応、ディールケス教授から聞いたことはルシアとベックさんには事後報告したけどね。それを受けて何をしたかまでは私は聞かされてはいない。
それと同時に、オーディリア先輩にも大まかな説明と――1つ苦言を呈した。機密指定文書の漏洩の件についてである。まあ先輩が勝手に不正行為をやる分は私が止めようがないけれど、私までそれに巻き込まれることについては不快感を示しておく必要はあると思ったからである。
その私の考えが尊重されることはそこまで期待していないが、オーディリア先輩に『私がそういう手法を苦手とする』と意思表示すること自体は意味があると思う。不正前提の策謀を行う際に私を手駒から外してくれれば私としてはとりあえずは良い。いや、まあ本音を言えば旧知の仲であるオーディリア先輩にそんな危険な橋を渡って欲しくはないのだけれども、あの先輩は必要があればどうせやるのだから、せめても……というわけだ。
そして、その私の不満を言葉上では受け入れたオーディリア先輩に対して質問を重ねる。
「――で、結局のところ学院内への不法侵入者の件ってどうなりました? あれから続報は流れておりませんけれど」
「学院の警備強化と政府の農業対策案のどちらが功を奏したのかは分かりませんが、大分下火にはなりましたよ。連絡会議ではそう伺っております」
言外のニュアンスを敢えて邪推するのであれば。減りはしたけれども、『下火』なのでゼロになったわけではないと。
そして。
「……そもそも今更な話なのですけれども、連絡会議まで降りてきている話ってどこまで信用できるのです?」
「そこを疑われてしまうと私としても何も言えませんよ、ヴェレナさん。連絡会議は所詮、生徒間の組織でしかないのである程度学院も情報を絞ってきていることは間違いないでしょう。
ですが手当たり次第に疑いをかけるのは疑心が過ぎますよ」
……まあ、それはそうか。
片翼党関連で色々ありすぎたから、何だか疑い深くなってしまっていた。慎重になることは大事だけれども全部が全部ハナから疑っていたら身動きが取れなくなってしまう。
そして、オーディリア先輩は次の言葉を紡ぐ。
「……そうですね。そういうことであれば、ヴェレナさん。
少し時期は早いかもしれませんが、連絡会議に傍聴者として参加します?」
「――どういった風の吹き回しでしょうか?」
オーディリア先輩の次の矢に対して、その思惑を探る私。
まず大前提として連絡会議は去年王子とオーディリア先輩の共同策謀により出来た組織だ。だから先例というものは積み重なっておらず、良く言えば臨機応変に対応できる流動性があり、悪く言えば腰が定まらない存在意義が確立していないものである。
だからこそ傍聴者――オブザーバー参加という抜け道で連絡会議の代表以外の人物を参加させることができるのだろう。というか、そもそも不法侵入者に対する学院の警備強化の話が出たのって王子の側近なり近衛なりってことだったから、もしかするとこの時も関係者が連絡会議に同席したのかも。
加えて軽量級の組織として始動したことによる利点がもう1つ。実際に生徒間の様々な対立――性別、身分、出身などに起因する学内問題の解消に一定度合いだが機能したのである。それは、大人が頭ごなしに注意するのには憚られるような微妙な部分だが、友人関係同士だとこじれるようなときに、目に見える形の第三者として先生ほど重くないが、裁定は必要といった場面で有効に作用した。勿論、それが実績作りとなることを理解していた連絡会議……というか王子は、介入すべき事柄だと判断すれば小さなことでも介入した。
あるいはもう少し高度な水準で言えば、アプランツァイト学園程ではないが、学内には派閥対立の軸がある。中央校出身と地方校出身やらクラス編成の部分もそうなのだが、当初の想定されていた通りに連絡会議はそれらの意見交換にも使えた。そして予想外の効果として、旗色が見える生徒だと教師ですら実態としては中立でないことに気付いている。まあ特段変な話でもない。この学院の教員である以上、魔法使いであり、魔法使いである以上は学閥なり片翼党なり旧来の魔法使いなりの影響を多かれ少なかれ受けている。
先生同士のそういった微妙な力関係まで子供は考えていないようにも思えるが、実例として先生を飛び越えて魔法教育統括部の総務部長まで渡りを付けている私という実例があるのだから、反例として自分自身が存在してしまっているのである。
あるいは、私やラウラ先輩がそうであるように父親が魔法使いというケース。私達の親世代が魔法使いであることもあり得ることから、そこから学院の教師がどういう人となりかを知るという場合もある。こうした生徒が他の生徒に、それをさながらゴシップのように脚色を加えた上で先生の『非中立性』を流布することで、教師の裁定者としての資格を貶める……すると相対的に連絡会議に必要性が生じた、という流れも確実にあったのだ。
そして出来たばかりの組織だから、先例がないことがもう1つ。
引き継ぎをいつ、どのようにやるのかが決まっていない。オーディリア先輩は3年生だから今年度を持って魔法爵育成学院を卒業する。そしてそれに伴っておそらく連絡会議関連は私にスライドすることは分かっている。
だが、引き継ぎのタイミングについては特に何も決まっていない。それはそうだ。誰もやったことが無いのだし。だからこそ、オーディリア先輩はオブザーバー参加を利用して私に色々と勝手を伝えてから勇退するつもりなのだ。
更に言えば、別に交代のタイミングも3年3月の卒業のタイミングに合わせる必要も無いわけで。というか、そこまで引き伸ばすと大学課程準拠である魔法学院の入学試験勉強スケジュールにも影響を及ぼす。
前世における部活動の引退のタイミングの時期みたいなものだと考えれば、確かに夏が終わった今というのは、早すぎるというわけでもないか。
そして何より、連絡会議の次期メンバーとなることはもう確定事項なのだから先んじて動いた方が良いのも事実だし、これを先例とすれば私も受験準備が本格化する前に次の候補――2年年下のアロディアさんに引き継ぐことも出来る。
打算と納得を込めてオーディリア先輩に了承の意を返せば、先輩は満足そうな笑みで私に頷き返した。
*
「――というわけで、本年度の『花火大会』計画要綱なのですが。……例年と警備計画は見直すように、と先生方から通達が――」
私の所属するクラスである儀仗組の教室もある兵部本棟。その小会議室のうちの1つを改造した部屋の1つが連絡会議用に用意された部屋であった。木目調の大きな円卓がこの部屋の中で主張しているけれど、このテーブル絶対、学校の備品ではないでしょ。付け加えて言えば椅子も明らかに教室にあるものとは見た目からしてまるで違う。
そしてその円卓を囲うように座る5人の生徒。私は、そこから外れて後ろにちょこんとパイプ椅子で座っている。
最も奥まった場所に座る……というか鎮座していると言っても差し支えない風格を兼ね備えているのは、アマルリック王子。雰囲気がクラスで見るときとも、私と対峙した数少ない機会とも全然違う。そして、ほとんど話さない。王子として威厳を示す必要があると判断しているのだろう、話さないのはおそらく……必要以上に言質を与えないため。
そして私の前に座るのが女子生徒代表・オーディリア先輩。もう1年程度は連絡会議として活動していることもあり先輩含めて慣れ切っている様子。まあ、先輩はこういう場で委縮することはないか。むしろ得意なフィールドなわけだし。
それ以外に3人の男子生徒。おそらく全員先輩なのだろう。1人は魔法青少年学院時代に何となく見覚えのある感じで、この会を取り仕切って話している。……となれば、おそらく中央校出身者代表。確か、この先輩も貴族子息であったはず。
残りの2人が地方校出身者代表と外部生代表なはずだが……。その見た目が対照的だ。一言で言えば平凡と異常。
平凡な先輩は印象に残らないような人当たりの良さが表情からも見て取れる。一方で異常な先輩の方は、何故異常と評価したかと言えば、まず木刀を帯剣している。そして偏屈と形容しても差し支えない程のしかめ面を常に浮かべており、相手を気圧させかねない威圧感がオーラとして現出しているように見える人物だ。というか、ちょっとどころではなく私はビビっている。この手の人物と面を向かわせるのは初めてだ。
初対面の私ですら、そんな『異常』と形容するような印象を受けるのだから、これまで1年間を連絡会議にて共にしてきたオーディリア先輩らは強靭な精神をしていると言って差し支えない。
ただ、問題は。その左腕に付けている腕時計に、葉の意匠が施されていた。
……あれ? この文様は私の持っている例の懐中時計と同じ意匠。
ということは、この木刀無骨先輩が片翼党関係者? ってことは地方校出身者代表なのだろう。
こと教育改革においては王子とオーディリア先輩コンビと、片翼党は対立していたはず。そして中央校出身者で未だに『花火大会』の概要を粛々と読み上げている貴族子息の先輩は、まず間違いなく王子とオーディリア先輩の味方、あるいは手駒であり外部生代表が無害そうであることを考えれば、この不機嫌にしか見えない木刀の人はこの1年間ずっと孤立無援の状況で連絡会議に参加して王子とオーディリア先輩に対峙していたのであろう。
……それは、逆に同情するわ。
*
その木刀先輩が、『花火大会』の説明が終わったことを確認すると、不機嫌そうな表情のまま低い声で告げる。
「……どうやら、今日は傍聴者が居るようだが」
問いかけとともに私のことを睨みつけるような視線を向けるが、返答はオーディリア先輩がする。
「ええ、そろそろ後任に引き継ぎをするために、普段『連絡会議』では何をしているのかお見せしようと思いまして。……私達も発足して1年が経ちましたし、王子殿下を除けば皆、3年なのですから次のことは考えなくてはならない……でしょう?」
「……あ、えっと。2年のヴェレナ・フリサスフィスです。よろしくお願いします」
全然私のことをオーディリア先輩は紹介しようとしなかったので自分で名乗る。
王子が苦笑いを隠すような笑顔を浮かべながら、クラスメイトで知己であることを明かす。
不快であることをありありと浮かべながら木刀先輩は完全アウェイの場面で、放言する。
「……ふん。奇遇ですね、考えていることは同じですか。実は、こちらも『地方校出身者』の後任を呼んでいましてね。
そちらが同席させているのですから、こちらだけ認められないということでも無いでしょう」
王子が笑顔は崩さずに神妙に頷くという高等テクを見せつけていると、木刀をからからと鳴らしながら出入り口まで歩いていき、おそらく外で待っていたのであろう人物に入室を促す。
……というかずっと待たせていたのかよ。最初に伝えて入れてあげようよ、それは。
――しかし、そこで入室してきた人物に、私もオーディリア先輩も王子ですらも、表情には出さないものの確実に動揺が走った。
「……ぁ、あの、来月より連絡会議にて『地方校出身者』代表として、皆さんと一緒に同席することになりました……ローザ・エルミンヒルトと申します。以後、お見知りおきを――」
……そう来るか。
ここでローザさんを持ってくるのか、片翼党は。




