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魔法爵育成学院2年の2学期になって、これまでと大きく変わったことが2つある。
1つは、かねてより予告されており例年通りである『軍事教育』カリキュラムの開始だ。これは座学科目と実習科目に分かれており、教練・乗馬・護身・訓話といった『特別教育』が個人の戦闘技能や精神面の育成を掌る『兵』としての質の向上を担っているものだとすれば、『軍事教育』は『指揮官』としての教育にあたる。
とはいえ、魔法爵育成学院卒業時に与えられる魔法爵位は、最高位で魔法子爵までであり、それ以上の高位魔法爵位を叙爵するためには、魔法教育大学課程となる『魔法学院』の卒業が必要用件となる。
……一応、最高位の魔法大公については儀礼爵位という側面があり王家から顕彰されることで獲得できるため、制度的には魔法大公位の獲得に『魔法学院』の卒業が必須ではないと解釈も出来るが、そもそも王家からこれが授けられる時点で通例はそれなりの高位の魔法使いであるはずではある。
未だ私とお父さんの仮説の域を出ていないが、元ゲームの原作悪役令嬢・ヴェレナが魔法大公を魔法大臣就任の抜け道に使っていたとしても、おそらくそれが『魔法学院』の卒業者ではないことを示すわけでもないであろう。師団規模以上の指揮官教育を担うのが『魔法学院』なのだから、魔法大臣という魔法使い組織そのもののトップ――指揮官となるべき人間が魔法学院を出ていないというのは、『学閥』にとって格好の攻撃材料になりかねない。そして『魔法学院』の受験資格は魔法爵育成学院の卒業者かつ現役魔法準男爵爵位保持者。そもそも魔法爵育成学院が私達が入学する前までは男子の入学しか認められていなかったが故に事実上魔法学院もまた女子の入学を認めていなかったが、この受験資格であるがために、私達女性魔法使い候補生の卒業後には自動的に受験資格要件を満たす。
とはいえ、それは先の話。目先の部分としては部隊指揮官として必要な知識や能力を得るために『軍事教育』を受けることとなる。まあ軍事と言っても最初から部隊の動かし方を学ぶわけではなく、今学んでいることと言えば『服務提要』。
即ち、魔法使い組織としてのルールを学んでいるわけで。もっと簡素に言ってしまえば法に近い概念だ。一般教育科目である『法制』にて司法については学んでいるが、いわゆる軍法会議にあたる部分に相当する機関として魔法使い内部には『魔法法廷』なるものが存在する。字面だけ見ると魔女裁判っぽさがあるけれども、魔法省法務局の人員によって開かれる歴とした官制を掌る存在だ。
ことが軍事に関わることだけに、一般の法律とは異なるロジックで動く部分もあり、それを学ぶのが服務提要という訳だ。まあ、後は魔法使いは国家公務員でもあるし。
そして2つ目。魔法爵育成学院の警備が強化された。
元々、周囲は壁に囲まれており、門の入口付近に軍属の警備員が常駐する体制ではあったが、『世界繊維危機』の以後は徐々に不法侵入者が増加していたみたい。そして、特に最近は更に増加の一途を辿っていたから、その対策のためにも警備の増強が図られた。
何故、不法侵入者が増えているのかは明瞭で、ここに王子が在籍していることは周知の事実だからだ。
不法侵入者を企図する側も、王子に直接危害を加えようとか、学校を混乱させようとかそういうわけではない。では何のためにと言えば、王子に自身らの窮状を直接嘆願するため。
王族がその肩書きに反して、実際のところそこまで権力を握っていないのは私はこれまでの経緯から理解している。が、建前としては王家が森の民の最高指導者であることには疑いはなく、王家が動けば今の現状も何とかなるのではないかと考える国民はそれなりに居る。
あるいは、既に地方自治体や国の然るべき機関に相談したが門前払いを受けた者らが自暴自棄……とまでは言わないが、それよりも上位にあるものを動かせばと思い付き突貫してくるというわけだ。
だが、魔法使いは国軍でありそれを育成する施設に不法侵入者が勝手に出入りできる状態は断じて許容できない。嘆願を装ったテロ人員が潜り込んでしまうリスクを考えると如何なる事情があっても許可なき者を学院内に入れる訳にはいかない。
と、同時に政治的にも窮状を訴える嘆願者と王子を対面させるリスクは極めて大きい。受け入れれば近代国家としての政治的プロセスを全否定することになるし、拒めば王族が民衆の嘆願を無視したと喧伝される危惧がある。しかも、それらは王子が実際に裁定を下すか否かに関わらずイメージでもってどちらにも転びうるものだ。
だからこそ警備を強化し万が一にも王子の下へそれら不法侵入者が辿り着く可能性を排除せねばならない。
しかしそれは諸刃の剣でもある。不法侵入は犯罪だし、対応は必須だ。だが、窮状を訴えるという目的そのものが手段の違法性を覆い隠してしまう可能性がある。
『誠意ある行動』が魔法使いに妨害されただとか、不法侵入者に会わないという至極当然の対応ですら平民の現状に耳を傾けないという批判を受ける危険性を孕んでいる。
だったら、どうすれば良いのかという話だが、私には良い考えは思い付かないし、魔法使い組織も王子も対応が誤っているとは思っていない。だが、倫理的な正しさが必ずしも万人に理解される訳でもない状況まで事態が進行しているとも言える。
そして、1つ更なる疑問が生じる。
「何故『世界繊維危機』の勃発から1年近く経過したこのタイミングで、不法侵入者が増加したのだろう……」
タイミングに対する疑問だ。『世界繊維危機』による窮状を嘆願するのであればもっと早い時期に起こって然るべきなのに、タイムラグがある。
勿論、『森の民金融恐慌』のように短期で収束すると思い込んでいた層が居た、というのはあるだろう。ただそれだけなら今になって急増する理由が分からない。
不可解な現象だ。そして不可解であるが故に。
――何か、ある。
私が最も危惧する可能性は今まで述べた王家への嘆願という部分がそっくり欺瞞であり、国家公務員に対して反感が高まっていること。守るべき森の民の国民から敵意の目を向けられているということを直接的に伝えるのを魔法使い上層部が避けて、情報が意図的に捻じ曲げられて私達生徒に伝えられているのではないだろうか。
魔法使い系列学院には身分制度に囚われることなく、才覚のある者であれば誰であっても通うことが出来る……建前では。
だが、実態はどうか。しばらく昔のことになるが、我が国西方の一大都市であるラルゴフィーラに旅行に行った際に、教会が運営する慈善事業の小学校を訪ねた。そのときに強く感じたのは『経済的格差』が学力にダイレクトに影響を与えているという点。ノートの買い替えという金銭的負担を避けるために板書を中々写さない児童が居たことは記憶に残っている。
だからこそ勉学面において『才覚のある者』はほとんど富裕層とイコールで結び付いてしまう。極々例外の天才の如き人物を除けば勉強が出来る人は須くお金持ちなのだ。それは私の周囲を見ても明らかだ。
そして。その貧困層の現在の経済的苦境に対する不満が、私達魔法使いに矛先を向けた……というのは考えすぎであろうか。いや、この考え自体は誤りであった方が良い。あくまで現時点で見えている情報を悲観的に考えた可能性の1つでしかないのだから。
だからこそ私は今の自分の推測を否定し、自身の安全を再確認するために、不可解な不法侵入者の増加について調べることを決意した。
*
不法侵入者が増えていることは、担任の先生からホームルームの時間に注意事項として伝えられたことだから、この学院に通う人間であれば誰でも知っている。
だからこそ、より詳細に情報を知っている人にまず接触をする必要がある。
……まあ。こういうときに誰を一番最初に頼るかはもう自明だよね。
ということで。
「ああ、そのことでしたら『連絡会議』でも議題に挙がっていましたよ。というか警備強化の要請は『連絡会議』にて決議を取り、それを学院の教職員の方々へお伝えしましたので」
やっぱりオーディリア先輩は情報を握っていた。しかし言い出したのが『連絡会議』だったとは。中央校出身者・地方校出身者・外部生・女子生徒の代表生徒の4名とその上に御臨席という形で王子に君臨して頂いて学内の諸問題を審議する生徒間利害調整組織が『連絡会議』で、オーディリア先輩と王子の共謀で出来たものだ。
「そういうことまで連絡会議で話し合っているのですね……」
「あっ、ヴェレナさん。ちょっと勘違いしていますね。
確かに『連絡会議』としての意見で陳情は挙げておりますが、王子の近傍からの要望でもありましたので、ほぼ素通りですよ」
……あー、そういうことね。
王家なり近衛兵辺りが最近の不法侵入者の増大を気にしていたと。でも王家筋から学院に警備を強化しろと言えば角が立つし、王子本人に掛け合ってもらうのも妙な話だ。建前論で考えれば学院の上位組織は王家ではなく、魔法教育統括部なのだから。
しかし丁度良いところに『連絡会議』という生徒組織があったが故に、王子の周囲がこれを利用した、と。
魔法使い外から学院の運営に口出しする。そんな使い方が出来たのかこれ。そしてそれを是認したオーディリア先輩を含む『連絡会議』メンバーも中々狸である。……いや、王子周辺の依頼だから脳死で承認した生徒も居そうだが。
けれどオーディリア先輩は間違いなく、そういう使い道が出来ることを示すことで『連絡会議』そのものの価値を高めようとしている意図があるはずだ。
「――で、ヴェレナさんは何を知りたいのです?」
おっと、今このタイミングでオーディリア先輩と読み合いをするつもりはないので、素直に考えていることを伝える。
すると、オーディリア先輩は神妙な表情を浮かべてこう答える。
「……確かに、経済的苦境が長期化したから不法侵入者が増加した……だけなら今この時期である理由が薄いですね。
まあ理由がないこともあり得ますが。ですが、調査するのはよろしいかと」
ただ偶然この1年経ったタイミングだっただけということもあるかもしれない。それでも偶然であることを示すためにも調査は必要だ。オーディリア先輩は続ける。
「……一応機密にあたるので、秘匿しておいてほしいのですが、不法侵入者の素性に関する資料は私も『連絡会議』内にて確認しております。
――割合的には農村自治の活動家が多かったですね」
……農業か。
確かに、繊維にも養蚕や綿花栽培で関わりがある。影響範囲としては……って、綿花っ!
ルーウィンさんの許嫁のフリーダさん。彼女の家であるスワナヒルダ伯爵家の旧領で撮られた写真に綿花畑が写っていたよね!?
*
『――この情勢下では綿花では採算が取れないので、一部を穀物生産に転換したと伺っております。食べ物であれば最悪売れなくても――』
フリーダさんの手紙には綿花の転作が図られていることが書かれていた。確かに売れない商品作物を作るくらいなら、食べられるものを栽培した方が良い。
……ちょっと、他の地域の状況も知りたいな。
*
「ハウトクヴェレ周辺の状況か? まあ、良くは無いわな。失業者も相変わらずウチのとこに押し寄せて……いや、そういうことじゃない?
だが、ウチのとこも被服に関連する皮革産業だからなあ。……あ、そうだな。最近は皮も市場に多く出回るようになったけどな。おかげで仕入れは多少楽になった――」
まず、ラウラ先輩の地元の近況。
「ぁ、えっと……私の故郷ですか、そうですね。飼料・肥料用途の『魚粉』の売れ行きが良くありません。……綿花の転作、ですか? ……うーん、関係あるかもしれないですけれど、すみません――」
次に、ローザさんの故郷。
「……まあ、私の所はそんなに農作業関係ないのは、同じ従士であるヴェレナさんもよく分かっているでしょう? ……あ、アルファルファは安く手に入るようになりましたね。ほら、以前訪ねた飛竜育成施設では飛竜の餌として使っていましたけれども、家畜などにも――」
ビルギット先輩の実家の様子。
「あっ、ヴェレナちゃん! ……何々? ローヴェクセル州での炊き出し……ああ、お正月のときに話したやつねっ! 地元に残っている直臣衆の方々は続けていると伺っているけれど、頻度は段々と減ってきているみたいだよ。……あっ、領主様の財力が無くなったとかではなくて、どうも農民の方々がご飯にはそこまで困っていないみたいだから支援の仕方を――」
イダリア先輩の騎士家同輩衆の方々の話。
農村自治活動家による王子への陳情攻勢。綿花畑の穀物転作。動物の皮の供給拡大。家畜飼料や肥料の売れ行きの不振と価格低下。農民の食糧事情の改善。
何かは起きている。けれど、バラバラだ。
そして、ルシアに送っていた魔力通信の返答。
『綿花の減反? ……また妙なことをしようとしているのヴェレナ。……まあ、良いけど。
そういうこともあるんじゃないかしらね。直接関わりがあるわけではないから詳しくは知らないけれど、リベオール総合商会としても繊維工場の稼働は控えめにしているし原材料の購入も減らしているのは間違いないもの。でもリベオールは繊維だけじゃないから他の大商会と比べて影響は軽微……ってこれはヴェレナも知っているか、製紙関連もその繫がりだったし。
……あ、何かしら今録音中なのだけれど……へえ、分かったわ。
ヴェレナ、どうも繊維業関連の農業従事者の雇用対策として穀物への転作や新規開墾に対する補助金が出しているのは、森の民冒険者信用中央金庫。……かつての冒険者ギルドの扶助組織から発展したものよ――』
転作は『森の民冒険者信用中央金庫』という金融機関が行っているもの。そして農民の食糧事情の改善はおそらく、この施策が上手くいった結果のようだ。
少なくともこの国は今、食べるものには困っていない状況が作られている。それは、不況にある中で大きな成果として強調されるべきもの……いや、待って。
政府による政策……いや、少なくとも農政に関して政府が表立ってお金を出している訳じゃない。
いや、まあ別に絶対政府が救わないといけないとか、そういう訳ではないのだけれども、気になる点が1つ。
転作で従来商品作物を生産していた地域や、雇用対策として新規開墾をして穀物の耕地面積を増やしている。そして、農民が飢餓状態にならないくらいには食糧が行き渡った。うん、そこまでは良い。
……これ、穀物余らない?
そして政府は『世界繊維危機』において、様々な経済施策を行っていた。
錬金術分野の技術革新を利用した魔石装置生産の中小企業推進事業に、一時雇用の受け皿として州兵徴募助成金と留守部隊の増強――軍拡。
何も対策せねば、余った穀物は市場へと放出されるが、おそらく余剰であるがために買い手はほとんど付かないだろう。ということは、待っているのは穀物価格の下落だ。そして穀物価格の下落は、転作した農家も含めて収入の減少へと直結する。
――しかし、今の財政支出が肥大化している政府に、余った穀物を買い取る能力があるのだろうか。




