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今まで私はずっと、元ゲーム『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』における私こと悪役令嬢ヴェレナ・フリサスフィスが、何故王子との婚約を結んだかの理由について、彼女自身の野心に依るものだと考えていた。
即ち。自身の父親が魔法使い組織の内部で閑職に追いやられた元・エリートであり、同時に女性魔法使いというイレギュラーな存在だったからこそ、ゲーム内でのヴェレナは魔法使い上層部を黙らせるために、より上位の権力である王子との婚約という抜け道を使い、魔法使い組織に君臨したのではないか……そう、私はずっと考えていた。
しかし、王子の婚約相手が貴族内部で決めかねている現状を踏まえると、それ以外の動きも段々と見えてくる。
貴族勢力からすれば、体のいい暫定的な婚約相手として王子に対してヴェレナを押し付けたのではなかろうか。政治的に極めて危うい橋を渡らねばならない王子の婚約者という存在そのものを魔法使い内部の強硬派を率いた悪役令嬢に明け渡すことで、責任もろとも丸投げしたというわけなのではないか。
仮にこのストーリーラインを正とするのであれば、正直貴族もヴェレナ本人も五十歩百歩ということになる。敢えて火中の栗を拾おうとして、そのまま大炎上したのが元ゲームのシナリオということであれば、何というか自業自得感が増す。
そりゃあ敗戦のタイミングで切り捨てもされるよなあ、としか言いようが無い。
しかし、その私の生命を危険に陥れかねないゲームシナリオとは異なる点として、そもそも私自身が王子との婚約を望んでいないというかあり得ないものだと考えている点。これは、大きいと思う。
であれば危惧するのは、むしろ今の貴族側の動きだ。
フリーダさんがこうして私に探りを入れてきていることが何よりの証左なのであるが、貴族外の王子婚約候補者を鑑みるに、どうも私もその1人としてマークされているように思えてならない。危険な兆候だ。
だからこそ、直球で真意をフリーダさんに尋ねる。
「……フリーダさんがこの場を用意したのは、もしかして私にエルフワイン王子との婚約を迫るためでしょうか」
既に私が王子との婚約に否定的な意見を述べていることを、フリーダさんは知っている。だからこそ私が今、最も恐れなければならないシナリオは私の意志を捻じ曲げてまで貴族側が何らかのアクションを起こすということ。
フリーダさんは多少の沈黙の後に、こう答えた。
「――いいえ、違いますよ。王子殿下のご相手の選定については、常に政治問題と隣り合わせとなります。
ですので、現行の情勢下で無理に誰かに決めるくらいであれば――先延ばしにするでしょう。当面はそれで凌ぐかと思われます」
その言葉を聞き、私は安堵する。つまり、フリーダさんが私を王子の婚約相手に仕立て上げる意図はないということだ。
しかし、フリーダさんは更に言葉をつづけた。
「……ただし。先送りにするということは、以後も『同じ学校に通う女子生徒』が候補に上がっては消え続けるだろうと予測されます。
であれば、魔法青少年学院時代より王子殿下と同級生である唯一の女子生徒であるヴェレナさんと渡りを付けたいと思うのは当然のことでしょう?」
あー……成程ね。確かに条件的に一番長い付き合いになるのは私か。こうなると、前に『私的』な王子のお願いとして吟遊詩人面会を受けたことも後々裏目に出そうだが、あの時点でこの流れを予測するのは無理がある。
――しかし。1つ疑問点が残る。
何故、フリーダさんはこのタイミングで私に対して接触を図ったのか、ということ。フリーダさんはルーウィンさんの幼馴染でかつ許嫁であり、私のことはそれこそ魔法青少年学院時代より聞き及んでいたはずだ。
もっと早期に接触しても全くおかしくなかったのに、今になって……時期的な説明が付かない。
「……もう1つ宜しいですか?」
「何なりとどうぞ、ヴェレナさん」
「どうして……このタイミングなのですか?」
フリーダさんはティーカップを口に付け、そして洗練された所作でゆっくりと飲み、ソーサーと共に机に置き、たった一言だけ告げた。
「――懐中時計」
*
直近で懐中時計に関することで身に覚えがあることは……1つある。
「……確かに、ノーマン総務部長から懐中時計は頂きましたが。ですが、彼はあくまで魔法使い内部の『片翼党』の有力者であり、あの懐中時計にしても『片翼党』への勧誘の意図はあったかもしれませんが、貴族の方々との関係は特に――」
「ヴェレナさん。その懐中時計は本日、持ってきていらして?」
「えっ……まあ、一応ありますけれど……」
そう言いながら荷物から取り出そうとする私に更に一言付け加えるようにフリーダさんは話す。
「……どこか目立たないところに、植物の葉の意匠が刻み込まれていませんこと?」
取り出した懐中時計を改めて確認する。
確か、ノーマン総務部長の知り合いの職人に作らせたオーダーメイド品だったよね、これ。それにしても植物の葉ねえ……そんなのあったっけ……って、あっ。
「……。ペンダント部分が葉っぱのように見えなくもないような……」
「……やはりそうですか。しかもそんなに目立つところに……。
――それ。レーヴンヴァルト州元領主のディールケス伯爵家家紋ですよ」
――はい!?
ちょっと待って、待って。全然聞いてないそんな話。
「えっと……どういうこと。私、これ受け取ったとき貴族の方と関わっていないんだけど! ノーマン総務部長とその奥さんの居る場で受け取ったのに――」
「ウルスラ殿がいらしたのですね。では、ほぼ確定です。ウルスラ殿――魔法使い・フルドウィグ・ノーマンの奥方ですが、ディールケス伯爵家の当主の姉です」
「嘘でしょ……だって、あのときノーマン総務部長の奥さんはお父さんが大学教授だって……」
間違いなく、父が大学教授だという話はしていた。農政と移民に関して研究する社会学者。その言に嘘は無かったように見えるが……。
その私の絶句すらも、フリーダさんは返す。
「ディールケス伯爵家の先代当主であるウルスラ殿の父君は、既に現役当主ではないのですから平民の身。それに学者であることは事実ですから――嘘は付かれていませんよ、ヴェレナさん」
……完全に一杯食わされた。そうか嘘を付かないで騙すという手法は、私も何回か使っていたが、ここまで見事に嵌められるとしてやられたという思いが強い。
「……詭弁を通されたということ、ですか」
「結果的には、そうなりますし私達、他の貴族も出し抜かれた形になります。
……本来、王子殿下の婚約相手の一件は、貴族の内々の話ですので外には漏らさぬように不戦協定が結ばれておりました。
特に、女性魔法使いについては問題を複雑化させる上に事態の推移次第では教会勢力による介入すらもあり得るため、関わらせない予定ではありました」
確かに、そういうことなら今の今まで私に対して何のアクションが無かったことも納得がいくし、おそらくそう言うことであればオーディリア先輩辺りにも事前に話は行っていなかっただろう。
唯一、領主層と関わりがあるのはイダリア先輩だが、彼女は言われてみれば確かに王子に対してはノータッチであった。家系的には錬金術師側にコネクションが強く、魔法使い側の情報源が得たいと言っていたのにも関わらず、その本丸足り得る王子に対してイダリア先輩自身が一切のアクションを取っていないのは、こういう背景を知った後であれば、命を受けて意図的に避けていたということで理解できる。
「つまり、片翼党による魔法使い内部の動きに連動して、レーヴンヴァルト州元領主家が貴族内での暗黙の了解に対して協定違反を行い、私に家紋入りの懐中時計を渡してきた……と」
「大筋はご明察の通りですよ、ヴェレナさん。一方が協定違反を行ってしまった以上、座して待つだけには行かなくなったので、こうしてコロバート様の縁を伝ってあなたに一報を入れた――というわけです」
魔法爵育成学院内部で最も私と関わりがある貴族と言えば確かにルーウィンさんである。その許嫁であるフリーダさんが同性として私と関わりを持つ優先権限を有していた……としてもそれは違和感のない話である。多分同い年だし。
おそらく、平民をこうした貴族のやり取りへと貴族側から誘うためのルールというか不文律はあるはずで、それが破られたからこそこうして接触を図ってきたのであろう。
「だから、フリーダさんが出てきた、と?」
「そうですね。付け加えて言えば確かにディールケス伯爵家の協定違反は目を疑うものがございますが、とはいえ緊急性を要する案件でもなければ影響範囲も軽微ですので、若輩者の私が対応と言いますか、それまで決まっていた通りにヴェレナさんへの接触は私に一任されることになりました」
内々の不文律を違反しているのは確かだけれども、一方で私とノーマン総務部長の妻が関わりをもったのはあの一件だけだし、その後連絡を取ったりしていない。
懐中時計を身に着けているとはいっても、逆にそれだけなのだ。
更に加えて言うならば、緊急性が低いという点。即ち、割とどうでも良いのだ。
私がどのように考えて動こうとも現時点では、貴族社会に私が与える影響は然したるものではないと判断されている。
「……って、ことは。
今回、フリーダさんに呼ばれた理由って……本当にお茶会して恋バナするだけ……?」
その私の独白に似た呟きには、曖昧な笑みとともに頷きが返された。
まさかのボーナスステージだったとは。フリーダさん側の思惑としては、今後私と仲良くするための取っ掛かりを作るためのお茶会。
最初からそうだと分かれば精神的にリラックスして臨めるものだが、まあ……事前に分かれば苦労しないんだよね……。
*
結局、懐中時計は新しいものを買った。
ノーマン総務部長夫妻から頂いたものは、良いものではあるけれど、それ故に政治的な都合を差し引いたとしても普段使いするのにはちょっと勿体ないものだったからだ。
ただ、レーヴンヴァルト州元領主の伯爵家の庇護下にあることを明示するこの品が役立つ場面もあるであろう。おそらくかなり限定的な場だが。そういう意味で、完全に捨てたり売ったりなどはできない。……というかローザさんと相部屋だから片翼党上層部がローザさん経由で探りを入れて来たら言い逃れが出来ないし、何よりローザさんの心証は劇的に悪化してしまう。
まあ、そこは自分で気を付けられる分、まだ何とかなる。
問題は王子の婚約相手。先延ばしにされ続けるのが既定路線っぽい話し方をフリーダさんはしていたけれども、実際に王子当人の意志などはそこに介在していない。……まあ、政治的に相手を選定すること自体が危ういのであれば、王子たらんとする王子なので、その意向に反することはしないとは思うが。
そんなことを考えながら、教室――2年儀仗組クラスに入る。まずは、ルーウィンさんに対して許嫁のフリーダさんに会ったことを向こうも把握しているとは思うが報告と謝辞を伝える。
ルーウィンさんは私とフリーダさんの間で何をしたのか知らされていない様子であったが、私から話すことでもないかと思い、フリーダさんから必要があれば話されることからと少し突き放した対応をすれば、ルーウィンさんはすんなりと納得して席に戻っていく。
……またその一部始終を王子も見ていたわけで。多分、王子は察しているだろうなあ。しかし、特にその場で何かを言ってくるわけでもなく。
それから、私とフリーダさんは頻繁にやり取りをしていたわけではないが、時々ルーウィンさんを使って手紙が届いたりしたので、それに対して返答をするという無難と言えば無難なところに落ち着いた。
特に私の近傍で何かが変わるわけでもなく。関係性に変化が生じることもなく。
――そして、魔法爵育成学院2年生の、1学期は世界情勢に反してあっさりと終わった。




