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9-4


 この国のナンバー2にあたる大公家の名を冠した紅茶を、目の前のスワナヒルダ伯爵家令嬢のフリーダさんは私に提供してきた。


 王家が最も権威があるとするのであれば、大公家は二番手。その下に公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家というように連なっていく。

 伯爵以下の貴族爵位持ちはそれぞれ3桁程度、侯爵は28名という内訳である一方で、公爵家は王家と大公家も包括して合計10家。

 王家1つ、大公家1つなので、それ以外の公爵家は8家となるわけであり、当たり前であるが、王家とともにこの国に該当する家がたった1つしか存在しないのが大公家なのである。


 それ故に、貴族が刑罰免責・貴族院議席・軍事指揮権などの特権的地位を保障されている中で、更に上回る特権が与えられているのが大公家なのだ。

 私が知る限りでの、森の民における大公の最大の役割とは――王家のバックアップ。


 それは憲法内の一文である『王位は、森の民の最大勢力を有する王統が之を世襲する』にて規定される『王統』が血縁などの正統性なくともただ最大勢力・・・・足れば、現王家であるアマルリック家から王位を簒奪さんだつすることが合憲とも解釈できるところにある。この辺りはあの過激派に担ぎ上げられている吟遊詩人から聞いたところだ。

 そうした際に新たな最大勢力者として君臨可能な予備人員が大公家ということになる。


 この国の王族・貴族は、国家統一前の領主に対して与えた称号であり、王族ですらもただ今の王都を治める最大勢力の領主でしかなかった。

 大公はあくまで二番手の領主であったわけで、王家と血縁的な繋がりが色濃くあるわけではない。


 森の民が統一したのは今から50年程昔。現在の国王ですら生まれながらにして王家であったわけではなく、生まれた時点で王家の一員として然りと育てられた者は私の同級生であるエルフワイン・アマルリック王子なのである。

 そのような『新しい』制度に、貴族――下手をすれば千年単位で国を統治してきた家系の者らが、実利以外で跪くことはないのだ。


 だからこそ、王家はいつでも交換可能な存在だという側面は僅かだが、しかし確実に根付いており、王家に近すぎることは必ずしも貴族的に利点となるわけでもない。



 ――さて、そこまで考えてこのフリーダさん。

 ルーウィン侯爵家の後継者として分家から連れて来られたコロバート・ルーウィンさんの婚約者である。ルーウィンさん自体は、現在王子の最側近とも言うべきポジションを確立しているわけだが、それは貴族的に全面的な利点となり得ないということは、だ。


「――つまり、フリーダさん。あなたは自家であるスワナヒルダ伯爵家だけではなく、婚約者の家であるルーウィン侯爵家本家の意向も汲んでいる……ということでよろしいでしょうか?」


 私がそう問いかければ、彼女はゆっくりとティーカップとソーサーを机上に置き、小皿のポテトサラダを小さなスプーンで器用に掬いながらこう答えた。


「……あら? そこまで分かりますか。紅茶の銘柄1つでそこまで物語を紡げますか。吟遊詩人に転職した方がよろしくて?」



 ……絶対皮肉だよなあ、これ。

 私と吟遊詩人と言えば、あのティートマール・ベルンハルトさんのことが最初に想起される。で、私が近衛兵の口さがない者から『革新主義者』と思われていること、更に過激派と革新主義者は既得権益層からすればほとんど同一視されていることを全て知った上で放った言葉だとしか思えない。


 しかし、そんなお互いの言葉の表面上だけは、紅茶の名を聞いて突飛な質問をしたことを『詩人としての才覚』と揶揄する風流な突っ込みのように見せかけている。


 さて、この皮肉に対してどのように切り込めば良いのかと思いながらフリーダさんと同じようにポテトサラダと格闘していたら、フリーダさんの言葉は続いた。

 ……というか、このポテトサラダ甘味が強くてミニトマトの酸味と絶妙にマッチしているな。


「まあ、でもヴェレナさんの想像力に敬意を表して1つだけ。

 物事というのは表裏一体なのです。……コロバート様が王子殿下に近しいことは、わたくしに対する糾弾の声を防ぐ守り手としての意味もあることを忘れてはいけませんわ。

 わたくしが、他の貴族の方々に後ろ指を指されることなく、今こうして大過なくお茶を飲み、お菓子に舌鼓を鳴らせているのも、全てはコロバート様のおかげなのですから」


 うーん……ルーウィンさんとフリーダさん。意外と相性が良いのかもしれない。いや、元々幼馴染という話だったし、仲が良くなければ王家から婚約破棄を為された彼女をこうして受け入れることはないはずだから、そりゃそうだって話ではあるのだけれども。

 何というか、お互いに尊敬しつつも役割分担が明瞭で、その許嫁という関係性と貴族としての折衷が実に巧みな印象を受ける。


 ルーウィンさんがどのような気持ちであの王子の下に近侍しているのかは分からない。王子個人に対して敬う心は本物ではあれど、同時に王家全体にはフリーダさんのかつての婚約破棄の一件がある。そこまで踏み込むことは決してできないがルーウィンさんの心中は全くの未知数だ。

 しかし行動の結果として出てきている王子近侍に対して、フリーダさんは大公家へと接近することで家としてのリスクヘッジを取っている。それと同時にルーウィンさんが王家と近いからこそ、フリーダさんが婚約破棄されたことについて他の貴族が口を出すことを防いでいることが出来ているという絶妙なバランスなのだ。


「……羨ましい限りですね。そのように、仲睦まじい相手が居るというのは素晴らしいことです」


 そう話しながらフリーダさんに誘われるがままに上に色とりどりの食材の乗ったラスクを手に取る。刺身のように切られてラスクに乗せられた魚はサーモンっぽくて、更にその上にはスライスされたブラックオリーブや香草。

 一口、口に入れると香ばしさが広がる。スモークサーモンかこれ。そして塩味が効きオリーブや香草が更にアクセントとしてラスクの安定したベースの味に乗っかることで全てがハーモニーとして集約されて落とし込まれている。何とレベルの高い料理なんだ。


 そして、そんなラスクをむさぼる私を見ながら、フリーダさんは笑いながら話を返す。


「ヴェレナさんは、そういった御方は居ないのでしょうか?」


 フリーダさんは、ケーキスタンド下段のラスクがあった同じ皿からサンドイッチを摘まむ。

 既に一口大になっているそれを私も便乗して1つ食べてみると、それはキュウリのサンドイッチであった。実にシンプル。所謂箸休め的なポジションなのかな、これ。お茶会に箸は無いけれど。


 というか、まさか私について聞かれるとは思わなかったが、前回の野営演習のときのイダリア先輩とのやり取りと言い、恋バナに遭遇する確率が上がってきたな。まあ、恋とは言っても自由恋愛価値観がそこまで根付いていないこの国では、割と世間話レベルなのかもしれないが。


「いやあ……、今のところは特にそういった話は無いですね……。

 というか私の相手なんて、仮に居たとしてもフリーダさんは興味ないでしょう」


 冗談交じりで私がそう返せば、フリーダさんは存外不思議そうな顔をしてこう答えた。



「あら? ヴェレナさんのお話は大いに興味がありますけれど?

 ……それどころか、本日お呼びした本題が、まさしく今の話なのですが」



 ……。

 ――えっ!? 私の恋バナ聞くために呼んだのこの人!?




 *


「コロバート様から一応伺ってはいるので確認にはなるのですけれども、ヴェレナさん。あなたは現実問題可能かは度外視しても王子殿下を恋仲になりたいとは考えていないのですか?」


「……えっ、いや。あのー、そうですね。

 えっと、そもそも釣り合わないというか……」



 いきなりなんてことを聞いてくるのだ、この人。

 冷静になっていないことは自覚しているが、王子だけはない。だって、それゲームシナリオ踏襲をしかねない危険ルートだし。


 いや、まあエルフワイン王子自身が悪いってわけじゃない。仮にゲームシナリオとか全部取っ払ったとして、王子を体現するかのような人物とお付き合いがしたいかと言えばそれは肯定せざるを得ないが、その感覚はどちらかと言えば恋に恋しているが如く、あまりに地に足が付かない考え方だと思う。

 ルックスや性格、収入などの一般的な恋愛で重要となる条件はおそらく最高水準ではあるけれども、考えれば考える程に負担が大きすぎる。


 ……あ、でも。この世界ってそういう前世世界での普通の恋愛の観念を持ち込んで良いのか? 王子ともなれば国内の政治的事情や国際関係にまで影響があるわけで、そこら辺のことを抜きに私に対して話を切り出したということは無いだろう。


「通例、王族の方の結婚ってどうなっているのでしょうか?」


 言ってしまってから気付く。目の前の人は、その王族に婚約破棄された人間だった。

 明らかに私がまずいと思ったのが、表情か雰囲気かで伝わったのか、柔和な笑みを浮かべながらこう答えた。


「いや、別に過去のことですし構いませんよ。そうやって直截的に言われる方がわたくしとしても助かりますし、悪気がないことは分かりますから。

 で、王家の婚姻の先例ですね。わたくしの過去の相手のような傍系の方ならそれなりに例があるのですけれども、直系かつ王太子となると現在のバーナード国王陛下が公爵家より娶ったことくらいしか先例がありませんから。

 一番丸く収めるのは同様に公爵家から取れば良いのですけれども、別にそこに固執して選択肢を狭める必要はないという意見もありまして……」


 つまり、エルフワイン王子の婚約相手の選定が難航している。

 ……まあ、それはそうか。


 ただでさえ、貴族にとって王家との繋がりが出来ることが必ずしもメリットばかりではない上に、『世界繊維危機』という情勢下なのだ。

 現在の経済恐慌と情勢不安を鑑みると、易々と王子に娘を送り込むことが必ずしも自身の権勢の安定に繋がらず、逆に絶対王政を主張する過激派に狙われかねない爆弾案件と化している。


「……あれ? ということは、貴族以外から相手を取ることを考えているということでしょうか。

 ですが、公爵家以外から娶ると言っても法的な規定としては貴族院への登院資格を有する家格が必要なのですよね? ……抜け道ありき、ということで?」


 お父さんから明かされた魔法爵位の最高位であり同時に儀礼用の魔法大公のように、『貴族院に議席を持つ』方法なら実は色々と抜け道がある。

 貴族院という名前から勘違いしかねないところではあるが、各界の有識者でも行政爵位を与えて招聘することはあるわけで、そうした部分を利用すれば可能と言えば可能なのだ。


「へえ、それを知った上で。……いえ、何でもありませんわ。

 それもありますが。子爵、男爵でも任期7年の更新制ではありますが貴族院に議席を有することはできます。

 また、あくまでも『家格』である点も留意するべきですわね」


「……と、言いますと?」


「法的には貴族というのは現役当主のみですが、『家格』を有する者ということであれば、現役当主から見て6親等以内の血縁者を指しますわ。

 6親等は意外と広いので、これを上手く使えば(・・・)、『家格』だけなら用意することはそこまで難しくないのですよ」


 確か、従姉妹くらい離れていてもまだ4親等だった。血縁が繋がっているという付帯条件はあるものの、それでも随分と広い。

 更にフリーダさんは続ける。


「それに先例こそありませんが、新規貴族家を打ち立てることも別に法的に禁じられているわけではありませんので。反発を覚悟すればそういう手段すらもあるという訳ですよ。

 ……としたときに。どうです? わたくしが、ヴェレナさんの配偶者の事情が知りたいというのはお分かりになられましたか?」



 貴族院登院資格という王子と婚約するための条件が、お父さんや私が考えていたよりも、ずっと軽い。


 目の前のフリーダさんの言うように、何も魔法大公位を自ら掴むことをしなくとも平民を王子と結び付けることは手段を選ばなければもっと容易であることが分かった。


 としたときに、どうだろうか。もし貴族の間で、王子の婚約相手を選定することに難航しているのだとしたら。また、貴族外までその相手を広げるのであれば。



 ――『王子と同じ学校に通う女性』というのは、当然候補に上がって然るべきではないだろうか、と問われてしまえば。


 私は、確かにそういうこともあるかもしれないと一考してしまうのである。


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