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9-3


「こちらでお待ちくださいませ。お嬢様はまもなくいらっしゃいますので」


 通された部屋は客間のような場所。そして一言私に告げたメイドさんはそのまま退出していった。

 今までルシアの家の給仕の人とか、ビルギット先輩の分家の人とかそういうお手伝いさんというか従者的な立場は存在することは知っていたが、ここまでそのままズバリのメイド服を着ているガチのメイドには初めて会った。


 そして通された客間なんだけど、大きく採光の取られたガラスの仕切り窓からは庭の様子が窺えて、その側には少し大き目なアンティーク調のティーテーブルと椅子。椅子は2脚だけで、座る場所が他には無さそうなことからルーウィンさんの許嫁のフリーダさんと私以外には多分誰も来ないと分かる。

 というか、こういう部屋には付き物であるはずのソファーとコーヒーテーブルのセットが無いことから他にも客間はあるんだろうな、と気が付く。あるいは来客やシチュエーションに合わせて調度品を変えているのかも。


 そして、そんなお茶会用にセッティングされたはずの部屋には1つの特徴があった。壁にいくつもの写真や絵画が飾ってある点だ。


 絵画には荘厳で大きな城が描かれている。いくつもの塔が城壁の結節点に設けられ、上部にはいくつもの小窓が設置された回廊や、上部がギザギザになっている壁などが見受けられる。

 小窓の方は確かクレティの本家であるロイトハルト本邸を取り囲む塀にもあったやつに似てる。確か、鉄砲銃眼だっけ。でも、それよりも多分大きいからきっと城外の敵を鉄砲ではなく弓で仕留めるための穴なのだろう。


 まあ、城の絵くらいは飾ってあってもおかしくないとは思う。けれど、問題は写真の方。

 まず、思い至るのは写真という物品そのもの。この世界には新聞があったり、料理のメニューなどにも写真が用いられたりするから、極端に珍しいという代物でもない。国外から送られてきたソーディスさんの手紙の中にも建物や集合写真が中に入っていた。まああれは多分アプランツァイト学園高等科生徒会所属になったから支給されるなりされたか、受け入れ先の学校が用意したりしたものなのだろうけれども。


 それと写真についてもう1つ。野外演習の際にローザさんが荷物にデジカメくらいのサイズのカメラを忍ばせていたが、あれは片翼党の備品であり、魔力通信装置の倍くらいする非常に高価なものであったと記憶している。


 そこから統合される結論は、カメラというものは割とありふれているけれども、前世のように手軽に持ち運びできるものではなく、あまつさえ携帯電話という別用途端末の付属機能として置かれる程の存在では決してないということだ。

 多分、写真館みたいな専門で写真を取るような場所はあるし、観光地で代わりに写真を撮ってくれるサービス業などもあるだろうが、基本的には報道関係者や教育機関、あるいは官公庁レベルの『組織』でないと持ち歩きを考慮してまで買おうとは思わない代物なのではなかろうか。


 翻って、そこまで考察を深めれば、ここの客間に飾られている写真に意味が出てくる。そこに写るのは……畑の様子。植物から白色のものが見えていてそれが畑一面に広がっている。

 あるいは、その植物を拡大して撮られたものもある。白色の物体は何だかわたっぽさがある。ということは、この植物ってもしかして綿花?

 その他にもそうした風景を切り取った写真が多く、そのどれもが歴史的な史跡や観光地のような場所ではなく畑などの何でもない風景だ。


 それが意味することは1つ。何らかの意志と理由でもって畑をわざわざ写真に収めており、その撮影者はおそらくこのスワナヒルダ伯爵家の関係者ないしは依頼によってこれらの畑を被写体に選んだということである。


 それは、一体……と思考の海に沈みそうになった瞬間に現実に意識を引き戻される。外から足音が聞こえてきたためだ。

 足音を認識してからすぐ、客間に入ってくる。


「……お待たせさせてしまったようで、申し訳ありませんね……ヴェレナ・フリサスフィス、さん。

 おおよそ察しは付いているかと思いますが、挨拶をしておきますわ。わたくしはフリーダ・スワナヒルダ、あなたの同級生のコロバート・ルーウィン様の許嫁です。……あと、この別邸の主でもあるわね、一応」


「……魔法爵育成学院候補生のヴェレナ・フリサスフィスと申します。……この家の主なのですね?」


「あくまで、別邸ですから。本邸は旧領と王都の2つありますが、王都本邸はご当主様……ああ、わたくしのお父様と言った方がいいかしら? ……まあ執務に使っているので、この別邸は基本的にはわたくしが使っているからです。あ、家人が使うことはあるのでわたくし1人で住んでいるわけではないですよ?」


 入ってきたフリーダさんの服装は、モスグリーンの軽めのジャケットに中はシルクのブラウス。下はジャケットと同系統色のフレアスカートで大分落ち着いた印象の色味だ。

 というか、貴族だから安直にドレスでも着ているのかなと考えていただけに、この服装は意外と言えば意外。でも、普段からドレスなんて着てたら着替えに時間が掛かりすぎて面倒か。


 ちなみに、私はもうフォーマルな場からプライベートまで割とどこでも使える毎度お馴染みの制服だ。

 これ、軍服も兼ねているからどこまでもフォーマルな場でもとりあえずオーケーなのよね。そして魔法使い所属というアピールを如実に出来る代物だから、こういう初対面の人との面会には無難な服装でありながら同時に公権力による見えない圧もかけられる付随効果もある。今回のような得体の知れず、気が抜けない場には最適なのだ。


 そして、私の立ち位置から写真を見ていたことに気付かれて、続けてこのように声を掛けられる。


「……あら? 写真を見ておりましたか。それらの写真の数々はご当主様の趣味で旧領で撮影したものになります。……立ちっぱなしでお話するのも不作法なので、座りましょうか」


「あっ、ありがとうございます。

 ……お父君はカメラが趣味なのですね。ですが、どうして綿花なのでしょうか?」


 窓際のティーテーブルの椅子へ誘導されたので、フリーダさんとともに座りながら気になったことを質問する。


「ええ、綿花と分かりますか。我がスワナヒルダ伯爵家は、森の民統一前の所領が綿花の産地であったので、我が家の原点を忘れなきように、何よりこのようにお客人の前で話せるようにと、ああやってご当主様の撮影した写真を飾っているのです。

 いずれも旧領で撮られた写真ですからね」


 フリーダさんが話を続けている最中、先程私を案内してくれたメイドの人とは別の、しかもエプロンドレスのフリルが更に豪奢な新たなメイドが無言で一礼した上で入ってくる。

 配膳用のワゴンを両手で転がしながら入ってきたメイドさんは、話し続けるフリーダさんの邪魔にならないようにティーテーブルの上に色々と並べる。その間もフリーダさんは一切その所作を気にせずに話すので私も気になりつつもスルーして話を聞き、こう返した。


「綿花の栽培地だったのですね。……ということは、昨今の情勢では色々とご苦労することもあるでしょう」


 若干言葉を濁したが、『世界繊維恐慌』の影響で被服や紡績産業が大打撃を受けていることを仄めかした。無論、布や糸にする前段階の綿花栽培もまた同様に被害は受けているだろうと半ば確信はあったが、ほぼ予想通りの反応がかえってくる。


「そうですね。……旧領の窮状をわたくしの耳にも人伝ではありますが、届いております。ですが支援出来る手立てにも欠けておりますから……」


 ある意味では近代国家……というか中央集権国家としての弱点かもしれない。領主が然りとした人物であり助けられる方策が取れるのであれば、手の届く相手は救うことができた。しかし現在はこの貴族らは領主ではなく、その弱者救済の本質的な責任者は行政であり地方自治体に委ねられている。

 大きな組織になったが故にその救済能力は平準化された一方で、『世界繊維恐慌』のような大規模な経済恐慌に際しては十分な支援体制を整えられていないのも事実。だからこそ各所で歪みが生じつつあり、そのしわ寄せは私にも、そして目の前のフリーダさんのスワナヒルダ伯爵家にも現出したということなのだ。


 沈黙が客間を支配しようとした瞬間、メイドさんがタイミング良く口を挟む。


「ご歓談中、申し訳ございません。準備が出来ましたので、お茶を注いでもよろしいでしょうか?」


 見れば、3段のケーキスタンドには最上段には数種類のデザート、中段にはパンやスコーン、そして下段はサンドイッチと色とりどりの食材が載せられたラスクのようなものが並んでいて、その鮮やかさから見る者を魅了している。

 そしてそれ以外にも机上には、小さな陶器の器にはグリーンスープが注がれ、付け合わせのようにポテトサラダのような見た目の料理に切られたミニトマトが添えられた小皿、そしておそらくパンに付けるであろうジャムが赤・白・オレンジの三色、それぞれ透明なガラスの容器に入れられている。


「そうですわね。まずはこうしてお近づきになれた印として、お茶を楽しまないと。ヴェレナさんはお茶会のご経験はあるのかしら?」


 お茶を飲む機会は何度かあったけれども、ここまで本格的に準備されたものは前世も含めて初めてだ。ケーキスタンドとかゲーム内でしか見たこと無いし。


「……いえ、無いですね」


「あら、そうでしたか。でもそんなに複雑ではないので是非覚えて帰って下さいな。基本は下にある食べ物から順番に食べていけば問題ありませんわ」


 あれ、思ったより分かりやすい。となると最初はスープか小皿のどちらかで、次にサンドイッチの皿、パンの皿、デザートの皿の順に従えばいいのね。


 そう私達が話している間に、メイドさんはティーカップにお茶を注ぐ。机上の空きスペースにはシュガーポットとクリーマーも置かれているから甘さが欲しければそれらを加えることもできるが、料理そのものが結構甘味が多いので、ひとまずは紅茶には何も加えないでおく。

 ティーカップに注がれた紅茶の色合いは、僅かに黒みが強いがそれでも鮮やかで、注がれた瞬間から仄かな香りが広がる。とはいえ、テーブル上に置かれたティーカップに注がれただけで香りを感じ取れるとか、どんだけ香り高いんだ。


 そしてお茶を巡ったやり取りの中には、以後の交渉の手がかりとなる情報が多く隠されていると私は吟遊詩人面会の折にオーディリア先輩から伝えられていたことを思い出す。


 そんなことを考えていると、フリーダさんが微笑みながら私に告げる。


「ふふっ。どうやら、ヴェレナさんはこのお茶に興味深々なようですね。

 でしたら、先にお茶から頂きましょうか」


 そう言いつつ、手持ち無沙汰になろうとしていたメイドさんを部屋の隅に控えるように指示を出す。完全に退席させるわけではないのね。


 そしてフリーダさんは先に、ソーサーを左手に持ちながらティーカップを口につける。彼女の様子を見た私は見様見真似で同じように紅茶を飲む。

 口に含むとマイルドで優しい味わいと、飲む以前から広がっていた香りがさらに増幅されて感じる。そして、その口当たりの中に決してくどくない若干の渋みと、それを補って余りあるコクの深さ、更には複雑なそれらの味わいの中にはほんのりとフルーティさすらも感じられる。


「すごい複雑な味……ですねこれ。何と表現すれば良いのか……でも、美味しい」


「そう言ってもらえると、こちらも供した甲斐があるというものですわ。

 実は、このお茶。着香茶ちゃっこうちゃなのです。一般的に飲まれている紅茶の茶葉2種類を基本として、他のお茶用の茶葉を調和するように混ぜ合わせて、カシスで香り付けしておりますよ」


 つまりはフレーバーティーだ。ロールプレイングゲームのエンチャント武器の要領で、茶葉に香りをエンチャントしたものがフレーバーティーなのである。

 また、同時にブレンドティーでもある。先の例で考えれば複数の茶葉を混ぜているというのは合金の武器と言い換えることもできそう。合金エンチャント武器とかそりゃ強いわ、ゲーム終盤で手に入りそうな格式高さがある。

 そして、フレーバーティーの代表格と言えば茶葉にマツリカの花を香りを付加させるジャスミンティーがある。だからこそこのお茶が私によく馴染むというのもあるのであろう。


「……ここまで複雑な味わいを出す調合を見つけ出すのには、相当な苦労があったのでしょうね」


 ただ闇雲に茶葉を混ぜたり香りを付けるのでは上手くいかないだろう。どの茶葉を何種類、どれだけの比率で混ぜ合わせるのかという組み合わせは無限大だ。だからこそ、ピンポイントでこの調合パターンを見つけるのは至難の業であろう。


「ええ。ですが、そうした苦労は先人が積み重ねておりますので、良き組み合わせ方には名が付き調合手順書として後世に残されます」


「ということは、このお茶にも名前が付いているので?」


「勿論その通りですわ。

 発見者が、森の民統一直前のきっての風流人であったマンノ・ランデベール氏の姓に因んで『ランデベールティー』と呼ばれております。

 そして。そのランデベール家は、現在の我が国唯一の大公家であります」



 ……ふうん。

 かつて王家傍流の男性に婚約破棄されているこのフリーダさんが私の面会の場にて、わざわざ王家にとって代わることのできる王座のバックアップとしての意味合いもある大公家の名が付くお茶を出す……か。


 そこに意図が無く、私の勘違いであればそれはそれで構わないのだけれども。裏――すなわち王家への遺恨と、それを背景とする大公家への支持――が隠されているとすれば、さて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろぉおいい!! ヴェレナさんが誰かと交渉する場面は、どこも鉄板ですね! こまごまとしたものから、どんな情報を読み取るのか。 洞察し、利害の確認、調整に頭を回して、絶妙なの切り返し。…
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