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思えば私は教会についてほとんど知らない。
この国、というかこの世界における宗教は『女神教』のほぼ単一のもので構成されている。
宗教が世界で1つしかないというのは、前世知識と照らし合わせると中々考えにくいことである。けれども、その理由は魔法体系を学んだ際に既出のことであった。
魔石装置であったり魔道具などを媒介して魔力を行使するのが今の魔法のセオリーであるが、太古の時代にはいわゆる一般的なファンタジー世界の魔法のように属性魔法を使役して直接魔法を放射して戦闘を行うなんてことがあった。……農耕文明以前まで遡る話ではあるけれど。
とはいえ、そうした残滓は所々に残っている。例えば高魔力保有者であるローザさんが野外演習の際に、射撃で見せた銃弾そのものを魔力で覆うというやり方。本質的には魔法銃には搭載されていない機能ではあるものの、魔力量さえ使えばまるでRPGゲームの魔力杖のような運用も可能なのが魔道具なのだろう。
そうした『付加』の性質を有する魔法などは、属性魔法時代の次の時代である神話魔法時代に大成されたものだ。
そして神話魔法の創始と第1回の魔王侵攻の時期はほぼリンクする。神話魔法は別名、属性外魔法とも呼ばれており、補助的なものが多い。そんな神話魔法の発展の中で教会の『祝福』というものも生まれた。
そして『祝福』は過去の遺物などではなく現在の教会も使うことのできる魔法に近い概念だ。幼少期の頃に魔物に取り憑かれていないことを証明した『青苧の儀』において私は聖別されたパンを食したが、非常に弱い効果ではあるがそのパンには魔物避けの効果があったことはお父さんから聞かされている。
神聖な儀式であるとはいえ、一民間人でも受けられるポピュラーな行事に使用されている食べ物1つにすら聖別が為されているという事実は、国家規模であったり有力者水準ではより強力な効果を発揮する『聖遺物』の類を宗教勢力は今なお自ら作り出す技術があるということだ。決して神話だけの出来事ではないのである。
また別の側面から考えてみる。
この世界は基本的に言語がどこでも通じる世界共通語が浸透している世界だ。それは、学校の授業に『外国語』という科目が一切出てこないことからも自明なことなのだが、では何故ここまでたった1つの言語が用いられているかと言えば、原始的な魔力通信装置が初期の文明社会の段階から運用され続けたことと、その通信技術を利用した全世界で画一的な職業組織である『ギルド』が長らく王権にも宗教的権威にも属さずに独立していたことが関連する。ここでキーになるのは『冒険者ギルド』ではなく『魔法ギルド』や『錬金術ギルド』のようなどちらかと言えば技術寄りの集団だ。
鉄道による交通革命が起こるはるか以前から、魔力通信装置による情報流通はグローバルスケールで行われていた。だからこそ、当時の魔法使いや錬金術師は学術的に用いる言語を統一する必要があったために、世界共通語が誕生した。
そして、学術用語のやり取りが出来る程豊富な語彙を有するこの言語が、日常会話やビジネス・外交の場に転用できない訳が無く、また主たる話者は当時通信装置を用いることが出来た支配者階級層であったこともあり、爆発的な普及を遂げる。
――と、ほぼ同様の現象が恐らく宗教世界においても発生していたのだろう。
この世界における女神教、それが信仰する女神である豊穣神とは信仰や偶像崇拝の対象だけに留まらず、瘴気の森や未知の森に対して人間が対抗出来るように魔力の強化を行った実益を伴う存在であるという考え方がある。
身も蓋もない言い方をすれば女神によって魔法技術に対してテコ入れがなされた存在が人間と言えるのかもしれない。
そうした神の御業の廉価版が『祝福』なのである。だからこそ全世界で共通の所定の手続きを広める必要があり明らかに実効力を伴うがために、他の宗教がこの世界にあったか分からないが、他の考え方は駆逐されたのだろう。
そして、そうした教会においても同様に魔力通信装置があり距離的に隔たれることなく宗教政策を実行に移すことができた。だから統一宗教たらしめたのである。
100年スケールとはいえ定期的に勃発する魔王侵攻や、瘴気の森近傍で頻発する魔物との遭遇戦において、実力でそれらを排除する力を有していたのは封建制時代の魔法使いであり、あるいは冒険者やら勇者なる存在などであったわけだが、同時にある程度ではあるが魔物を遠ざけることが出来る術を有していたのが教会勢力であったわけで。
なればこそ、既存の権力基盤から一種の特権的地位が与えられていたことは容易に想像が付く。そして、それが先天魔力理論の証明により多くの人間が生まれながらにして微弱であれど魔力を有していることが分かり、先進国において旧来の魔法使いの優位性が崩壊した後にも、宗教勢力は権威を保持することに成功したのである。
……とは言っても、人間そのものが魔力資源という側面を有する『人的資源』な訳だから、そこから国家が人間の囲い込みを行う過程で国民国家やナショナリズムが勃興するわけで教会勢力もまた基本的権能は緩やかな国家横断連合体となり、統治に直接影響する部分は、国家の諸機関として吸収を余儀なくされた。
というところで話が戻る。我が国、森の民においてはその『諸機関』こそが閣外省庁である教会省であり、その一部の機能が先の授業で述べられた裁判権限なのである。
祭祀のような宗教的行事を執り行ったり聖書の教えを説くだけの機関ではないのは間違いない。だが、どこまでその手が伸びているのかは分からないのである。
また、それとは別に気になるのが女神教が女性解放運動の推進者であるという点。封建制時代の魔法使いが取りこぼしていた女性高魔力保有者を司教や司祭として積極的に登用したという背景があるからこそなのだが、本来味方であるはずのこの宗教勢力は今まで私達に積極的に接触してきたことは一度たりともない。
結局、魔法教育や錬金術教育機関の女性門戸開放を成し遂げたのは、錬金術師側からの働きかけによる側面が大きかったらしいし、良く分からないことばかりである。
……せめて、女性魔法使いやアプランツァイト学園生以外の女性視点が欲しいところである。
*
「フリサスフィスさん? ……ちょっと、よろしいですか」
「あれ……ルーウィンさん。どうかしましたか?」
特別教育の教練が終わった後、片付けをしているタイミングを見計らったかのように王子に近侍する貴族子息であるコロバート・ルーウィンさんが私に話しかけてきた。
まあ、何だかんだ同級生男子の中では、事務的な伝達や挨拶を会話と含めるのであれば話す機会がそれなりに多い方ではあるけれど、こうして改まって話を切り出されると何というか不穏さや恐怖のが先行してしまう。
……完全に何かの予兆なのでは? と警戒するようになってしまったのである。
そしてルーウィンさんは目を僅かに動かして周囲の人を気にする素振りは見せつつも、表情や声色にはそれを一切出さずにこう告げる。
「……フリサスフィスさんは、私に許嫁が居ることは知っておりましたよね?」
確かに聞いたことはあった気がする。確か、吟遊詩人面会後にオーディリア先輩と一緒に王家御用達の喫茶店で貴族や近衛兵に関する話をルーウィンさんから聞き出したときに、そんな話が出た記憶がある。
しかし吟遊詩人との面会って中学1年のときだからもう3年以上の昔の話だ。また随分と懐かしいところから話を引っ張ってきたな。
……確か、伯爵家の人だっけ許嫁の方。
元々はルーウィンさんの幼馴染でしかなくて、王家の傍流と婚約が決まっていたが婚約破棄を挟んで、ルーウィンさんの許嫁となったという話は覚えている。
まあ、王族との婚約破棄の先駆者となれば、そのインパクトは早々忘れられそうにない。
私がそんなことを考えつつ若干レスポンスが遅れて頷くと、ルーウィンさんは話を続ける。
「実はフリーダ……ああ、許嫁がなんだがね。
一度フリサスフィスさんと2人で会いたいと言っているのだが、どうかな?」
……なんで? 面識は無いけれども、私ってそんなに貴族に目を付けられるようなことをしたっけ。
あ。もしかして自分の許嫁が通う学校の女子生徒に対して警告をするとかそういうやつ? でも、それだったら魔法青少年学院時代にあって然るべきだしなあ。もう何だかんだで5年目になる現段階で私に対して許嫁持ちの貴族子息相手の付き合い方を教える、というのは正直遅きに失した感はある。
となると、呼び出す理由がちょっと分からない。ひとまず探りを入れるか。
「……で、でも。私、貴族の方のお作法とか知らないですけれど……」
「そこはフリーダも承知の上だから大丈夫だろう。
加えて言えば、旧領の本邸ならまだしも、王都にある別荘だからそこまでとやかくは言わないよ」
そうだ、この世界の貴族は国家統一前は普通に領主の家系だから、貴族というだけで『旧領』という概念があるんだ。伯爵だとどれくらいの領地の広さだったのだろうか。全く分からん。
でも、とりあえず作法に関しては問題はなさそう。でもマナー的なものを知らなくても安心! という印象ではなく、どちらかと言えばこちら側の不作法を許容してもらっているような感じだ。ぶっちゃけ怖い。
そして意図は分からなかった。もう直接聞いてしまおうか。別に失礼にはならないだろうし。
「……私とルーウィンさんの許嫁の方とは、特に接点が無いはずですが……。一体どのような用件なのでしょうか?」
「それが、私も詳しくは聞いていなくてね。無理であれば断りは入れるが……フリーダが是非にと伝えてくれとは言っていた」
うん、何も情報が無い! これは打つ手がなくなった。完全にフィーリングで判断するしかないのだけれど。
私が戦々恐々としていると、ふとルーウィンさんは思い出したかのように語った。
「……ああ、そうだった。『美味しい紅茶を用意して待っている』とも言っていたね」
……貴族の飲む紅茶って、めっちゃ気になるんだけど! でも、紅茶で釣られたら完全にアホの子まっしぐらだよなあ。
でも、真面目に考えると受ける理由も薄いが、同時にさして断る理由もない。まあ何も分かっていないからなんだけど。
となると、何があるのか知るというのは存外大事なことではないかと思う。
そう考えた結果、私はルーウィンさんに了承の意を返した。
決して、決して、紅茶に釣られたわけではないのだ。
*
スワナヒルダ伯爵家・ガルフィンガング別邸。
ルーウィンさんの許嫁であるフリーダさんの住む館だ。……とはいえ、家の大きさそのものは、私の実家と同じくらい。まああんまり広くても管理が大変そうだし。
しかし、建物は白磁のごとき漆喰の洋館。そして広大ではないものの、左右対称で整った庭園のような庭。総務部長と会った時に赴いた魔法洋館や、もっと昔を辿れば『青苧の儀』を行った大聖堂などに近いか。
まあ前者は迎賓館という側面があり、偉い人を招くための施設も兼ねていること、そして大聖堂は、教会側の技術を結集して建てられたものであったので貴族側でも十二分に通用するはずだ。
あくまでも、門の外から見た印象だけれども。守衛さんに声を掛けて、名乗りながら魔法爵育成学院の学生証を見せると、話は通っていたようで、少し守衛さんの詰所で待機することに。
5分くらいすると洋館の門から紺のロングワンピースの上にエプロンを着たメイドが出てくる。まあ、貴族って元領主だし、そりゃメイドくらい居るか。
「フリサスフィス様。……お嬢様がお待ちです。こちらへどうぞ」
――さあ、何が出るか。




