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9-1


 『世界繊維危機』の勃発から半年以上は経過したが、終息の兆しは全く見えてこない。


 経済的な情勢の悪化が、大きな社会不安と治安悪化を産み出すことは既に以前の『森の民金融恐慌』の時点で知ってはいた。だが、流石にここまで長く続いてしまうとその影響は前回の比ではない程大きかった。


 吟遊詩人・ティートマール・ベルンハルト氏のことを恩師と仰ぎつつも、その思想は過激派に傾斜しつつある魔法青少年学院の1年生、ウィグマー・アルヌルフさんの存在。そしてそのアルヌルフさんに目を付けた片翼党が彼を利用して私達が卒業した後の魔法系列学院の教育改革を主導しようとしていること。

 更には、その片翼党から目を付けられている私。事態は急展開の一途を辿っているが、分かったことが1つ。


 ――おそらく、この辺りの力関係が全て規定されたのが、ゲームシナリオであり、悪役令嬢であるヴェレナ・フリサスフィスであったのだろう、と。


 市井の過激派組織と魔法使い内部の強硬派。ここに片翼党という推進力を得ることで、 『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』内での私は悪役令嬢足り得たのであろう。



 しかし、その肝要となる片翼党ですら現在は魔法使い内部の主流たる学閥から見れば非主流派ではある。次期棟梁となるはずのノーマン総務部長との対談の中で、レーヴンヴァルト州出身者ではなくとも入党できるようになったという話があったように、おそらくこれから大きく伸びていくこととなるのだろう。……内部に強硬的な人物を包括していくことと引き換えに。


 そういえば、そのノーマン総務部長についてだが、帰り道で私の護衛名目で同行させたドラスタンさんが面白いことを言っていた。


「結局、あのノーマンさんとかいう人物は何がしたかったのかよく分かりませんでしたが、フリサスフィス先輩は分かりましたか?」


 確かに、ドラスタンさん目線で見れば意味の分からない行動が目立ったのだろう。ラウラ先輩のお父さんについて褒めて、私に懐中時計をプレゼントしようとしたら、いきなり『賄賂』だとか言い出して、友達との友情を確認するというのは、分からないとしか言いようがない。


 情報収集能力の誇示と、私の引き抜き工作。まあここが要点ではある。

 そして『賄賂』の発言は、おそらく私達へのサービスであっただろうとも思う。本当に無理やり私のことを縛るつもりであったのならば、もっと高価な、しかも形に残らないようなものを何食わぬ顔で押し付けて、その恩を返すという名目で入党を迫ればよかっただけなのだ。それをせずに、敢えて『賄賂』と明らかにすることで、今後同様のプロセスで懐柔してくる相手を警戒しろ、という警告も含まれていたように感じる。無論、それを言われた後の私の反応と機転を見て、こちらを推し量る意図くらいは当然乗っていたとは思うが。


 まあ、その後ドラスタンさんとは少し話をしたけれども、完全に納得してはいなかったように思えるし、理解も十分ではなかったように見えた。

 けれど。


「……うーん、あのノーマン総務部長は、ドラスタンさんのお嬢――ラウラ先輩と近いような立場と言えば分かりやすいのかな?」


「お嬢……いや、ワルデブルグ先輩とですか?」


「あはは、私の前ではお嬢で通して良いって。ハウトクヴェレを背負っているラウラ先輩と、レーヴンヴァルト州の魔法使いの組織を背負っているノーマン総務部長。規模も組織も全然違うけれどもね、その中に居る人たちを守ろうとしていると考えれば、少し違って見えるかもしれないですよ」


 偉そうなことを言ってしまったが、私としてもノーマン総務部長の真意は分からない。私という存在そのものが女性魔法使いという新たな魔法使い内部の構成要因の主軸となり得る位置に居ると同時に、学閥においてかつて追放されたお父さんの名前、その2つを兼ね備えているから現行体制に真っ向から対抗するための旗振り役というしては適任であるというところまでは理解しているし、おそらくその私の動向についてもローザさんからつぶさに報告がなされているというのも分かっているが、それにしても直接ノーマン総務部長が私に会おうとした理由は分からない。

 一番上の人間がわざわざ出るまでのことでは無い気がするので、何か意味があったとは思うけれども、その確信には至れていない。


「お嬢と……同じ……」


「まあ私が感じた限りは、って話だけどね。

 私達はあの総務部長にとって、敵でも味方でもないそれ以前の存在。だから、ああいう(・・・・)扱いだったけれども、今後もそうとは限らない。

 それに、ドラスタンさんもずっと無関係で居られるって保証も無いからね?」


「えっと……?」


「ラウラ先輩はハウトクヴェレを守るためにこうした魔法使いの面倒なことには首を突っ込まないって公言してる。でもね、何がどうあっても女性魔法使いという存在そのものが目立つことに違いはないんだ。

 ……そんなときに、同じ魔法使いの立場から物を言えるのは……ハウトクヴェレの中では君だけなんじゃないかな?」


「……それが、僕をこうして呼び出した意味、ですか?」


 そして、その時。この少年にとって枷になるとともに剣にも盾にもなる言葉を私は紡いだ。


「……魔物みたいに分かりやすく『敵』となるのではなく、人や派閥というのはそこまで単純に判別ができないからね。

 だからこそ、私ですらも……ドラスタンさんやラウラ先輩の敵になることもあるかもしれない。でも、敵であっても『友達』であり続けられたらな、ってそう思うな」




 *


 2年生になって新しい学科教育が2つ増えた。法制と経済……前世的に言えば公民のような科目群である。

 しかも科目数が増えた割に今までの学科科目である、言語、宗教、算術、魔錬学、地歴の5科目は据え置きな上に、これとは別に教練などを行う特別教育があるのだから完全に詰め込めすぎである。


 ……まあ、これでも私は魔法青少年学院卒であるから、魔法学の授業と乗馬・護身は免除されているという。外部入学生の修羅場については慮ることのみしかできない。


 また2年生の後期からは、新たに『軍事教育』と呼ばれる本格的に魔法使いの『軍事指揮官』としての部分のカリキュラムがスタートすることもあり、座学というか普通の学生らしい勉強に多くウエイトを割くのは今年の前期で最後となる。以後は、どんどん『軍事教育』に関する授業が増えていくみたい。3年生なんて特別教育と軍事教育だけで8割がた埋まるらしい。怖い。


 ……ということは、逆説的に言えば普通の高校では3年間かけてやる授業の内容を1年半でほとんど終わらせる必要があるのだ。正気の沙汰ではない。


 だが、ここは魔法爵育成学院。名前の通り『魔法爵位』を叙爵する魔法使いを育成する高等教育機関だ。卒業と同時に自動的に魔法使いとしての道が確定するということは、つまり3年間何事もなければ栄達が約束されるということ。いや、まあお父さんのように左遷みたいなことはあるかもしれないけれど、それは別の話だし。

 何が言いたいのかと言えば、試験や面接などの必要なしに自動的に国家公務員となれるための学校なのだから、そこに通う生徒は基本的に極めて優秀なのである。高校水準で言えば森の民における最高水準と言っても過言ではない。だからこそ、1年半で3年分終わらせると言っても、割と何とかなってしまう生徒の方が過半なのだ。


 翻って。

 私の場合、まずそもそも魔法青少年学院からのエスカレーター持ち上がり組であることと、その魔法青少年学院の入学という中学校入試の段階で前世知識ブーストと合格者のオーディリア先輩を含む勉強会面子の全面サポートの下、辛くも入学を勝ち取った経緯がある。

 中学時点で見え隠れしていた前世知識による貯金・・は、高校の授業においてはほぼ枯渇してきており、実質的に私の純然たる能力勝負という面が色濃くなってきた昨今……結構しんどくなってきたというのが本音なのだ。


 そして、もう1つ。この世界の諸制度は、前世知識と比較して割と分かりにくい傾向がある。

 以前の初等科時代の勉強会で習った内容に『国会は唯一の立法機関ではない(・・・・)』ということがあった。


 すなわち、衆議院と貴族院を通過して成立した『法律』と、内閣大臣全員の同意と枢密院を通過すれば成立する『行政勅令』。そして、軍事事項のみに限定されるが、魔法大臣と錬金大臣にのみ許された魔錬謁見権という国王への謁見特権を利用して国王の裁可を得る『魔法令・錬金令』。これら3つがほぼ同等の存在として扱われており、その法としての権限は一概にどれが優越するという取り決めが為されておらず、それぞれの役割が重複する場合には『緊急性を要するものが優先される』という何ともまああやふやな文言だけが載っている。


 さてそこまでの前提を踏まえた上で、新設された『法制』の授業を振り返る。




 *


「――ということで一般に『法』と呼称されるものには以上のような種類がある。では、その『法』はどこで裁かれるのか……ヴェレナ・フリサスフィス候補生?」


 何というか厳格っぽい壮年の男の先生が法制の授業を担っていた。眼鏡もかけていかにも、という感じ。

 そして指名された私はとりあえず知識に照らし合わせて答える。


「はい、『裁判所』です」


「うむ。まあ、半分くらいは正解だな。確かに法律と行政勅令に対する違反事項は『普通・・裁判所』で裁かれる」


 ……普通裁判所?


 森の民の『普通裁判』は三審制を採用しているようで、州裁判所・控訴裁判所・最高裁判所の3つのカテゴライズがあるとのこと。そして最高裁判所は王都のみにしか存在しない。

 そして司法省によって任命された裁判官が裁判所にて裁く権限を有する。


 うん、馴染みがあるような無いような感じだ。多分、前世もこんなものだったはずだ。

 で、これが普通・・ということは普通じゃない裁判もあるわけで。


 ……あっ、確かこの魔法爵育成学院の中には『法務部』ってあったな。となると、軍法会議みたいなものがあるはず、と思ったが、それはどうも軍事教育の授業で学ぶみたい。


「王統で在らせられるエルフワイン王子殿下が居る場にて、説明を行うのは少々畏れ多いが、これに対して『王室裁判所』という考え方がある。

 王族間、あるいは王族と民間人の間での訴訟を取り扱う裁判所だ。幸い建国以来、一度も開催されたことはなく、『裁判所』と名は付いているが普通裁判所のように建物があるわけでもない。制度上のみ存在する概念だと思ってくれれば良い」


 確か王族は憲法において明記された存在であった。それ故に、一般国民とは裁判の形態も別枠で与えられるということなのかな。一度も開催されていないということは王族は法的トラブルとは無縁の存在なのだろうかと考えたが、多分あれだ。

 王族と民間人のトラブルってそれ最早テロとかそういうやつになって、刑事罰が適用されるから国家が出てくるのだろう。


 となると、もう1つの特権階級である統一前には領主であった貴族についてはどうなのだろうか、と思ったがこれについても答えはすぐに先生が説明してくれた。


「で、貴族についてだが。

 歴史的経緯と、貴族院での議事進行の都合から『刑罰に関する免責措置』が取られていて、貴族当主は国家反逆罪と現行犯以外では逮捕できない。

 だから逮捕状の作成には、爵位の剥奪か当主交代を行う必要がある」


 つまり、貴族家の当主になれば犯罪をし放題ってことなのだろうか? いや。現行犯では捕まるから必ずしもそういうわけでもないのか。

 先生は続ける。


「また国家反逆罪か現行犯で逮捕されたとしても、懲役刑・死刑を言い渡すにはやはり同様の手続きを行って貴族位から引き下ろす必要がある。

 とはいえ、免責措置は政治的な対立による逮捕を抑制するためのものだ。罰金刑に関しては貴族位にある者に対しても適用される上、その罰金金額は一般市民よりも遥かに高額に指定されている」


 あー……、逮捕されないというのは、もし政治的対立による冤罪で捕まえて調査している間に国益を損なわないための判断なのね。で、バランスを取るために罰金刑は高額と。

 そして、この国における『法学的な見地での』貴族というのは当主のみを指すことから、貴族子息であったり親族というのは厳密には貴族ではないから普通に一般人のように捕まり一般人と同じ刑罰が適用される。ここは感覚とはちょっと違う部分だ。


「さて、ここまでが通常の裁判に関する事項だ。

 ……他の裁く案件についてはどこで裁き、どのようなものがある……コロバート・ルーウィン候補生?」



 これ以外に裁くものがあるのか。

 しかしルーウィンさんは淀みなく答える。この人、許嫁が王族との婚約破棄経験者だったわ。そりゃ、強い。……というか、それで思い出したけれども婚約破棄は王室裁判所案件ではないのはちょっと意外。


「はい、閣外省庁である『教会省』にある告解裁判所と法院裁判所です。

 『告解裁判所』では、裁判官不適格の疑いのある者に対して弾劾の審問を行うことができ、『法院裁判所』については内政事項――租税・治水・土木・公地査定・免状に関して統治者同士、もしくは統治者と一般人同士の訴訟を取り扱いますね」


「……結構」



 ――えっ、教会って裁判権限あるんですか!?

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