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prologue-4


 私はドラスタンさんを伴って、魔法会館の別室へと足を踏み入れる。

 案内から入室時のドアを開けるといった細々としたことまで、ここの職員らしき人がやってくれた。……多分、ホテルでいうところのバトラー、ってやつだよねこれ。


 そして迎え入れられた部屋には赤色のスプライトのソファーセットと見るからに複雑な装飾の付いている鏡台。

 そしてそれらの調度品からカーテンに至るまで、共通して描かれているものがあった。それは盾と杖――魔法使いの紋章である。


 全てがオーダーメイド品。あるいは、自作か。私達の着る制服の販売元は魔法会館であるため、被服工場はあるはず。それどころか家具工房なども持っていたとしても全然おかしくないのよね、この組織。


 窓から入る木漏れ日1つですら計算されていそうな完璧な応接室。そこに先程声をかけてきたフルドウィグ・ノーマン総務部長と、彼と同世代くらいに見えるドレスを着た女性が既に居た。そういえば、奥さんと一緒に待っていると言っていたな。


「先程も御顔を拝見いたしましたし、存じ上げているかと思いますが。

 ガルフィンガング魔法爵育成学院所属、候補生のヴェレナ・フリサスフィスと申します。そして、こちらが……」


「はい、ガルフィンガング魔法青少年学院1年のドラスタン・オーガンです。お初にお目にかかります」


 私達がそう言えば、目の前の御仁は深々と頷き、一呼吸空けてからこう語る。


「うむ、フリサスフィス君。形式というのは実に大事だ。では、私からも改めて。

 ……魔法教育総括部総務部長であると同時に、レーヴンヴァルトの片翼党所属のフルドウィグ・ノーマンと――」


「その妻のウルスラ・ノーマンです。実は私の父もヴェレナさんのお父君のように、大学で学者をやっているの。社会学専攻ですけれどもね」


 ……まあ、これくらいのジャブは来ますよね。流石にここまで来れば私のお父さんのことを知らない人間であるわけがない。でも、総務部長側からそれを話題に出すよりも、奥さん側から出すことであくまで魔法使い内部のことではなくて家族の話というカテゴライズで進めようとしているところが地味だがしかし確実に主導権を握ろうとしてきていると見て取れる。

 何故、ここまで年の差があるのに向こうは臨戦態勢なんだ。


「……へえ、そうなのですね。ちなみに社会学と言うとどのようなことを研究なされていらっしゃるので?」


「――又聞きなので詳しくはありませんが、農政と移民に関することであったはずです」


 ちょっと気にならないでもなかったが、明らかに本題から逸れてきているので話を適切に流す。すると、ドラスタンさんが頭を捻る姿が。そして総務部長がその様子に気付く。


「おや、ドラスタン少年。何か気になる事でもあったかな?」


 しかし、私のことは「君」呼びであったのに、ドラスタンさんのことは「少年」か。何というか、今回相手にするのは誰かということを明らかにしてきている。

 そして名指しされたドラスタンさんはおずおずと話し出す。


「あ、あの……片翼党って……?」


 やべっ。最初から彼には交渉事に期待をしていなかったから何も教えていなかったけれども、初手からそれが裏目に出た。

 まあ、普通魔法使い内部の派閥は知らんよな、中学1年段階で。私も入学したての頃は、『フリサスフィス』という姓が示す意味を知らない同級生ばかりで面喰ったけれど、それが標準なのだ。

 返す返すも、おかしいのはむしろ私の方なのである。


 そしてそんな初歩的な質問に対して総務部長は嫌な顔ひとつせずに懇切丁寧に言葉を返す。


「君はレーヴンヴァルト州は知っているね? ……よろしい。片翼党というのは、この国……森の民の統一前から自らの領地を守ろうと立ち上がった住民の自警団のようなものだよ。まあ、その頃は名前は違ったけれどもね。

 片翼党なんて名前が付いたのは、魔法使いという職業が生まれてから。ほら、軍服の上からマントを纏うことがあるだろう? あれは防寒の面では優れているが、如何せんサーベルを振るうのには邪魔だからね……君も剣を扱う者であるから分かるだろう?

 だから利き手の方だけ縫うのを辞めたマントを身に着けていた。それがたなびくとマントは片側でだけでしか固定されていないから、片翼のように見えた……というのが由来だと聞いているよ」



 あっ……そういう由来だったのか、片翼党って。てっきりもっと中二病的なネーミングだと思ってました。




 *


 赤色のスプライトのソファーに座ると、心地良い反発が返ってくる。包み込まれるような全く反発しないどこまでも沈み込むソファーも良いが、ある程度反発がある方が、ソファーに意識を向けすぎずに集中して話を聞くことが出来る。


「まずは、ドラスタン少年。先刻の剣舞を拝見させていただいた。年の若さを感じさせない老練さすら垣間見える太刀筋であった」


「はい、ありがとうございます」


 向けられた言葉に対して素直に返すドラスタンさんだが、私は既にこの総務部長から『ひどく暴力的』という言葉を授かっているので、これがほとんど社交辞令に過ぎないのだろうなあ、と若干冷めた考えをしつつもドラスタンさんに合わせるようにして軽く会釈をする。


 まあ。こういうのは、この後にとんでもない発言が来たりするのだよなあ、と半ば他人事のように構えておくと、案の定の発言が、総務部長の奥さんの方から飛んできた。


「流石は、6年前に殉職なされたワルデブルグ魔法男爵のご息女の薫陶を受けているだけはありますね」


「――お嬢……あ、いやワルデブルグ先輩のお父上に御存知なのですか!?」


「えぇ、この夫が何度か話をしてくれたことがありましたもの」


「ああ。……とは言っても、言葉を交わしたことはないがね。歳も違えば……現場と中央の人間だ、役回りも違う。でも、部隊を指揮して魔物と戦い、現地住民を救い出す。これこそあるべき魔法使い(・・・・)の姿であると、私は自身を恥じていたものだ」



 ……うわあ。どうとでも取れる発言だ。言葉尻を素直に受け取ってしまっているドラスタンくんは、喜色を隠せずに頷いている。そりゃ『ハウトクヴェレのお嬢』であるラウラ先輩を信奉しているそこの住民でかつ、こうした交渉の場に不慣れであれば、そうなるだろう。

 しかし、総務部長の言葉には中身が無い。ラウラ先輩のお父さんでなくても、前線で戦っている魔法使いに対してならば誰にでも置き換え可能な当たり障りのないテンプレート的な言葉だ。


 それを最も単純に捉えるのであれば、私がドラスタンさんを連れてくると知って、後付けで調べた情報の線。そして、これくらいのことは簡単に調べられるという権勢を誇示するためのものである、ということだ。


 ただし、そうした考えに私は1つ疑念がある。片翼党は、魔法青少年学院にて過激派に類するような思想を広めるアルヌルフさんと繋がりがあった。彼の主張は穏当に言えば弱者救済。もしそこに共感しているのだとすると、ラウラ先輩の故郷であるハウトクヴェレというのは、まさしくその理念に即すれば救済対象足りえるのではなかろうか。

 これがドラスタンさんの引き込み策――広義の私を片翼党寄りにするための誘引策であれば、それはそれでいい。だが、問題はそれ以上。

 ラウラ先輩のお父さんを本当にこの総務部長は生前から知っていてなおかつ真面目に引き込もうとしていたのであれば、話はがらりと変わる。



 政治とは距離を置こうとして私達女性魔法使いの連携を崩さないようにしているラウラ先輩。

 ――彼女の存在すらも、片翼党に既に捕捉されており。自勢力の影響下に組み込もうとしている可能性が浮上したのである。




 *


「さて。折角こうしてお近づきになれた証として、フリサスフィス君には1つ贈り物をしよう」


 そう言っている間に総務部長の奥さんが取り出したのは、手のひらサイズの小さな立方体の箱。箱そのものは白色でシンプルなものであったが、重厚な印象すらも受ける。


 そして、そのまま箱の上部が開かれる。


 すると、中に入っていたのは――懐中時計。

 私が使っているものは、アプランツァイト学園初等科に入学するときに買い与えられたものを、部品を交換したり修理するなどしたりしてだましだまし使っていたものだ。それにも関わらず、今では一度時計を合わせてもちょっと経つと数分ずれてしまう。最早寿命が来ているのは明らかであった。

 それなりに思い入れのある品ではあるが、実用品ということで買い替える必要は感じていた。まあ、後回しにしていたけれども。


 そのような品物をこのタイミングでプレゼント? これは偶然?


 ――いや。


「……ローザさん、ですか」


「ああ、彼女も気にしていたよ。『物が多くて高価なものを買い揃える割には、物持ちが良い』とね。でも、壊れている時計を使い続けるのはあの子もどうかと思っていたようだが、それには私も同感だ」


 そんな風にローザさんに思われていたとか。

 まあ、言い訳をするのであれば、物が多いのも高価なものを買うのもどちらも前世世界での標準に合わせようとしているからだ。とはいえ、その価値基準を知らなければお金持ちの高級志向というように捉えられてしまうのは仕方ない。

 だからこそその思想に沿うと、物をすぐに捨てない私の行動が認識にぶれが生じることとなる。だって私は別に無駄遣いするために高いものを買っているわけじゃないんだし。使えるうちは交換しようとは思わないし、多少壊れてもすぐ新しいものを買おうとはならない。

 もったいない、というよりかはめんどくさいという気持ちのが正確だろうか。だって、新しいものを購入するのって結構エネルギー使うのよね。


「まあ、そういうことであれば……。折角用意していただいたものなので……」


 受け取らないという選択肢は薄いだろう。折角の厚意を無駄にする方が失礼となる。


 だが、この総務部長は一筋縄ではいかなかった。



「その懐中時計は、知り合いの専門の職人に作らせたもので市場価格で言えば4万ゼニーはいくものであろう。

 ……さて、これは明確な『賄賂』であるわけだが。フリサスフィス君は本当に受け取ってしまうのかい?」



 ――何てことを言うんだ。4万ゼニー……結局貨幣価値については私はまだ何となくしか掴めていない。けれど、時計なんて値段はそれこそピンからキリまであるからなあ、そうした鑑定素養の無い私にとっては何とも言えない。


 まあ隣に居るドラスタンさんが値段を出された瞬間に明らかに反応が変わったから、高価であるには違いないのだけれど。


 しかしわざわざ賄賂と自覚させてくるか。私が今欲しかったものを把握し、それを用意した上で、賄賂だと断言してみせた。


「賄賂……ということは、これを受け取ると私は、何か取り計らう必要があるのでしょうか。まだ候補生である私にそのような権限は無いかと思われますが……」


 とりあえず言葉尻通りの回答。これで何とかなるとは思ってはいないが、一応は言質を与えぬままに深く話を掘ることが出来る。

 そして、そんな反応は予想通りという面持ちで語られる。


「それは、勿論。フリサスフィス君が、ローザ・エルミンヒルト君とともに、未来永劫・・・・仲良くしてくれることにあるかな?」


 ここに来る前にローザさんは私のことを友達だと話してくれた。同時に片翼党は『家族』同然であるとも。

 加えて、その友達と『家族』とのどちらか一方しか手を取り合えないとしたら、ローザさんは『家族』を優先すると言っていた。


 つまりは、そういうことなのだ。

 『未来永劫・・・・』私がローザさんと仲良くするためには、私が『家族』となる――レーヴンヴァルトの片翼党へ入党することを暗喩している。


「……1つ。気になることがあります」


「何かな?」


「片翼党……レーヴンヴァルトの片翼党ですが、先程ノーマン総務部長が語っていたように、レーヴンヴァルト州出身者にしか入党資格はないのでは?」


 根本的に気になっていた部分だ。成立当初の背景や今までのローザさんの話で出てきた家庭教師のアルバイトなどからも分かるように、片翼党はレーヴンヴァルト州出身者の優遇という面が色濃く出ている。だからこそ、旧来の魔法使いと学閥との差異なく派閥形成が出来ているのだが、それならば生まれてこの方ずっと王都で暮らしてきた私は入党することができないのではないか。

 それに対する回答は素早かった。


「成立背景がレーヴンヴァルト州出身者であったことは否定しないが、随分と身代も大きくなったから、そろそろ自分の州のみならず『森の民』という郷里に奉仕する方が良いと考えている。だからこそ、その者の出身地で入党を拒むなどということは、今はもうしていないし、むしろこちらから積極的に声をかけるほどだ」


「……国家に奉仕とは、どのような?」


「此度の経済不況の動揺は、世界的に見ても非常に大きい。英雄の国では国家に仕えるべき公僕らですらも総同盟罷業ゼネストを推し進め、勇者の国などでは内戦すら発生した。

 あるいは、知人や家族が職を失っただとか、零落しただとか、そのような話も良く耳に入る。率いる兵卒の中には過激派の主張と迎合する者もちらほらと居る程で、正直に言えば魔物と戦える状態にない部隊も多い。

 ――最早、国家を抜本的に見つめ直す時期が来ていると、我々片翼党は考えておる。そのためにはある程度の革新勢力との迎合を行い、魔法使い内部の組織変革を推し進めるべき、だとね」



 ――世界繊維恐慌。それが与えた影響はあまりにも大きい。私が見知った中でももう数えるのも億劫になる程だ。

 とはいえ、魔法青少年学院1年のアルヌルフさんの一件で片翼党が革新派や過激派に傾斜しつつあるのは知ってはいたが、その組織のトップ層である総務部長にまでこうして断言されてしまうと立つ瀬がない。


 ただし、兵卒の過激派主張への迎合を危険視している点は一考すべきだ。即ち、片翼党は今の魔法使い組織そのものを大きく変える必要があると考えているが、それはそのまま過激派の主張を取り込むような、絶対王政的な体制構築ではなかったり、近臣らの暗殺などでは無さそうなのである。



 ……あれ? でも、この在り方って。


 ――私が目指している、過激派や魔法使い内部の強硬派を制御下に置き、事態のコントロールを行うことでゲームシナリオの踏襲を防ぐという展望にこの上なく合致している、ような……。

 もしや、片翼党に所属するのは割とアリなのではないか、と思ってもしまう。



 ……いや。まだ私の趨勢を明らかにする必要はない。

 王子の教育係が片翼党の2代目棟梁であり、王子自身ですら片翼党寄りと外からは見られている現状、王子と協調路線を歩む女性魔法使いの同級生が揃いも揃って片翼党員という事態は避けた方が良い。


 また、アルヌルフさんに端を発した魔法青少年学院の過激派思想傾倒の一件に関しても、片翼党との連携強化は重要であれど私自身が片翼党に所属するまでもないことである。


 更に。

 ――ローザさんとの、未来永劫仲良くすることも。



「……成程。概ね分かりました。

 で、あればこの『賄賂』である懐中時計はいただきましょう。


 ローザさんとは、これからも……親しき友人・・として、『家族』とは異なる関係を築き上げて行こうと思いますわ。それこそ、許されるのであれば――未来永劫・・・・、ですね」


 遠回しの片翼党への入党拒絶でありながら、賄賂と呼称された懐中時計の授受は認める私の言動を。

 ノーマン総務部長は特に咎めるまでもなく、簡単に相槌を打ち流したのである。


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