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prologue-3


 ラウラ先輩は一呼吸の間、ずっと私を見つめていたかと思うと嘆息をして、こう述べた。


「……まあ、ウチも穏やかではない思想が流行っているのは知ってはいる。だが、あれは魔法使いだけの話じゃないぞ。ハウトクヴェレの周囲でも徐々に浸透してきている。まあウチのとこは何とか回しているから、そこまでキツいわけではないが、それでもやっぱあの『世界繊維危機』の影響はデカいわな」


 過激派に類するような思想の伸張はどうやら魔法使い外部でも末端を中心に徐々に広がっているらしい。憂慮すべき事態である。


「……ラウラ先輩自身のお考えを伺っても?」


「ハウトクヴェレの代表としての立場か? ……そうだな、愚かだとは思うさ。現状の不満を『上』にぶつけることで棚上げにして現実逃避をするだけのことでしかないだろう、あれは?

 彼らが『奸臣』だと言うものを殺して、『革新』なるものを成し遂げたとして。それで現状を悪化こそさせども、好転はしないだろうがな」


 これは、ラウラ先輩的には過激派組織の主張であったり魔法青少年学院での思想について無意味なものであると捉えている、ということなのだろうか。

 しかし先輩はそのまま言葉を続ける。


「……ま、それは現状維持が正しい選択であるとか、そういうわけでもないとは思うが。2つ用意された選択肢のそのどちらもが正しくない、なんてことは往々にしてあるわけだろ?

 少なくとも私に分かるのは、『正しい選択』なるものを標榜し自己主張しているものは基本的には誤りであることくらいか」


 現状維持と現状打破という単純な二項対立で今あるものを捉えてはいけないということなのかな。選択肢として浮上してきたものが正しくないなんてことは確かに有り得る、というかオーディリア先輩と生徒会選挙で戦ったときなんて、何を選んでも良手にはなり得ないなんてことはざらにあった。

 で、まあ正しい選択をすれば自ずと評価されるから、そうした正しいものは沈黙を保っていたとしても必ず後から正当に扱われる、と言うほどラウラ先輩が性善的に考えているわけではないだろう。


 というか根本的に『正しさ』とは何か、という価値基準そのものが人それぞれなのだから、相手が本当に正しいと考えていて悪意などなく本当にためになると思って伝えた内容が自分にとってもそうなのかは吟味する必要がある。


 分かりやすく明瞭な話とは、それだけ情報が欠落している証左でもある。少なくとも私が過激派の主張の1つである『奸臣誅殺』という内容に全く同意できないのは、道徳的に人を殺すことで事態を打開しようという発想そのものもそうであるが、それ以上に事態を好転させることのできる根拠が何も示されていない点なのだ。……いや、まあだからといってそれを示されても困るけれども。


「ヴェレナ、お前の問いに対する答えはこれで十分か?」


「あっ、はい。そうですね」


「なら話を戻すぞ。ドラスタンがそういった過激派の思想に染まりかねないというお前の懸念は理解した。早期に上層部と関わりを持たせる……というかヴェレナに再度引き合わせることで、あわよくば自身の手駒にしたいという私欲も透けて見えてはいるが……まあ、それくらいは愛嬌か。

 で、だ。……1つ条件がある」


「聞きましょう」


 こういう場では即答する方が言葉を引き出しやすいと経験則的に理解しているが故にほぼ反射で声を挙げたが、ラウラ先輩の状況理解能力が優れていることに内心驚く。

 となると、どんな条件を出すのか不安になってくる。


 しかし、彼女の口から出たのは想定外の言葉であった。


「……ドラスタンにはオーディリアと交流があることを秘匿しろ」



「……はい?」




 *


「あの……隠すことは可能だと、思います。……けれど、理由が分かりません」


 オーガンさんがオーディリア先輩と面識があるとは到底思えない。だから怨嗟の線は薄いと思われるが、では何らかの偏見を持たれているのだろうか。

 うーん、会ったこともない人間から悪しく言われるようなことをオーディリア先輩はしているのか?


 ……ちょっと、ありそうだなって思ってしまった。


 気持ちを切り替えて、ラウラ先輩の言葉に傾注する。



「……ドラスタン。あいつにとっての『魔法使い』とは、ウチの父のことと同義だからなあ。オーディリアのような輩をあいつが受け入れられるかは別問題だ」


 ラウラ先輩の父親……というと、森の民国家統一前は傭兵で叩き上げで魔法使いに成り上がった人物であった。

 で、隣国の『街道の民』で治安維持業務を行っている最中に、魔物の襲撃で死亡したことまでは既に伝え聞いている。


 それを『魔法使い』像として幼少期より定着しているとなれば、確かにオーディリア先輩のことを魔法使いと認められないかもしれない。

 しかし1つ疑問がある。オーディリア先輩が駄目であるならば、基本的には先輩の路線を踏襲する私もまた同じ穴の狢ではないのか。


「……でも、そうであるならば。私のことも……」


「いや。オーディリアは正しすぎるからな。あいつはどんな状況でも正しい(・・・)判断ができる。……例え目の前で助けを求められても、見捨てることができるやつだしな。

 まあ、だからこそウチはあいつを強いと思っているし、信頼は出来る。友人として付き合うのであれば、別に決してそういうところは嫌いではないが……。

 ……信用できるかどうかは、また別問題というわけさ」


 ラウラ先輩にとっての私とオーディリア先輩との違い。

 それは、正しさの核の違い。オーディリア先輩はどんな状況下にあっても正しい選択できる……というか、状況によって判断がぶれないとでも言えば良いのだろうか。

 だからこそ、救われる人間と見捨てる人間の選別ができる。大多数の人間はそこまで徹頭徹尾冷静に、そして冷酷に、理性的で居続けるというのはできないだろう。

 それは明確に、オーディリア先輩の長所であり、そういうぶれない部分をラウラ先輩も信頼している。


 だが。それはラウラ先輩にとって、常に警戒対象でもあり続けるということ。

 ラウラ先輩は私達と故郷・ハウトクヴェレの二者択一を迫られたら後者を選ぶことを私に対して明言している。

 裏切らざるを得ない状況を想定しているからこそ、逆に自身が裏切られることも想定した場合、最も危険性が高いのは誰か、と言えば近しい者の中ではオーディリア先輩という結論を出しているのだ。だからこそ、オーディリア先輩の強さを信頼できても、信用することができない。


 そして、ゆくゆく敵対する可能性がある以上は、あまり自身に近しい人間にオーディリア先輩を紹介したくないということで繋がるのだろう。

 関係値がゼロの状態で敵に回られた場合よりも、ある程度関係を築き上げてきてからの方が堪えるからだ。かといって、常に裏切られることを念頭に置いたうえで付き合えというのもそれはそれで酷な話ともいえる。

 そうした細かい機敏についてはラウラ先輩が抱え込むことを決めているのだろう。となれば、それはハウトクヴェレの方針ということになるので、私から口を挟めることはない。


 でも、確信したことが1つだけ。

 私が『世界繊維危機』のことを知ったときに、もしかすると防ぐことができたかもしれない手段を講じなかったこと、それをラウラ先輩は知らない。まあそりゃ知る由もない話ではあるのだけれども、さ。


 果たして、私はラウラ先輩にとって。本当に信用・・するに足り得る人物であるのか。その不安は確かに私の中によぎったが、しかし先輩に対して問いかけることができなかった。


 ――何故なら、余計な口を挟まなければ、オーガンさんをお借りすることのできる話の流れで、そのような問いかけをすることでラウラ先輩に疑心を抱かせないため……という至極打算的な理由で、私は質問を取捨選択していたためである。




 *


「お久しぶり……と言いますか、よく僕のこと覚えていましたね。お嬢……じゃ、まずいのでしたっけ、えっとワルデブルグ先輩から話を伺って僕も始めて先輩のことを思い出したのですから」


 ラルゴフィーラ旅行後に、ラウラ先輩の故郷であるハウトクヴェレに行ったのは、確か魔法青少年学院1年のときだったはずだから、あれから4年か。

 今はオーガンさんの方が魔法青少年学院1年生なのだから、確かに随分と時間が経過したようにも思える。


「まあ、私の前なら別にラウラ先輩のことをお嬢と呼んでもいいけれどもね。

 でも……確かに、ここじゃまずいかもねえ」


 目と鼻の先にあるのはおとぎ話の洋館を想起させるかのような建物。魔法使い組織が所有するところの迎賓館――魔法会館である。

 お互い正装であるところの制服を着ている。まあ軍服とデザイン一緒なんだけれども。そしてオーガンさんは帯剣していた。


「あの……その剣って持ち込めるの?」


 そう言うと、オーガンさんは困り顔をしつつも答える。


「お嬢……いや、ワルデブルグ先輩が許可はもぎ取ると言っていましたが……。やっぱり、これが無いと落ち着かないと言いますか。一応、今日は護衛として僕を指名してくれたと伺っていたので。徒手空拳では出来ることが限られてしまいますし」


 いや、素手でも出来ることあるんかい、と思わず突っ込みそうになるがそれは自重する。どこか独特の雰囲気のあるオーガンさんであるが、年相応に緊張している様子も見て取れる。けれど、護衛のことだけ口に出すということは、どこまで今回の私の事情を把握しているのか、あるいはラウラ先輩はどこまで話したのか、その辺りの共有はしておくべきだと思い、こう口に出した。


「……で、今日のことは、ラウラ先輩からどれくらい聞いているかな、オーガンさん?」


「えっと、僕がより伺っているのは、魔法使いの偉い人に会うから……そのフリサスフィス先輩のことを守るように突っ立っていればそれで良い、ということくらいですか。

 後は、社交の作法とかは今更どうこうするのは無理だから、フリサスフィス先輩に丸投げして良いとも、言われてきました」


 何というかラウラ先輩らしいが、ほとんど丸投げじゃないか。この感じだと、片翼党やらの裏背景関連はほとんど何も伝わっていない。まあ、私もラウラ先輩に対して情報を絞って伝達しているからお互い様ではあるのだが。


 となると、件の総務部長の対談のときは、話を聞かれないようにした方がいいかもしれないが……。ふむ、そうだ。


「……まあ、向こうも私達がこういう場に慣れているわけではないことは知っていますしね。作法なりは気にしないでも問題ないはず。

 あ、それとその剣。折角だからパーティのときに何か手合わせみたいなことってやれるか聞いても良いかな? ああ、でも手合わせだと相手の手配も必要か……」


「一応、そういうことなら剣舞がありますが。……ただ、僕は型が実践的なものなので、どうにも剣舞は苦手なのですよね。形式ばったものはちょっと馴染めなくて」


 この手の技術を修めた人間の『苦手』という言葉が、『出来ない』ことを示しているわけではないことを私は知っている。ただ無理強いするつもりもないけれど、剣舞……剣を用いた踊りの一種なのだろうが、それを見せてくれれば私もその間に総務部長への接触を行うことが出来そうなので、出来ればやってくれると助かる。

 あと、見たことないものに対しての単純な好奇心も沸いてきた。


「強制するつもりは無いし、絶対にやってくれないと困るというものでもないのだけれども……。でもオーガンさんの剣舞はちょっと気になるのよね?」


 我ながら少しずるい言い方だなあと自覚しつつ、これが拒絶の選択肢を狭めていることを理解しながら放った言葉に、オーガンさんは困った顔を見せながら、逡巡しつつも頷いたのである。



 剣の手続きも然りとされていたようで、簡単な確認の後に会場へと入ると、バイキング形式で料理が並べられているのが真っ先に目に入った。

 そして、これは予想と異なったが私達と同世代かと思われる子供の姿もちらほらと。それでもやはり大多数は大人ではあったが、これは一応私達が浮かないようにと配慮したものなのだろうか。

 まあ、私以外に女性で魔法使いの制服を着ている人物が居ないことから察するに、女性側はほとんどパートナーとしてやってきた人物なのであろう。


 また催し自体の目的は開会の挨拶のタイミングで話されたが『春の訪れを皆様と祝う』だとか何とかで、本当に名目上の理由であった。私と総務部長の対談だけのために仕組まれたパーティなのか、あるいはそれ以外にも私の与り知らぬ意義があるのかは判別できなかったが、まあどの道、私が今日対応すべきことは自明だから現状気にせずとも良いだろう。


 そして、剣舞の件を会場の人に伝えたら、支配人みたいな黒いスーツの人が出てきて、快く対応してくれた。


 ――というわけで。そのオーガンさんによる剣舞の時間である。


 オーガンさんは特に曲などは不要と言って、静寂に包まれた会場で、用意されたスペースで剣を振るう。

 その目は真剣そのものであると同時に、太刀筋は素人目に見ても尚、鋭い。とても中学生が振るう剣とは思えない程に。


 魔法教育における護身術程度の知識しかない私が見ても、それだけ圧巻されるということは、周囲の魔法使いらからは一目置かれるものであったことは確かであろう。その場の空気を掌握したところから見るに、余興としてのレベルは超えていたとみていい。


 すると、1人の男性が私に声を掛けてきた。


「……彼の剣。ひどく暴力的だが、剣の本質を示しているとも言える。

 成程、剣の道には在らざるが、剣の在り方はこちらのが正しいと言えるであろう」


 それは内容は独り言のように思えたが、明らかに私に聞こえる声量であったために、言葉を返す。


「……フルドウィグ・ノーマン総務部長でいらっしゃいますね?」


「ああ……ヴェレナ・フリサスフィス君。……20分後、会場を彼とともに抜け出して、ここの職員に私の名を伝えてくれ。

 ……家内とともに待っているよ」



 さて。ここからが本番だ。



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