prologue-2
ローザさんから言われたことは、ある意味では私達女性魔法使いが片翼党から警戒されていることの証左であった。
そして、同時に時と場合によってはローザさんは、私達の敵になり得るかもしれないということだ。
似たような話を私は一度、ラウラ先輩からされている。無論状況は大きく異なるが。ラウラ先輩にとっては彼女自身の故郷である皮革産業の街・ハウトクヴェレを守ることを第一としていて、下手に魔法使い内部で権力を持ってしまえばそこを突かれる可能性があるから、政治的な事情からは距離を置いていた。
ローザさんの場合も、片翼党を第一にしているという点では同一であるが、一方で彼女の場合は片翼党そのものが魔法使い内部での有力な派閥であるために、権力闘争から距離を置くというのは難しい。
しかし、懸念を私に伝えてきたということは、それだけ私との関係を即座に壊すことも躊躇しているということでもあり、片翼党がローザさんの中では第一ではあれど、決して無視できない存在へと昇格していることは素直に嬉しいという思いもある。……まあ、同居人とぎくしゃくした関係になりたくないだけ、と言えばそうなのかもしれないけれど。
それでもローザさんは片翼党上層部に話を通せないとは言わなかった。
そして、現段階で片翼党との関係が破綻する可能性は極めて低い。何故ならオーディリア先輩の動きによって王子陣営かのように外部から見られている女性魔法使いから私を切り崩そうと仕掛けを作ったのは他ならぬ片翼党側からであり、私はそれを受けての直接交渉の糸口を模索しているだけなのだから。
将来的なことを考えれば、片翼党との対立可能性はあり得るのでリスクがあることには違いないのだが、でも未来の話をするのであれば、アルヌルフさんを野放しにすることもそれはそれで危険なことだと思う。
というわけで、ローザさんには取次を頼み、数日経過したら私に対して手紙で返信が来た。
「……あ、あのヴェレナさん。
私から伝えたら……思ったよりも、大ごとになっちゃって。フルドウィグ・ノーマン様が直々にヴェレナさんに会いたいって言いだして、こんなことに……」
フルドウィグ・ノーマン。レーヴンヴァルトの片翼党の次期棟梁候補にして、魔法教育機関を治める魔法教育総括部の総務部長。片翼党上層部が本件に関わっていることは重々理解していたが、まさか考え得る限りで最も大物が出てくるとは。
しかも、わざわざ手紙として来たものを開けばその中身は招待状。私達が対面する場所として、魔法爵育成学院の隣町たるキレントレッペにある魔法使いの所有する迎賓館――魔法会館が指定された。
私には馴染みのない場所であるが、端的に言ってしまえば上位魔法爵位持ちやエリート組のサロンとも呼ぶべき場所である。
ただし、サロンと一口に言っても親睦を深めたり、社交場としての側面だけではなくて、魔法や魔法使いの軍事分野に関する学術研究や論文発表の場でもあり、更には私達の着る制服などの製作・販売まで行う企業と言っても差し支えない規模のものだ。
あるいは、こう言った方がより端的で的確な表現かもしれない。
――魔法ギルド。
郵便局に旧ギルド施設が転用されていたように、この世界はそうしたファンタジー施設の名残のようなものが随所に残されている。冒険者ギルドの護衛任務や配達任務が郵便局へと変化し、魔物退治などの依頼は魔法使いや錬金術師の軍事組織に移管され、『経済産業連盟』という大商会の意見調整組織は言ってしまえばかつての商人ギルドのようなものと呼べるであろう。
区分としては『財団法人』に分けられるものの、国賓すら呼ぶことのできるそれは、まず間違いなく総務部長が指定した対面が政治的案件であることを示しているのである。
「――それで、ヴェレナさん。どうするのですか? ……参加はするのですよね?」
何やら意味深なことを告げるローザさん。そこに選択肢は無いだろうに。
「えっ、うん。そうだけど……何かあるの?」
「魔法会館でのパーティに誘われた……ということは、同伴者を連れて行く必要があるけれど……大丈夫なのですか? 別に恋愛的な相手ではなくても良いですけれど、女性の場合ですと家族か自身の派閥関係者の男性の同伴が慣例であったと……」
――えっ、何それ聞いていない。
*
ローザさんと別れた後にパートナーとして誰を誘えば良いのかを考えると、これがだんだんと片翼党側の仕掛けた計略であることが分かってきた。
パートナー選択という意味ではお父さんが一番無難であれど、政治的事情を考えると逆に一番危険となる。何せ、お父さんが『学閥』と『旧来の魔法使い』の連携によって左遷された魔法使いであり、既存体制の打破を目指す片翼党にとっては格好の神輿となってしまいかねない。正直、私自身よりも遥かに表に出してはいけないカードがお父さんなのである。
では、別の人物はどうかと言われると、これも中々に選出が難しい。派閥という意味合いで言えばオーディリア先輩の働きによって王子の取り巻きのように思われている。だが、王子を片翼党に不用意に近付ければ近衛兵からの不興は免れない。……そもそも王子を誘って来るのかという話でもあるのだが。次点で王子に近侍する侯爵子息のコロバート・ルーウィンさん。同級生でもあり王子関係者という意味では適任と言えば適任だし家格もある。
しかし、彼には許嫁が居る。貴族家同士の婚約事情に真っ向から首を突っ込みかねない以上、それは慎重にした方が良い。
……となると本格的に人が居なくなってくる。クラスメイトやオーディリア先輩の人脈から適当な人選をしても構わないが、それはそれで『私の恋愛パートナー』という誤認を誘発する恐れがあるので、あまり積極的には取りたくない。……一度、ルーウィンさんに対して片思いを偽装して情報を引き出そうとしたことをオーディリア先輩に咎められていることもあった。政治的な駆け引きに恋愛を巻き込むと思わぬしっぺ返しを喰らうかもしれないということなのだろう。
というか、そもそも私って男性の知り合いが本気で少ない。つい最近知り合った3学年下のアルヌルフさんなんかはもうここで誘ったら本末転倒だし、そんな関係性でも無いし。
政治的に影響力が少ないか自派閥と思われている人物で、恋愛的なパートナーとして引っ張られない人、そんな条件に合うのなんて……あっ。
かつて私の監視役を行っていたオートバガール魔法準男爵! 彼ならそれなりに年上だし魔法使い関係者、それに前任の魔法大臣に類する人物で適任だ。でも連絡先が分からない……でも、オーディリア先輩なら知っているはず。
となれば。安心と信頼のオーディリア先輩ヘルプの時間である。
*
「ええ……確かにオートバガール魔法準男爵の連絡先は知っておりますが。
ただ、魔法会館での立会と来ましたか……」
「……何か問題がありそうですね」
オートバガール魔法準男爵であれば、ラルゴフィーラ旅行のときから私の危機に対して何度か助言を頂いていたし、吟遊詩人面会のときには正式に護衛も務めている。そうした意味も含めての選出であったが、オーディリア先輩の歯切れはあまり良くない。
「……確か、かの魔法準男爵は未婚なんですよね」
「ああ……」
年齢で言えば相当離れていたので大丈夫かとも思ったが、先輩が懸念事項として挙げる以上は、それくらいの年の差というのはこの世界においてはあり得ることなのだろう。というかむしろ懸念は私の方か。この世界における女性の結婚適齢期の兼ね合いも考えねばなるまい。義務教育が小学校のみであり、中学校ですら進学する人間が稀ともなれば、高校生くらいの年齢がそもそも結婚に適した年齢という考え方があってもおかしくない。
いや、私の感覚から言えば相当早いけれども。それに私の周囲って基本的に女子の類は相当なエリート層ばかりだから、一概にそうした世間一般の観念的な部分と一致しないこともままある。
「ただ……着眼点は良いかと思います。肝心なのは脅しや賄賂などで容易に崩されない人物であることですね。オートバガール魔法準男爵のように確たる派閥に属し、ヴェレナさん自身かあなたに味方する勢力を確実に裏切らない方を用意する必要があります。
ですが……その条件だと最適任がヴェレナさんのお父様であるフリサスフィスさんに……」
やはりオーディリア先輩視点でも真っ先に出てくるのは私のお父さんか。そりゃあ、少なくとも私のことを裏切ることはないという部分は確約できるからな。権力に靡くことはまず全くもってあり得ず、かつ私が転生者であることを暴露しても変わらず親としての愛情を注ぎ込んでくれたお父さんであるからこそ、余程のことが起きぬ限りは私を切り捨てるような行動を取ることは想像すらできない。
利益や打算度外視で向き合える人物というのは、やはり家族ということになってしまう。それが喩え、魔法使いの権力争いというファクターにおいては諸刃の剣であると理解していても。
だが脅しや賄賂で崩されない、か。更に条件が厳しくなった。脅しに屈しないということは、少なくとも正規の軍人に対してまともに渡り合えるだけの確たる武力を持つ人物ではなくてはならないし、権力構造に対して片翼党よりも上位に立つ存在か、あるいは権力にすり寄らない人物ではなくてはならない。この際、どうせ件の総務部長と渡り合うのは私なのだから、交渉能力やサポート能力のある人選はしないでも良い……というかそこまで要求出来る程の余裕が無い。
となると。
「……あるいは。逆に考えた方が良いのではないでしょうか」
「ヴェレナさん。何か浮かんだようですね」
「腕っぷしさえ確かで、魔法使いを志す人物であれば。むしろ若年の人物の方が適任なのでは?」
「……それはありかもしれません。直情的な人物を選ぶことで切り崩しを封殺するというのは案外悪くない策かもしれないです。
勿論、恋愛関係の勘違いを産み出さないかどうにかできるという前提の下で、ですが」
一応オーディリア先輩のお墨付きが入る。
そしてその私の判断の是非について問おうと先輩に献策を行おうとした段階で、彼女は口を開いて続けて話す。
「……いえ。この件はヴェレナさんに一任いたします。無論、事の正否を高めるだけでなら私が今この場で話を伺った方が良いのかもしれないですが……。
今後も逐一ヴェレナさんのやること為すことに口が出せるとは限りませんので。あなたのことを私の指示が無ければ動けない駒にはしたくありませんし。
それに片翼党との繋がりを作ること自体は大事なことですが、かといってこれに失敗したとしても、それは取り返しのつかない失敗となることはないでしょう」
オーディリア先輩が私のことを育成しようとしている節があるのは前々から承知していたが、一切話を聞かずに任せるという言葉が出たのは流石に初めてである。
そして魔法青少年学院での出来事を先輩に報告したときと言っていることが少し異なっている。あの時は片翼党との交渉の一元化は危険度が高いと言っていたが、今は失敗してもそれが致命的なものにならないと言っている。
「……オーディリア先輩」
先輩はこれだけで私の言わんとすることを察した。
「――あの後、ふと野外演習のことを思い出しまして考え直すことがありました。ヴェレナさん。あなたは失敗をどうも恐れすぎている。
何かに焦っている節は出会った当初からずっと感じておりましたが、ここ最近は特にそれが顕著だと見受けられます。
そして、片翼党と私達は教育制度改革で衝突しているのは事実です。……ですが、大事なことを伝え忘れていました」
「大事なこと、ですか……?」
「ええ。これだけ向こうが計略を練ってくることが何よりの証左だとは思いますが。片翼党上層部は常にあなたとの関係の落としどころを探っております。色々な考え方に触れたことでヴェレナさんも迷いが生じていることは理解しますが、根本的に。
片翼党もまた私達魔法使いの一員であり。
――断じて、我々の敵ではありません。
利害や構想で衝突しようとも。それは方向性の違いであり、『派閥』としての在り方が異なるに過ぎないのですよ。
『アプランツァイト学園の卒業生』として。常にどのような相手とも対話の糸口があることを忘れてはなりません」
「……はい。肝に銘じておきます」
*
「――というわけで、ご助力をお願いできませんか? ……ラウラ先輩?」
「……あのなあ。ウチの故郷・ハウトクヴェレまでわざわざ連れて行って伝えたことを忘れたのか、ヴェレナ?
そういう厄介事に巻き込まれるのが御免だと言ったはずだよな?」
「ええ……ですから。ラウラ先輩本人ではなく。
――ドラスタン・オーガンさんを魔法会館での片翼党との会談にパートナーとしてお借りできれば、と。
……彼。今年、魔法爵育成学院に入学しておりますよね?」
「……あれ、ヴェレナってドラスタンと面識が、ってアンセルム爺の飯屋で引き合わせていたっけか。確かに剣の腕はあるから護衛としては申し分は無いが……。
……どうせ、ヴェレナ。オーディリアの薫陶を受けているお前のことだ。それだけじゃ無いんだろ?」
ドラスタン・オーガン。ラウラ先輩の故郷で出会った、先輩の影響を受けて魔法使いを目指す男の子。その彼は、今ちょうど中学1年生。
試しに誘導してみれば、話の流れから彼がちゃんと魔法青少年学院に入学したようであることが分かる。
「……ええ。ラウラ先輩が派閥抗争から距離を置く、というのは分かっております。
ですが、魔法青少年学院の状況は……それをオーガンさんに許すような情勢でしょうか?」




