prologue-1
1つ学年が上がり、私は魔法爵育成学院2年となった。先輩方も1つ上がって最終学年。
予想はしていたけれどもこの年、女子生徒が新たに入ってくることは無かった。
そのことについてローザさんが一言。
「ラルゴフィーラの魔法青少年学院では1学年下の方は居たはずですが……、王都まで来なくても分校はありますしそちらに進学したのかもしれませんね」
やはり何らかの政治的作為を感じずには居られないものの、とはいえ入って来ないものは致し方がない。
それよりも私にとっては優先すべきことがあった。オーディリア先輩は果たして、ガルフィンガング魔法青少年学院の現状を把握しているのか、そして把握しているのであればどのように考えているのかである。
一応、オーディリア先輩の紐付きであるとされるハーデワイズさんは居た。しかし、彼女はどうも懸念が残る人選であった。基本的には私達の方針やアロディアさんに忠実であると同時に、誠実であり好感の持てる人物であったことには違いないのだが、同時に吟遊詩人の薫陶を受けたアルヌルフさん側にも同情的な人物であった。故に過激派よりの思想に迎合しかねない危うさがある。それをオーディリア先輩は認識しているのか。
また、ベレンガリアさんの対人戦争思想については把握しているのか。ここの摺り合わせは正直必須であると私も感じたために、オーディリア先輩と2人で話す機会を設けて、それらを問い正した。
「……あのクラスが革新主義的に傾斜していること、そして『世界繊維危機』を期に迎合者が増大していることは把握しております。ですが、正直打ち手に欠けていたのも事実です」
「何というか、オーディリア先輩らしくないのでは? いつもの先輩であれば、もう少し鮮やかに策略に嵌めて解決する印象でしたが」
そう問うと、溜め息混じりでこう返された。
「……流石に私にも想定できる事態と、そうでない事態はありますわ」
オーディリア先輩は指を折り数えながら、私に対して現在先輩の抱える問題点を教えてもらう。
「まず1つ。ヴェレナさんの目も届かなくなる5学年下が私達にとっての弱点になりかねないことは理解しておりましたが、これ以上アプランツァイト学園の人間を固めてしまうとまずいのですよ」
言われてはじめて気付くその欠陥点。女性魔法使いの嚆矢となった初年度先輩組の中で政治的な中核を担うこととなるのはオーディリア先輩で疑いようがない。
そしてその路線を継承する場合、次は私になるはず。ローザさんだと片翼党側の影響力が強すぎる。
で、私達の1つ年下は誰も入って来ない。2個下は現状アロディアさんが単独で差配しているとなると、私の後継指名はまずアロディアさんへと向く。
……そう。女性魔法使いの中核をずっとアプランツァイト学園の系譜が担い続けることとなる。
ここに、ベレンガリアさんやハーデワイズさんの代にもしアプランツァイト学園から先輩の手足となる人物をもじ送り込もうならば、他の女性魔法使いが次のような疑念を抱きかねない。何だ、ここはアプランツァイト学園生徒ではないと出世できないのか、と。
現状ですら、それが危険水域であるため先輩はそこに自身の手駒としてアプランツァイト学園生を入れるのを避けたということだ。
「2つ目。もし仮にアプランツァイト学園生を入れることが出来たとしてもですね。5学年下ですよ? 私が初等科6年のときに初等科2年な訳ですから……」
そして地味にボディーブローとして効いてくるのが、オーディリア先輩は実は子供嫌いであったという事実。ラルゴフィーラ旅行時に奉仕活動の一件で発覚したことであったが、理屈で動かない人間……とりわけ子供を苦手とする。まあ、それでも笑顔を貼り付けながら表面上は全く苦手な素振りを見せずに接するのだから流石と言えば流石なのだが、実はオーディリア先輩の弱点は年下に対する派閥影響力が上の学年程にはずば抜けていないということに今、気付かされた。
……よく考えてみれば、生徒会選挙での立会演説会にて初等科児童会の代表生徒に消極支持はされていたものの、学園外から口出しされるのをやんわりと否定する文面が混ざっていた。
そうした苦手意識があるからこそ幼少期の頃から接してきた人物ではなくある程度成長してから接触を図ったのだろうな、という推察も出来てしまう。今までは下の世代が大事になることもなかったので問題にならなかった。しかし、これからはそうではない。
とはいえ如何に広範な人間関係を形成出来ていると言っても、年で数人しか入らない王都にて女性魔法使いになる人材を見出だすのは随分と骨の折れる作業である。先輩はそれを更に人材に指定条件が付加された縛りプレイのような状態でハーデワイズさんを見つけたと考えれば、やはり異常であるには違いないのだ。
「3つ目。……私にとっても『世界繊維危機』は寝耳に水の出来事でした。無論ルシアさんが繊維産業の展望を憂いていた現状は初等科時代より理解しておりましたが、その時期の把握はルシアさん程早くなかったのですよ」
まあ私程ギリギリまで情報封鎖の影響が及んでいたわけではないだろうが、一方である程度ルシアの秘匿はオーディリア先輩に対して有効であったのだろう。
ルシアはこの危機的事態への目算を2年前の段階で看破していた。その時点ではいつ暴発するかまでは読めてはいなかっただろうが、決定的となる技術革新のニュースはルシアはしっかりと掴むことが出来ていた。そして、その先輩の言葉を信用するのであれば、繊維に関する経済的な読みについてはルシアの方が上回っていたことを意味する。
ここで地力の差がどうしても出てしまう。オーディリア先輩の最大の強みは、コネクションの横断性。専門特化された場合には情報収集で負けることもあり得るのだ。とはいえ、経済状況を把握した後は、それを生徒会選挙の策略に組み込む工夫を魅せている辺り只者ではないのは確かなんだけれども。
「4つ目。そもそも私にとっての主戦場は連絡会議なのです。教育改革の主導権を片翼党側に完全に明け渡すことなく、緩やかで漸進的な改革へと王子殿下と共に軌道修正するのが目的なのですから。正直、状況が悪化していることは認識しては居ますが、過激派の伸張というのは所詮相手の搦め手なのですよ。そこに対応力を割くことで正面突破を狙っているのは一目瞭然でしたから」
これについては大分先輩らしさのある考えだ。先の危機に備えることは大事ではあるが、オーディリア先輩とアマルリック王子は現在進行形で教育制度の改革に賛同しながらその流れを制御するという難しい役どころをこなしていて、かつここを負けたら次世代の継承どころではない話にもなりかねないので必然的にそれ以外の優先順位が下がっているというのは理解できる。
ただし反面これは非常に由々しき問題だ。
「……ですが、それってオーディリア先輩」
「――ええ。私の対応能力を超えつつあります。やはり手数が全く違いますからね。せめて私も省庁の所属になっていれば色々とやり方はありましたが、如何せんまだ何も権限のない学生――候補生ですからね。
女性魔法使いであることの利点を最大限に活かすのには何もかもが足りません」
組織と一学生では流石に人的リソースが違いすぎる。そこを弁えて最低限抑えねばならぬところだけに注力できるオーディリア先輩はやはり傑物であるのは間違いない。なのだが、王子という切り札を抱えているオーディリア先輩というおよそチート染みたコンビであっても、劣勢になる程に組織の力というものは強大なのである。
「だからこそ、ヴェレナさんの示した片翼党との接触と交渉軸の一元化……。確かに危険度は高いですが、極めて個人的な立場から言えば……正直、助かります。
そこにガーヒルドさんを絡めるという手腕も良いですね」
……何というかオーディリア先輩の弱音というか、私に対して助力を求めてくる事態というのは今までに無かったのではないかと思う。それを若干嬉しく思う反面、先輩で手をこまねく事態に私が本当に対処できるのかという不安が大きくなった。
となると、オーディリア先輩には悪いのだけれども、この指摘をせざるを得ない。
「……それなら。ソーディスさんを国外へ見聞に旅立たせたのは悪手だったのではないでしょうか。アプランツァイト学園高等科をソーディスさんが掌握して間接援護して頂いた方がまだ何とかなったような……」
これに対する反論は早かった。
「確かに私達の手駒だけを見ればヴェレナさんのおっしゃる通りだとは思いますよ。ですが、あの時点で近衛兵一派と片翼党の水面下における交渉も確認できました。……片翼党の当代棟梁は王子殿下の教育係でしたから、その関係で近衛にも一部顔が利くようです。
だからヴェレナさんの構想のように王子殿下と私達の線にソーディスさんも絡めてしまうと、近衛兵と片翼党の連携を強めてしまう危険性があり、それは殿下の行動の阻害になる恐れもありました」
あの生徒会選挙からもう半年は経つから、先輩も私に対して裏事情を次々と解禁してくれる。私も私で最近は大分綱渡りな感覚であったけれども、もしかしたら盤石かに見えたオーディリア先輩も相当細い線を何とか手繰り寄せるように数々の策略をこなしてきたということなのかな。
「あ、あと。ハーデワイズさんの同級生であるベレンガリアさんの殲滅戦志向なのですが。そちらはすみません。以前ガーヒルドさんに伺った以上のことは私の方では調べきれていませんでした。
だからヴェレナさんに動いてもらって助かりました……けれど、聞く限り現状即座に事態が動くものでもないのでこれも静観でしょうかね」
「個人的には、ベレンガリアさんにあのクラスの統括をお願いできれば最上だとは思っているのですが……」
「能力は分かりかねますが、本人の意思がそうでない以上はやめておいた方が無難だとは思いますよ」
「ですよね……」
ここは一般論で諭される私。
アロディアさんがかつてベレンガリアさんのことを天才、と称したこともあるが、癖もタイプもまるで違うがソーディスさんのようなワイルドカードとしてベレンガリアさんは動くのではないかと私は見ている。ちなみに私にとっての切り札的存在はオーディリア先輩。まあ割と安易に切り札を切りまくっているが。
そんなワイルドカードを上手く動かせれば事態は大きく改善に向かう気はする。何せ、彼女自身は政治的な動きに無縁で無関心であるからこそ、革新主義的な思想に迎合する恐れは少ない。が、ベレンガリアさんには残念ながらその意思はない。
「まあ、将来のことはさておいても。まずはヴェレナさんの動きは、ローザさんへの相談になるのではないでしょうか? ……結局はヴェレナさんの考え通りになるのであまり助けにならなかったかもしれませんね」
いやいやいや! 現状の認識について共有できたのと、情報の整理と統合、優先付けを再確認できたのは大分大きいですから!
*
その足で自室へと向かう私。その理由は勿論ローザさんに対して話を持ちかけるためだ。
しかしオーディリア先輩と異なり、ローザさんは色々と前提になる情報を有していない。中央校と地方校の格差問題は把握していたが儀仗組改称までおそらく認識していないだろうし、水族館機関紙の一件も結局ローザさんは当事者でありながら蚊帳の外、生徒会選挙関連など言うに及ばずである。
だからこそ話すことができる部分を抽出すると、『片翼党に協力する生徒が私との交渉ルートを持とうとしていたので、片翼党とダイレクトに繋がるローザさんの力を借りたい』というかそんなところだろうか。
幸い部屋にローザさんが居たので、そのまま話を振る。
彼女は私の片鱗を水族館のときに既に見ていると評価しているので、時ここに至って学生が何を言っているのか、のようなことを言い出したりはしなかった。
「成程、用件は分かりました。いや、ヴェレナさんの真意がわかったわけではありませんが、とりあえず私には連絡係の役割を求めていることは理解できました。
一応、党の上層部に話を通すことなら……まあ私にも出来るかと思いますが……」
どうにも歯切れが悪い。
「……どうかしたの、ローザさん?」
「……いえ。こういう事態になることは私も全く想定していなかったわけではないのです。しかし実際に言わなければならないとなると、正直気乗りは致しませんね……。
ですが、ヴェレナさん。話を通すにあたって、1つだけ私からお伝えしなければならないことがあります」
何を言われるのか全く想定は出来ていないが、ローザさんの真剣な表情からそれが只事ではないことは読み取れた。
「……聞こうか」
「私はヴェレナさんのことを友人だと思っていますが、前にもお伝えした通り『片翼党』は――家族にも等しき存在なのです。
ヴェレナさんが求めているものがおそらく政治的な要求に繋がる以上、利害が一致する限りは今まで通りの関係を続けることが出来ますが、万が一対立に至った場合……私は家族を優先いたしますので、そのことはお忘れなきようにお願いしますね」




