8-16
「――ここでは話しにくい内容ですので、場所を変えて話しません?」
「……あまり人に聞かれたくないということでしょうか? 承知しました。では、女子寄宿舎で伺いましょう」
とりあえず咄嗟のことで、この場に居る生徒に聞かせる事態は防ぐことと僅かではあるけれども考える時間の確保をこなせたのは我ながら良い判断だったと思う。
ほとんど鎮静化しているこの魔法青少年学院1年のクラスの事態収拾はアロディアさんとハーデワイズさんに任せて、私は半ばベレンガリアさんに連行される形で去年まで3年間生活を共にしてきた女子寄宿舎へととんぼ返りする。
嬉しそうな表情を隠そうともしないベレンガリアさんに対して、表情に出さないように極力努めているが私の内心はどんよりと重い。
『二段階制空論』――確かにそれは私がこの学院で卒業研究として提出したものだ。その内容はかいつまめば、飛竜が投入できる低空域と航空機が必要な高空域に空を分割し、それぞれの制空権掌握を目指すというもの。しかし飛竜兵の拡大が容易でない以上、航空機の担当領域を拡大していく必要があるが、従来の魔力航空機では高魔力保有者というリソースが飛竜兵と競合するので、前世世界で一般的であったガソリン燃料の航空機開発を行い、魔力に縛られない航空戦力の拡充を図るというもの。
それが、このベレンガリアさんにとってみれば『人間同士の殲滅戦争』を想定したものであると。
――まあ、前世知識ありきの結果論で結び付けるのであればこれは分からない話でもない。ガソリン燃料の航空機という代物は、前世における2度の世界大戦に大きく関わりのあるものであるくらいのことは私も知っている。殲滅戦争なる彼女の掲げる概念と世界大戦を同一視してよいものなのかは一考の余地はあるが、そこを除外するのであれば、確かに戦闘機というものが戦争を想定した軍備であることには違いないし、それが国家間における総力戦に必要であるとも言い換えることはできる。
だが、問題なのはベレンガリアさんにとってはその世界大戦に関する知見なくそこに辿り着いていること。私が今こうして自分の知識から逆算して推定することを彼女は今あるものから予想を立てて組み立てている。
とはいえ、これくらいのことは今までに何度も私は目撃している。勉強会の面々であったり、私の出会ってきた大人の面々はこれくらいのことは普通にやってのけていた。彼女が中学生であることを差し引けば、それが類まれなる才覚であることは確かであるが、そういう人間をごく普通に見てきたアロディアさんですら『天才』と評するのは違和感が先行する。
そこで更なる問題。この世界は、人間同士の戦争はそのほとんどが小競り合いに終始した局地戦闘に過ぎないもので、軍備とは即ち魔物や魔王侵攻に対応するためのものであるということ。ベレンガリアさんの異質な点は、既にその固定観念を打破してしまっているという部分。対人の大規模戦闘の知見が無いのにも関わらず、戦闘機を国家間戦闘の重要な戦力と見定めている。今まで私がこの世界の常識や、前世世界ありきの先入観で散々な目に遭ってきたが、彼女はその私の対極――この世界の人間でありながら、この世界の常識を打破してきているという点。……いや、あるいはこのベレンガリアさんそのものが更に別の異世界人である可能性も考慮する必要はあるかもしれないが、ただ、仮にそうだとしたところで私の取り得る行動が変わるわけではないので、それは捨て置く。
だが、これも。既存の対魔物戦闘においても空を飛ぶ魔物への対処が問題となり、それに対する対抗手段として生まれた戦闘機――というこの世界における最新の動向を知っていれば、それを対人間に置き換えただけとも言えなくもない。ほぼ最新の軍事理念から生まれた産物である戦闘機という機種を正確に把握しているという面では確かにそれは非凡な才ではあるのだが、逆に言えばそれだけであれば、まだ軍事方面への嗅覚が優れている程度の範疇で済む人物であった。
私が彼女をここまで恐れる理由は今挙げたいずれの理由によるものでもない。では、それが何か。
それは。
――彼女が人間対人間の全面衝突を『次の次の戦争』と評したこと。
次の次なのだ。では次の戦争が何かと言えばそれは、魔王侵攻に言うに及ばず。そしてそれらを統合して指し示すことが1つ。
彼女は、瘴気の森に棲む魔物との戦闘、あるいは魔王侵攻において勝利の前提の下で理論を構成しているのだ。ある程度打撃を与えねば『次の次』においても私達は魔物の脅威に怯えるはずなのに、それが無いということは……少なくとも引き分けのような形ですらなく魔物側に戦力再編の為の時間が必要となるような決定的勝利が必要不可欠となるはず。
……そして、私はその勝ち方を知らない。
*
「あっ、私よりもフリサスフィス先輩の方がお茶を入れるのが多分上手だと思うのでお願いしてもいいですか?」
「えっ!? ……あっ、まあ。うん、それは良いけれども……」
「……そうですか、ありがとうございます。確かこの辺りにヘルレヴァが隠していた洋菓子があったと思うのでお茶請けとして出しておきますね」
「あー……うん。良いのかな、それ」
こうして話すと本当に自由人である。教室で見せていた怜悧な様子は影を潜め、ただただ3学年先輩である私に全く委縮せずに振る舞う彼女。一応、私に対しては『二段階制空論』のこともあって敬意を抱いているような素振りはあれど、裏を返せばそれでもこの態度ということになる。
まあ、私自身はいつも軽んじられたりポンコツ呼ばわりだったりとそういった有様なので、新しいタイプなれど不躾な態度には慣れているから良いのだけれども、かといって放置しっ放しというのもなあ。
これは後々重大な問題になりかねないと思って、少し小言を重ねてみる。
「あのー……ベレンガリアさん? 私に対しては、別にその態度でも良いけれどね。一応先輩相手ならもう少し……」
「フリサスフィス先輩が良いなら別に良いんじゃないですかね? 私、別に興味ない人に好かれようとは思ってないんで」
そう彼女は言いながら明らかに戸棚を奥底に隠されていた缶の箱を見つけて、慣れた手つきで物色している。いや、それもう泥棒だから。
まあ彼女の交友関係までは詮索することはない。口調はどうにかできればしたいところだが初対面の私があんまりがみがみと言うものでもない気もする。
そうすると、魔石コンロを使って沸かしていた湯が、規定の温度まで達したので沸騰しない内に湯気の出ているお湯をティーポットに注ぐ。で、茶こしにはストックで置いてあったとみられる紅茶の茶葉を入れて蓋を閉めれば、とりあえずはOK。
まあ、この辺りの道具は、私も去年まで使っていたものだから慣れている。
私がお盆を持ってダイニングテーブルに向かえば、洋菓子の個包装を開けて食べているベレンガリアさんの姿であった。自由過ぎる。
私が紅茶を入れれば、ベレンガリアさんは感謝の言葉を告げてテーブル上のシュガーポットから砂糖を並々と注ぎ、マドラーで攪拌してから紅茶を飲む。随分と甘党だ。
「……で、それで。フリサスフィス先輩。場所を変えましたが、私に聞きたいことがあったりします?」
直球勝負で来る彼女。私の話に意識半分、手元の洋菓子を綺麗に割ることに意識半分の今の彼女の様子から察するに、深く考えて出てきた発言のようには思えない。
これは彼女が直感的に口から思ったことが出る性格なのだろうか。あるいは、私からすれば深き考えの下から導き出されるような遠謀が、当意即妙に繰り出せるということなのであろうか。
どちらにせよ意図が読めない以上は、言葉尻だけを捕らえての回答を試みる。
「人と人との戦争を『次の次の戦争』と規定したということは、『次の戦争』とは魔王侵攻などのことを指していますよね? これは、次の魔王侵攻で魔物らに打撃を与えるということですよね」
私がそう尋ねると逡巡、悩む素振りを見せつつこう答える。
「……うーん、少しフリサスフィス先輩の考えていることと私の想定は違いますね。
――私は、少なくとも『次の戦争』にて瘴気の森そのものを完膚なきまでに跡形もなく消し去ることが可能であると、そう考えています」
想定の更に上を行った。勝利だけではなく、瘴気の森ごと滅ぼすことなど本当に可能なのであろうか。
寡聞にして私には心当たりがない。それが現実的か否かの判断も含めてとにかく聞く必要がある。
「……その手法と根拠は?」
「一言で言えば、手法は爆撃で根拠は技術革新ですね。
戦略爆撃機の集中運用による瘴気の森外縁部の焦土化構想。それはフリサスフィス先輩もよく知っていることかと思います。でも、よく考えてみれば航空機の発達は著しいものがあり、同時に先進技術の発達も目覚ましいものがあります。
だからこそ、もっと高火力で広範囲を燃やす爆弾を、より航続距離のある爆撃機を、世界にある国家が全てが同時に運用すれば……瘴気の森の外縁などではなく、瘴気の森そのものを全て灰燼に帰すことが出来るのではないでしょうか?」
私は、下手な国家を軽く凌駕するほどの面積を持つ瘴気の森ですら集中運用すれば消し飛ばす程の威力を有する爆弾――それを可能とすることのできる技術があることを前世知識から知っていた。
――核兵器である。
*
ベレンガリアさんが話す内容が、そのまま核兵器を指し示しているかどうかは分からない、というか恐らく近年の技術発達から予測を立てているだけで、その技術の目途まで付いているわけではないとは思う。しかし、彼女の構想に核兵器は極めて合致する。
瘴気の森は元々、人類にとって居住不可能な地域である。それは瘴気の濃度が高く人体に耐えられないためだ。果たして瘴気の森を消滅させたとして、この瘴気が取り除かれるのかどうかは分からない。気体の性質を有する物質であり風の影響で拡散される以上は『瘴気』の排出源があると考え、『瘴気』自体も自然の循環サイクルを形成しているのであれば『瘴気』をエネルギー源として消費する何かがあるというのも考えられる。
1つ仮説がある。戦略爆撃構想が出る根拠となった前回の魔王侵攻において瘴気の森を一部焼いた際に、それが自己修復するタイミングで一時的に瘴気濃度が濃くなったという話。再生時に濃度が上昇するということは、裏を返せば自己再生には瘴気のエネルギーが必要となるのではないだろうか。それを何らかの手法を用いて集める手段が瘴気の森側にはある、と。
無論、逆に瘴気の森を再生するときに瘴気を生産している可能性もあるが、こちらであるのなら瘴気の森が拡大を続ければ続ける程に瘴気は増大し、他の動植物の活動には適さない環境が広がるはずで、それは瘴気の森の更なる拡大――即ち人類居住区域の消滅を引き起こす可能性があるが、瘴気の森が出来て数千年幾ばくか一度もそのような事態になっていないことを鑑みれば前者の可能性の方が高いと考えられる。
つまり、瘴気の森とは『瘴気の消費地帯』なのではないかという仮説だ。
ただし、瘴気の発生源などという概念については、この世界では全くの未知であるし、私のゲーム知識の中でも一切の記憶がない。
だからこそ『瘴気の森』を破壊してしまうと瘴気の消費リソースが無くなり、世界は瘴気に包まれてしまう? ……いや、逆ではなかろうか。
『瘴気の森』の維持に必要な瘴気の生産手段が『瘴気の森』の内部に存在しているのでは? その理由は比較的単純で『瘴気』も『瘴気の森』もこの世界には元々存在せず、後天的に出来たものだからだ。
神話レベルの話なのでどこまで本当かは分からないが、未知の森の伸張に合わせて『瘴気の森』が出来たのだから、未知の森がまだ存在しない、ないしは小さくて世界に海が存在した頃には瘴気なんてものは無かったのではないだろうか。後天的に生成された物質であれば、何らかの生産手段を『瘴気の森』が有していると考えるのが自然ではないかという着想に起因する。
話を戻そう。
そしてこの壮大でかつ荒唐無稽な仮説に立つと、『瘴気の森』の破壊は瘴気の生産地と消費地を同時喪失に繋がるために結局、人が住めるようにはならない。であれば、そのような非居住区域が放射能で汚染されようと私達の生活は変わらない。
……核兵器の危険性を説明したところで、この世界の人類はそれを『瘴気の森』に放つことを戸惑うことはないだろう。
もう1つ問題点がある。果たして放射能汚染が『瘴気』と何らかの作用を引き起こすことも可能性のレベルの話だが考えられるということだ。『瘴気』そのものが未知であることと、前回の魔王侵攻で魔物が人間側の戦術に適応してきたことを踏まえれば、『瘴気』が核兵器に対抗、ないしは順応してくるという想定もせねばならない。
だからこそ、核の存在は明かしてはならない。しかし、ベレンガリアさんの考える『瘴気の森』爆撃の有効性は一定度合い認めなければ不自然である。私としてはそれが可能かもしれないと考えている以上、その前提から翻すと発言の整合性が合わなく可能性があるからだ。
隠し事をするのであれば、嘘を付くのではなく真実を言わないこと。これが私がアプランツァイト学園で学んだ処世術なのだから。
「『瘴気の森』の破壊が、『瘴気』の根絶に繋がるとは限らないのでは? そして『瘴気』の根絶が為されなければ『瘴気の森』は再生するのではないでしょうか?」
その言葉を耳にしたベレンガリアさんは、新たな洋菓子の個包装を開けようとしていた手を完全に止めて、表情をみるみるうちに花開くかのようにほころばせてこう紡いだ。
「やっぱり! フリサスフィス先輩は、『瘴気の森』を焼き尽くす程の爆弾が将来出来ることを確信しているのですね! この話をしても普通はそんなことできるはずがないだとか、思考実験としては面白いだとか言われてきましたが、先輩はそれが可能であるという前提の下、その手法の問題について考えてくれました!
これは初めてです……」
……やべえ、答え方を間違えたか、私? まるで、この子の好感度ゲージがぐんぐんと上がるような幻覚が見えてしまう。
*
「『瘴気』の根絶が『瘴気の森』の消滅に必要という先輩の考えに従えば、『瘴気の森』は『瘴気』を消費して再生するということですよね? それであればそれに対する答えは簡単ですよ。また爆撃を行えば良いだけです。この世界に残る『瘴気』が枯渇するまで繰り返し、繰り返し。
……何十年かかるかは分かりませんが、勝利は確定しているように思えませんか?」
対症療法のようにも思えるが、瘴気を浪費させて枯渇を狙うというスタンスは悪辣ながらも有効性がありそうに思える。問題は人類サイドが『瘴気の森』の復活ペースに対抗できるような生産ペースを維持できるかという面だ。
「……つまり、その戦略爆撃で投下する爆弾は最新兵器の段階ではなく、ある程度量産が実現できるようになった時期に仕掛けるということですね」
こうは言ったものの、果たして『瘴気の森』が、そのような単純な手法で壊滅に追い込めるのかという部分には疑問点が残るが。
「そうです! 従来の魔王侵攻の周期を考えれば平均すれば100年に1度といったところですし、前回の魔王侵攻が25年程前の出来事ですから、時間はまだまだ残されております。私やフリサスフィス先輩が生きている間に魔王侵攻が発生する可能性のが低いのですから、私達は理論を残し次の世代へと繋ぐことが役割かと思います」
流石に、これだけ卓越した予測能力を有するベレンガリアさんであったとしても、周期外れの魔王侵攻の可能性までは見通せないか。
つまり彼女自身は『次の戦争』ですら自身が生きている間に起こるとはあまり考えていないし、『次の次の戦争』などは猶更であろう。
となると1つ聞いておきたいことがこれだ。
「例えば、生産体制が整わないままに魔王侵攻の方が先に発生した場合は、どのように対応するつもりでしょうか?」
「そうですね、そこが弱いのですよね。私も考えているのですが、爆弾や航空機の性能が未達のままだとやはり決定打に欠けますから、戦時体制の移行とともに新兵器開発に注力する……くらいのことは想定しています。ですが、それだけでは足りないのは分かっております」
ベレンガリアさんは自論の欠陥は欠陥と認識して、その対応策を模索していた。まあ、一介の中学生1年相当の候補生が考えることではないとは思うけれども、このまま核兵器というものに思い至られてもそれはそれで困るので、現有戦力での対処方法に注力してくれた方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、ベレンガリアさんの方から話を切り換えてきた。
「『次の戦争』のことよりも、私はフリサスフィス先輩には『次の次の戦争』について意見を聞きたいことがあるのですよ!」
うーん、対人戦争に関しては意図的に話題を避けようとしたけれども駄目だったか。観念して私の中の核心から尋ねる。
「そもそも戦闘機が、そのような次世代戦で役に立つ理由があまり分からないのですけれど」
嘘を付かないように、言葉尻には気を付けている。前世知識で戦闘機という機種がメジャーであったことは知っている。が、それがどのような理由で航空機における首位の位置に躍り出たかは知らないし、同時にその理由とこの世界で戦闘機の趨勢を決め得る決定打が同じかどうかも分からない。だから『理由』は知らないのである。
そんな意図を込めて聞いた質問であったが、しかし彼女は少々受け取り方が私の想定と異なったのか、頬をふくらませて若干不満そうな表情を見せつつこう語った。
「もうっ、フリサスフィス先輩からかわないでください! 簡単なことじゃないですか。『瘴気の森』を消し飛ばすことのできる爆弾を空から落とせるようになったら、普通の国なんてひとたまりも無いじゃないですか。
だから、私は『次の次の戦争』はどちらが先に相手の国に戦略爆撃を行い敵の爆撃能力を奪えるかという一瞬で片の付く戦争を思い描いていたのですが。ヴェレナ先輩の言うところの『戦闘機』。これがあれば空の脅威を排除できますよね。
つまり、そのような戦略爆撃機を戦闘機で撃ち落とすことが出来る。それも、ご丁寧に先輩は量産可能な機体の構想まで着手しています。と、なれば私の想定していた超短期決戦で戦争が終結することも無くなるし、同時に開戦即座の敗北の危険性も大幅に低くなります。
フリサスフィス先輩の『二段階制空論』は、私の夢想した『次の次の戦争』における戦争構造に対する対抗策が既に盛り込まれていたのですよ!」
説明された瞬間、自分事ながらああ、確かにそういう理由ならこの彼女が私に対して心服することになるかもしれないとちょっと思ってしまった。
そうか。そういうことね、やっと気が付いた。私は他称・天才のこのベレンガリアさんの思想を全く意図しない形で上回るものを彼女視点では2年も前に出している人間なのだ。
その評価のまま推移したら、私に対する好感度の妙な高さにも頷けるわけで。
*
「ベレンガリアさん。一応、この話をしておかないといけないのですが。
……あなたのクラスのこと。どうお考えで?」
その話を持ち出した瞬間、彼女は怪訝そうというか、教室で見せていたような冷たさが戻る。ちょっとうんざりするかのような印象を隠しもせずにこう語る。
「基本的にはあの場で話したことと同じですが。『世界繊維危機』は景気循環によるもの。それ以上でもそれ以下でもないかと。
……そもそも魔法使いとは軍事戦略の専門家であり、ウィグマー・アルヌルフのような政論をこねくり回すやり方は嫌いなんですよね。そんな彼の主張に耳を貸す方も所詮それまでの人物ですし、かといって反発する程高尚なことを語っているわけでもないとは思うので基本、無視しています。何か問題でも?」
彼女の態度は問題があるかと言われれば、多分そこまで問題がない。しかしどうにも既視感を覚えると思ったらあれだ。私のお父さんの主張にちょっとだけ近いのだ、これ。
「ですが、今まで話してくれただけの才覚があるベレンガリアさんなのだから、あなたがどう思っていようとも否応なしにクラスの方々は、あなたに影響を大なり小なり受けるでしょう。対立の激化を黙認するという姿勢は――」
「……他でもないフリサスフィス先輩の話であるから、一応聞きますけれども。私、一度言いましたよね? 興味のない人にどう思われても良いって。それと一緒ですよ。
クラスメイトだとか、ただ単に同世代ってだけの人たちが、どうなろうと私には一切関係のないことです。だから、そういう話はヘルレヴァにでもしてやってください。私はあのクラスのことをどうこうするつもりは全くありませんので」
……これは多分。私やオーディリア先輩、あるいはアロディアさんのようなアプランツァイト学園卒業組の方がおかしいのだろう。常に派閥力学ありきで考えて、その中でどのように利益を得るか、あるいはリスクを避けるかという行動の取捨選択の在り方は、よくよく考えてみれば学生段階でそう易々とやるものではない。
しかし。同時に確信もしてしまう。この3つ下の学年は。アルヌルフさんという吟遊詩人の薫陶を受けた男子生徒によって相当にかき乱され、それを抑えるオーディリア先輩の関係者であるハーデワイズさんは弱者救済という面ではアルヌルフさんの思想に迎合しかねない危うさを持っている。
その上で。これだけの異彩を放つ抜きん出る才覚を持つベレンガリアさんは、全くの無関心。
――どうあっても荒れるな、これ。
*
「ヴェレナ先輩、それにルイトガルドさん。只今戻りました」
「……ルイトガルド。……はあ、また私の菓子を勝手に食べたな?」
「良いじゃない菓子くらい、ヘルレヴァ。それに私はいつも食べた分は補充しているけれど? あ、2人が戻ってきたようであれば私は一旦席を外しますね。フリサスフィス先輩、今日は貴重なお話が聞けてとても有意義な時間を過ごせました。また、是非どこかで、ゆっくりと話したいものですね!」
「えっ……ああ、うん」
「待ちなさい、ルイトガルド! ……全く、逃げ足だけは早い。あの子の買ってくるお菓子は安物で美味しくないのに……」
何というか、この一瞬でアロディアさんとハーデワイズさんが普段から手を焼いているのがありありと分かってしまった。お菓子勝手に食べてはいるけど、一応補填はしていたのか。でもその代わりに購入してくるお菓子は美味しくないとか、ここだけはせめて是正させておきたいな。
「ハーデワイズさん。ルイトガルドさんってお金に困っていたりはしないよね?」
「はっ……はい。確かにそのようなことは無いと思いますが……」
「じゃあ……アロディアさん」
「あや、そういうことですか。良いでしょう。リベオール総合商会のお菓子のカタログを置いておけば良いのですよね? 根回しは任せましたよ、ヴェレナ先輩」
うーん、やっぱり円滑だなあ。私がルシアに働きかけることを一瞬で読んでくれる。まあ勉強会繋がりだし類推は出来るとは思うが、この辺りは流石に話が早い。
「……って、ルイトガルドさんばかりお菓子を食べていて、ヴェレナ先輩のお茶請けが無いじゃないですか。ヘルレヴァさん、何かキッチンにあったかしら?」
「あ、いや。アロディアさん別に良いよ、気にしてないし……」
「……あっ! ガーヒルド先輩。確か冷蔵装置で冷やしていたものが……」
そう言って、キッチンへ向かうハーデワイズさんと、お茶を入れ直すために付いていったアロディアさん。そのすぐ後にアロディアさんの声。
「……この温度。ヴェレナ先輩がお茶を入れましたね?」
あー……温度管理でばれるのか。確かにベレンガリアさんはそういうことする印象あまり無かったし。興味のないことにはとことん手を抜いてそうなイメージがあった。
結局ほとんどバレてしまったわけだけど、ベレンガリアさんは果たしてこの場から逃げた意味はあったのだろうか。むしろ罪が増えたのではないか、これ。
*
で、結局紅茶のおかわりと、新たなお菓子が出てきた。
「……これは?」
私のふと出た言葉にはハーデワイズさんが答える。
「はい、グラノーラ入りのスコーンです! お菓子作りはガーヒルド先輩から師事していただきました」
「あれ? アロディアさんってグラノーラそんなに好きだったっけ?」
「いや、私個人としては別にそこまでなのですが……。ただ、ヴェレナ先輩の卒業後、学院近くの商店でグラノーラが急に売れなくなったって言われてしまって……」
あー……確かに。男子生徒は買わなそうだわ。
それにおそらくメイン顧客であったのは私とあとはドライフルーツ目当てのラウラ先輩か。その2人とも卒業しちゃったから買う人が居なくなってアロディアさんが泣き落としを喰らったと。
「ふーん、お菓子は何で覚えさせているの?」
「あや、それはですね。……というか上級生の皆さんがほとんどお菓子作り出来るのに下級生が出来ないと示しがつかないでしょう?」
やべえ、生活の質を上げるために色々と遊んでいたものが、いつの間にか風習として根付きつつある。基本ハイスペックな先輩3人や、前世知識があるがために生活に直結するものの要求クオリティがこの世界基準だと高水準な私を、女子魔法使いのベースにしてしまったら色々と大変なことになりそう。
「……うーん。あんまり、そういう感じで伝統として残るのやだなあ……」
そう言いつつ、スコーンを一口。砂糖が控えめだ。スコーン生地自体は甘くない。でも、そこにグラノーラのドライフルーツの甘味が効いている。しっとりとした生地は重量感があり、お茶菓子どころかご飯にしてもいいくらいのボリュームだ。
そして私がスコーンを味わっているタイミングを完全に見計らっていたアロディアさんが、一息ついた瞬間に私に対して質問を投げかけてきた。
「……一応、現在のガルフィンガング魔法青少年学院についてお見せしたいものは、概ねヴェレナ先輩に伝えることができたかと思いますが……どうでした?」
こういった言い回しで私に対して意見を求めてくるということは、やっぱりアロディアさん自身も現状に負担を感じている側面はあるのだろう。そしてそれを緩和することが難しいということも彼女は分かっている。
1年生のクラスで深刻な分断が起きつつあること。そしてベレンガリアさんと彼女の考え。この2つのこととどう向き合っていくのかがアロディアさんにとっての課題であり、同時にその危惧と対処方法をハーデワイズさんに如何に継承していくのかもまた、アロディアさんが考えねばならないことなのだ。
そして、私がそんなアロディアさんの質問に答えを出す前に、ハーデワイズさんが呟く。
「……結局。あの『世界繊維危機』が起こってから、全てが変わってしまったように思えます。それまで、アルヌルフの意見に耳を貸す者はそれほど多くなかったし、そもそもアルヌルフ自身の意見もあそこまで先鋭化されていませんでした」
『世界繊維危機』がトリガーとなって経済状況が悪化したために過激な意見に飛び付いたのか。もしかするとアルヌルフさん自身も意見を先鋭化せねば、そうした生徒らの制御が不可能になっているということも考えねばなるまい。彼が今の現状を助長させているのは間違いないが、裏を返せば彼が居たからこそ現状が彼のコントロール下に置かれていると解釈することもできるのだ。
そして貴族とはいっても、この景気変動によって影響や打撃を受けた家もあるだろう。平民生徒側が過激化しただけではなく、貴族子息側もまた余裕が無くなって攻撃的になってしまっていることもあり得る。
そしてアプランツァイト学園式の派閥調停能力を発揮して、この事態をうまく利用して女子魔法使いの存在を高めようとするがために対立を抑制しようとする立場に立つアロディアさんであるが、ベレンガリアさんが無関心という態度を貫くことで女子魔法使いの足並みが上手く揃っていない。そしてそのベレンガリアさんは他人に対しての興味関心が極めて希薄ときている。そしてここに居るハーデワイズさんもやや平民寄りの態度を見せていて、調停者に不可欠な中立的態度を標榜するのには少し弱い。
これは、もう――。
「――逸機。
アロディアさん。私にはどうにも既に機を逃しているようにしか」
「……と言いますと?」
「根本的な問題の解決には経済状況の改善が必要です。それが為されない以上は調停は難しいかと。
問題の解決よりも決定的な対立を避けるようにして、経済の方の動きを待つべきだと私は思う」
……もし、私があの時。ルシアが秘匿した『世界繊維危機』に気付いて、ルシアから提示された王子を利用した対策案を強行していれば。
オーディリア先輩との関係は破綻していたかもしれないが、この魔法青少年学院1年のクラスの対立は存在しなかった、少なくともかなりは緩和されていたのではないだろうか。
ルシアはあのとき、私が行動しなかったことを原因だとは誰も考えないと言ってくれた。
誰にもそのような戯言を言わせないとも。
しかし、どうだろうか。
逸機。今回の一件は既に解決の目途が立たない事態を招いたのは、他ならぬ私が動かなかったせいではないだろうか。機を逃したのは、他ならぬ私なのではないだろうか。
――もし、そのような戯言を言うのが私だったとしても。
私が私を責めることに対しても誰か止めてくれるのだろうか。




