8-15
中学校課程である王都の魔法青少年学院。その1年生のクラスが大変なことになっていた。
私から見て3学年下のこの学年では、既に貴族と平民の関係性が修繕不可能の様相を呈していて、そこには、かつて私がこの魔法青少年学院に通っていた頃に面会した吟遊詩人の恩寵を受けた人物がクラスメイトの平民出身者におそらく過激派に準ずる思想を啓蒙したことが考えられる。
で、その張本人の男子生徒――アルヌルフという名の彼は、私のことを認知しているばかりか、あまつさえ私のことを敬っているかのような態度をとってきている。
彼の言をそのまま信用するのであれば、私は吟遊詩人に見所があると言われていたわけであるが、正直に言えばそれはあまり光栄なことだとは思っていない。
勿論、吟遊詩人の思想そのものがこの国では革新派ないしは過激派とカテゴライズされるような危険な考え方であるということもあるが、それ以上にあの吟遊詩人はこの国、森の民の変革には『悪役』の台頭が必須であるという持論を持っているからだ。
まだ、私が革新主義的な思想に迎合しそうだ、と思われている程度の意味合いから出た言葉であれば良い。実際にあの吟遊詩人が描く理想社会というのは、少なからず私の前世世界のものに近似していた。だからこそ、この世界で前世の再現を行おうとするのであれば、それは確かに革新主義的な主張に近付くのであろうとは私も思う。だから、そういった面を看破されていたとすれば仕方ないとしか言いようがない。
私自身の想いとしてはこの世界を前世の劣化コピーにするつもりはないはずであるが、今まで無意図・無意識的なやらかしを重ねているが故に、私が全く想定し得ないところから前世を参照する可能性は十二分にある。
だが、吟遊詩人が私のことを『悪役』であると見做しており、それをこのアルヌルフさんに伝え、魔法使い内部から革新を起こそうとしているとなれば話は全く変わる。
その場合、私が望む望まないに関わらず、無理やり担ぎ上げられて旗頭にされる形で『悪役令嬢』として君臨させられる可能性がある。聖女の国との交換留学生の一時休止でヒロインが王子と出会う余地が消えて、ゲームシナリオから脱却出来たとお父さんから伝えられていたが、懸念が残っているということとなる。
すると、アルヌルフさんはこの魔法青少年学院1年のクラスの人らに周知するかのようにこう宣言する。
「この魔法爵育成学院の先達であるフリサスフィス先輩は、この国の上層部に不当に追放されし父君を持ちながらも、女性の身でありながら魔法使い仕官への道を切り開き、今では同輩であるエルフワイン王子殿下とも懇意にしている人物なのです。すなわち神聖なる王家に蔓延る君側の奸を排斥せしめる平民の俊英こそがこのフリサスフィス先輩である!」
その声に導かれるかのように感嘆の声を漏らす一派と、私に嫌悪の表情を向ける者らが見て取れた。アルヌルフさんに感化された者と、それに反発する貴族出身者という構図であろうか。無論、天才と呼ばれている少女のように我関せずという態度を取る者もそこそこ居るが。
そして、この意見。吟遊詩人当人の意見というよりもガルフィンガング解放戦線に代表されるような過激派組織の主張に寄っている。最大の相違点は吟遊詩人のベルンハルトさんの主張はあくまで王権の世俗化であるのに対して、過激派組織側は『奸臣誅殺』という王位を神聖視して諸悪の根源を王座の周囲に侍る近臣らにあるという考え方にある。
『神聖なる王家』や『君側の奸』という言葉が出てきた時点で、吟遊詩人の思想そのものではなくなっている。だから私の考え方とも相容れぬ以上に、これを受容してしまうと一気に過激派へと傾いてしまう。そして、ここには貴族家出身の生徒も居ることを忘れてはいけない。
だからこそ、私の初手は否定を選択する。その中でも、まずは事実誤認から指摘する。
「……えっと、アルヌルフさん……でよろしいですよね?
まず1つ訂正を。我がフリサスフィス家は身分制度上は確かに平民ですが、元々は従士階級であり祖父は一代限りであるとはいえ騎士爵を賜り、一時的ではありましたが貴族の末席にあったので、言わば平民と貴族の間と言いますか雑種と言いますか……。
ともかく、あなたが認識しているようなサクセスストーリーを歩んだ者ではないことは確かです」
正直、従士階級である自負やら元・騎士爵を頂いた家としての自覚などは私にはまるでないけれども、それでも先の発言から距離を取る必要があり、同時に貴族子息に対しても理解のある人物であると軌道修正せねばならない。
ただし、その一方で平民側にも必要以上の反感を抱かせてはいけない。だからこそ貴族側にとっては少々尊大ともとられかねない発言であることは理解しつつも、これ以上貴族を敬っているかのような言葉を包括することはできなかった。
ここで私が貴族側に完全に立つのもまた誤りなのだから。
まず、この発言で最も顕著な反応を見せたのは、貴族子息側。のぞかせていた嫌悪の表情はしまい込まれて、新たに見える表情は驚きと、アルヌルフさんに対しての嘲笑に近い笑み。大方、私に梯子を外され間違いを指摘されたことについて嘲りを出しているのだろう。
一方、平民側生徒はありありと失望の表情を浮かべる。仕方は無いとはいえ、勝手に期待して勝手に失望するのはやめて欲しいとは思う。
そして私は1つ質問を重ねる。
「……アルヌルフさんは何故、私に着目を?」
理由としては、吟遊詩人が私について話していたということなのだろうが、それは動機に過ぎないだろう。彼の思想は既に吟遊詩人のそれとは異なる方向を歩んでいる。それを好意的に解釈するのであれば、自分で考えを深化させ情報の取捨選択ができるということだ。まあ、その方向性については私と全く相容れないわけだが。
そしてこの私の発言の瞬間、緊張の表情を浮かべた人物がこの場に1人だけ居た。……それはアロディアさん。まあ彼女もアプランツァイト学園の系譜だから気付いてしまうか。
――この質問には、アルヌルフさんを試す意図を私が込めていることに。
私が彼の思想を危険視していることはアロディアさんにはバレているだろう。何よりアロディアさんは重大なことを知っている。
それは、先の生徒会選挙の顛末。そこでオーディリア先輩が希望だったとはいえソーディスさんを国外へ留学に行かせることで、私の選択肢を削ったことを。そのとき、オーディリア先輩は近衛兵のある一派と協力していることに。言い換えれば。
革新派であると目されていた生徒を、王子との関係を利用して追放する手段。それを私が眼前で目撃していることをアロディアさんは知っている。
だから私がそのオーディリア先輩のギミックを少しアレンジして転用すれば、このアルヌルフさんを飛ばすことが可能だと、アロディアさんは気付いている。
私が実際にそのような強権を行使することが可能かどうかはまた別問題であるが、少なくとも今、私は意識的に掛け金としてベットした。
その見せ札に対して、アルヌルフさんがどう対応するのか。
「――旧来の魔法使いでもなく、学閥でもない魔法使いの新体制の樹立のためには。女性の魔法使いであり、王子に信任されていて、学閥主流派から外された父君を持つフリサスフィス先輩が適任なのです」
「……私は一介の候補生に過ぎませんが」
「ですので『レーヴンヴァルトの片翼党』との合流を図ります。我々が片翼党の高位魔法使いを支持して魔法大臣などの高官へと就任して頂いて、実務層を掌握する。
『森の民』のための新たな魔法使い体制の樹立には、私達が卒業してからもしばしの時が必要となるでしょう。ですが10年、20年といった長期的視野で見れば必ず成し遂げねばならぬことなのです」
――ああ、なんてことだ。私は、この話を知っている。
そして、同時にこの吟遊詩人の薫陶を受けた人物を追放することは極めて難しいと考え直すに至る。
*
一度、話が込み入ってきたので整理する。
まず革新主義的な主張を掲げたアルヌルフさんが、魔法青少年学院1年の平民と貴族子息を分断しているという事実。
2つ目、そのアルヌルフさんは私に目を付けている。が、一方でフリサスフィスという家に関しての調査がやや甘い。
3つ目。アルヌルフさんがクラスを分断して作った平民の過激思想持ちを、私を旗頭にして女性の社会進出問題やら平民の経済的苦境などとごった煮にして不満を全て既存体制にぶつける形を整える。
そして4つ目。これを『片翼党』と合従連衡させることで、上層部への層の薄さをカバーする。嫌に構想が現実的だ。
だが、ここに更に別の問題を投入することで問題の見え方が全く変わる。
……覚えているだろうか。ほぼ丸々1年前。魔法爵育成学院に入学前のタイミングで王子が私に接触してきたときのことを。
そのときに提示された『儀仗組改称問題』に関する内情を。
あれは地方派閥である『片翼党』が中央出身者優遇の教育システムを変えようとしたところを王子とオーディリア先輩がタッグを組み、表向きは改革派の先頭に立つことで『連絡会議』という中央出身者有利な意見交換組織を樹立することで、兵部における教育改革の進捗をコントロールしている……というハイレベルな戦いである。
あの時、『連絡会議』という存在がまだ影も形もない段階で、王子は確かにこう言っていた。
――『私達はまだ学生です。中央校出身者でも目端の利く者は取り込むという動きをされた時点で一丸となり戦うことすら出来ない』……と。
つまり、これはオーディリア先輩とアマルリック王子が連絡会議という策をぶつけたことに対する片翼党からのカウンターとしての側面もあるのだ。
そしてこの時点でアルヌルフさんが、片翼党からの支援を受けている可能性が極めて濃厚となり、現在の魔法使いの教育機関を握るのが片翼党の次期後継者候補である以上、彼の排除が極めて困難であるという事実が示されたのである。
更に、オーディリア先輩が王子と連携しているから、私を次の切り崩しの対象に定めるという用意周到さ。……私については、ローザさん経由で片翼党中枢に情報は垂れ流しであろうからなあ、さぞかし狙いやすいとは自分でも思う。
そして、まだ最大の問題がある。片翼党にとっては私の切り崩しは最悪失敗しても良いのだ。既にほぼ片翼党側であるとみえるアルヌルフさんは私の3学年下。それが何を意味するか。
――王子が卒業した後に、魔法爵育成学院に入学する世代なのである。
片翼党は教育制度改革を、王子が居なくなった後に始めようとそういう方向の対処を取りつつあるのだ。
*
ただし、目の前に居るアルヌルフさんの存在を片翼党の目的と同一に捉えてはいけない。
彼には彼の利益があり、彼の野望がある。そのために私を取り込みたいと考えているのだから。
多分、これがゲームシナリオにおける悪役令嬢が率いた強硬派魔法使いのキーピースであることは私にも分かる。
今まで私はそうした危険なものは極力避けてきた。けれど、ここでアルヌルフさんの意見を全面的に否定し、決別したとしても彼は魔法使い内部に残り続ける。
そうすると、事態のコントロールができなくなってしまうのだ。王子やオーディリア先輩が教育制度の改革に慎重な態度をみせているからこそ、敢えて賛同の立場を鮮明にしたうえで内部からの統制を図ろうとしたように、私もこの過激派組織に近しき思想をコントロールしないと、後々大変なことになるのではないだろうか。――ということは。
今、本当に追い込まれているのは……もしかして、私?
「そうですか。まあ『片翼党』に関連することでしたら、私の同輩に党員の方がおりますので、一度そちらを通して聞いてみることにしますね」
「……いえ。フリサスフィス先輩のお手を煩わせることでも無いので、私共の方で進めさせていきますよ」
「それには及びません。何せ党員とは寄宿舎で同室なのですから。手間、という面を考えればお任せする方が遥かに面倒ですよ。
情報は逐一こちらのアロディアさんに流しますので、お気になさらず」
その言葉とともにアロディアさんに目線を合わせる。小さく彼女は頷いてから声を出す。
「ええ、ヴェレナ先輩とは昨年寄宿舎で一緒でしたから、その辺りは万事抜かりなく」
……ひとまず。次善の策で対応は出来そうだ。
私が直接片翼党とのチャンネルを持つことで、アルヌルフさんの重要度を相対的に低下させる。勿論、私が片翼党側に取り込まれるリスクはあるからこそ最善の策ではないのだけれども、それでもこの得体の知れない後輩に任せるよりかは安心がある。
そして、その交渉に関する情報伝達ルートにアロディアさんを1枚挟む。アロディアさんはどちらかと言えば、本件に関して仲裁の立ち位置を貫いていたので、まあ私が流す情報を上手く利用してくれるだろう。……マジで綱渡りだ、これ。
この体制に言い返そうとするアルヌルフさんであったが、特に良い言い分が出てこなかったのか、言葉を紡げない様子。
だから話題を逸らす意味も込めて気になっていた点を尋ねる。
「……でも、どうしてこのようなことを?」
それに対しては、ほぼ即答で返ってきた。
「政府と議会と経済産業連盟の無策さで、無辜の市民らが深刻な経済的苦境に陥っているからに決まっているではないですか!
フリサスフィス先輩は、何も感じないのですか? ……この『世界繊維危機』で職を失った労働者の声を。あるいは、その労働者に育てられるはずだった幼子が低賃金で働きに出ねばならない現状を」
……まあ、それを低確率ながらも防ぐことのできるかもしれない立場にあって何もしなかった私にとっては、耳の痛い話ではあるけれども、ねえ。正直に言えば今更な話ではある。
それに、決して無策ではなかった。政府は雇用拡大策を投じていることは留守師団設置の件でも明らかであるし、その拡大予算は議会の承認を受けている。
経済産業連盟に関しては、別に大商会に行動を強制するような機関ではないのだから、ここに何らかのアクションを求めること自体が不可解なのであるけれど。
若干、冷めた目で彼の話を聞いていたが、周囲はその言葉で完全に静まった。彼のことを嫌悪していたはずの貴族子息ですら、その意見について頭ごなしに否定する様子はない。
「……確かに、弱者の窮状は。察するに余るものであることは確か……」
その言葉を出したのは、ハーデワイズさん。……オーディリア先輩の紐付きである彼女ですら、今の情勢での貧しい者への同情心はある。
これは存外……危ういかもしれない。経済状況が、このクラスの趨勢に影響を与えている。
となると、この流れを押し留めることは最早不可能なのではなかろうか。即ち、私が『世界繊維危機』を防ごうとしなかった、あそこが私にとっての逸機――。
――次の瞬間。今まで一度も口を開かなかった外を見つめていた少女が、氷柱のように鋭く、それでいて凛とした声で言葉を紡いだ。
「――くだらない。『世界繊維危機』は錬金術分野の技術革新に起因する長期的な景気循環に過ぎないじゃない。その責を国や商人に押し付け自己満足して楽しいかしら?
……少なくとも、目の前のフリサスフィス先輩にする話ではないのは確かなはず。フリサスフィス先輩? 先輩はどういったご用件でこちらに?」
「……あ、あの。女子魔法使いの配属先が概ね決まったので、アロディアさんだけではなく他の方にも一応伝達しておこうと思って」
「あら、そう。分かりました。そこのヘルレヴァも聞いたわよね、なら用事は終わりましたね。
では私の用件もいいかしら? フリサスフィス先輩には是非とも伺いたいことがありましたもの!」
アルヌルフさんの発言を一刀両断した彼女は、天才と呼ばれていたベレンガリアさん。……うん、第一声の時点でもう只者ではない感がひしひしと。
そして、何というか。妙に私に対する好感度が高い気がする。その有無を言わせない口調に気圧されながら頷くと、ベレンガリアさんは嬉々として語りだした。
「先輩の『二段階制空論』の論文を読ませていただきました。
魔力にも魔石にも頼らない新動力による航空機開発と、戦闘機という新たな機種……非常に先進的で素晴らしかったです。
――これこそ、まさしく『次の次の戦争』であるところの――人間国家同士の殲滅戦争を想定した軍備、そこまでお考えの上での研究なのですね!」




