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8-14


 ソーディスさんへの手紙にも書いたが、卒業後の配属部隊について概ね内定が定まったことをオーディリア先輩から報告を受けた。


 曰く、近いうちに大々的に軍制改革を行うこと。そして魔法使いの部隊編成に見直しが起こることが決まったらしい。その中で女性だけの部隊――オーディリア先輩は婦人大隊と言っていたけれど――それが作られることとなった。


 大隊、ということは、森の民の軍制に則れば人数規模は500人くらいといったところか。ただしいきなり500人を集めるわけではなく、あくまで段階的にということみたい。

 そして、先輩方は4月からは3年生となるが成績面だけで見ればオーディリア先輩がトップなので、このままいけばオーディリア先輩がこの部隊の大隊長として任ぜられる。そしてオーディリア先輩以外の3人は大隊付魔法使いとして任用される。

 魔法爵育成学院での成績が昇進にダイレクトに影響するというわけだ。とはいえ、先輩らに課せられる役割はそのような大隊の指揮統率と言うよりかは、志願兵の中でまとめ役となる者らに簡便な教育を施すことである。

 しかも、当然学校を卒業したての人間だけで出来るとは思われていないようで、更に上部組織から男性の魔法使いをサポート……というか実質メインの指導者として派遣するみたい。



 ここで、上部組織がどうなっているか確認する。


 まず魔法使いは自身の有する魔法爵位に応じて『役職』が振り分けられる。そして、『役職』とは別に官公庁での勤務などの『職業』的な役割を割り振られることもある。つまり『役職』は全魔法使いに割り振られるものであるが、一方で私のお父さんのように書面上にしか存在しない部隊というものもある。


 そんなお父さんの『役職』は第11魔法師団長。これは兵部の魔法爵位を有する者の『役職』区分となるが私達は全員兵部であることから、兵部を前提として話を進める。

 とにかく、今までの私の知識では師団長というものしか知らなかった。そことオーディリア先輩が就く予定の大隊長はどれだけの指揮系統で隔たりがあるのかと言えば。

 師団長の幕下ばくかには師団長を補佐し師団を運営する師団司令部があり。その師団内の兵種として魔法銃を扱う魔法兵――という名の一般兵部隊――の他にも、飛竜兵や砲兵、兵站兵などの編成部隊がある。

 そしてこれは場合によりけりだが、魔法兵部隊の場合、師団の1つ下に旅団が設置されることが多い。そして旅団長と旅団司令部がある。

 そして、旅団には2~3個の連隊が付随する。連隊長が居て連隊本部という構成になるわけで。この連隊の下に付くのが大隊だ。森の民では4個大隊で1個連隊となるのが基本である。

 そして各司令部や各本部の中にも細かな『役職区分』はある。そしてその全てにその『役職』に相当する魔法爵位というものが定められている。


 また『職業』サイドも『役職』程ではないが、魔法爵位相当の目安が定められている。例えば魔法大臣に就けるのは魔法侯爵以上……というやつだ。とはいえ、上位の者になればなるほどに『職業』と『役職』の区分は曖昧になる感じだ。大臣職なんて忙しいから部隊の指揮統率の面倒なんて見ていられないし、下手に地方の師団長に任命してしまったら国政に影響が出てしまう。そういった意味でも書面上の架空部隊というか、有名無実な名誉役職のようなものが必要なわけだ。

 まあ正直、根本的な不備を小手先で誤魔化しているような印象しか無いが、このプロセスがあるからこそ魔法爵位というそれっぽい『称号』の権威が確立されていると思うと何とも言えない感じである。


 そして、このタイミングで軍制改革が行われた理由なんだけれども、これには『世界繊維危機』が大きく関わっている。

 この未曾有の不景気に際して政府は、一時的な雇用の受け皿として常設部隊の定員を拡充することを有権者に対して開示していた。

 しかし、実際に戦闘部隊を増強してしまう軍拡を選択してしまうと、景気が復調した際にそれを削るのは容易ではない。


 例えば、1個師団を解体するとしよう。

 拡充された『役職』が失われることを意味しており、それは削減した瞬間にそれだけの人間の『役職』が消し飛ぶのである。


 実数で考えてみる。

 魔法伯爵から魔法侯爵級のポストである師団長1名。魔法伯爵級のポストの旅団長1名。魔法子爵級のポストは師団司令部の参謀長・衛生医長と連隊長だが、1個旅団には2から3の連隊が附属するのが基本なので3個連隊編成とみて合計5名。以下、魔法男爵約20名強、魔法準男爵ならば60名以上。それだけの人物の『役職』が一気に消し飛ぶ。


 それだけの人間の失職に直結するので、一度増やした師団を減らすのは容易ではない。前回の魔王侵攻後に軍縮を行ったときに、軍縮を行ってなおも魔王侵攻前よりも魔法使い全体のポストが増加していると述べたが、師団数を削れば削る程にそうした魔法使いを放逐する必要がある以上、魔法爵位を有する人員のポストという観点から述べるのであれば、軍縮が組織防衛上重大な危機と捉えられるのも実に道理なのである。


 容易に削れないからこそ、安易に拡大してはいけない。でも、今回は『雇用対策』の名目で拡大に踏み切った。ここが妙に矛盾を孕んでいるが、そこには1つのロジックがあった。




 *


「あや。成程、ヴェレナ先輩。留守部隊枠で婦人大隊が作られて、そこに女性魔法使いの役職枠を設けるということですか……」


 事前にアポイントを取ってから、中学校課程である魔法青少年学院の女子寄宿舎を訪問する。『生徒会選挙』の一件以来なので半年経ったかといったところだ。

 そしてアロディアさんに一連の経緯を説明する傍らで、この仕掛けについて解き明かす。


 そう。雇用対策ロジックとは、『留守部隊』という存在である。留守、という言葉が示す通りメインの部隊ではない。

 我が国と商業都市国家群の間にある国家である『街道の民』の利権を前回の魔王侵攻後に手中に収めたことで、彼等の防衛の責務は森の民へと移譲された。故に治安維持と魔物掃討の名目で『街道の民』の領土内に部隊を派兵している。


 しかし、その国外派兵部隊は本来戦略予備として本国内に後置されるべき部隊であったため、現状魔法使いの兵制においては魔王侵攻が万が一発生した場合に、諸地域で対処する部隊こそあれど全く余裕が無いのだ。仮に前回のときお父さんが苦しんでいたように州兵制度を利用して動員を行うとしても、その動員兵が前線に配備されるまでの初動兵力に余裕が無く、それでも無理に捻出しようとすれば、此処――王都防衛の兵を割くだとか、近衛兵の出征だとか、そういった綱渡りをしなければならない。


 だからこそ『留守部隊』なのだ。本来予備プールであったはずの『街道の民』への遠征部隊を駐屯軍として昇格させ、別途、留守旅団として本部は王都、実態は国内各地域に留守部隊を細かく配備することで、各戦線ごとに独自の戦略予備を確保して軍事対応能力を向上させる……というのが純軍事的観点からの目的で第1段階。


 で、この予算要求に目を付けた政府中枢が、所詮二線級の予備部隊であり同時に新造部隊であるがために戦力化には時間がかかると看破して、この留守部隊の設置を認める一方で、雇用対策と結び付け新たに造られる留守部隊にはインフラ開発も行ってもらおうと政治的要求が積み上がったのが第2段階。


 そして突き返された魔法使いサイドでは、戦力の単純な増強が認められなかったために、それならいっそ実験的な部隊を留守部隊の中に紛れさせてしまおうと開き直った上で、更についでということで今まで棚上げになっていた女性魔法使いの配属先問題もこれを使って解決してしまおうというしたたかさをみせたのが第3段階。


「……そうですよね。上層部も女性だけでまとめられるのであれば、そうしますか。特に屋外活動も多い部隊配属で男女どちらの人員も混ぜる方が非効率ですものね」


 そして、アロディアさんもアプランツァイト学園の卒業生なだけあって、話せばそれ以上の情報が返ってくる。

 既存の部隊は一般兵は男性しかいない以上、指揮官枠として私達が配属されることになれば、女性用設備を新たに拡充せねばならない。

 多分、あの野営演習は私達が野営する場合に必要となる設備を洗い出す側面もあったはずだ。で、あればいっそのこと女性だけの部隊にしてしまった方が一元化出来て楽、というのは確かにそうかもしれない。


 そして一通りの納得を示したところで、アロディアさんは告げる。


「一応は承知いたしました。まあ私や後輩らは、先輩方の後ろに続けば良いだけですから」


「……そりゃ確かにそうかもしれないけど、私が居る前で普通それ言う?」


 そう言い返せば、アロディアさんは笑みを浮かべる。

 ……何故、アプランツァイト学園生はこうも私に対しての当たりが強いのだろうか。これが分からない。




 *


「……あや、そうでした。ヴェレナ先輩。このことですが、後輩の女子生徒らにも伝えた方がよろしいですよね?」


「まあ、多分それに越したことはないとは思うけど、アロディアさん何か懸念でも?」


「……もしかして、ヴェレナ先輩はご存知ない? 今の王都の魔法青少年学院の現状を」


 何だか、心当たりが全く無い不安感を煽る台詞が飛び出してきた。

 前の生徒会選挙のタイミングで聞いたのは天才と呼ばれている子がいるというくらいだったはずなのだけれども……。


「1年生のクラスに向かいましょうか。それで全て分かりますよ」


 その言葉に更に不安を増大させながらも、実際に見聞きせねば分からないだろうといった面持ちでアロディアさんが移動を始めたので、私も慌ててそれに付いていく。とはいえ、この学院には去年まで通っていたのだから1年のクラスがどこにあるのかくらいは私も把握しているので、実際には彼女の案内は必要無いのであるけれどもそこまで言わしめる現状への恐怖感が先行してそのことは告げなかった。



 教室を目前として何やら言い争う声が聞こえる。その雰囲気を察したアロディアさんは溜め息をつく。

 これはどう考えても碌なことではない。私の直感ですらそのように告げている。すると、教室の中から私達のことを視認した1人の女子生徒が足早にアロディアさんの下にやってくる。

 その瞬間に、アロディアさんは表情を引き締めて応対する。


「ヘルレヴァさん……首尾は?」


「はっ、ガーヒルド先輩。いつも通りでございますね。……して、そちらの方はもしかして……」


 ヘルレヴァさん、と呼ばれた彼女は私の方に向き直ってきたので、紹介しようとしたアロディアさんを手で制止して自分から名乗る。


「魔法爵育成学院1年、ヴェレナ・フリサスフィスです。アロディアさんに用があって来ただけだから私のことは気にしないでも――」


「やはり魔法爵育成学院のフリサスフィス先輩でしたか! お噂はかねがね伺っております!

 ……はっ、失礼いたしました。私は魔法青少年学院1年、ヘルレヴァ・ハーデワイズと申します」


「……このヘルレヴァさんはクレメンティー先輩の紐付き(・・・)ですよ」


 あー……通りで私のことを知っているわけね。

 誠実そうに丁寧な自己紹介を行ったヘルレヴァ・ハーデワイズさんであったが、彼女こそが以前オーディリア先輩が言っていた年下のコネクションってことか。


 オーディリア先輩の傘下に居る理由や、元アプランツァイト学園生なのかとか色々と聞きたいことはあるものの、私達の自己紹介を許さないかのごとく教室内はヒートアップしていた。


「――ふざけるなっ! 俺は、そいつの魔力回路の造りが雑で指摘してやっただけだっ、何故そこまで貴様に貶められる由縁があるのか!?」


「――成程、確かに彼の魔力回路の出来はあまり良くないな。その君の主張は認めよう。だが、君が身分を振りかざし彼を不当に傷付けたには違いないだろう?

 これだから、貴族子息というものは自身の持つ力に無自覚であるから困る」



 ……うわあ。ものすごい面倒くさい場面に居合わせてしまった。平民と貴族間の身分差別の問題に正義感で突っ込む生徒か。どちらが悪いか一義的に定められる問題でもなさそうである。お互いに先入観が積み重なって修正不可能といった状態であろうか。


 これにわざわざ上級生として介入する必要があるとか、アロディアさんも大変だなあ、と半ば他人事に考えていたら、少し予想と違うことが起こる。


「ウィグマーの言う通りだ! 貴族共は俺たち平民のことを見下すばかりで、手を差し伸べようとすらしない!」


「まるで『経済産業連盟』に属する大商会の商人共のように強欲な連中だ!」


「議会に巣食う政治家のごとき悪辣さ……いや、そもそも貴様らの父親は貴族院に籍のある『政治家』であったか。当たり前のことを言ってしまった、いやあ、済まないね!」


 その聞くに堪えぬ罵詈雑言は、それぞれ別の生徒の口から発せられた。そして、糾弾されている貴族子息であろう人物の周囲にもいつの間にか取り巻きが形成されており、そうした言葉に対して我関せずを決めている。

 平民出身者と貴族出身者の対立……だけではない。いや、徒党を組んでお互いがぶつかり合っている時点で相当問題の根は深いのだが、それ以上に気になるのは平民側の主張。


 貴族に対する偏見までは一度棚上げにするとしても。『経済産業連盟』に所属する商会を嫌悪するかのような発言や、政治家を忌み嫌う台詞。



 ――これは、まるでガルフィンガング解放戦線に代表されるような過激派組織の言い分ではないか。


 そしてもう1つ気になったのが、その両者の対立を我関せずと見ている1人の女子生徒。今現在、教室内で起きている喧騒などまるで無視して1人で興味なさげに窓の外の景色を見つめている。


 その私の様子に気が付いたアロディアさんが小声で補足する。


「……彼女が前に話したルイトガルド・ベレンガリアさんです」


 天才と呼ばれている少女はあの子か。それに納得している間に意を決したアロディアさんは後輩のハーデワイズさんを引き連れて1年生のクラスの混沌の中に突入していった。

 ……私、行きたくないんだけど。でもここで置いてけぼりのが目立つよなあ、と仕方なしに歩調を合わせた。



「――何事ですかっ! 魔法爵育成学院の先輩が来ているのに、この体たらく。

 仮にも候補生であるあなた方が、そのように諍いを起こしてどうするのですか!?」


 アロディアさんが声を荒げる場面に始めて出会った気がする。しかし、私を完全にだし(・・)に使ったな。まあ、いいけどさ。

 その瞬間教室内は静寂に包まれる。一応、上級生の威厳は有効なのね。そこまで規律が崩壊していたわけではなかったみたい。


 そして、粛々と両者から事情を聞くアロディアさん。これは本当に大変だなあ。


「……あの、そちらの先輩は……?」


 そんな事情説明をしていた生徒の1人から私の身分照会を求める声が挙がったので、自己紹介は挟んでおく。


「魔法爵育成学院1年、ヴェレナ・フリサスフィスで――」


 その瞬間。私の言葉を言い切らない内に言葉を重ねて来る人物が1人居た。

 先程の正義感の強そうで平民側に味方していた男子生徒だ。


「――あの(・・)フリサスフィス先輩ですかっ! その御姿を拝見したのに、すぐに挨拶できなかったこの私の不忠、お許しください!」


「……えっ」



 びっくりして絶句してしまった。私、この男子生徒のこと知らないのに、向こうは知っているみたい。

 いや、まあ今までもこういうこと結構あったけどさ。ここまでの熱量で来ることは無かったから、正直引き気味になってしまう。


「……あなた、誰ですか?」


 気が動転して、何だか片言みたいになってしまった上に、取り繕う言葉すらも浮かばずにそのまま思ったことが口に出てしまう。

 その私の態度を見て、貴族側の生徒がこの男子生徒に向けて冷笑を浮かべているのは見逃さなかったが一度それは捨て置く。深々と頭を下げている男子生徒の言い分に注視する。


「申し訳ございませんっ! 名乗りが遅れてしまいました。

 魔法青少年学院1年の――ウィグマー・アルヌルフと申します。

 我が恩師であるティートマール・ベルンハルト様が、フリサスフィス先輩のことを見所のある若者だと語っておりましたので、同じ魔法使いを目指す身として一度お会いしたいと常々考えておりましたっ!」



 ……ここで来たか。そうか、このクラスの惨状はこのアルヌルフと名乗ったこの青年の差し金なのかもしれない。


 ――ティートマール・ベルンハルト。

 その名は私も良く知っている。この国の過激派組織が精神的支柱として信奉している主義主張の提唱者である吟遊詩人の名だ。かつて私が王子の要請で、ソーディスさんとオートバガール魔法準男爵とともに会談に臨んだ吟遊詩人。


 その彼を師として語る人物が、魔法使いの組織内部に現れていたのである。

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