8-13
野営演習から帰ってきて3日が経過した。
……それはもう、落ち込んだ。端から見ても、あの後から意気消沈していたのは明らかであっただろう。
しかも、王都のガルフィンガング魔法爵育成学院に戻ってきたと同時に熱が出て2日間寝込む騒ぎとなった。
その際には、学内の救護棟から衛生部の医師の先生を女子寄宿舎に呼び寄せて簡単に問診を行うほどに手間をかける羽目になった。
診察結果は、おそらく流行り風邪でも拾っただろうとのこと。野外での日を跨いだ活動で体力を使い身体が疲弊して免疫力が低下していたところに、帰路で往路と同じく人がたくさん乗る特急列車を使ったから、そこで病原菌を拾っただろうということ。
一応オーディリア先輩が、野営演習中に『魔力枯渇』を引き起こしていたことを医師の先生に説明したが、それに対する返答は。
「確かに『魔力枯渇』を起こすと体調を崩す人も居るけれど、別に免疫機能の維持などに魔力を使っているわけではないから医学的に説明のつく現象ではないですね。
とはいえ、身体に貯蓄されていた何かしらが失われているのだから平衡が揺らぐという意味では身体の不調に繋がることもあるかもしれません」
と、何とも煮え切らない回答ではあったが、私の中では概ねこの熱の理由は分かっていた。
まず、基本的にこの私の身体は基本的に非常に健康体だ。考えてもみればほとんど大きな病気にかかったこともない。……いや、私が転生する前のこの身体のことは分からないが。
なので、野営演習での疲弊による免疫の低下と列車という密閉された衆人環境で風邪に感染……という成因はおそらく正しいのだろうが、多分それだけではない。
というか、それなら他のメンバーも条件は一緒なので、私だけ風邪をひくという低確率の現象を引き当てたということを除けば別に理由があるだろう。
……まあ、それは実に簡単な理由で。私だけが身体的だけでなく精神的にも疲弊していた、というだけのこと。
結局、出席停止3日間という処置に落ち着いた。
流石に熱が出たタイミングがタイミングであったので、この一昨日、昨日の2日間の間に、まず野営演習を担当していた先生が来た。
先生はこう話した。
「あの射撃演習で最後まで完遂できる生徒が普通というわけじゃない。君の周囲には実に優秀な子ばかりだからもしかしたら勘違いしているかもしれないが、男子生徒の方は例年半数以下の生徒しか、全部の課題を終わらせていないよ。
だから君が思っている程に深刻なことでもないし、それは『魔力枯渇』についても同等だ」
それは明らかに私に対してのフォローであったし、同様のフォローは他の先輩やローザさんからも聞いていた。
……でも、そこじゃないのだ。
失敗したことを悔やんでいる気持ちが無いわけではない。けれども、その何倍も何十倍も悔やんでいるのは、その過程。
結果を変えることは出来なかったかもしれないが、そこまでのやり方は変えることが出来たはずだった。私は今回、それを見落とした。
更には結構大ごとになっていたようで、両親も寄宿舎までやってきた。
流石にこの2人は話すことがまるで違った。
「ヴェレナ。あなたは自分が思っているよりも優秀ではあるのだけれども、周囲の人はあなたのことをそれよりも更に優秀だと捉えている。根本の問題は、そのどちらにも自覚はしていても直そうとしていないところ。
自己評価は低いのにも関わらず自己目標が高すぎるのよ。だから周囲の人間もあなたの高すぎる目標に合わせて接しようとするし、その乖離に苦しむことになる……違うかしら?」
自己目標の高さには思い至る節が無数とあった。そして、そこを評価基軸として行動していることも。
しかし、だからこそ周囲の人間も私の目標に合わせて、私への要求水準を高く見積もっている……という点は思考に至らなかった。
だがその『目標』とは、敗戦回避を行い悪役令嬢としての末路を阻止することなので、ここを崩すことは出来ない。つまり、お母さんの言に沿えば私は今後もその自身の能力との乖離に苦しみ続けることとなる。
そして、お父さん。
「……別に目標が高すぎることを是正することはないとは私は思う。だが、失敗を許容出来ないのは少々考え物だな。目標が高く、達成するために最大限の努力をして最善手を選び続けなければいけないという思考に至ってしまうのは理解はするが、このままだと失敗を許容できなくなるぞ。
やることなすこと全てが成功の結果を導くようになる……なんてのは幻想だ、まやかしに過ぎない。見落としが起こるのは仕方のないことではある。
だからこそ、失敗しない……ではなく。失敗しても良いようにしなければ。
それにもう様々な人から聞いていて分かっていると思うが、別に今回の件は過程を誤って最良の結果を導けなかっただけで、本質的には失敗ですらないのだから」
失敗しないようにする、ではなく失敗しても良いようにする。
お父さんが伝えたいことは、今回は失敗でもなんでもないということ、そして客観的には失敗と呼べない現象で精神的に崩れかけている現状を心配しているということなのだろう。
特に、お父さんには直近で自分自身のアイデンティティが揺らいできていることを伝えていることもあって余計不安にさせてしまっている。心理的な部分が体調面に出てきていることを看破されても仕方がない。
ルシアもクレティも、魔法青少年学院に通うアロディアさんもこの後お見舞いに来てくれた。
そしてこの寄宿舎の面々は、私の看病のために随分と迷惑をかけてしまったし、特にローザさんなどは同じ部屋なこともあり、私から「病気をうつしてしまっては申し訳ないから別の部屋で寝てほしい」と伝えても断固として拒否して、授業の時間を除けばほとんど付きっきりと言って差支えない状態であった。
そして、熱が下がったけれども出席停止期間が終わらずに暇を持て余している今日、極め付けのものが届いた。
検閲されて封の開かれた手紙。それはいつも通りだが、宛名と送り主住所が問題であった。
――ソーディス・ワーガヴァント。
そして、送り主住所は『在・英雄の国 森の民大使館』。
大使館経由でわざわざ私宛に手紙を送ってきたソーディスさん。アプランツァイト学園高等科生徒会の意向で諸外国の名門校を渡り歩き留学事業の拡大を行っている彼女が、驚異的な速度で私に手紙を送ってきたのである。
*
手紙の入っている封筒には『国際郵便』と『速達』の2つの判が。飛行機を利用した手段で送ってきている。これに勝るのは、魔力通信装置のみである。
そして私の近況が魔力通信でソーディスさんに伝わったのは明らかであろう。だからこそ3日で国外から私の下まで手紙という物品が届くのがかなりの異常事態なのだ。
手紙には数枚の写真が入っていて、大聖堂や学校の遠景を写真で撮ったものから、ソーディスさんと現地の人々が一緒に写った集合写真のようなものまで様々だ。
そして便箋にはこう書かれていた。
・
・
・
*
ヴェレナ・フリサスフィス様
ヴェレナさんが『病気』になられたということで、急ぎ手紙をしたためることにいたしました。写真は、私のこちらでの活動記録として撮って頂いたものです。後でクレティさんかルシアさんに渡してください。
こちらでの生活は、王都にいた頃ともまた違った驚きと新鮮な経験の連続です。『世界繊維恐慌』の影響もあって地域によっては不安定な場所もありますが、英雄の国は重工業中心でその影響も軽微だと伺いました。先日も教職者が総同盟罷業に参加していましたが、知り合ったこの国の生徒に話を聞けばよくあることで、授業が休みになって遊びに行けると笑って話していたのが衝撃でした。パンの価格1つで政府への抗議活動が起こるのも日常茶飯事らしいです。
次は勇者の国に行こうと考えていましたが、かの国では政情不安のため渡航制限がかけられているみたいで生徒会とも話し合って、移動は控えています。内戦になっているようだ、と英雄の国の事情通の方は語っておりました。
私の近況はこのようなところです。ヴェレナさんはどうでしょうか? お元気になられたらで構わないので魔力通信で伝言を残して頂ければと思います。手紙でもいいですけれどもね。
今回、こうした手紙をしたためた理由は先に述べた通りにヴェレナさんが『病気』となったことなのですが、それが本質であるという話を以前に伺っていたので、こうして送ってみました。何かの助けになれば幸いですが……。
『あの頃』から思えば、私もおそらくヴェレナさんも沢山『失敗』してきたと思います。
……今度会った時には、どちらが『失敗した経験の場数』が上か確かめましょうね。
一匙の幸福を、掴み取れる日を心待ちにしております。
追伸:変わらぬ言葉を残しておきます。
コートの全てが見渡せても、勝負の先は、分からない。
だけど、それが……楽しい。……そうでしょう?
ソーディス・ワーガヴァント
・
・
・
*
……まずソーディスさんの近況が激動すぎる。大規模なストライキが現在進行形で世界に溢れていることは知っていたし、この王都でも発生して私の生活にも影響が若干生じていたが、ソーディスさんはその比ではなさそうである。内戦や政府への抗議活動という文字が躍る手紙が来るなんて思ってもみなかった。
そして本題に入る前にもう1つ。手紙を送ってきた真意は別にあれど、写真は完全におまけであった。この辺りはちゃっかりしている。ただでは転ばず、私を運び屋として使ってくる辺りいかにもソーディスさんとも言える。
――で。手紙を送ってきた理由が『病気』と来た。
以前、私が『病気』を本質と言ったことに覚えがあるか無いかで問えば……1度だけある。
……初等科のときに行った『再興の先』の演劇でのアドリブの台詞。
全ての元凶たる『突発性異世界転生症候群』。これを念頭に置いたうえでの失言に限りなく近い発言だったのだが、同時にこの台詞を放った直後に私はソーディスさんよりも『失敗の経験』があるとも告げた。
それは偶然。しかし、偶然であれどソーディスさんにとっては今回の顛末を想起させるものであったのだろう。すなわち、奇跡的なバランスであるが、ソーディスさんは私の台詞を誤認したのである。
あの言葉は、転生前について言及しているがために危険球でしかなかったが、今回の『失敗』によって意味合いが変わって昇華したのである。
それはソーディスさんが私が転生者であることを気付くことを回避したと同時に、彼女はそんな初等科時代の些細な発言1つにも注視しており、それを今の状況と結び付けてくることが分かったのである。
これは中学時代に、過激派と繋がりのある吟遊詩人と会談をしたときと同じである。ソーディスさんは小学1年生のときの映画観覧方法についての疑念をずっと覚えていて、そこから私の行動原則が『想像の世界との答え合わせ』という回答を導き出していた。それと一緒の推理なのである。
やっぱり、ソーディスさんは末恐ろしい。今回その彼女の予想は外れてはいるものの、思考過程は常人のそれではない。
そして、彼女の手紙はおそらくソーディスさんの企図したものではないだろうが、1つの答えが示されていた。というか、小学生の頃の私は、今の私よりも自身の価値というものについて正確に理解していた。当時の私曰く。
――『失敗した経験の場数』。
これは、これだけは。周囲に居る面々よりも私の方が勝っている。
ある意味では、これが前世知識による最大のアドバンテージであり、同時に私という2つの人生を包括した存在のアイデンティティなのかもしれない。
そして2人の人間の失敗という面を切り取れば、他の誰にも無い知識だ。私としての失敗と、今の私としての失敗。――それは必ずや私自身の糧となるであろう。
「――あっ、ヴェレナさん。体調はどうでしょうか?」
「オーディリア先輩。おかげさまで大分良くなりました。これなら明日から学校も……」
「それは何よりです。
――つきましては、皆さんにはお伝えしていたのですが……」
・
・
・
*
ソーディス・ワーガヴァント様
返信は魔力通信で構わないとあったけれど、通信に残したこと以外にも少し伝えたいことがあったのでこうして手紙でも送ります。
私の近況……とは言っても、野営演習のことまでは分かっているはずだから直近のものを。実は先日オーディリア先輩より伝えられたのだけれど、魔法使い内部で組織改編が行われることとなり、王都所属の部隊に兵員が女性だけの部隊が作成されることとなるようです。今は書面上だけの存在だけど、今後数年を目途に兵員を集めるとのことで……。
まあ、端的に言ってしまえば、卒業後の配属部隊は概ねそこになるだろうとのことです。まあ、オーディリア先輩たちは大学課程の魔法学院まで行くと話しているので部隊が実働するのは大分先になるとは思うけれど。
となると、ソーディスさんも会ったことのある2学年下のアロディアさんとかの後輩の代も、どうやらこの部隊で吸収するようで。私は近々、1度魔法青少年学院の方に顔を出してみようかと思います。
ああ、そういえば魔法青少年学院と言えば、生徒会選挙のときにアロディアさんから教えて貰ったのですが、どうも天才と呼ばれる子がいるみたい。ソーディスさんみたいな子だったりするのかな。
何だか上手くまとまらなくなっちゃったけれども、近況はこんな感じです。次に魔力通信でやり取りするときには、いつ帰国するのか教えてくれるとうれしいです。
『外の世界』に出て、見渡す世界がどのように変わったのか、知りたいな。
追伸:同じく変わらない言葉を。
新たなラケットを右手に携え、決別し道に進む道。
放棄せしものは多かれど、新たに掴んだ銀の匙。
ヴェレナ・フリサスフィス
*




