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8-12


 翌朝。

 テントで目が覚めた私は、昨日の朝と同じようにイダリア先輩の抱き枕になっていた。

 しかし同じミスを2度繰り返すことはない。今日は懐中時計を寝る前に頭の周りに置いていたのだ。これで時間が来ていたら心置きなく先輩を起こすことができる。


 というわけで、懐中時計をっと……。



 ……あれ? 頭上に無い。

 寝ながらがっちりホールドしてくるイダリア先輩を起こさないように、視線を上に向けてみると寝ている間に手か何かにぶつけて飛ばしたのか、頭の上にこそあったがイダリア先輩の向こう側に懐中時計は飛ばされていた。しかも、結構遠い。


 手を伸ばせば何とか届くかな……、んっ、いや、ギリギリ届かない。先輩の頭の分だけ回り込まなきゃいけないから、懐中時計までが遠い。


「……あの、ヴェレナちゃん?」


「あ、すみませんイダリア先輩。起こしてしまいましたか? 申し訳ありません。ちょっと懐中時計を取ろうとして動きすぎましたね」


「あーうん、それはいいんだけどね。

 ……ちょっと、この姿勢はまずいかも」


 手先に意識を集中していたのをイダリア先輩へと向けると、手をイダリア先輩の向こう側まで伸ばそうとしていた関係上、イダリア先輩のことを抱き寄せているような感じになっていて、先輩の頭が完全に私の胸元で収まってしまっている。


「わわっ……ごめんなさい、すぐ離れます……!」


 慌てて手を元に戻すと、イダリア先輩は顔を上げる。すると位置的な都合上であったが、目線が完全に合ってしまった。

 するとイダリア先輩はそのまま微笑んでくる。私はよく分からなくなって身体をのけ反らして至近距離で目線が合っていた状態から脱する。


「……あれ、ヴェレナちゃん?」


「――なんでしょうか」


「ちょっと、髪触ってみてもいいかな?」


「……簡易シャワーしか使っていないので、出来れば嫌なのですけれども。どうしてですか?」


「今、ヴェレナちゃんが髪をなびかせたときに、一瞬当たったのだけれどもすっごい柔らかい感触だったから」


 そういえばスキンシップが多いイダリア先輩が、私の髪を触ったことは無かったか。演習中で衛生面のコンディションが最悪な状況で、そこに突っ込まれるというのも微妙な気持ちになるが、液体シャンプーと馬油のヘビーユーザーが1人増えた瞬間であった。




 *


 朝食を食べた後にテントと簡易シャワーの接収作業を行う。そして日程も後は射撃演習を残すのみとなった。あ、一応昼食の作成もあるか。

 でもそれが終われば野営演習の全行程は終了して、演習場の宿舎でゆっくりと休むことができる。私は水発生装置を使って食器を洗いながら、そんなことを考えていた。


「……あれ、ヴェレナさん。洗い物は後でもよろしかったのに。

 そろそろ射撃場へと移動するようですよ」


 そうビルギット先輩に言われたので、先輩と共に慌てて洗ったものを拭きみんなの居る所へと向かう。早速移動しようとしていたところだったので、危ないところであった。



 射撃演習場には、先生が既に先行していた。

 そこには3種類の銃が人数分既に並べられており、実弾が入れられた弾盒だんごうと共に置かれていた。弾込めを行い実際に発砲する一連の動作を行うようだ。


 先生が説明する。


「そこに的があるだろう? 今回の射撃演習ではその的を規定数だけ撃ち抜くのが目標だ。ただ、静的目標だけでは実践的でないということで、こんなものも用意している」


 そう言うと先生は懐からボールのようなものを取り出す。それは何やらスイッチのようなものが付いており、先生が反対側へ倒すとふわふわと浮遊しだした。


「これは魔力に感知すると爆発する仕掛けになっているが、ある程度規則的な運動を行う。この動的目標も撃ち抜いてほしい」


 説明している間にボールのような目標はふわふわと浮いていた状態から、空中をひし形状の軌道を描いて飛行するようになった。成程、規則的に動く的の移動先を予測して撃ち抜けということか。


「魔法銃は3種類用意している。1つは通常の小銃……無論現行の魔法使いの制式採用品だ。

 そして、短銃。小銃と比較して小型・軽量であることから制動が難しく主兵装として用いられることが少ないが、今回は異なった形式の銃にも慣れてもらう用途で用意した。

 最後に狙撃銃だ。区分としては小銃にはなるのだが……先に挙げた小銃とは別の型を狙撃用途に改造したものだから取り回しは異なるから気を付けろ。照準器には魔力を流すことで倍率をある程度変えられるようにしている。

 銃の紹介はこんなところか。


 で、肝心の訓練内容だが、静的目標の的は至近距離・近距離・中距離・遠距離・狙撃距離の5系統に分けて行う。

 このうち至近距離と近距離では、小銃と拳銃それぞれで5発を的に当ててほしい。中距離以降は銃の種類は問わず、それぞれ5発当ててもらえば問題ない。つまり静的目標には合計35発命中させれば良い。

 そして、先の動的目標には近距離で5発、これも銃の種類は問わない。まあ最短なら40発で終わる計算だな。各射撃地点には旗を立てておいたから、それを参考にしてくれ。

 幸い君らは6人でこの演習場を独占できるから全員に担当区域を割り振ることで待ち時間無く演習が行えるのは特権だな」


 百発百中でなら最短40発。そんなにうまくいくとは到底思えない。というのも今いる至近距離からであれば的は10歩も歩けば届きそうな近さだが、それ以外は旗が立てられた地点から的までの距離が随分と遠いものもある。如何に狙撃用にカスタマイズされた魔法銃といえども、射撃技量が問われているというわけだ。

 そして演習場を6人で占有できるというのは、本当に役得なのだろう。私達が今いる地点を中心にして6角形を作るように旗が立てられていて、その旗から外側に向けて直線を伸ばした先には一辺を除き的がある……というような感じだ。私達の立ち位置はほとんど変わらず的の方の位置を遠ざけることで全ての距離を示している。これは例えば至近距離で演習を行っている人に遠距離や狙撃距離からの誤射弾が当たらないように工夫されているということだ。極めて非効率的な設置方法であるが、私達だけしか使わないからこそできる芸当ということで。

 で、的が無い一辺がおそらく動的目標の射撃位置なのだろう。


 とりあえず耳栓をしたうえで、私は今いる場所である至近距離から終わらせようと小銃を手に取った。魔力制御は初歩理論を学んでいるだけの私は、銃の魔力増幅回路を魔力で傷つけないように自動魔力制御機能がオンになっていることをしっかりと確認してから、弾を込め的へと銃口を向ける。

 まず1発。やや左下に逸れたものの命中。2発目、3発目と続けて撃ち5発を難なく当てることに成功した。


 まあ流石に至近距離なら当たるか、と安堵しつつ短銃タイプの魔法銃へと持ち替える。思ったよりも軽い。

 1発目は想定以上の反動で腕がぶれ、的の手前の地面に。2発目は当てられたが、その後1発外して7発でフィニッシュ。

 とはいえ、これで至近距離は終了し6分の1は終わったところで周囲を見渡す。


 オーディリア先輩はどうやら一番遠い狙撃距離からやっている様子。動的目標から終わらせようとしているのがビルギット先輩とイダリア先輩とローザさんの3人。後はとにかく短銃からやっているのがラウラ先輩で、既に短銃必須の分は終わったようで至近距離の地点に戻ってきていた。

 うーん、順番って工夫するものなのかなあと思いつつも一番人数の居る動的目標の3人の射撃を見る。


 動いている目標にも関わらず、あっさりと当てて早々に5個の目標を炸裂させたのはビルギット先輩。そう言えば彼女は魔力制御に長けていた。馬上からの射撃で的に当てることが出来る程に熟達したその魔力制御は、銃の自動制御機能をオフにして自身で銃弾の軌道を修正するという射撃技量ではない部分での力量で目標を狙うことができる。その分魔力消費も大きいようであるが、何発も外すことを鑑みればトータル的には収支はプラスになるだろう。


 一方で、私と同じく自動制御をオンにしたまま射撃を行っているのがイダリア先輩。こうなると純粋な射撃技量で当てる他ないが、既に2つの目標は沈黙していた。


 また一番とんでもないことをしているのはローザさんであった。彼女もビルギット先輩同様、銃の自動制御をオフにしているところまでは変わらない。しかしビルギット先輩のように軌道修正を行うほどに魔力制御に長けているようではないようで、彼女の取った手段は、弾そのものに魔力を纏わせるという手法。これにより動的目標は銃弾が当たっていないにも関わらず銃弾が纏うローザさんの魔力を検知して爆発を起こしていた。

 ほとんど力業に近いそれを可能にしているのは、ローザさんが高魔力保有者であるという事実。魔力の多寡が魔法使いキャリアでの昇進の趨勢を決定づけるわけではないとはいえ、やはり優位になる部分は優位になるよなあという諦観と、これだけのことを力業でやれるのだからそりゃあ高魔力保有者は公安に警戒もされるわな、という口には出せない納得が。




 *


 射撃演習を始めてから2,3時間は経過しただろうか。太陽は天頂まで昇りつつある。静的目標の近い順で射撃を行いつつ、残すは狙撃距離と動的目標のみとなっていた。しかし、既に他のメンバーは全ての課題を終了し残るは私のみとなってしまった。


 狙撃距離の的には既に3発当てており、後2発当てれば良い。しかし、これが中々当たらない。既にこの距離で射撃を開始してから20発余も撃っているのに当たったのはたった3発。狙撃銃を使用して照準を合わせ、打つ度に狙いは修正しているものの命中効率は一向に向上せず、当たった3発がどのようにして当てることができたのかすら良く分からなくなってきた。


 ずっと、外で同じ姿勢で照準器を覗き込んでいたからだろうか、寒さからなのかもしれないが腕が少し震える。それにより一層的を狙いにくくなる。



 ――次の瞬間、銃から引き剥がされるような強い力で私の射撃姿勢は崩された。思わず銃を手放し振り向くと先生の姿が。おそらく何かを言おうとしているので耳栓を外す。


「……ヴェレナ・フリサスフィス候補生。『魔力枯渇』の兆候が見られたので、演習は監督判断としてこれ以上は不可としてここで終了する。これは上官命令だ、従うように」



 ――魔力枯渇? えっと、まだ全部の目標を打ち切れていない。しかも、意識はしっかりとしているし、動けない程に疲労しているわけでもない。


「……あの、先生! 私、まだやれます! 体調が悪かったり、疲れたりしていませんから……!」


 しかし、先生は厳しい顔を崩さないまま首を振る。


「フリサスフィス候補生。『魔力切れ』と『体力切れ』は全く別物だ。

 仮に身体が元気であったとしても、魔力は切れる。先ほど、腕から指先にかけて僅かにだが痙攣していただろう? それが兆候だ。

 『魔力』は体力や気力のように振り絞って出るものでもない。精神論や努力でどうにかなる代物ではないのだ。故に『魔力』は徹頭徹尾突き詰めて使わねばならん。

 そして『魔力枯渇』を引き起こす可能性がある以上、私としてはこれ以上の演習の継続は容認できない。それだけだ。


 ――まだ、この後に昼食があったか。他の候補生は、フリサスフィス候補生に魔力を使用させないように」


 それに対して私以外の全員が承諾の意を返して、先生は演習場の撤収作業を始めるために職員を呼びに行ってしまう。



 ――失敗した。


 条件は全員一緒であったはず。にも関わらず、私だけ課題をこなすことができなかった。

 勿論、ローザさんは高魔力保有者で、他の4人全員上級生。だから仕方がなかった……と、そんな言い訳もすぐに浮かぶ。しかし、問題はそこではないのだ。


 私だけ魔力残量というものに全く意識を向けることなく、この演習に臨んでいたのだ。荷物の準備段階では水や食糧とともに、魔力の管理が重要になると理解していたのにも関わらず、いざ演習を始めてからはその魔力をどう扱うかなどという思考過程に至っていなかった。

 魔力に残量があることをもっとしっかりと考えていれば、魔力を節約するような食事メニューを考えることも出来ただろう。

 私は、火の管理が難しい白米を初日に炊いていた。


 あるいは、シャワー。温水で浴びていたのは季節的に仕方がなかったとしても、節水するなどの工夫は出来たはず。

 にも関わらず、私は普段通りにシャワーを使った挙句、いつもより衛生面でのコンディションが良くないなどと暢気なことを考えていた。


 そして、同じく水発生装置。

 ……私は演習開始直前に、あろうことか必ずしも緊急性の高い作業でも無かった皿洗いをわざわざ魔力を浪費して行っていたのである。


 他の皆も、演習中の生活水準向上のために魔力を消費し続けていた。しかし、彼女たちはその分だけ射撃演習において自身の魔力残量と射撃の腕を鑑みて各自工夫を行っていた。何も考えずに近い順で課題をこなそうとしていたのは私だけだ。



 努力や創意工夫の結果ではない……ただの怠慢による失敗。私の中ではそう結論付けざるを得なかった。

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