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8-11


 ひとまずローザさんがレンタルしていたカメラのおかげで、気象観測所までの登頂証明を手にすることができた。しかし晴天とはいえ3月の冬空であまり高い山ではないとはいっても山頂付近に居るため、動かず長居していると身体が冷えてくる。


 ということで、時間的には多少早いものの昼食を取ることにした。周囲を調べてみると木の切り株があったので土埃を手で払い、ハンカチを敷いて座る。

 そして、次に瘴気測定用の魔道具を起動して周辺大気の瘴気を確認する。当然ながら基準値。まあ、この演習場は瘴気の森から遠いので、万が一異常値が出たら即座に演習中止レベルの大ごとになる。

 一応、水発生装置を魔法使いの行軍で使用する場合には、この瘴気測定が義務付けられているから従っているだけだ。ちなみに昨日は簡易シャワー室を設営していたラウラ先輩とビルギット先輩の2人がやっていた。


 で、瘴気が問題ないので安心して水発生装置を作動させて手を洗う。魔力感応水は飲用用途にこそ利用できないが、こうして手軽に生活用水用途には使うことができるので本当に持ってきて良かった。それなりに嵩張り重たい装置ではあるが、その利便性と魔力さえあれば無尽蔵に魔力感応水へと変換可能なことを考えれば、この装置1つだけでも世界に与えた影響は計り知れないだろう。この装置のおかげで上水道も下水道もこの世界から消え失せている。まあ、ラウラ先輩の故郷であるハウトクヴェレの産業排水垂れ流しによる河川汚濁はあったが。


 そして、荷物の中からお昼ご飯を取り出す。とはいえ、当初は時間的猶予も無いケースも想定していたために特に調理せずに食べることのできる缶詰とクッキーだ。


 まずクッキーの方の外装を見てみると消費期限と製造年月日が数年の隔たりがある。そんな持つのか。そして、クッキーと名前が付けられてはいるものの多分雰囲気は乾パンだ。片手に収まるくらいのサイズ感のあるそれはまるで板のようなフォルムと、鞄の中で何時間も揺られたのにも関わらず割れた形跡すら見られないところを鑑みるに、どれ程の堅さを誇るのだろうと興味半分恐怖半分といった気持ちとなる。


 そして缶詰。こちらは見た目は比較的一般的だ。とはいえ市販品ではないので、外装が最低限であり、辛うじて中身が肉詰めであることしか分からない。妙に重量があるところを除けばこちらは別に妙な点は……、あっ1つだけあった。


「あの……この缶詰ってどうやって開けるのですかね? 上に蓋を取るためのリング状の引き金が無いのですけれど」


「えっと、缶切りを使って開けるのですけれども。……というか待ってください。ヴェレナさんが今、想像した『缶詰』って一体どういったものですか?」



 ……もしかして缶の上に開け口があるタイプの缶詰って、まさかの異世界カルチャーギャップ関連!?




 *


 缶詰は缶切りを使って開ける。うん、知識としては知ってた。

 けれど、実際に缶切りって前世で使った記憶が無いのだよね。キッチンに死蔵されたまま日の目を見ることも無かったと思う。そもそも缶詰を買うことがあんまり多くなかったし。


 で、缶切りなんて荷物に入れたかなと考えていたら、出てきたのがマルチツールと呼ばれる様々なツールが格納された爪切りほどのサイズの道具。

 栓抜きやコルク抜き、千枚通しにマイナスドライバー、ピンセットやのこぎりなどの用途に使えるこの万能道具の中に缶切りも付属しているのである。……というか、こういう便利なツールはあるのかこの世界。

 とりあえず、やってみるかという勢いで缶切りを使ってみたら思いのほかあっさりと開いた。特別教育で体力や力が付いたことで重い荷物を運びながら登山が出来るだけのパワーが付いただけではなく、多分この悪役令嬢ヴェレナの身体ってそのパワーの使い方のセンスまであるようだ。言い換えれば、私の意志に反して存外器用なのである。


 逆に一番苦戦していたのは、ローザさんであった。

 変に腕に力が入っていたようで、切り口もかなり荒いように見える。そんなに不器用な印象が無かったのにどうしてなのだろうと聞いてみる。


「ぁ、あの……。右手だと、ちょっと……」


 そういえばローザさんは左利きだった。けれどこの缶切りは右手用だ、そういうことなら納得。

 とりあえず手間取っていたローザさんが開け終わったので中身を確認。外装に肉詰めと書いてあったので概ね想像は付いていたが、見た目はシーチキンとかねぎとろみたいな感じのお肉。こういうのをコーンビーフって言うのだっけ。問題はビーフかどうかは分からないところだけれども。


 スプーンでそのお肉を掬い上げてみると油が滴る。まあ、保存食だし油漬けなのもやむを得ないし、少ない食事で最大限のエネルギーを得るという行軍食のセオリーはダイエットとは対極の位置にあるから、あまり深いことを考えずに食べた方が良いかもしれない。

 なので、そのままぱくりと一口。



 ――味が無い。

 いや、それは流石に想定外であった。あれだけ油に浸してあったのだからてっきり濃い味付けが為されているのだろうと思ったがその真逆。

 ただし、直後に感じたのは口当たりの悪さ。油分豊富でギトギトしているだろうと考えたこちらも、しかして全く想定外の舌触りを残す。ザラザラとした砂に近い感覚のあるペースト状で口の中の水分を持っていかれるのである。

 喉につっかえそうになりつつも飲み込む。すると、口に残る風味には、若干のお肉の香りと、それを塗りつぶすかのような金属臭。


 端的に言おう。……美味しくない、それに尽きる。

 保存期限を延ばすための工夫によって味が損なわれている、そんな印象だ。


 確かに、かつてラウラ先輩の故郷・ハウトクヴェレで頂いた廃棄肉のように噛み切れないような部位は使われていないし、骨を粉末にしたようなものが混ぜられたりはしていない。おそらく使用されているお肉の部位的には、そこまで低品質なものが使われているわけではないのだろう。

 しかし、加工手法と味付けがそれを全て台無しにしている。ハウトクヴェレの大衆食堂で食べたときは食材に本来は非可食部位と判断されているものが使用されていたものの、調理については真っ当であった。まあ匂いがきつい煮込み料理などがあったけれども、あれも臭み消しの工夫の形跡は見られた。つまり、単に美味しくないと言っても真逆なのだ。

 食べられないものを無理に食べようと工夫した結果、『美味しくない』という水準まで引き上げたのがハウトクヴェレだとしたら、普通に食されているものを保存性第一で加工した結果、『美味しくない』というところまで味が劣化したのがこの缶詰なのである。



 口直しの意味も込めて今度はクッキーの方を食べてみる。外装を剥いても、こちらは感想は変わらず見た目から堅そうな雰囲気を既に醸し出している。

 板状のまま取り出し、そのまま一口。……やっぱり堅い。というか尋常ではなく堅くて歯が負けるってこれ、やばいやばい!

 奥歯を駆使して何とか一口大に切り取る。うん、これは堅いが味は悪くない。ただ口の中の水分はやっぱり持ってかれるし、先程の缶詰以上に水分を奪われる。


 そして一口サイズのそれを飲み込むまでに、かなりの時間を要した。唾液でふやけさせてあご全体を使ってすりつぶすかのように噛むため体力も使う。



 うーん、これはやばいぞ。缶詰は味が、クッキーは堅さがネックとなり、お互いに水分を奪うため食事というよりかは、いかに彼らを処理して無効化するかという戦闘に移行し始めている。


 そんな最中。ふと辺りを見回すといそいそと携帯用魔石コンロを取り出して、調理台に蓋を開けた缶詰をのせて温めているラウラ先輩の姿が。


「……ラウラ先輩、それは一体……?」


「ああ、これか? この手の缶詰は暖めると幾分ましな味になるからな。

 で、クッキーの方はスープでも作って浸して食べた方が食べやすくなると思うぞ」


 その言葉を皮切りに、班長であるオーディリア先輩が、固形ブイヨンと紅茶のティーバッグの使用許可にゴーサインを出したのは言うまでもない。


「……な? だから、朝に携帯コンロを取り出しやすいところに入れておけって言っただろ?」


 どうも缶詰の味について最初から理解していたのはラウラ先輩だけだったようで。先に言ってほしいと思いつつも、この先輩はまず最初に何も言わずに食べさせてくる人であったな、とハウトクヴェレでの一件を思い起こし、私は軽く溜め息を吐くのであった。




 *


 その後は特に何事が起こることもなく、来た道をそのまま戻る形で下山を行う。やはり見積もり時間程には時間がかからず、そもそも山頂の出発時間からして早めに出てきたことを考慮すれば、相当時間的猶予が生まれる結果となった。

 麓の演習場まで戻ってきて、まず第一に宿舎に居る先生や職員に戻ってきたことを報告する。

 そこで、ローザさんがカメラを持ってきていたことと、気象観測所の前で全員で記念撮影をした旨を『片翼党』の名前を出した上で伝える。

 先生はこのカメラの使い方に詳しくなかったが、私達の方からの申し出で履歴機能を使って撮った写真を見せると、そのままローザさんが持っているようにと突き返した。まあ、元々登頂証明は不必要であった感じだし、その辺りは生徒側を信用していることの証左なのだろうか。


 そして、その後の流れは初日夜と同様にテントの設営と簡易シャワーの設置と夕食の準備。


「あの……オーディリア先輩。夕食用の固形ブイヨンをお昼に使っちゃいましたけど、どうします?」


「そうですね。一応乾物のきのこを戻す予定でしたので、それを出汁にして調味料で濃い目に味付けすることで代用しようと考えていましたが……」


「あっ、それならオーディリアちゃんにヴェレナちゃん! 登山口のところにハーブが自生していたので、使えると思うけれど……」


 イダリア先輩がどうやら香草知識があるようで。山に自生するものから食用のものを選別することができるみたい。


「……計画とは外れる行動になりますね。男子生徒側は料理をほとんどしないようですので、多分野草採集は想定していないかもしれません。無断で行くと危ういかもしれないですね。

 行くならイダリア、先生方に事情説明してからですよ。それと1時間で戻ってくることとあく抜きなどで調理の手間がかからないものに限定すること」


「はい、りょーかいオーディリアちゃん! で、私が単独で行っていいのかなっ?」


「……先にテントの設営を済ませてからにしましょうか。そうすれば早めに下山したこともあって時間に余裕はあるのでヴェレナさんを連れて行ってもらっても大丈夫だと思いますよ。

 元々班長である私は、どこかの作業で遅延が起きても対応できるように少し余裕を持たせて行動計画を組んでいたので」



 ……あれ? いつの間にか私が野草採集班に割り振られている?




 *


 先生方への説明は案の定手間取った。結局、特例として植物に詳しい職員の方が1人同行することになった。今まで野草を摘むと言い出した生徒は居なかったらしく、流石に私達側に手放しで認めることはできなかったようである。それでも、職員同行付きで認めてくれるところは大分柔軟性がある。

 期せずしてオーディリア先輩の学院側は野草採集を問題視するかもしれないという読みは当たった形になる。


 しかし、そうした予定外の事態に際しての対応を止めることまではしなかったところを見るに、元々野営演習という『授業』がこうした臨機応変な状況変化に対応するためのものであるか――あるいは、私達女子生徒の行動を何らかのデモンストレーション的に利用しようとしているがためになるべく自由にさせてもらっている、という2つの考えが浮かぶ。まあ、現時点では確認しようがないことであるのと、私達が野草採集を認められたという情報だけでオーディリア先輩も同じことは考え付き、その上で何か気になることがあれば後日、先輩の手で調査はするだろうから今は捨て置く。


 そして、野草採集に向かったイダリア先輩の足に迷いは無かった。

 登山口の道を少し外れて、涼しい木陰に生えていたどう見ても雑草にしか見えないものを指差し付いてきた職員に尋ねる。


「……これ、なんですけれども。セルフィーユですよねっ?」


 職員さんはそのイダリア先輩の言葉を耳にしてから、その雑草にしか見えない草を検分してから、無言で頷いた。


「あの……セルフィーユって?」


「うーん……ヴェレナちゃん向けに言うなら、パセリみたいな香草って言えばいいのかな? とはいえ傷みやすいし乾燥させるのには不向きなんだけれども、今回はスープにするためにすぐ使うからねっ!」


 そして、何枚か葉っぱを選別して摘むとイダリア先輩は元の登山道へと戻る。


「……あれ? もう終わりですか?」


「うんっ! 沢山入れるものでもないし、香り付けだけならセルフィーユだけで多分大丈夫だからねっ」



 何というか、すごい頼もしい。イダリア先輩にこのような特技があったとは知らなかった。

 そして、私が付いてきた意味とは一体……。


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