↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
134/174

8-10


 グラノーラが携行用途の食事として適正があることを見逃した私であったが、朝食をとった後は設営済みになっていたテントとシャワー用の間仕切りを撤去してこれも荷物へと入れる。ただし、山頂の気象観測所までの登山、ならぬ行軍が終わった後には再びこの場所で設営を行う関係上荷物の奥底に詰めず優先順位を決めた上で詰めていく。

 例えば緊急時に使用するかもしれない発煙筒は、背嚢はいのうと呼ばれる魔法使いで制式採用されているリュックサックのようなものの側面ポケットに入れてあり、いつでも取り出せるようにしてある。もう1つの緊急時アイテムであるホイッスルは紐を通して首掛けだ。


 また背嚢のポケットには、飲用水の内すぐに飲む分として個人個人に移し替えた水筒であったり、飴やチョコバーなどの歩きながら食べられるもの、そして雨具が詰めてある。

 一応、天気予報はこの演習が始まる前に確認して晴れであることは知っているが、天気予報の精度がおそらく前世程には高くないことと「山の天気は変わりやすい」というのはこちらの世界でも適用されることで、雨具を欠かすわけにはいかない。


 荷物は正直かなりの重さである。極力荷物の重さは6人で均等になるように割り振ってはいるものの、それでも重い。とりわけ占有しているのは水と食糧。その他2人用テントであったりシャワー用の間仕切りに水発生装置など6人で分担しているけれども単体で重量がある荷物も多い。


 しかし、曲がりなりにも魔法青少年学院の3年間と魔法爵育成学院での1年間、特別教育にて徹底的に体力づくりを行ってきた身である以上、いかに魔法使いの卵とも呼ぶべき候補生である私達でも、その重量感のある荷物を背負うことは既にそこまで苦のあることではなくなっていた。

 前世のときなら、こんな重いもの持ち上げるだけで精一杯だったのに。5kgのお米をお店から家まで持ち帰るのが面倒で2kgのものを買っていたくらいなのに、今世ではそれとは打って変わってしまった。まあ、このヴェレナ・フリサスフィスの身体の基礎スペックが高いという理由もありそうではあるけれども。


「……少し、冷えるな。昼間どこまで気温が上がるかで難易度が段違いかもしれないなこれは」


 そうラウラ先輩が話し、指差す先は私達が目指す先である山頂。

 そこには気象観測所があるはずであるが、現状視認することができない。……霧がかかっているためだ。


「旅程を変更はいたしませんが……確かに霧に包まれるのは少々問題ですね」


「ぁ、視界が遮られて……分岐点などを見落とす可能性があるというわけですか」


「そうね、エルミンヒルトさん。それと、霧で濡れて体温を奪われることも気を付けないといけませんわ」


 ビルギット先輩の言う通り、このまま霧が出続けていると体温調節は微妙な問題になりそうだ。そして、ローザさんの言う遮蔽問題に関しては、イダリア先輩が答える。


「一応、方位磁針は持ってきているのですぐ出せる場所に入れておくねっ!」


「ええ任せましたよ、イダリア」


 そのオーディリア先輩の言葉を皮切りに私達は霧に包まれた山頂への登頂を始めるのであった。




 *


 道は、私が前世で知る登山道のようには整備されておらず、獣道と言って差し支えない状態であった。

 足元は草葉が当たることもあるし、反対側から人が歩いてきた場合にはすれ違う場所を考えなければならない地点もちらほらと。まだ草木生い茂る場所に足を踏み入れるくらいであれば良いのだけれども、片側が崖のようになっている危険な地域であったり、映写魔法で確認したときには見つけられなかった細かい水辺や泥濘地などがあったりして安易に道を外れて歩くことはできない。


 しかし、そうした道の様子を見て気付いたことが1つ。


わだちがある……」


 通り過ぎた車輪の跡。それも1回や2回ではなくまず間違いなく経年的なものだ。道にまるで二本の線が伸びるかのように延々と草が生えておらず土がむき出しになっている軌跡があるのだ。


「上にあるのは気象観測所じゃない。大型の荷物を搬入する機会があるのでしょう。ねえ、オーディリア?」


「ビルギットの言う通りですが、付け加えればここは魔法使いの演習場内ですからね。車の運転免許を持つ方はたくさんいらっしゃいますから」


 あー……この獣道みたいなところを車が走っているのか。って、運転技術地味にすごくないか。

 舗装路が都市圏のごく一部にしかない関係上、山道だとそういうこともあり得る、のかなあ。何とも言えない。


 でも道幅考えると本当に車で通れるのかと思うほどギリギリの場所も多い。


「ぁ……でも、北部最短経路だと水辺の岩場を通っていたから、こちらの経路は車両通行用なのかもしれませんね」


 おそらく周辺地理を最も理解しているであろうローザさんからの一言で事実上、車の通れる道がおそらく今私達が使っている道だけの可能性が高いことが判明する。


「でも、気象観測所に車に積載してまで持っていきたい荷物ってなんでしょうか?」


 私がその疑問を発すると、全員からバラバラの見解が返ってくる。


「……装置点検用の工具を持って、この道のりを昇り降りするのは面倒だろ。一々足りない道具があったと言って麓の演習施設まで何時間もかけて戻るなんて阿呆みたいだろ、車に積めるだけの整備や交換用品を積むんじゃないのか?」


「気象観測所に用があるときにスタッフが何人赴く必要があるかにもよりますね。車なら何人か乗ることが出来ますし」


「ビルギットちゃんの話に付け加えるなら、気象観測所で寝泊まりできなくても車の中で泊まれるしっ! もしくは車にテントを積んでもいいしね」


「……あの、えっと、単純に時間の問題なのではないでしょうか? 最短で片道2時間弱の道のりを私達のように荷物を持ち、歩いて行くくらいなら車で行く方が時間もかからないでしょう」


「――まあ、こんな感じで色々解釈は割れますね。……私の見解ですか?

 ではヴェレナさん向けに1つだけ。以前ヴェレナさんは『製紙業』を通じてこの国の林業に目を向けた時期がありましたよね。あの時、仮の線路――トロッコ路線でしたっけ? を山中に敷設して山林での輸送効率を高めるという話をしていたと伺って(・・・)おりますが、その簡易版というわけですよ。

 馬では不便だけれども大々的に舗装路や鉄道を敷くほど要衝ではない。……さすれば、車という解法は自ずと出てくるのではないでしょうか」



 ……うん。色々言いたいことも、納得する意見もあったけどとりあえずまず1つ。


 オーディリア先輩はどうして私の黒歴史を抉ろうとするのか。『製紙業』の一件の顛末はアプランツァイト学園初等科1年の頃の出来事で、もう10年弱も経過しているのにまだ蒸し返されるのか。

 しかも、別に先輩自身は直接関係していたわけではないのにも関わらず、ルシアにしか話したことの無いトロッコの話を何故か掴んでいる。まあ、ルシアがばらしたしか考えられないけれども。




 *


 歩き始めてから1時間で山頂にかかっていた霧は既に晴れていた。そして、木々の木漏れ日の間から太陽の日の光を享受することで歩き続けている私達の身体は火照る。

 そして懸念された倒木などの障害物は特に存在せず、道中何度かあった分岐点において迂回路を使うこともなかった。そのため一応最長で4時間を考慮していた道程は、山頂の気象観測所とおぼしき建物の影を見つけたときには2時間を僅かに超えたくらいであった。極めて順調なペース配分でここまで来れたようである。


 開けた場所に出て眼下には演習設備と雄大な自然が共存する景色が広がる。建物の目の前にまで来るのには目視してから10分ほど更に歩き続ける必要があったが、入口らしき重厚な金属製の扉の横に立て掛けられた風化した木製の看板からは辛うじて目的の建物であることを示す文言が書かれていたことから、迷うことなく辿り着いたことを意味していた。そして建物に寄り添うように荷物を置く。すると身体が重さから解放されて羽が生えたかのように軽くなる。


「……気象観測所で何かこなすノルマってありましたっけ?」


 疑問の声を私が発してみたが、事前にそのような話は無かったはずだ。


「多分、無かったと思います。でも記録に残せるのであれば残した方が良いですね」


 オーディリア先輩もこう答えたことで、おそらくは特に何も証明するものが無くても問題は無いだろうとは思いつつも、何か出来ることがないか考える。


「なあ、ビルギット? 時間はどんな感じだ?」


「……そうね、時間的余裕はかなりあるかしら。下山の時間を予定通りにするならば3時間程度はここに居ても問題はないと思いますけど」


 流石に3時間は居過ぎである。昼食をここで取ることを考慮しても長居してもすることがほとんどない。


「あっ……そうでした」


「どうしたの、ローザちゃん?」


「ぁ、あの……記録に残すことは私が持ってきた荷物で解決できそうです。

 党員の方から、携行カメラを渡されたので……」


 何とローザさんがカメラを持ってきていた。そんな私の隣に居るラウラ先輩が小声で「カメラってなんだ?」と訊ねてきていたが、確かに言われてみれば新聞に写真が載っているくらいでカメラの本体そのものには今まで縁が無かった。


「……あら? 片手でも扱える大きさのカメラとは。また珍しいものをお持ちですね、ローザさん」


「えっと……どうやら、勇者の国から直接輸入した代物らしくて、今回の演習用にと貸し出してくれたのですが」


 この辺りの会話から類推するに、ローザさんが今持っている手乗りサイズのカメラというのはこの世界では一般的ではない最先端技術らしい。

 持ち運びできるものでももっと大がかりなものが普通らしく、片翼党党員から渡されたそれが国産ではないということから、おそらく森の民国内では生産できない代物なのだろう。


「じゃあ……これで、気象観測所の写真を撮れば……」


 そこで、私が口を挟む。


「あの。折角なんだし、全員で写真に写った方が良いのではないでしょうか。登頂証明という意味合いなら私達も写っていた方がより確かな証拠になると思いますし……」


「そうね、ヴェレナさん。でも……全員ってどうやって写るのかしら?」


「……え? ローザさん、そのカメラってタイマー機能は無いのですか?」


 集合写真を撮る要領でいけばいいんじゃないかなとビルギット先輩の反論を退けようとする。


「えっ!? 多分、無いと思うけれど……」


 無いのか。普通タイマー撮影くらいは標準装備の機能だと思っていたけれど、ここも地味に異世界カルチャーギャップというわけね。

 そうすると頑なに自分が撮影者を務めるから他の皆さんで写って欲しいと懇願するローザさん。まあ実際のところローザさんが写っているものも後から取ればいいだけと言えばそうなのだけれども。


 でも、やっぱり全員で1枚の写真に写りたい……よね?


「ローザさん、そのカメラ。私に貸してもらえる?」


「えっ、いいけれど……。私物ではなくて片翼党の資産だから壊さないでね」


 その言い回しから何となく高価な雰囲気は伝わってきたけれども、まあ輸入品だし当然か。

 それで一度ファインダー越しに景色を見れば、四隅にチェックが付いている。……成程、サイズ感は大体これくらいね。


「えっと、背景に気象観測所を入れれば良いから……。ローザさんと先輩方。一旦、私の周りに集まってもらっていいですか? あっ、もうちょっと寄ってもらって……」


 それで、先程のファインダー越しのサイズ感を計算して、レンズをこちらに向けるように逆向きで持って、手をめいいっぱい伸ばしてぱしゃり、と1枚。


「……そんな雑に扱って写真が取れるものなのですか」


 何やらジト目で私のことを見つめてくる一同と、声まで出したビルギット先輩。

 私は撮った写真の履歴を確認しようとするも、このカメラにはそもそもディスプレイが無かった。


「……あの、ローザさん。もしかして撮影した写真を確認する方法って無かったり……?」


「あ、それならありますよ。ちょっと良いですか?

 魔力を込めると、履歴の写真を映写魔法を応用する形で、空間に写し出すことができますよ……。ほら、こんな感じで。

 ……って、私達6人と、奥には気象観測所。しっかり全部写ってますね……」


「……ヴェレナさんって、たまに良く分からない特技を持っていますよね。高価なカメラを逆手で取る技術など、いつの間に身に着けたのですか?」



 いや、これ前世の自撮り術だし……。元の世界なら割と標準技能なはずなのに。



 ――後から教えてもらった話だけれども、このローザさんが持ってきた借り物カメラなのだが。ルシアにリベオール総合商会の伝手を辿って調べてもらったら、市場価格86万ゼニーとのこと。私が所持して一時期、大問題になりかけた最新型の魔力通信装置の実に2倍の値。


 高価とはいえ所詮カメラだと思ってスマートフォンを扱うがごとく動かしたそれは、この世界における最先端の精密機器であると同時に、軍事・学際研究用途に用いられる最新鋭の測定機器としての側面を有する逸品であったことを知り、私は愕然とするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。