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イダリア先輩は、勉強会メンバーで初等科時代に学園祭にて演じた演劇『再興の先』の存在を認知していた。
ただし、わざわざそのために王都まで来ていたわけではなく、後から新聞を介して知ったとのこと。
確かに、あの演劇のことは新聞記事になっていた。それは私も知っている。というかあれこそが、私やオーディリア先輩が魔法使いの女性任官問題やそれに連動している女性解放運動の流れに僅かではあるが飲み込まれた、その起点となる出来事なのである。だから忘れようもない。
そして、その新聞名は『新報アルカエスト』と言い、錬金術師の機関紙であった。
更に、思い出す。イダリア先輩の故郷であるローヴェクセル州は大規模な染料工場を誘致出来る程政治力が長ける州であること、そして『世界繊維危機』の一件で見逃していたがそうした染料などの繊維技術は錬金術分野の先進技術が基盤となっていること。
これに、イダリア先輩の祖父が統一前に騎士爵の叙爵の細かなルールを把握していた面、すなわち先輩の家系であるアーミンヒルト家は王都などの中央との情報をやり取りしている点を踏まえれば、錬金術師との繋がりがある可能性を察することは出来る。
だからこそ、イダリア先輩が私達の演劇に関する情報を入手できた……という点については異論はない。
だが、しかし。何故、イダリア先輩がその情報を当時の段階で大事であると理解したのか、そして高校生になった今になってまで覚えている程の出来事であったのかが疑問なのだ。
成程、確かに私の立場から見ればあの出来事の後に魔法教育・錬金教育の場に女性が登用されるようになった。しかしそのトリガーである魔錬教育法修正案が実際に国会にて通過したのは、それから数ヶ月後の出来事であった。
私達の演劇記事が露出したことで錬金術師側が教育制度改正に舵を切ったという読みを私のお父さんは行ったが、それは私のゲーム知識から類推することで得られた「魔法教育の登用が広がる」という前提に立った立場であったからこそ初めて推測可能であったものだ。
そして仮にその読みを出来る人物だとすると。逆に私達の演劇の一件が大きく国政を左右するものであったことではなく、ただ単に錬金術師らが女性解放運動支持の立場を表明するのに都合が良くて利用しただけの産物に過ぎないということも理解できるはずだ。
だから、こうしてイダリア先輩が重要視する、それこそ魔法使いを志す直接的理由になるというのは不可解だ。
――それは、即ち。私側に欠落している情報がある、ということだ。そして、それをイダリア先輩はあの演劇記事が出された小学生時点で掴んでいる。
「……イダリア先輩が魔法使いを志した理由が、あの『再興の先』の演劇記事にある……ということですが。
それは、どういう……?」
「ヴェレナちゃん。貴方は1人っ子よね?」
先輩は質問を質問で返してきた。しかも、私に兄弟姉妹が居ないことなど既知のことであるはずだからあくまで確認の質問だ。
「……はい、そうですが」
「ヴェレナちゃん、あなたの家系に養子や義理の兄弟も居ないよね?」
「……ええ、まあ」
これも確認の質問。では先輩の真意とは……。
「……そう。だから、どうも不可解だったのよね。私もお爺様や兄に言われなければ分からなかったけれども、ね?
何故従士であるフリサスフィス家のヴェレナちゃんがずっと1人っ子で居られるのか。私の家は元・騎士だけれども……ううん、騎士家だからこそ余計にかな?
ヴェレナちゃんのお父様はどうして、ずっと子供を作らなかったのかしら? あなたのお爺様は従士とはいえ特例で騎士爵を叙爵し、お父様は魔法使いで魔法爵位を有した。で、あれば次代は魔法使いか錬金術師を求めるはずなのに。
まるで『女性がゆくゆく魔法使いになれることを知っていた』かのように、ヴェレナちゃんだけを育てた。それは何故?」
*
この国――森の民が統一したのは、50年程前。
そのときに、領主の直臣であった者には一代限りの騎士爵位が贈与された。そして、我がフリサスフィス家のような功のある従士階級のごく一部にも騎士爵位は渡された。
しかし騎士爵は一代爵位であり、次代には継ぐことが叶わない。だがその栄誉というのは中々身内では消え失せない。自分の類する家が一代とはいえ、名誉ある爵位を手にしたとなれば、大いにそれを周囲に吹聴し、自慢することで「自分の家、ないしは嫡家はこれ程素晴らしく、そして自分自身もその末席に居る」といった自尊心を充足させアイデンティティを確立することができた。
何せ、国家そのものから自身の承認欲求を満たすお墨付きを得ているのだから。そして、あくまで『家』という枠組みが重要なのである。……当主一族以外は何の労もなく上述のような恩恵を得ることが出来るのだから。
となれば、次代にも同様の身分を求めるのも当然と言えば当然の帰結となり。それをうまく躱したのが私のお父さん、ということになる。
しかし、それは同時に更にお父さんの子である私の代への魔法使い任官問題に繋がったことは私も知っての通りであった。
そのとき、私はゲーム知識――ヴェレナ・フリサスフィスが将来魔法使いになる展望を伝えたことで、お父さんの中で新たな選択肢である私を魔法使いに就けるという構想が生まれ、そして私もそれに乗っかった。
これがフリサスフィス家の内部での顛末であったが、それを外から見たらどうなるか。
「従士家でありながら、娘1人しかいない。
スタンアミナス大学の研究室では男女どちらの生徒も受け入れていて、しかも錬金術側の情報の照会も積極的にしていて、ね。
挙句の果てに、ヴェレナちゃんの『青苧の儀』をわざわざゲードルフピアーノ大聖堂で執り行ったともなれば、錬金術師側で女性の受け入れが行われることを察していて、それが魔法使い側にも伝播すると読んでいたようにしか……ねえ」
大学での情報照会については、主目的は私が転生者であると分かる前にありとあらゆる可能性を考慮するために、錬金術師の情報が必要になったからだ。
青苧の儀を大聖堂で行ったのも、女性運動に積極的な教会勢力との協調を見据えたものでは断じてなく、私が魔物ではないことを確たることとして女神教の司祭も認めたのであると声高に主張するために用意された舞台であった。
しかし、状況証拠だけを積み上げていくとあたかも、お父さんの神算鬼謀によって私を魔法使いに就けることを見据えて動いていたように見えなくもない。事実、私がゲーム知識という形で結果だけは与えた上での行動なので、1人っ子部分に関しては真実が混ざっているだけに、これが意図しない連動であると気付くのは至難の業であろう。
……というかイダリア先輩、私やお父さんの行動について滅茶苦茶詳しいな。いや、そもそも気にするのはそこではなく。
「何故、私だと分かったのですか?」
確かあの新聞記事には学園名こそ書いてあったが、私達の名前は出ていなかったはずだ。どうやって特定したのかが個人的に気になる。
「うーん……。私が見たときには、新聞と一緒に学園祭のパンフレットが入っていたからねっ!」
多分、その新聞とパンフレットを一緒にした人間が優秀なのだろう。錬金術の機関紙の一記事から、学園祭のパンフレットを集めて、フリサスフィス家の名を見つけて、それを魔法使い閑職のお父さんと結び付ける。……どう考えても只者ではない。
「……だから、私のように女性でも家の跡継ぎになれるから魔法使いになった……いや、それはおかしいのか。イダリア先輩ってお兄さんが居ましたよね?」
「うん、2人兄は居ますっ! だから、魔法使いになったのは別の理由。
私の家というか故郷の有力者は、魔法使いと錬金術師だと後者の方が繋がりが深いから……ね?」
つまり、補助としてのコネ要員というわけだ。おそらく長男もしくは次男のいずれかに錬金術師やそれに近しい職に就かせている以上、そこを強化するよりも魔法使いの方が良いと判断したわけだ。
しかも今までの話を統合すると、私のお父さんのことを強く警戒していたから、私自身がお父さんの尖兵であるケースも考慮していそう。加えて言えば、女子魔法使い候補生の数はまだまだ少ないので、そこに踏み入れることが出来た時点でそれなり以上の影響力を発揮することができる。
うーん、ローザさんのときもそうだったけれども、イダリア先輩のバックグラウンドも中々に深そうだ。
*
翌朝起きたら、私はイダリア先輩の抱き枕にされていた。話し込んだまま寝ちゃった気がする。がっつりホールドされているので、体を起こそうとすればイダリア先輩の目が覚めてしまう可能性がある。だから、今の時間を知るためにも自分の私物荷物を探って懐中時計で時間を……と思ったが、荷物はテントの入り口の方に置いたのだった。
うーん、困ったな……。テント越しで分かりにくいとはいえ日は昇っているようだけれども、起こして良い時間なのか分からない。
私がどうすべきか迷っていたら、急にテントの入り口のファスナーが開かれた。
「イダリア、ヴェレナさん。そろそろ起きないと……」
「あっ……、ビルギット先輩おはようございま……いやいやいや、何も言わずに閉めないで!」
この直後、イダリア先輩が起きたのは言うまでもない。
朝ごはんは6つあるクッカーのうち、3つをパンを焼くのに使って、2つはソーセージを焼いた。そして残りの1つで熱々のブイヨンスープが供される。野菜が無いことを除けばそこそこ普段の朝食でも差し支えない程のクオリティだ。
しかしブイヨンスープのような出汁を煮込んでいる時間的な余裕は無いために、固形ブイヨンを使用している。ただ、それだけだと味気が薄いので塩・胡椒で味を調整している。というかこの世界、固形ブイヨンなんてものがあったのか、と思いもしたが、見た目は私達の良く知るコンソメキューブではなく、『煮凝り』と言った方が近そう。えっと、あのコンビニで買うスープとかに入ってるレンジで温めると溶ける固形の塊、あれみたいなのが入ってる。
どうもこの『煮凝り』というレシピは、結構昔からあるようで保存食としては比較的ポピュラーな部類に入る模様。全然知らなかった。前世知識での保存食の代表と言えばカップめんとかレトルト食品とかな訳で。そして、そうした食べ物はものの見事にこの世界には存在しない。
でも、まあ。それが無くても構わないくらいには食事は充実しているからあまり気になってはいない。
「今日は、食べ終わったらテントやシャワー室の間仕切りを片付けて準備が出来次第、気象観測所まで行きますわよ。お昼ご飯は、その観測所の付近で食べることになりますかね」
そうオーディリア先輩が言えばラウラ先輩が返す。
「天気は悪くないし問題無さそうだが。……山頂で飯を食うときは、今みたいに調理器具は出すのか?」
「山登りで身体も暑くなると思うので、温かい食べ物は必要ないと思い使わないつもりでしたが……ラウラ、何か懸念が?」
「あー……、まあ。確かに気温は昼間は上がりそうだけどなあ……。
一応、携帯コンロだけでも荷物から出しやすい所に入れた方が良いかもしれん。……特に、ヴェレナ」
えっ、私!? 何故名指しなんだ……。
でも、こういう微妙なニュアンスのラウラ先輩の言い分には素直に従った方が損はしないと経験則で何となく分かっているので、荷物を入れる順番は気を付けることにする。
「しかし、テントと余っている水を含めると荷物は結構な重さになりそうですね」
「……ぁ、でもヴェレナさん。それが無ければ、ただの野宿体験になっちゃいますし……」
まあローザさんの言う通りか。一応野営演習であり、今日の気象観測所までの山登りは『行軍』を銘打っているだけに、こうして麓でご飯を食べているだけだと実質キャンプでしかない。遊びに来たのであれば別にそれでもいいけれども、これ一応魔法教育課程で独自に施される『特別教育』の授業だもんね。
「一応、迂回する可能性も考慮して片道4時間を考えていますが。あくまで最悪のケースでそれだと考えているので、何事も無ければ3時間もかからず山頂に到達するかと思います」
問題らしい問題と言えば、兵棋演習用の映写魔法装置で何度も確認して今日も地図を持参はしてきているが、状況次第――例えば大木が経路上に倒れていたりして危険な場合などには迂回する可能性があるということ。
とはいえ事前にそうした使えない道があるという情報は無く、直近に大雨などが降った訳でも無いので心配は薄いが。
まあ、ともかく朝ご飯を食べないことには始まらないか。簡単に作れる料理でも美味しくてお腹に貯まれば言うことなし……って。
「あれ? ……もしかして、グラノーラこそこうした場所での食べ物としては最適なのでは?」
その私の発言には代表してラウラ先輩とオーディリア先輩が返す。
「そりゃ、そうだろ」
「温かい牛乳で和えれば、身体を暖めることも出来ますしね」
あー……やっぱり、そうだよね!?
何故、現地に来てから気付くのか、私は……。




