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お米が評価されない。
炊飯に用いた鍋を洗いながら考える。……って、鍋で炊くと焦げ付きやこびりつきの汚れがそこそこ出来るな。
うん。お米の味が無い、ないしは薄いという感想自体はまあ分からないでもない。食べなれていなければそんなものだろう、とも思う。
そして、ローザさんとイダリア先輩の2人に関しては仕方ない。この国の西部出身のローザさんはさらに西にある地域である商業都市国家群の料理の影響を受けていて、その料理のレパートリーには香辛料を入れ辛味を際立たせていた。例えばマリネに青唐辛子を大量に入れたり。あるいは、イダリア先輩は北方出身でありそちらでは塩味が強く効いている料理が伝統的に食べられている。前にイダリア先輩に作ってもらったレンズ豆の煮込み料理でも塩味が効いていた。だからこそこの2人に関してはお米に味を付けたいと感じるのは無理もない。
となると、王都出身である魔法青少年学院からの先輩3人組については薄味……というか私の舌で適切と感じる味付けと同等のものを彼女らも昔から食してきたこともあり、私の感性と似ているのかと思ったが、お米に対してはそういうわけでもなかった。
となると私の前世意識の影響でお米を美味しく感じさせている、という点が疑われるが、その線は答えが出ることはないので考えるべきではないだろう。
例えば子供の頃、苦くて忌避していたピーマンやノンシュガーコーヒーを大人になったら食べられるようになったり、あまつさえ好物とすることはあり得ることだろう。つまり、味覚というのは後天的に変化する。
だからこそ身体としてのヴェレナの持ち得ていた味覚の感覚が、後天的に入り込んだ私という意識によって塗り替えられた可能性は当然あり得るであろう。私の意識が経験則でお米の味を認識して記憶しているからこそ、お米の味が分かる……それはいかにも自然に感じる。
しかし、味の知覚自体は前世の私の身体と異なるヴェレナの舌で認識した情報である。先天的な遺伝情報、すなわち私の両親やその先祖代々に至るまで蓄積してきた遺伝的な何かが味の認識自体に影響を及ぼしているとすれば、それは私の意識で認識する以前のプロセス上の問題となる。
仮にこの世界で私だけがお米の味を認識できないとすれば当然私の意識による後天的作用の可能性が高いわけであるが、オーディリア先輩辺りは甘味までは認識出来ているのであるし、辛い味付けを好むローザさんですら淡白な味という評価を下しているわけで。
となると、お米本来の味を認識することは可能だが、それが美味しいと結論付けるのは別問題ということであろうか。
それに、今日食べたお米そのものにも考えるべき点はある。まず大前提として長粒種であり、粘り気が少ないのは確かである。だが長粒種だから美味しくないと結論づけるのはあまりにも暴論だ。
まず私の知識には、前の世界で普段食べていた短粒種の炊き方しか知らない。その上で炊飯器ではなく鍋で炊くという経験はほぼ皆無に等しく、美味しさを存分に引き出せていたかと言えば、それはおそらく否であろう。そして皆に振る舞ったタイミングではご飯単品で食べさせてしまったことも失敗であった。ご飯の強みはおかずとの親和性の高さであるはずなのに。
更に、私がこちらの世界で1度だけ食べたことのあるご飯料理に思いを馳せる。それは転生翌日に魔力検査を行った魔法病院に併設されたレストランで食した、ガーリックライスである。
つまり、この世界で確立されているお米の調理法としては白米をそのまま食べるのよりも味付けをするという方向性が良いのであろう。あるいはカツ丼やカレーライスのように組み合わせにするとか。
「……ヴェレナちゃん? 鍋の汚れはちゃんと落ちた?」
「あっ、イダリア先輩。遅くなってしまいすみません。考え事をしながら作業をしていたらすっかり遅くなってしまいました……。温水シャワーは空きました?」
「うんっ、もう大丈夫だよっ! ヴェレナちゃんも早めに身体流した方がいいかも、温水とはいえ外の気温はどんどん下がってるからね」
そうこうしていたら順番で使っていたシャワーがいつの間にか私の番になっていたようで、同じテントで寝るイダリア先輩が伝えに来てくれた。
なので、洗い終わっている鍋はタオルで水気――とは言っても魔力感応水であるが――を取り去って、着替えなどのお風呂セット一式と照明装置を持ってシャワーへと向かう。
ラウラ先輩とビルギット先輩が簡易の間仕切りを立てたという話であったが、人1人が立って入るのがやっとな小さ目なテントがそこに置かれていた。そしてテントの上のフックに照明装置を吊るして中の様子を確認すると、床はなく水発生装置の外付けシャワーノズルから出た温水はそのまま垂れ流しみたい。
そして照明装置を吊るした上部スペースの隣には着替えを入れる袋が。すごいな、あれだけの時間で良く出来ている。
しかし、床は地べたということは足裏が土塗れになってしまう、と思って足元に目を向けたら、平たく大きな石が置かれていた。成程、この石の上に乗ってシャワーを浴びろってことね。
*
「ただいま戻りましたーイダリア先輩、あっ……暖かい」
お風呂に入ってから私達のテントに戻ると、イダリア先輩がテントの中を温めていた。
「あはは、まだ初日なのに湯冷めしちゃったら大変だしね。……それよりも、お風呂入るまで考え事していたって……お米のことだよね?」
暖かいテントの中で座るイダリア先輩の隣に私は座る。しかもご丁寧に食材などの荷物は隙間風が当たる入口側に置き直されていた。何というか細かい部分にまで目が行く先輩だ。
「ええ、はい。前に食べたときはガーリックライスだったので……」
そして、考えていたご飯の活用法について話す。
「それいいね、ヴェレナちゃん! ……でも野菜なのにパンや麦粥と同じ扱いになるんだ。ちょっと不思議な感じかも」
お米が野菜という言説は、まあ正直この演習に必要な物資の補給リストの分類から出た話なのだろう。件の魔法病院でガーリックライスを食べたときにも似たような話はあったことから、魔法使い組織内部のお米の認識は野菜だと考えるのが自然だ。
そして、その前提に立つと確かにパンと並列して並べるということに違和が生じるのであるが……まあ、こればっかりはお米を穀物として認めるように働きかけるのは難しいだろう。私も前世では穀物であるはずのトウモロコシは完全に野菜サイドの認識だったし。
そうした他愛もない話を続けつつ、そういえば髪のケアを忘れていたことを思い出し小瓶を取り出す。
「……へえ! ヴェレナちゃんお風呂上りに髪油使っているんだねっ!」
「……あっ、はい。精油した馬油ですが」
そう言えばこれまでイダリア先輩に見せたことは無かったっけか。まあ、お風呂場ではなく馬油のコンディショナーは部屋に戻ってから使ってたし、お風呂場ではそれより目立つ液体シャンプーを使っていたりするからねえ。
「何というか……ずっと不思議に思っていたけれども……。ヴェレナちゃんって身だしなみ異常に気にするよね? その割には、あまり浮ついた話は聞かないけれども」
……イダリア先輩のトークの舵切りでまさかの恋バナに移行していく。まず身だしなみについては前世水準を求めた結果である。そして……まあ、うん。恋愛なんだけどさ。
大前提としてこの世界の結婚適齢期と私の意識が多分乖離しているという面があるはずで。そこに上乗せでそもそも私自身がそこまで恋愛に元から熱心ではないこともあり。更に悪役令嬢としてのシナリオが地雷として乗っかってくる以上、意識の外へ外へとはじき出していた……ということはあるかもしれない。
しかし、その辺りの事情をイダリア先輩に話すことは出来ない。であれば理詰めで返すか。
「私の家が従士階級であることは先輩もご存知ですよね? それで私は一応本家筋の1人っ子にあたるので……。恋愛や結婚よりも次期当主として魔法爵位を手にすることが優先されていたからというか……。
と言うか。イダリア先輩こそどうなんですか!?」
意趣返しと単純な興味の重ね掛けで問うた疑問に対して先輩は次のように返した。
「えーと……私? 私や兄たちは平民だけれども、父は一代限りとはいえ騎士爵を持ってるからね。『従士』家系のヴェレナちゃんなら分かると思うけれども……ね?」
あー……。元々騎士の家臣でしかない従士ですら家に対する帰属意識が高いのは、私の親戚周りや、ビルギット先輩辺りで実感を持っている。騎士家、それもイダリア先輩のところは森の民統一前には領主から財務を任せられていた程の由緒正しい家柄。そして兄が居るとなれば、彼女に求められる役割は。
「……政略結婚の駒、ということですか」
「まーね、大体そんな感じかな? 同じ地元の直臣衆の同輩格に嫁ぐのか、あるいは外に出て公共事業などを引っ張って来れる中央の政治家の家か、はたまた貴族家の次男・三男坊か……選択肢は選り取り見取りであったけれども」
「――やっぱり、政略的なものですからね……。嫌というのも理解は出来ます」
確かに、選択肢自体は幅広い。けれども所詮はお見合いなどの形を経て家と家の都合で結婚に至るというのは忌避感が強いものだろうと思い私は同意を示す。
すると、イダリア先輩からは予想だにしない一言が返ってきた。
「……あれ、あれれっ!? もしかして、ヴェレナちゃんって恋愛結婚を望んでいたり? えっ、それってすっごい可愛いんだけど!」
――これは想像すらしていなかった。でも、うん……そうか。
恋愛をして結婚に至る価値観は、この世界では決して普遍的では無いのだ。
*
『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』。
この世界の基盤となっていると推定されるゲーム。これそのものは恋愛シミュレーションゲーム。開発元のキャッチコピーをそらんじるのであれば『魔王の侵略に怯える他国の王子を救い聖女の国の2代目聖女を目指す恋愛ファンタジー』。
名が体を表すが恋愛ゲームである。
確かにストーリーの進捗は恋愛を進展させないと、クリアに向かわない……それは事実である。だが、私がプレイをしたヒロインからしてまともな恋愛期間は1ヶ月程度であり。婚約破棄とそれに伴うハッピーエンド部分ですら、国家間の講和交渉や軍事協定の一環であったりと、決してその中身が恋愛一辺倒であったとは言えない。
繰り返すが、恋愛をするために生成されたはずのヒロインですらこんな有様なのだ。世界の一般常識規模で考えれば、恋愛という着想が根付いていない可能性は当然考慮すべきであった。
だがしかし。私は半ば意図的に恋愛というものを地雷と考えて意識の外に置き続けてきた。この世界の恋愛や結婚に対する価値観・考え方を窺い知る機会をここまで自ら葬り去ってきていたのである。
だが、その断片は全く無かったわけではない。例えば、幼少期に手習いを薦められたときに両親からは『裁縫』と『料理』を嫁ぐのに必要と挙げられた。そのときは政略結婚も多いのかなという感想に終始していたが、この時点でもう少し深く考察すれば、到達しえたものであったはず。
「……え、あれ? そうなると、イダリア先輩は別に政略結婚が嫌で、魔法使いになろうと思い至ったわけでは無いのですね?」
「……うん、まあそうだね。そっか、ヴェレナちゃんには話したことは無かったかもね」
そうなると今この場で真っ先に疑問として挙がるのは、イダリア先輩の行動原理。てっきり、故郷での政略結婚が嫌で飛び出してきたようなものなのかな、と邪推していたが、そういう訳でもないみたい。
例えば、私の事情に近かったりするのかも。すなわち、イダリア先輩のお父さんは騎士爵位を有していて、代々騎士家として領主に仕えてきた自負から、国政を担い軍事指揮能力を与えられる魔法爵位狙いで魔法使いへと進路先を定めた、という可能性だ。
「差し支えなければ理由を伺っても?」
「……もちろん。
ヴェレナちゃんは。グローアーバン路面軌道株式会社の『創遊事業』を知っているかな?」
――グローアーバン路面軌道株式会社。その名前は、魔法爵育成学院に入って以降、それなりにお世話になっている。
アマルリック王子とオーディリア先輩の策略に巻き込まれてローザさんと一緒に行った水族館。そこの運営母体が、この路面軌道会社であった。
でも、それがこれまでの話と何か関係あるのだろうか。私はその点を疑問に思いながらも、イダリア先輩の問いにこう返す。
「……去年、王都に新しく出来たノヴレフルス水族館を運営したりしていますよね。元々はグローアーバン州の路面列車を取り扱う会社だったけれども事業を拡大して様々なことに手を出している。
そして『創遊事業』では今挙げました水族館の他にホテルの運営や……確か、劇団も保有していましたよね」
学芸員として出会った片翼党員の人は、交通は交通でもタクシーとか改バスとかの担当であったけれども。そして劇団を保有しているというのは、小学校時代にソーディスさんと映画を見に行ったときの『ニュース映画』で見た情報だ。
「……ヴェレナちゃんなら、知ってると思った。
そう、その劇団がね、私は小さい頃に大好きだったの」
「……へえ、そうなのですね」
「あっ! ヴェレナちゃん、自分にはあまり関係ないと思ってるでしょ! もうっ、そういうところはオーディリアちゃんの言うように察しが悪いのだから」
そう言われても。オーディリア先輩クラスの話の早さを求められても困る。
「……女性だけの歌劇団。それが女神教以外の民間劇団では初めて為されたのが、そこなのだけどな……」
その情報は私も聞き覚えがある。
――んんっ? ちょっと待って。女性だけの演劇? そして、イダリア先輩が魔法使いを志した理由?
いやいやいや! ……まさか、そんなこと。
「……『アプランツァイト学園』初等科4年のときだったね。
――『再興の先』。ヴェレナちゃんとオーディリアちゃんが文化祭のときに演じた演劇。
……あれが、新聞で取り沙汰されて私の下にも情報が入ってきたからこそ。私は魔法使いになろうと思ったんだよ?」




