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1から旅行計画を立てる。
前世を含めれば、その経験が無いわけではない。しかしそれは、どのホテルに泊まるとか、どこで遊ぶかとか、あるいはどこでご飯を食べるのかというスケジュールに重点がおかれたものであった。
しかし、今回は初日に現地に到着してから3日目の射撃演習までの時間がそっくり空白となっている。予定から食事の献立、そこからさらに荷物を逆算して、荷物重量の概算を見積もり、荷物の重さから再度行程を見直すという作業は未だかつて経験したことがなかった。
前世で旅行計画は立てたことがあるが軍事計画は立てたことがなく。
同じく前世で山登りはしたことがあるが、それは精々日帰りで、食事なんかもお弁当とか水筒でどうにかなるレベルの話であった。
また、家族でキャンプに行くこともあったけれども、それにしても車移動で重たい荷物は全て車に積載すれば済む話であった。それにキャンプの食材なんかも重さや日持ちなどを考えて用意することなんて無かったし、調理器具などはキャンプ場で用意されているものも多かった。
……まあ、一応こちらの世界での料理に順応したつもりではあったのだけれども。
それでも分からないことが多い。
「そういえば、魔力コンロって火を使ってないですけど、防寒用途でも使えるのですか?」
キッチンで使っているオーブンなどは、火災の危険があまりないので、長時間調理しているときに目を離しても料理がダメになることさえ気を付ければ事故になる危険は少ない。
しかし、火ではないとなると暖を取るには不適切ではないだろうか。
その質問をオーディリア先輩にぶつけたら次のような答えが返ってきた。
「魔力行使範囲次第ですね。料理だけ対象にすれば周囲が暖められることはありませんが、暖を取るのであれば周辺の空気も暖めるように設定すれば良いのですよ。
……まあ、その場合事故には気を付ける必要はありますけれども」
つまり、魔力感応水のときとほぼ一緒だ。あれも水に極めて近似した性質を有しているけれども魔素が水っぽく変質した物質であったので、一酸化二水素で表せる水とは化学的に異なる。
それと同様の現象が魔力コンロの加熱機構と火の間にも成り立っているようである。ただ加熱機構の場合は必ずしも火に擬態するわけではなく、加熱過程に応じて熱の生じさせ方を別のプロセスでもって発現することもあるらしいが。
例えば保温のような場合では、魔素自身が発熱して周辺の物体に熱を伝搬させる熱伝導方式もあれば、熱エネルギーを電磁波として照射する輻射伝熱も効率よく行うことも可能だ。
そういった使い分けが今回、野営演習に持っていく携帯用の魔石コンロでは可能なのである。
また、別の日。これもオーディリア先輩から。
「そういえば先ほど演習場から連絡があったのですけれども、私達に支給されるテントは2人用らしいです」
「あっ、そういうことなら! はいはいっ、私はヴェレナちゃんと一緒のテントがいいなっ! いいよねっ、ねっ? ヴェレナちゃん!」
「えっ、いや、はい。私は構いませんけれども……。そうするとローザさんは……」
「それなら、私と組みましょうか、エルミンヒルトさん」
「ぁ、はい! よろしくお願いします、クレメンティー先輩」
テントが2人1組だと知らされるや否や、イダリア先輩が私と組みたいと言い出した。別に良いんだけれども……何でなのだろう? これまで接点が多かったわけでもないし、何なら地方校出身つながりでローザさんの方が仲が良いくらいなのに。あっ、接点が無かったからこそなのかな。
ただ、そうすると浮いてしまうのがローザさん。だが、そこはオーディリア先輩が組もうと提案したことで事なきを得る。
というか、ラウラ先輩とビルギット先輩ってバックグラウンドも性格もまるで違うけれども、こういうところでノータッチのマイペースさは割と似てるよね。だからこそ寄宿舎で同じ部屋でやっていけているのだろうが。
*
荷物の最終確認をする。
カバンはいつも旅行に行くときに使っているアタッシュケースのような黒くて四角い取って付きの箱型のカバンだ。
しかし、寄宿舎から持っていく荷物はそこまで多くない。基本は現地の演習場で準備されているからね。カバンそのものも魔法使いの行軍規格のものが向こうで用意されているので、現地に到着次第荷物も詰め替える。そしてカバンは演習場の宿舎に置いていく。
だから詰めるものは専ら5日分の服、これに尽きる。まあ個人の都合で、ここに洗面具とか旅行用の化粧品を詰めるけど。それとお風呂用品、水発生装置があるので、実は温水が使える。だからこそ、場所を見繕う必要はあるけれど簡単に身体を流すことはできるだろう。
また汗を拭けるようにと、ウェットティッシュを用意しようとしたのだけれども、ルシアを通じてリベオール総合商会にも探してもらったが見つからなかったので、外科手術やガスマスクのフィルターに使われている医療用ガーゼと、小さなボトルに移し替えた次亜塩素酸ナトリウム水を代わりに入れることとした。
……その一部始終を私とのやり取りで知ったルシアが、メイク落とし用途などに使える使い捨てシートの開発をリベオール総合商会に進言したりするのだが、それはまた別の話。確かに製紙事業に関連していると言えばそうだもんねえ。
そんなことをしていたら、いつの間にか私の荷物は他の4人よりも多少多くなってしまった。そうすると案の定ラウラ先輩から「ヴェレナのそういうところが、いかにもお金持ちって感じだよな」と呆れられる始末。
「……ねえ、ヴェレナさん」
「何ですか? ビルギット先輩もラウラ先輩みたいに私のことを煽ったりするつもりですか?」
「……。その。使い捨てのガーゼ、後で売っているところを教えてくれません?」
……ビルギット先輩には黙って少し分けた。
*
王都から特急列車に乗り、ニーロンハイデ州にある魔法使い組織として所有している演習場へと向かう。そして州を跨いだ移動になるので荷物検査と持ち物チェックは厳重に行われる。
そして特急駅を降りてからは、駅前で待っていた兵員輸送車に乗り込み、そのまま輸送車に2時間程揺られて演習場のある奥地へと向かう。銃の射撃なども行う演習場なので警備が厳重なうえに、万が一誤爆などをしないように周囲の人里からも隔離された場所にある。
切り通しのようになっている一本道に設置された検問で、銃を携行した魔法使いが車内のチェックを行う。荷物も調べてからようやく車は動き出す。すると、眼下に開けた土地が広がる。演習場だ。
広々とした施設は、常駐の職員と宿舎に詰める先生方を除けば私達のために貸し切ったらしい。部隊行動のための演習も行える場所なのにここをガルフィンガング魔法爵育成学院の女子生徒、わずか6名で占有するという事実。
まあ、確かにプライバシーとか諸々の問題を考えれば有難いばかりなのだけれども、その少々過剰ともいえる体制は……うん。まあ、女性解放運動やら教会勢力のやらが関わりかねないから面倒ごとを避けるためなのだろうね。
そういうしているうちに、車は停車して私達は降りるように告げられる。昼下がりの陽気と北風の寒さが同居する感覚を肌で感じながら外を歩き出す。昼間のこの時間であれば快適だけれども、日が暮れたら冷え込みそうな感じ。
そして、宿舎で先生方から最終説明を受ける。そして事前にリストで頼んでいた荷物を受け取る。うーん、結構な量。初日に消費するものは無理に魔法使い規格の背嚢――ナップザックには詰めないで運べば良いか。
それと、先生方から緊急時の用途として、発煙筒とホイッスルが各自渡される。これだけは絶対に個々人の荷物に必ず入れるように言われた。まあ、そりゃそうか。
私達は野営演習の続行が不可能でかつ救助が必要な事態に見舞われた場合にこの発煙筒をまず使う。ホイッスルは救助隊が近付いた時に使うとのこと。救助側もホイッスルを鳴らしながら捜索をするので、それに呼応するように鳴らせば良いとのこと。私達に支給されるものと救助側のものは音程が違うようで、どうやらそれで見つけるみたい。まさに命綱である。
そして発煙筒。何か異常があったときに遠方からでも、その異常を察知できるように大量の煙が出る。山火事と区別できるように着色もされているとのことだが、それを使用するときには大惨事に見舞われているから色を気にする余裕は無いだろう。
この2つの緊急用の道具の共通点は、魔法も魔石も一切使わないということ。非常事態に魔力が枯渇していたり、魔石が瘴気汚染で使えない、なんて状況を防ぐために、ここの器具に関してはこの世界の文明の利器である魔法関連技術は一切使われていないのである。
となるとホイッスルはともかくとして、発煙筒は魔法ではない原理で煙を出していることになるけれど、一体どういった仕組みになっているのだろうか。
そんな詮無きことを考えていたら、先生から私達全員に対して困惑の質問があげられる。
「……で、君達。もう学校で何度も聞いていると思うし、こちらとしても下士官用の兵営の酒保で買えるものについてはリストに書き入れていた故に落ち度はあるのだが……。本当に、アレを持っていくのかね?」
そうして指差されたのは補給物資の中で隅の方に置かれている1つの瓶――焼酎である。
この国の飲酒に関する法律も成人年齢も分からないが、今まで暮らして中でお酒との関わりはラウラ先輩の故郷でご飯を食べた居酒屋のような大衆食堂くらいであり、おそらく私の周囲については意図的にお酒が断たれている様子から未成年飲酒に関する何らかの法的制限があることが示唆される。
加えて魔法爵育成学院の売店では売られておらず、先の先生の台詞にあった『下士官用の兵営の酒保』では売られているという点から魔法教育側で何らかの酒類の取扱いの取り決めがあることも分かる。
にも関わらず、私達が頼み込んだら用意された焼酎。瓶とはいえ一升瓶のような大きなものではなく小さなものだ。
オーディリア先輩が代表して答える。
「ええ、先生方が危惧しているような飲用用途で使うものではないですから」
「……料理に使うから申請が下りたのだが……。しかし候補生の野営演習で酒の持ち込みが許可されるなど前代未聞だぞ。
君達が料理が出来ることは知っているからこうして許可は出たが、男共が言い出したら鉄拳制裁ものだからな、まったく……。くれぐれも問題は起こさないように」
この辺りは申請ごとのプロフェッショナルであるオーディリア先輩の采配があたった形である。彼女は日程中の全ての献立と料理するものにはそのレシピまで付けて先生方へリストを差し戻したとのこと。
それを鑑みても良く許可が出たな、という部分に関しては私も先生と全く同意見であったが、魔法青少年学院時代は設備上の都合よりほぼ強制的に自炊を行う羽目になっていた私達女子生徒と、その頃から今までずっと寄宿舎に併設された食堂で3食提供され続けてきている男子生徒とでは料理スキルに対する期待度がまるで異なるのであろう。だからこそ『飲用用途ではないお酒の使い道』で申請を出した私達を頭ごなしに怒ることもできなかった。……多分、今の魔法使い組織には男性しか居ないから、その申請の是非を判断を魔法省の兵糧調達担当者とか、過去に炊事兵を経験した者などに照会したんだろうなあと思うと、何とも言えない気持ちになる。
「ええ、酒蒸しくらいならこの調理器具でも出来るかと思いますので」
私が代表して先生に言葉を返せば、
「……うーん、時代が変わるものなんだなあ……。各人全員料理が出来るとここまで食事の選択肢が広がるとは。
必要物資表に生肉とか調味料が入れてあるのも本当はふざけて選んだ候補生を後悔させるためのものなのに、まさか有用に扱える輩が現れることになるとはなあ……」
後から聞いた話ではあるけれども。先生はこの演習を候補生時代に、班員とともに肉を焼こうと盛り上がり大量に肉を物資として要求して大いに後悔したみたい。
知らんけど。
*
「できたっ! ヴェレナちゃんは何か火の管理が大変そうなの煮込んでいるけど大丈夫?」
「あ、はい……」
イダリア先輩から声をかけられて生返事をする。
結局、酒蒸しは牛肉と臭み取りのために玉ねぎとかねぎを入れて、更にニンジンとかの野菜を入れて蒸し焼きにしたものである。ただし携帯コンロに乗る小鍋では複数人分を1つの鍋で調理はできないので、1人前ずつ作っている。
そして私はその傍らでこの世界で見たのは2度目の食材……白米を炊いていた。今でもなお穀物ではなく野菜扱いの食材ではあるが、リストに何故か入っていたので私が強く推して私の分だけ入れてもらった。炊くのに時間がかかるので少しだけ。
「ぁ、お皿とかは無いので……各自鍋から直接食べてくださいね」
イダリア先輩とローザさんがメインの調理担当。
「おー、出来たか! ……こんな調理器具でも中々美味そうに出来るもんだな!」
「シャワーの設営は終わりましたよ、といっても水発生装置の準備と周りを囲んだくらいですけれどね」
そして横からやってきたのはラウラ先輩とビルギット先輩。シャワーを浴びる場所を決めていたようである。水発生装置は温水も出すことが出来るので、こればかりは本当に助かる。
「じゃあ、食べましょうか。そろそろ魔法照明は一応付けておいてくださいね」
そして最後にやってきたのはオーディリア先輩。私達が食事を始めた後に、各人に持たせる荷物の配分をどうするか一任していた。例えばテントは2人で1つ。だから、持ち運ぶのも2人のうちのどちらか1つだ。そうやって荷物に偏りが出るのをどうやって配分するのかを渡されてから決めていた。
で、そういうこともありそれぞれの荷物に何が入っているのか一番把握しているのが先輩となり、照明も即座に持ってきている。
そしてオーディリア先輩が続ける。
「……あっ、そういえば携帯コンロが埋まっていたので予備の水発生装置で出した熱湯を使って飲み水を温めておきましたよ。紅茶用のティーバッグの適温にしてあります」
オーディリア先輩は食事を並べている間にマグカップも用意して紅茶を入れる。正直今日消費するものでもないかなとは思ったが物資を把握している彼女が贅沢のゴーサインを出したのでここはおとなしく従おう。
そして、全ての準備が整ってみんなで食事を囲む。外はすっかり暗くなり私達の魔力を使って光る照明と携帯コンロだけが灯りとなる。
まず酒蒸しを一口。うん、お肉は柔らかく煮込めているようだ。そして玉ねぎの甘味がお肉とマッチする。そこにネギの辛味も相まって決して調理器具が限られる中で作られた料理とは思えない。
そして、私が炊いた白米を一口。前世の言うところの長粒種のような感じなので粘り気は足りないもののご飯はご飯。めったに食べられない上に、牛肉の酒蒸しは絶妙にご飯とマッチする。
「確かに美味しいけどさ、やっぱりヴェレナってご飯食べるときの感情が豊かだよな……」
呆れているのか感心しているのか分からないトーンでビルギット先輩が呟く。
その横でビルギット先輩は次のように述べる。
「……それよりも、私もその、白米を一口頂いていいですかね? 食べたことないので」
「あ、はい。良いですよ」
それを皮切りに、ローザさんも含めた全員が白米を欲しがったので、一口ずつ分けてみる。しかし結構裕福で実家で馬を飼うクラスの富豪であるビルギット先輩でもお米を食べたことなかったか。
どんな感想が出るのだろう。どきどき。
「……味が無いですね」
「よく噛むと甘味のような素材の味を感じますけれど。ですが米って野菜なんですよね? こうして単品で食べるものではないのではないでしょうか」
「確かに、何かかけた方が良い感じだなー」
「ぁ、淡泊な味だけどね。……他の野菜と和えて辛味のあるドレッシングをかけたりしたら、合いそう……ですかね?」
「……みんな酷評しないのっ! 食材が限られている中なのだから、しょうがないってことだよ、ねっ!? ヴェレナちゃん!」
……あれ?
思ったよりも芳しくない反応だ。まさか、この世界基準の味覚ではお米の味はあんまり評価されないってこと。マジですか……。
もっと絶賛の嵐になって、私の先見の明が評価されるものだと思っていた。いや、まあこの手の失敗は重ねているけど、食事に関わるものだとちょっとショックだ。
白米だと味が薄いって言われるとは思わなかった……。




