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8-6


 結局、初日の話し合いではほとんど何も決まらず持ち越しとなった。と、同時に何となく理解する。この野営演習の本義は、実際に現地に赴いてからの行動ではなく事前準備に成否がかかっているということに。


 厄介なのは私達生徒側にかなりの裁量権が与えられているということ。何をしなければならないか――軍事的に言えば作戦目標こそ定められているが、どのような経路を利用するか、何を準備するのか、どうやって目的を達成するのかといった『手段』についてはほとんど丸投げなのだ。


 最大の問題は、物資。


 必要不可欠であるもののうち、何よりも荷物になる上にスペースも圧迫するものは水。

 確か前世知識で考えれば1日に必要な水分量は2リットル程度だったか。デトックス効果の為にも水分を2リットル補給することが大切なんて話は度々聞いた。

 では、1日目の夕方から、2日目丸一日、3日目の昼までという日程では正味2日であるので4リットルの水があれば事足りるのだろうか……と問われれば否であろう。


 まず、食事のことを全く考慮に入れていない。確かに3日間の全ての食事を調理に水分を必要としない缶詰とクッキーで済ますのであれば考慮する必要は無いのだが、そうでない以上は料理に使用する水を計算に加える必要がある。

 それだけではない。例えば食器を洗浄したり、濡れタオルで身体を拭ったり、歯磨きをしたり、洗顔をしたり、化粧水……等々細々としたところで水――生活用水をも使用する。

 今回の野営においては、飲用・食用用途でない限りは水の現地調達が認められている。しかし、その場合水源に立ち寄っての補給という概念が生まれる。宿泊地は野営場内とはいえ、そうした水源からは離れている。となると2日目の気象観測所までの往復の時間を早めるように調節したり、あるいはその行程中に同時に水も確保するようにする、などといった工夫が必要となるのだ。


 とはいえ、生活用水については何度か話している間に結論が出た。

 魔道具の『水発生装置』を利用して、『魔力感応水』を利用することとしたのである。この装置は家庭内では、魔石装置として運用されているものの水道の蛇口のように利用できる優れもので、飲料には適さないがそれ以外の用途では問題なく使用できる。無論、携帯用のものとはいえ重量増加にはなるが生活用水の分まで水で運ぶことを考慮すれば、この装置1台で飲料水以外の水の問題は解決するのだから使うという結論に至ったのである。

 何より、携帯用水発生装置であれば1個持っていけば6人全員が使用できるからね。流石に予備にもう1つ持っていくので荷物としては2つだが、それでもこれさえあれば生活用水は気にせず無尽蔵に使用できるのでその恩恵は単純な重量比では測れないだろう。

 ただし、魔力感応水は魔石同様に瘴気に対して脆弱性があるので、通常より密に瘴気測定を行う必要があり魔道具を持っていく必要がある。


 では純粋に飲料用途と食事用途の水で計算を詰めていけば良いのか、と問われればそこまで単純な話ではない。私は先に1日に必要な水分量は2リットル、とは確かに言ったが、荷物を背負った山登りにテントの設営、そして魔法銃の訓練まである中で果たして水分補給というのは、そこまで単純化できるものなのだろうか。

 そもそも発汗によって必要な水分量は前後するはずであり、またその日の気象条件などによっても左右されるだろう。

 加えて飲料用途の水は、本当に水で良いのだろうか? 汗をかくのであれば、水だけ摂取していてもミネラル不足による脱水症状を引き起こす恐れがある。スポーツドリンクなどの類にして水分補給することも考えなければならないが、一方で持っていく水分を全てスポーツドリンクにしたら、スポーツドリンクで米を炊く……みたいな状況にもなりかねない。そのバランスも考慮しないといけない。

 あるいは寒ければ暖かい飲み物を飲みたくなる……などそういうケースもある。


 様々な状況に対応するためには余剰が必要だし、一口に水分とは言ってもレパートリーに関しても一考する必要があるのである。



 そして、その水分と密接に影響を及ぼし合う関係にあるのが食糧だ。

 先の話し合いで全く何も決まらなかったが、こちらも選択肢が幅広い。たった3日間なのだから食事なんてエネルギーが補給できれば最低限構わない……という考えで行けば調理の必要のない缶詰とクッキーの類で6食全てを済ませれば良いし、実際にそれは苦行ではあるとはいえ不可能ではない。

 しかしモチベ―ションの問題もあるが、3月という季節も考慮するのであれば冷め切った食事を肌寒い朝や夜に果たしてどこまで喉に通るかということも考えなければならない。食べれば食べる程に身体が芯から冷える食べ物を寒空の中、6食も全く同じメニューで食べる……考えただけでも食欲は低下するだろう。

 如何にエネルギー摂取の面で問題がない食事とは言っても、食べられなければ意味が無いのである。野営なんてそういうもの、無理やりにでも食べなければいけない環境に置かれてそういったワガママが許されないという考えもある意味では正しいが、一方で食欲不振による食べられないリスクは当然考慮すべきで、そうした場合確かにスープのような流動食のが食べやすく、それが暖められていれば食事を摂るだけで暖を取ることができる。

 もっとも、かといって6食全てをスープにするというのも今度は固形物が欲しくなり、同じような食欲不振の原因にはなるだろうが。


 となると、ある程度食事のレパートリーを用意するのが安全弁として機能するのは必然だが、それをどこまで許容するのかが荷物との兼ね合いの問題となる。魔道具の携帯コンロを調理用として利用するとして、そこに食器や鍋とカトラリー、食材……まあ、ここまでは調理を行うのであれば必要となるだろう。

 しかし、更に調理という行為そのものには時間がかかることも考えなければいけない。2日目の行軍を朝早く出発するのであればそれだけ早く準備する必要があるし、行軍の日程が遅れて夕方遅く帰ってくることも考慮した方が良い。

 となると、行程の柔軟性を確保するのに必要なものが増える。それは魔道具の照明器具。明かりが無ければ夜に何もできなくなってしまう。魔道具の携帯コンロを照明代わりにする手段もあるにはあるが、照明具の存在は夜間の行動の幅を広げることができる。



 ……そして。ここまで説明すれば察しが付くかもしれないが、水と食糧に勝るとも劣らない問題として『魔力』に関する問題が生まれるのである。


 水発生装置、瘴気測定器、携帯用コンロ、照明……その全てが魔力のため自身に内包する魔力を消費するのである。この魔力のやり繰りの問題が地味にシビアだ。何故なら3日目の射撃訓練では魔法銃を使用するのだから、演習の成否が事実上魔力残量に左右されていると言っても過言ではないのだ。

 勿論、無駄な魔力を使わないことが重要と口で言うのは簡単だ。だが果たして何を無駄として、どこまでの消費を許容するのか、その線引きは極めて難しい。

 先に挙げたものですらも、水は飲用水と生活用水の兼用として料理はせず6食全てを缶詰とクッキーで済ませて夜は行動せずに居れば、成程確かに魔力を消費することは無いのである。では、その全ては無駄なのか? その答えを出すのは容易ではないしそしてその判断を生徒に一任している以上、この『無駄の判断』そのものが今回の野営演習の肝要なのかもしれない。



 というところで、女子寄宿舎で相談を重ねていたときにローザさんが発言をした次の一言が波乱を呼んだ。


「ぁ、あの……私。多分、言っていなかったと思うのですけれども……。一応『高魔力保有者』ではあるので、魔力量であれば多少余裕はあるのですが……」


 ローザさんが高魔力保有者であると発覚したのである。

 一般庶民であってもこの世界の大部分の人間は魔力を有している。が、それはあくまで微弱なものであり、今こうして魔法使いを目指している私達の大部分もその例に漏れない。何故なら魔力保有量は先天的に決定するものだからだ。

 しかし稀にだが体内の魔力量が普通よりも多く生まれてくることもあり、彼等を総称して『高魔力保有者』と呼ぶ。その先天性から、天賦の才の方の意味で天才とも評価されることもあるが実態としては魔力の暴走や悪意による使用、もしくは反社会的勢力による拉致などを警戒されてか、生まれながらにして警察などの公安にマークされることが決定づけられており、アドバンテージよりもデメリットとして享受することが多いものだ。

 しかし、高魔力保有者が魔法使いの中で不要になったわけではなく、飛竜兵や魔力航空機パイロットなどの専門職では必要な存在であることは魔法青少年学院のときの卒業研究『二段階制空論』の執筆時に学んだ。


 なので魔力問題に限ってはこれで解決したも同然……と思ったが、肝心の班長であるオーディリア先輩の表情があまり芳しくない。


 ということは、先輩にとってローザさんが『高魔力保有者』であることが何らかの不都合に働く可能性が……あっ、もしかして。


「ねえ、ローザさん? 『高魔力保有者』であることは、話を聞いた私達以外に知っている人は居るの?」


「えっとですね。家族と地元の人と……それと私の後見人にも伝えています」


 あー……。何となくオーディリア先輩の危惧が分かった。ローザさんが片翼党の支援でこの学院に通っている。なので彼女の後見人とはすなわち片翼党員であることは疑いようもない。そして『高魔力保有者』が航空兵科に関わる以上は片翼党の上層部がそのことを知っていると見た方が自然であろう。

 また別の観点からも補強するものがある。それは中学校課程の魔法青少年学院時代に王子と同級生の女子が私しか居なかった点だ。王子と女子生徒の接触を避けようとする企みはいくつか露呈していたが、学閥関連で色々と訳アリな私を当時の魔法使い上層部は排除できなかった。だからこそ私は同性の同期が居なかったが、魔法爵育成学院に入ってからローザさんが増えた。……王子と同級生という条件は何も変わっていないのにも関わらず。


 となると、ローザさんもまた、そうした政治上・派閥力学上の都合で王子の周囲から排除することが出来なかった人物であるという推測ができる。それがもし、片翼党所属の『高魔力保有者』という意味合いで、片翼党内から将来を羨望されている期待の魔法使いの卵であったのならばどうだろうか。


 と、ここまで考えたときにはじめてオーディリア先輩の危惧するリスクに関して思考が至る。それは、野営演習3日目の射撃訓練。魔法銃の使用には体内魔力を使うという点だ。


 もし、ここでローザさんが従来のパフォーマンスを発揮できなかった場合、『高魔力保有者』である彼女の魔力を枯渇させるだけの何かを行った、行わざるを得なかったという勘繰りを生みかねない。

 そしてそのときに特にそのような事実が認められなければ、私達が不当に彼女の魔力量をあてにして使役した結果、訓練パフォーマンスが低下したという事実が残る。


 そして、魔法教育に関わる現在の魔法教育統括部の総務部長は片翼党の次期後継者とみられる人物であり、それは必ずや今回の演習の報告が片翼党上層部の衆目に晒されることとなることを示している。

 となれば、この演習においてローザさんの魔力に頼り切ることがオーディリア先輩に対する片翼党からの不信に繋がりかねない。そして、それは先輩の主導する『連絡会議』構想にまで影響を及ぼしかねないのだ。


 であるので単純にローザさんの魔力を借りれば解決する問題も、政治的・・・派閥力学的・・・・・な都合で、オーディリア先輩は容易に踏み切ることができないのだ。

 そしてその葛藤を私は理解してしまったが故に、何も言えなくなってしまったのである。



 しかし、その静寂を破る声があった。


「……まあ、別にそこまでしなくても良いと思うけどな。

 いくら『高魔力保有者』とはいえ、下級生に魔力をたかるようじゃ示しがつかないだろ……な? ビルギット?」


「そうですね。私達が魔力枯渇を引き起こしてもまだ足りない、という状況でならまだしも、そうでないのに最初から投げ出すのは……違いますね」


「うんっ、この2人の言う通りだよ、ローザちゃん! 秘密にしていたことを話してくれたのは嬉しいけれど私達だって魔法使いなのだから、そこまで自分で抱え込もうとはしないで、ね?」


「イダリア先輩……」


 ラウラ先輩から始まる3人の先輩方の声で、流れは完全に変わった。

 そして、それを総括するようにオーディリア先輩がまとめる。


「――そういうことなら。各人の魔力については、保有量に関わらず割り振りましょうか。

 でも、1つだけ。何か不測の事態が起きた場合は、ローザさん。私の班長権限であなたに魔力を使うように命じるかもしれないわ。それだけは心しておいてくれないかしら」


「はい、かしこまりました」


 魔力保有量に関わらず平等に扱うことを決めたけれども、緊急時には例外を設ける決定を自分自身の意志で決める点。オーディリア先輩の中で彼女の魔力を消費することに政治的な葛藤はあるものの、何かあったときには班長としてそれを抱え込む覚悟が見られ、そしてローザさんはそこまで深遠の意図を察しているかどうかは分からないが、自らの魔力を私達のために差し出すことになるかもしれないことについて、何の躊躇いもなく承知してくれた。


 この2人の覚悟。そして他3人の先輩も安易にローザさんの魔力に頼らない決意をみせてくれたことを鑑みるに、その意志を裏切ってはいけない。



 ――と、そうした皆の覚悟を私も自覚しつつ、野営演習の準備と相談を着々と進めるのであった。




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