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「では、改めて日程を確認します。
初日は鉄道と路面列車を乗り継いでの現地への移動となります。場所は、ニーロンハイデ州にある魔法使い専用の演習場となりますね。そこで初日は野営設営を行います。2日目は実際の行軍装備を持って演習場敷地内にある山の山頂の気象観測所まで往復の行軍を行い、演習場に戻ってきたらもう一度野営を行います。
3日目は、演習場の敷地をお借りして魔法銃の射撃訓練を行います。訓練後は一応日程終了となり演習場の宿舎に泊まり翌日に王都へ戻ります。
以上、3泊4日の日程で野営演習は実施されます」
野営演習の事前確認として、先生から座学で行程の説明を受ける。
「あ、それと演習中は引率は基本的に付きません。演習場宿舎には常駐いたしますので、非常時には各人にお渡しする発煙筒を使用してください。それ以外は原則、班長の行動に従ってください、良いですね?」
私達6人は返事を揃えて答える。
6人……この学院の女子寄宿舎のメンバー全員である。『野営演習』……座学の授業は秋口の段階で行っていたが、実際の野外での実習はそれ以降音沙汰が無かった。それは行程を見ても明らかな通り、男女混成で行うのには厳しい内容だからだ。既に男子生徒側は秋の段階でこの演習を済ませている。一方で、女子生徒側は都合がつかず、本来昨年度に修了してしかるべきの先輩方ですらも今年にもつれ込んでいた。
何が一番ネックになるかと言えば衛生面周りなのだろう。実際の軍事行動を企図しているがために演習中はお風呂やトイレなどが使えない。つまり、水辺で水浴びをするなりそうした『創意工夫』が必要となるわけだが、それを男女混成でやる訳には行かず、かといって少人数である私達女子生徒を例えば学年別でやったとしたら、1年などは私とローザさんの2人しか居ないがためにまともな訓練になり得ない。そうした諸々の事情を勘案してのこの時期の開催と相成った訳であるが。
また着目すべきは、全体の日程は3泊4日だが野外に泊まるのは2泊であるという点。
この日程は前に座学の授業で学んだ作戦計画は最大3日を前提として立案されることに因んでいることであろう。
3日である根拠は、持ち運びできる物資重量を勘案してのことだ。実際に魔王侵攻の場面のときには、物資集積所や防衛拠点から離れて行動することが極めて難しい。
瘴気とは気体的な性質を有することから、風などの影響を受けて不規則に拡散する。その局所的な瘴気汚染地域では現地の水や食糧などは一切使用できないのにも関わらず、その瘴気拡散の動向を予測することは極めて困難である。
だから、行軍先で現地調達できない前提で作戦が立てられる。
しかも、魔王侵攻とは魔物の軍勢と対峙することを示しているが、我々人間側の目的が魔物を瘴気の森の奥へ追い払うことに対して、魔物側の目的というのはいまいち不明瞭なのだ。
だからこそ、魔物側が素直にこちらの戦力を漸減するために決戦を挑むとは限らない。……そもそも、魔物からしたら人間と戦争しているという意識すら無いのかもしれない。となると、戦闘目的がこちらの戦力の無力化ではない可能性がある。
だからこそこちらの輸送部隊を狙ったりする。魔物にとってみれば狩り感覚で魔王侵攻に臨んでいる輩も居るのだろう。しかも魔物の中には金属を主食とするような種も居るのでなおのこと輸送隊というのはご馳走に見えるのだろうね。
兵站の効率化が魔物にとっての標的の明確化に繋がる以上、指揮官であろうと一兵卒であろうと自分の荷物は自分で持つ方が、物資の欠乏を防げるという観点に立っている。……まあ、そんな非効率な軍事行動が可能なのは基本防衛戦であることと、自国領土内であれば路面列車と鉄道網を利用して広域輸送が可能となっているからなのだろう。
というわけで、野営演習はそうした限られた遠征環境に慣れるための訓練という側面がある。
先生は私達6人に計画を立てるように告げて一旦席を外す。すると即座にラウラ先輩が、私達以外の人が居る場で使い分けている丁寧口調を即座に崩す。
「――でさ。班長は誰にするんだ?」
そう言えば私を含めた全員の視線が一点に集まる。まあ、ここは総意になるよねそりゃ。
「……別に良いのですよ? ここで主導権を握る意味も無いのでラウラがやっても」
「面倒だから嫌だ。オーディリアがやってくれ」
オーディリア先輩は一度は遠慮したものの、私達の意見を覆すまでして引き受けたくない訳ではないようで、そのままなし崩しで決定する。
とりあえずリーダーが決まったら日程と工程の再確認。
ローザさんが手早く兵棋演習用の映写魔法装置を起動して、演習場近傍の立体映写地図を表示する。……随分手際が良いと思ったら、ローザさんの趣味ってこの兵棋演習だったっけ。
「……ぁ、あの。宿舎がこの平地の施設で、2日目に行く山頂の気象観測所が大体この辺り……ですね。
そして。大まかな経路は北部の河川沿いに登っていく道筋か、南部から迂回していくかのどちらかになりますね。しかもそれぞれ2,3の更なる迂回経路もあります」
軽やかに映写魔法を操作して、地図上の2拠点を結ぶルートが青色と赤色で表示される。
青色の方が河川に沿って登っていくルートらしく、赤色が南部からのものだ。ただし、パッと見た感じでも赤色の方が距離が長いように見える。迂回路というのはどうやら本当らしい。
そして、それぞれ赤青のルートも途中で細い線で更に分岐線が描かれている。細い線側は最短経路が何らかの場合で使用できなかった際に回り込む形でその障害を避けることができるかもしれないルートだ。
「ローザちゃん! 最長経路でおおよそかかる時間の見込みは分かる?」
「ええと……そうですね。
南部で更に迂回経路を使う場合が一番時間がかかるのですが……。雨が降ったりしていてかなり路面の状態が悪かったと仮定しても……4時間くらいでしょうか? 一方で北部の最短経路だと2時間少々といったところだと思います。
机上で見る限りですので、現地で全く想定していない事態に出くわせば話は変わってしまいますけれども」
その提言を受けて、ビルギット先輩は考え込む仕草を見せる。
「北部の方が早いですが……川沿いなのですか。
演習当日や、その近くに天候が崩れれば増水の危険がありますし、そもそも濡れた岩場などを通る可能性があることを考慮すると、早くても色々と気を遣う経路ではあるということね……どうするオーディリア?」
「……まあ、最大時間の見積もりで片道4時間覚悟で南部から行きましょうか。ただ、基本的には南部の最短経路を使う形にしましょう」
無難と言えば無難な選択である。そして、そのまま引き続き荷物に関しての確認が行われる。
私は事前に渡された資料を見返して声に出す。
「まず戦闘用のリュックは宿舎で支給されるみたいですね。それに食糧や水も。
ただそういった補給物資は初日の設営時に一度だけ貰えるのみで、その後は3日目の射撃訓練が終わるまで手持ちの物資でやり繰りする必要がある……と。
しかも、支給品もリストの中にあるものから自分達で選ぶみたいですね。ただ初日に設営したテントも一度撤去しないと駄目だし、荷物は原則全部持って歩く必要があるから、なるべく荷物は減らした方が良いということでしょうか」
私がそこまで告げると皆、手渡された補給物資のリストが記載されたプリントを眺めている。
「衣服は基本は戦闘服……体育着も含めて全部各自用意みたいだねっ。予備とかも居るのかなあ、山登りすることになるし靴下は多めに持っていった方がいいかもね」
イダリア先輩は衣服に着目したようだ。で、意外な視点で靴下に目を向けたが確かに摩耗はするだろうし、雨なんかで濡れた靴下を履いたまま踏ん張ろうとしても滑るかもしれない。靴擦れも考慮すればあるに越したことは無い。
「あー……武器や弾薬は持っていかなくて良いんだな、これは温情なんだろう」
リストの中には確かに肩掛けの魔法銃も、別型の短銃タイプのものも載っておらず、弾薬も記載されていない。これだけでも荷物に大分余裕は出来る。
「あら、防毒面嚢も無いですね」
そして有毒性の魔物との戦闘も考慮した防御装備も必要ない、と。
更にビルギット先輩が言葉を続ける。
「……地味に嫌らしいのが、食事の部分に随分と種類があるところですね」
そう言われてリストの当該部を確認すれば、確かにいくつか書かれている。
まず目に付くのが缶詰とクッキー。クッキーと書かれているが、まあ実態は保存目的に水分を抜いて固められた乾パンに類するものだろう。あるいは、ずっと前にお菓子として食べたことのあるスナックバーみたいな見た目のバタークッキーもここに該当するのかもしれない。これらは加熱処理が要らずそのまま食べられるものだ。
そして、麦粥や乾麺のパスタなども並んでいるが、これは地雷選択肢のように見えるがどうなのだろうか。まずお湯が必要となることから鍋や食器類に、持ち運びの出来る魔道具コンロなどが荷物に追加される。その上でゆで汁や煮込みのために水が余分に必要となる。
あるいはさり気なくこの辺りの欄に切り干し大根・高野豆腐・干し椎茸といった乾物類やこの世界ではポピュラーではない米が野菜枠で紛れていたりするが、お湯を使うという意味で親切にひとまとめにしてくれていたのだろう。
更にはおそらくネタ選択肢で入っているだろうものもちらほら。ベーコンやソーセージの類ならまだしも、バーベキューや焼肉大会をしてくれと言わんばかりの生肉・生野菜・きのこなども丁寧に完備されている。
後はこの日程なら持ちはするけれども、リュックに入れたらどう考えてもぺしゃんこになりそうなパン類も。調味料一式もあれば嗜好品も書かれていて、このメモの物品を総動員すれば普通に料理を作ることすら叶う。
一方で、いくつか目にしないものがある。
こういった保存食や非常食としてありがちな、レトルト食品やフリーズドライのもの、あるいはカップ麺やインスタントラーメンといった類のものが一切出てこない。野営演習を災害時の食事や、登山食などと一緒くたに考えるのが正しいとは限らないが、それでも性質的には似た部分があるはずだ。少なくともネタ選択肢として用意されている食べ物よりかは、行軍向きであるはずなのにも関わらずリスト中に一切記載されていないとなれば、意図的にそれらの食品が削除されたというよりかは、そもそもこの世界にはまだ誕生していない製法なのだろうと考えた方が自然だろう。
確かにカップラーメンなんかをこの世界で見かけたことは無かった。確定的な判断材料とはまだ言い切れないけれども、それでも有力な傍証として頭に留め置くくらいは良いだろう。
この長々とした食品リストを読み終わる頃にオーディリア先輩が口を開いた。
「……食糧そのものも荷物になることながら、根本の問題は加熱が必要な食品を持っていくとなると荷物に魔道具の携帯用コンロ、更に調理器具と食器、そして水も余分に必要となるという点ですね。
荷物の量がまるで変わります。ここは確かに慎重に決めた方が良いかもしれません」
「えーっと、つまりは。初日の夕食、2日目の3食。そして最終日の朝……昼もか? この合計6食を缶詰とクッキー、あるいはパンなんかで凌げるかって話か?」
ビルギット先輩に言われて気が付いたが6食あるのか。
……それを全部調理の手が入らない缶詰と乾パンで済ませるのはちょっとメンタルに来るものがある。
「それだけじゃないわよ、ビルギットちゃん! コンロを持っていかない選択肢を取れば暖かい食事どころか飲み物すらも用意できなくなるの。
スープは勿論、可溶性の粉末コーヒーだったり紅茶のティーバッグなんかも使えなくなるってわけ」
「……そうですね、イダリア先輩。この季節に山間いに近い場所で暖かい飲み物が取れないというのは中々死活的な問題になるか……と私も思います」
ローザさんの発言を鑑みて考える。
今の季節は3月。確かに夜は十分冷え込むであろう。そこでテント泊が確定しているのにも関わらず暖かい食事も飲み物も3日間一切取れないとなると、大分きつそうだ。
「暖かい食事、というとこの表の中で楽そうなのはご飯や麦粥やパスタとかですかね? でもパスタって茹で汁がもったいないような……」
「ヴェレナさん。貴重な水を捨てるわけないでしょうよ、仮にスパゲティの乾麺を持っていくとしてもスープスパゲッティのようにするに決まっているじゃない」
呆れたようにツッコミを私に入れるビルギット先輩。そっか、スープスパゲッティにして茹で汁を再利用するのね。そりゃあ荷物になる水をそのまま捨てたら流石にもったいない。
しかし、食事1つでここまで手間取るか。
これが演習だからまだ良いが、実戦においてはここに更に戦闘装備と瘴気問題が更に乗っかるとなると……考えることは多い。




